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PKD博覧会 トーキング ヘッズ叢書(1996,12)アトリエサード編集発行
PKD博覧会


世界の全ては彼女のために The World She wanted フィリップ ディック 訳:橋本 潤のあらすじ
初出 Science Fiction Quarterly(1953.5) 原稿到着1951 短編 第25作

ラリーの前には、吸殻の山と、転がった空瓶が数本。
ぼんやりと、それを見ていたが、瓶の傾きがちょっと気に入らなかった。

手を伸ばし、少し位置を変える。
(よし、これで、俺の世界は、完全になった!)


店の奥からはデキシーランド ジャズ、ざわざわとしたお喋り。
「禅における、涅槃の境地の第七段階ってとこかな」

「あら、禅では涅槃は七つになんか、分かれていないわよ」
声は、すらりとした金髪の若い女性からだった。

「いや、ものの例えで、七つとは言っても...お嬢さん、どこでお会いしましたっけ?」
「会った事はないわ。二人の時間は、これから始まるのよ。私はアリソン」

女は、コートを脱いで、ラリーの向かいに座った。
「マティーニを貰おうかしら。貴方は?」

ラリーはバーテンを呼んだ。酒を頼んで、女に聞いた。

「『二人の時間』って言うのは、どう言う意味だい?」
「簡単な事よ。私はここに入って、店の中を見回したら、貴方に気づいたの。
   そして判ったのよ。これが、私が恋する人だって」

「ふ〜ん。なんか、まるで、世の中は、既に決まっているみたいな口振りだね」
「そうよ。だって、この世界は、私の世界なんだから、全てが私のために出来ているのよ」

「『この世界』って言うのは、どう言う事かな?『この世界』と『あの世界』があるって事かい?」
「そう、その通り。この世界は、私の世界なの。もちろん、貴方の世界もあるんでしょ。
   全てが貴方のために出来ている世界がね。でも、ここは私の世界なの。だから、全てが私のために
   出来ているのよ。私は、子供の頃に気づいたわ。どうして、世の中は、全て私に都合よく行くのかしらって?
   それで、判ったの。なんだ、この世界は私の世界だったんだ、ってね」

「随分と変わった哲学に、ご執心だね」
「貴方にもきっと、自分の世界があるんでしょ。でも、ここに来たら、私のために、
   行動しなくちゃいけないのよ。わかった?」

「はいはい、で、どうして、今日はここに来たの」
「昨日、思ったの。私もそろそろ結婚しても、いいかなって。そして、通りかかった、
   この店に入ったら、貴方がいるじゃない。やっぱり、この世界は私のために、出来ているのよ」

「ちょっと、待ってくれよ、俺の都合は、どうなるんだい?」
「貴方は、この世界では半実体なの、完全な実体なのは私だけよ」

「半実体?じゃあ、これはどうなんだ」
ラリーは、テーブルを、バンと叩いて、大きな音を上げた。

「この俺が、半実体だって言うのか?」
「テーブルだって、半実体だから、良い勝負なんじゃない?」
「....」
「まあ、そのうち判るわよ。店を出ましょう」
「じゃあ、勘定をしないと...おい、バーテン!」

「払わなくても良いのよ。呼ぶ必要ないわ」


「お帰りですか?お勘定でしょうか?」
「今日は、お金を払う気がしないの。払わなくても、良いわよね?」

「おいおい!すいません、この人、ちょっと変なので、私が払います」
「いえ、今日はボスの誕生日です。ドリンクは店のおごりですので」

「ええ???」
「さあ、行きましょ」


「...それじゃあ、俺が25年間、生きてきたのは、今日、こうして、君に見つけてもらうため
   だったのか....しかし、まだ信じられない、週末のこの時間で、タクシーがすぐに捉まるなんて」

このタクシーはアリソンが手を上げたら、突然、出現したのだ。

タクシーを降りた。深夜のショッピング モール。もう人はいない。

「コサージュが欲しいわ」
「冗談だろ。もう、店は閉まっているよ。誰もいない」

「いいわ。ねえ、開けて!」
アリソンは、一軒の花屋のウィンドウをコインでコツコツ叩いた。

「やめろよ。こんな時間に、店員がいる訳がない」

「何の用でしょう?」
「コサージュを頂きたいんです。店で、一番上等なものを」

「あの、すいませんね。こんな夜中に。無理しなくて結構ですから...」
「いえ、大丈夫ですよ。今日は急に所得税の計算をする事になりまして、まだ帰れ
   ないんですよ。ちょうど良い気分転換になります。今、ショーケースを開けますので」


