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まだ人間じゃない (1992)早川文庫
まだ人間じゃない


CM地獄 Sales Pitch / フィリップKディック 訳:浅倉久志のあらすじ
初出 Future Science Fiction(1954.6) 原稿到着1953 短編 第56作

ガニメデ−地球線は渋滞していた。
帰宅ラッシュ時には、いつもこんな調子だ。

信号が、なかなか変わらない。火星に住めれば良いが、しがないサラリーマンにゃ高値の花だ。


渋滞もうんざりするが、もっとうんざりするもの...
ガニメデから地球の間に、敷き詰められた広告。

それから、やっと開放されたかと思うと、今度はセールスロボットにまとわり付かれる。セールス、セールス、うんざりだ!

『口臭で、恋人に嫌がられた事はありませんか?もう、胃や腸は取ってしまいましょう!
   人工消化器官に変えれば、そんな悩みは過去のものです!』

次は、脳に直接語りかけるタイプの宣伝だ。
『長距離スキャナーをご利用ですか?あなたの上司は、今、何を考えているのでしょう?
   知りたくありませんか?隣のライバルは、もう使っているかも知れませんよ?』


沢山のセールス ロボットをかき分け、ようやく、家へ帰り付いた。スイートホーム ガニメデ!

「お帰りなさい。あら、あなた、ちょっと疲れていない?」
「ああ、うんざりだ。宣伝、広告、セールス、もう、本当に嫌になる!」

「いつもお仕事、ご苦労様!」
モリスは、サリーとキスをした。

「ねえ、あなた、今日は、貴方の誕生日でしょ?だから、ご馳走を作ったのよ!ほら、天王星のキジ料理よ!」
「えええ?本場物かい!そりゃ、すごい!」

それから、本物のコーヒーと、バターにパン。マシュポテトにグリーンピースまである!!


「はああ、食ったあ、食ったあ、美味しかったああ...でもサリー、もう僕は、やっていけないよ」
「通勤の事?たしかに、ガニメデ−地球はちょっと遠いけど、
   でも操縦の負担を減らしてくれる、新しい宇宙船なら、あるわよ」

「いや、それだけじゃない。本当の問題は奴らさ。広告とセールスロボット。あいつらは、
   どこからでも現われるし、もし捕まったら、大変な事になる...それで、今日、こんな物を見たんだ...
   太陽系外。プロクシマだ。ここに移住したのは、まだ二、三千人。静かで快適な生活だ!」

「でも、ここを見て。20世紀の生活に戻るってあるわよ。水洗トイレに、お風呂?それから、
   ふふふ、ガソリン自動車だって...あはは、そんな時代に戻らなくちゃいけないの?」

「そうなんだ。確かに辛抱も必要だ。未開の時代なんだから。交通機関だって、時速6000キロ
   じゃなかった、60キロなんだ。のんびり行くさ」

「でも、もっと、良く考えましょうよ。失う物も多いわ」
「もう、僕の体が悲鳴を上げてるんだ」

「あら、でも貴方は定期健診では、健康じゃないの。貴方より年寄りで精神状態が
   ボロボロの人でも、みんな頑張っているわ」
「...確かに、そうなんだが...」

「ねえ、ねえ、そんな事より、私の服、どう?似合ってる」
「ああ、それが、どうしたんだい」

「テレビでやってる新製品よ。目の前で見ると、着ている様に見えるでしょ?でも、離れると、
   だんだん透けて見えて、10mも離れると、ついに!」

「ああ、良く、帰りに広告を見るよ...だけど俺が言いたいのは...」
その時、玄関のチャイムが鳴った。


「こんな時間に!一体に誰ですか?」
「こんばんわ」

そこに立っていたのは、ロボットだった。

「何を売りに来たんだ?」
「お客様に、ぜひファスラッドをお目にかけたく、参りました」

「しかし、うちには、そんなものを買う余裕は...」
ロボットはモリスの脇の下をすり抜けて、居間に居た。

「おじゃま致します。奥様はどちらですか?...ああ、これは、これは、お嬢様でいらっしゃいますか?
   奥様はどちらに?はああ?あなたがお奥様!これは、これは大変失礼致しました。

   私もロボットとして、人物鑑定には長けているつもりですが、とんだご失礼を致しました。では、これから、奥様に
   大変便利なファスラッドをお見せ致します。そこに、お掛け下さい。いやああ、座った姿もお美しい!」

「こらあ、どう言うつもりなんだ。実演を許可した覚えなどないぞ!早く出て行け!」

「あら、あなた、これは主婦向けの商品らしいいわ。私が聞くわ」

「さて、この地区での実演販売は、こちらが始めてです。この様子を、近所の方にお話になると、
   きっと皆様、ご興味を持たれますよ!さて、世の中、何があるか判らないものです。
   時々、友人だがドジな方がやって、あなたの大事な家具に傷をつける事があります。こんな感じで...」

ロボットは、テーブルをその金属の拳で殴りつけた!
テーブルは砕け、プラスチックが飛び散った。

「うわああああ!」
「さて、こんな、ちょっと困った事態になった時に、ファスラッドは有効です。
   またある時、別の友人が...これまた、ドジな人間で...」
ロボットは、電気スタンドを掴むと、振り回し、電球を叩き付けた。

