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フィリップKディック リポート(2002)-早川文庫
フィリップKディック リポート


不適応者 Misadjustment / フィリップKディック 訳:浅倉久志のあらすじ
初出 Science Fiction Quarterly(1957.2) 原稿到着1954 短編 第73作

リチャーズは、研究所から帰って来た。今日も、いつもの日課を行う。液体肥料を撒くのだ。
裏口を開け、隠れた裏庭に入る。これこそが、物を作ると言うことだ。
自分の作物。俺の分身。

完熟までは、もう少しだ。
夕暮れの陽の光に、作物は輝いていた。

研究所の仕事は、宇宙全体に影響を与える仕事。しかし、全てが指示ばかりだ。歯車。そこには創造性はない。

しかし、今、目の前の作物。
これは、俺が作ったのだ。育てたのだ。俺だけの物だ。

それは高速艇だった。先細りの先端。側面には堅牢な窓。
噴射管は、もう完全に成長した。すぐに非常口もできる。そうしたら...

もう、少しで収穫だ。気持ちが弾む。何処へ出かけよう。何処を飛ぼう...


デスクの男は、混雑した待合室で待つ女性、ドリスに声を掛けた。
「...あのお。先程、お話した様に、エガート社長は、本日お忙しいのです。
   幾ら、お待ちになっても、面会は出来ませんよ...」
「たった1分ですよ」

「強情な方ですね。何の用なのですか?大きな注文が取れる、と思っているのかも知れませんが、
   エガートン社長は厳格な方です。貴方は自分の容姿で、社長が興味を持つ、
   と思われるのかも知れませんが、そんな方ではありません」

「彼は私に会う (see)わ」
「確かに、そのスカートなら、男は誰でも見ます (see)がね」

そこに、ちょうどエガートンが通りかかった。
「エガートンさん!ちょっと、お話があるのです」
「何だね?私は忙しいんだ。予約の無い客とは会わんのだ」
その時、エガートンは、ドリスが手に持っている、黄色のカードに目が留まった。

そのまま、彼は、飛ぶ様に引き返し、雑踏の中を走り去って行った。
ドリスは後を追った。しかし、エガートンは、屋上行きの緊急エレベータに乗り込んだ。
これに乗れば、屋上の高速艇まで、一気だ。

ドリスは、失敗した。


デスクの男は言った。
「ドリスさん、貴方は不適応者ですね?どうして、黙っていたのですか?貴方は、私を欺いた!」
「貴方の社長、エガートンさんは随分と、行動力があるのね。私は上司から怒られるわ。
   彼に召還令状を見せる事が出来なかった。見たはずなのにね...」

「もうエガートン社長は戻って来ないでしょう。これから、会社の分割相続騒動になりますよ...」
「自宅と、個人秘書に連絡しておいて。『今晩のニュースで発表する。
   24時間以内に出頭しない場合は、犯罪者となる』と」
(これで、個人秘書は、懸賞金獲得の有力者になった...)


エガートンは、念動能力者には見えなかった。
一般に思う、念動能力者のイメージは、もっと若く、痩せて、田舎で、人付き合いの苦手な人間だ。

危険な念動者は、続々と見つかっている。他人の代謝をコントロールできる者、壁にそのままめり込む事のできる者。
手を触れず物を動かせる者...その異常な能力は多岐に渡る。

それらが、行われる時、社会は安定を失う。

遠く離れた人間の心臓の代謝を、突然止めたり、
銀行の金庫の壁をすり抜けたり、
突然、浮かび上がった車が、投げつけられられたり、
そんな社会に、安定などない。

しかし、普通人であるにも拘わらず、自分が念動者である、と思い込む奴もいる。エガートンの様に、
企業権力を持った者でも、そんな永遠の神経症患者である事はあるのだ。無意識PKである。

念動者でないものが、自分を念動者と思い込み逃げ回り、
本当の念動者が、自分の異常に気づかず街を歩き回る。

そこで、観察庁が出来た。観察庁は社会から、念動者を探し、管理下に置くのだ。


「確実に念動者を見分けるテストが必要だわ」
「あるんじゃないのか?点検ネットに引っかかり、君の様な不適応者が確認すれば、良いんだろ?」

「でも、それで引っかかるのは僅か。本当に点検ネットは、念動者を見つけているのかしら?
   そもそも、どうやって?」


逃走中のエガートンは、自宅に帰れず、秘書に連絡を入れた。
そして、24時間以内の出頭命令を知った。
(秘書をロボットにしておいて良かった。彼女達は、1000万ドルの懸賞金には興味がない)

(しかし、24時間経てば、顔写真と番号が公表される。そうなると、町中が敵になる)
(俺は、どうして告発されたのだろうか?もしかすると、企業連合のリーダー達が、順にターゲットにされていのか?)