アリソンは、コートに大きな蘭を飾った。
「さ、次は、古いお屋敷に行くわよ」
「いいか!君はたまたま、所得税の計算をしている店主に出会っただけなんだ。全て自分の力だと思うなよ」

着いた先の屋敷の入り口には、用心棒が構えていた。
「さあ、入るわよ」
「やめろよ。こりゃ、ヤバい、ギャンブル場だぜ」

「一度、入って見たかったの。行きましょう」


アリソンは興味津々にあっちのテーブル、こっちのテーブルと首を突っ込む。
ラリーは生きた心地もしない。うろうろしてると、
「おい、お前、何か怪しいな。とっ捕まえろ!」
「助けてくれ。アリソン」

「どうしたの?まあ、ちょっと止めなさい。その人が何したの?」
「何だ?お前は?」

「あのお、私は、え〜っと、コニー、そうコニーさんに会いに来たのよ」
「??え??何ですって?コニーさんにですか...それなら、そうと、おっしゃって頂ければ
   良かったんですが、これは失礼致しました。しかしコニーさんは、今日、お取り込み中ですので、
   お会いにはなれません。今日は、どうぞ、ご自由になさって下さい」

「じゃあ、僕は飲み物を貰おうか」
「はいわかりました」
「じゃあ、私はあっちで、遊んでくるから、大人しくしててね」


酒を飲み終わったラリーがアリソンを探しに行くと、人だかりが出来ていた。中心にいるのはアリソンだった。

「どうだい、もう、"すっからかん"かい?」
「それがダメなの。私が一番、勝ってるらしいわ。止めたいけど止められないのよ」

「なあ、ちょっと話がある。来いよ」
ラリーはアリソンをギャンブル卓から連れ出した。

「なあ、この世界は、お前のものだ。しかし、これは、ちょっと、やり過ぎだ。この家、客達、用心棒...
   すべて、舞台のセットのようなものなんだろう。君の言う『半実体』だ。しかし、俺だけは違う。俺は『実体』だ」
「だから、あなたも、ここでは『半実体』なのよ」

「君にあったのは、ほんの数時間前だ。それが、俺の25年間は、ただ君に会うだけのための
   意味のない時間だったと言う...じゃあ、俺は一体、何なんだ!」
「ねえ、ラリー、落ち着いて。貴方にも貴方の世界はあるのよ。そこでは、全てが貴方のために動いている。
   一人一人に世界はあるの。創造主に無駄はないわ。殆どが似通っている。そして、重要な所だけが違うのよ」

「わかったよ。結局、ここでは君の言う通りにする方が利口そうだ。君に合わせるよ。でも、こんなのは嫌だ。
   ギャンブルなんて俺の趣味じゃない。もっと田舎に行って、落ち着いて暮らすんだ」

「それは、退屈そうね。まあ、ともかく、やる事は沢山あるわ。もう帰りましょう」
「じゃあ、チップを交換しよう。勝ってたんだろ?」
「交換?面倒くさいわねえ」

アリソンは卓に戻ると、自分のチップ山を隣の男の前に移動させた。
「どうぞ、じゃあね。私、帰るの」


店の前で待ち構えたタクシーに乗り、ラリーのアパートに戻った。
「あんまりモダンなアパートじゃないわね」
「ああ、トイレの水も詰まるが、それは、たまにだ」

「明日の事を忘れないでね」
「明日って...仕事は5時までだから、6時からなら...」

「何、馬鹿な事言ってるの。やる事は沢山あるのよ。朝の10時に迎えに来るわ」
「10時って、仕事はどうするんだよ」
「大丈夫よ。明日は仕事しなくてもいいわ。ここは私の世界なのよ」

アリソンはラリーにキスをした。そして去って行った。


部屋に入ると郵便が入っているのに気が付いた。勤め先からだった。年次休暇の計画表だった。
『スタッフ毎に、二週間の休暇を割り振った』と書いてあった。

計画表を見なくとも、ラリーには、自分の割当て日が判った。


次の日は、信じられないような晴天だった。と言って、暑くは無く、正に絶好の日和って奴だ。

ラリーは外階段に座り、煙草を吸う。アリソンを待っていた。

アリソン。全てが自分の元に転がり込む。恐ろしく幸運な女。
彼女が、ここは自分の世界だと思うのも、無理は無い。

まあ、そう言う人はいるものだ。懸賞が当る。歩いていると大金を拾う。競馬をやれば万馬券...