「それから、水爆...そうです。水爆による攻撃!我々は危険にさらされているのです」
ロボットは壁に拳を打ち込み穴を開けた。壁は崩れ、天井からも粉が落ちて来た。

「た、助けてくれえ!ロボットが暴走したあ!」
「『助けてくれ』。普通に生活をしていても、そう叫びたくなる瞬間は沢山あるものです。そんな時は、
   どうします?そうです、ファスラッドが助けてくれます。あなたはファスラッドにお願いすれば良いのです!」

「...お、お前がファスラッドなんだな?お前は自分自身を売り込みに来た...」
ロボットはウィンクをした。
「そうです。私がファスラッド。あなたの、『お助け』をするロボットです」


「あなた、もう寝たら?」
「しかし、あいつが、まだ帰らない...」

「いいじゃないの。ロボットくらい。しかし、あの実演販売は凄かったわね。家の中を滅茶苦茶にした挙句、
   あっと言う間に、それを全部、修理したんだから、本当に凄いわ。明日、隣の奥さんに話さなきゃ!」

「...しかし、家を壊した...」
「全部、直ってるわよ。それに友達に紹介すれば、5%の手数料も貰えるし、ラッキーだったかも知れないわ...
   ねえ、あなた、早くベッドに入ったら??」

「い、いや...さっきから、靴の紐が、うまく、ほどけないんだ...もういい。はさみを取ってくる!」

居間にいくとファスラッドがいた。
「お前、いつまで、そこにいても、俺は絶対買わないぞ!」

「いえ、きっと私が便利な事に気づいて頂けると思います。それに私の主人は『自己調整型アンドロイド社』
   ですから、主人の要望に全力で尽くします。『あなたに、私を買って頂け』と言う命令に。
   これは、あなたが私のご主人になるまで、有効です」

「無駄な事だ!」
「でも、私は色々の事ができます」

「できない事だってある!」
「はい、全てではありません。不可能な事もあります。でも、少なくともあなたが出来る事は
   全てできます。それも、ずっとうまく...」


朝になった。
ファスラッドは朝食を作っていた。部屋はおいしそうな匂いが一杯だった。それに、普段より快適だった。
「温風の送風口を一つ追加しました。それにキッチンの設備も新しく組み替えました。節税のための
   税申告書も作成して置きました。私にお任せすれば、もっと日々が快適になりますよ。それから、
   古い缶入りスープは捨てておきました。奥様は、性的魅力が、大変素晴らしいのですが、
   高次の知的思考には向いていらっしゃらないようでしたので...」

「じゃあ、会社に行って来る」
「あ、それから、ファスラッドは、所有者に替わり、月に十日までなら、代理で働く事も、
   法律で認められておりますので、ご用の際は、ぜひ...」

「あ、ああ、ともかく、会社だ...」
「待って下さい。お供致します。宇宙船の点検をして、性能アップの改善を行いますので」

例によって、渋滞に巻き込まれた。
「まただ!もう、うんざりだ!」

「推進機の調整を行っておきました。それで、私の購入ですが、六ケ月ローンの利子6%が、モリス家の
   収支からは、最適と思われます...あれ、コースを外れて飛んでいませんか?地図を調べます...
   これでは、交通法違反です。罰金は2ユニットですよ。すぐに戻って下さい」

「いや、これで良いんだ!」
「現在、この船は...ケンタウリ星へと、向かっています。このロケットが、
   系外の飛行には耐えられない事は、勿論、ご存知ですよね?」

「その通りだよ」
モリスはジェット推進を全開にした。

「待って下さい。これでは、エンジンが焼き切れます。今、調整します。すぐに、非常信号弾を撃って下さい」
「どうして?」

「救助艇に発見される可能性があります」
「発見されてたまるか!」

エンジンは、きしみを上げた。船体は揺れ始めた。
「限界です。この状態では、機体爆発の確立は、72%です。既に操縦室の計器は、役に立ちません。
   殆どがショートしています。止めることもできません!」

「ああ、プロクシマまで、ひとっ飛びだ!」
「...死を覚悟なさって下さい。私はエンジンルームで直接停止させてみます」

激しい揺れと轟音。
サリーも連れて来るべきだったろうか?いや、彼女にはプロクシマの生活は無理だ。
やはり、自分、一人で行くしかない。


その時、爆音がした。内破が起こり、宇宙船にひびが入った。
壁は、漏れる空気を押さえようと、必死の努力をしていたが、それも無駄だった。

エンジン室のファスラッドの体が吹っ飛んできた。まっ二つに裂かれていた。

「こんばんわ」
動かぬファスラッドの口から、言葉が飛び出した。

「お客様に、ぜひファスラッドをお目にかけたく、参りました」

「おじゃま致します。奥様はどちらですか?...では、これから、奥様に大変便利なファスラッドを
   お見せ致します...さて、この地区での実演販売は、こちらが始めてです。この様子を、近所の方に
   お話になると、きっと皆様、ご興味を持たれますよ!」

意識は遠くなる。空気は漏れ続けていた。


..............

ブラックユーモアなんですが、怖いんだか、可笑しいんだか、微妙な所ですね。
しかし、面白いです。落ちは、もう一ひねり必要でしょうが(少なくとも、殺して終りはないでしょう?)。

それにしても、ファスラッド...欲しいなあ...話し相手としても、過不足ないですし、
高次の知的思考も、性的魅力も ??? の同居人さんよりも...あれ、俺の方も、同じか...
会社に行ってくれるんだからな....他人事じゃないなあ...

記:2011.12.10


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