しかし、「自分の世界」となると、これは妄想だ。
まあ良い。俺に不都合はない。もう少し、付き合おう...

ラリーの目の前に、コンパーチブルが止まった。
「良い車だね。どうしたんだい」
「誰かから貰ったんだけど...誰だか忘れちゃったわ」

「今日はね。私達の新居を見に行くのよ。ねえラリー、あなたの今のアパートの部屋数は幾つ?」
「三つだよ」

「今度の家は、十一あって、土地が半エーカーなんだって、弁護士がそう言ってたわ」
「弁護士がいるのか?」
「ええ、それも遺産の一部なのよ」

「ちょっと整理させてくれ。君は大きな遺産を、弁護士付きで、譲り受け、その一部で家を買った。
   しかし、その家はまだ見ていない、と...こう言う訳だ」
「あら、そう言わなかった?叔父さんからの遺産なの。名前は...忘れちゃったわ。
   だって会った事もない人なんですもの」

「あらゆる事が君に都合よく起きる...それは確かに、ここが君の世界である、と言う証拠だ。
   しかし、こんな事はないかな?あらゆる事を、自分に都合が良いと思い込む...自分に都合が悪い事も、
   ここは自分の世界だから、自分に都合が良いはずだと思い込む...とは。それに、どうやって、
   この世界が多重であると、知ったんだい?」
「自分で考えたの。これでも、色んな事を勉強したのよ。でも世の中の決定的な事柄が、後で考えると、
   これだ!と思うタイミングで起きているとは思わない?それは世の中がある事を目的に作られているからなの。
   この世界では、私の幸せね。でも、ラリー、あなたの世界では、あなたのために世の中は動いているのよ」

「それは多重世界、あるいは無限の世界があるって事になるんじゃないの?」
「そうよ、無限の力を持つ創造者は、無限の世界を造る能力もあるのよ。でも創造者も効率を考えているん
   でしょうね。そこに出てくるキャストやコンセプトは、使い回されている。でも、どこかが違うのよ」

車は新居に着いた。ラリーはその外観にげんなりした。
ゴテゴテの飾りの安っぽさと、奇天烈な形。不安定さ。まるでウェディングケーキの様だった。

「悪いが、俺はもう行くよ。これで、おさらばだ。付き合い切れない」
「貴方は自分が何を言っているのか、判っているの?私の前からいなくなったら、
   貴方なんて消されても文句は言えないのよ?」
「ああ、だが、俺は、あの安アパートの方で暮らしたいんだ」
「あなたは、本当にいなくなっても良いの?」

「いや、いなくなるのは、俺じゃない。君だ」
放射状の光球が空から降りて来た。それはアリソンを包むと、舞い上がり、空の彼方へ消えた。

その行き先には、別の世界が見えた。きっと、あれがアリソンの世界だ。
あそこにもラリーがいるのだろうか? アリソンのやる事、なす事、全てを賞賛する。彼女と趣味の合うラリーが。


これまで、ラリーにも不愉快な経験はあった。しかし、どれも時間と共に、良い経験として変化していた。

結局、この世界は、全て俺のために出来ているんだ...


..............

私は、「神田うの」なる人物が、実在しない、マスコミがでっち上げた、架空の人格である事を知っていますが
(「神田うの」役の女優さん、いつもご苦労様です)、
もしも、あんな人物が実際にいたら、このアリソンの様に、この世界は「神田うの」の思い通りになる世界かも知れません。
私は、その世界の異端者ですね。ああそうか、だから何をやっても上手くいかんのかああ!

で、アリソンですが、私の好きなエルビス コステロの名曲にアリソンと言う曲があります。その曲のアリソンも、
世界は自分のためにあると、思っていたのに、落ちぶれて...的な人でしたね。


記:2011.10.23


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三分 小説 備忘録

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