(点検ネットと言うペテンの下で、リーダー達の番号が集められルーレットが回る。今回は俺の番だった。大当たり!)
(そして、不適応者が狩り出される。念動力を中和する者=不適応者。それはいつも女性だ。男性は一人も報告されていない)
(もし、召還に応じれば、観察庁お抱えの、テレパスの前に立たされ、心の中を洗いざらい覗かれる。
   奴らは、被害者の心の中から、精神を、のこそぎ削り取る。そして社会へ戻される。元とは”別の”人間として)

(でも、俺はもしかすると、自分が無意識PKではないと、思い込みたい、ので、こんな考えをするのか?)
(いや、違う。これは、企業連合全体への攻撃だ。俺だけで止まる保障はない)


エガートンは企業連合の代表と合い、彼らに窮状を訴えた。
好奇心と同情。

「これは、俺だけの問題じゃない。企業連合全体への脅威なんだ!」
「まあ、待て。確かに、我々は観察庁を潰す事は出来る。しかし問題は、観察庁は、そもそも、
   我々が作ったと言う事だ。PKがはびこって見ろ。正常な経済活動はできない」
「だからランダム点検ネットワークと、我々に協力的なテレパスの利用があるのは、俺にも判る」

「つまり、観察庁は我々の道具なんだ」
「しかし、道具が我々に脅威を与えてはいけない」

「エガートン、やはり観察庁は必要だ。ただし、PKの能力を無効化する『不適応者』は全て
   女性なので、観察庁は女性だけで、運営される必要があるな。それに君は、PKを正確に
   理解しているかい?」
「理解しているさ。奴らは強い妄想を持った異常者だ」

「正確にはそうじゃない。彼らの中の最悪の奴らは、自分の周りの空間を歪めるんだ。
   まず、普通ではない妄想をする。しかし、その妄想は現実を侵食する。つまり、
   妄想は現実化するのだ。つまり、それは妄想ではない。既に現実なんだ!」

「...ともかく...」
「そんなPKが客観的な基準を持たず、自分の妄想を現実だと思い込み、どんどん現実を
   侵食して見ろ。我々の社会は歪められる。奴らは自分の異常性も気づかず、結婚し、子供を産む
   それから、奴らは社会の制度の一部となり、非PKは、落ちぶれ、やがては、異常者となるのだ...」


「...結局、俺を助けては、くれない訳だ...」
「...冷たい様だが、観察庁の脅威より、潜在的なPKの脅威の方が、我々には深刻だ..」


「君の受け取った召喚令状を見せてくれ」
「受け取ってはいない。その前に逃げ出したから」

「よし、じゃあ、まだ何とかなる。君に令状を渡しに来た女性に、会って、すがれば何とか、なるかも知れない」
「しかし、それだと一生彼らの管理下に置かれる」
「でも、死ぬより、ましだろう」


(女の名前はドリスだ)
エガートンは、ドリスの部屋の住所を調べさせた。


「ドリスさん、召喚令状をくれ」
「???エガートン?貴方と言う人が判らないわ?どうしたの?」

「ドリス、どうした?誰だ、この人は?」
「エガートンさんよ。召喚令状を渡すの。エガートンさん、夫のリチャーズです」

「召喚令状を見せてくれ」
「どうして?見ても、何も変わらないわ。貴方の秘書にはとっくに通告してあるわ。
   その期限はあと30分よ。私、今、忙しいの」

部屋の奥では、パーティーが開かれていた。
(リチャーズ!早く見せてくれよ。楽しみにしてたんだ)
(わかった、わかった、おい、ドリス、早く来いよ!)

リチャ−ズは、ドリスを連れて行こうとする。
「ドリス待ってくれ。令状をくれ。大人しく出頭したいんだ。そうすれば事態は多少、
   改善されるかも知れない。そう言われたんだ」

「じゃあ、残りの人生を全て、観察庁との契約労働をするのでも良いの?」
「ああ、構わん」
「貴方の様な人が、同意するとは、思わなかったわ...じゃあ、どうぞ」

その時、裏庭から、悲鳴が上がった。
リチャーズが、秘密の自慢の作品を披露したのだ。


完成した高速艇を実らせた植物から、リチャーズは、『収穫』した。
高速艇は、今シーズン、あと数台の『果実』を実らせるだろう。

リチャーズは自慢顔だった。 しかし、それを見守る周囲の人間は、驚愕し悲鳴を上げている。慌てて逃げ出していく。


「どうして?どうして?みんな悲鳴を上げるんだ?」
高速艇を実らす、おぞましい植物。妄想の侵食だ!


エガートンは、その様子を見ていた。

「ドリス!ドリス!俺が何をしたんだ?何故みんなは悲鳴を上げる??」
「リチャーズ!あなたは...」

エガートンは銃を構えた。そして、最も危険なPKの頭に、銃を打ち込んだ。


リチャーズは倒れた。ドリスも、その脇に崩れ落ちた。
「エガートン、貴方の令状は取り消されるでしょう。リチャーズの行動を阻止した功績で...」


造船植物は、急速に枯れて行った。妄想の張本人が死んだのだから。

「君達、不適応者には、完全にPKをコントロールできない。現に、君は、彼がPKだった事に
   気が付かなかった」
「そうね...」

「我々は、彼らの影響を受けてしまう。君達は彼らの影響を受けない代わりに、
   彼らの影響を感じる事もできない。我々には相互監視が必要だ」


パーティの跡は、空き瓶や食べ物が散乱していた。
警察が、リチャーズの死体を調べている。


エガートンは助かった。これからは観察庁とも、うまくやって行けるだろう。
しかし、観察庁は、あれほど異常なものを、捕まえる事もできないのだ。

空を飛びたいので、植物に高速艇を実らす様な異常者を...
あんな、異常者は信じられない。

同じ空を飛ぶなら、高速艇など使わずに、腕を羽ばたけば、済むのだから...


..............


PK、ディックは念動者の事をPK(たぶん、Psico Kicker ?)と呼びますが、
彼が自分の名前に、Kindredを挟んで、PKディックと呼ぶのは、どう言う訳ですかね。
(念動者きどり??まるで、『追憶売ります』の主人公の様な、『幼稚』さ...ああ、良い意味で『幼稚』ですから)

で、この話ですが、冒頭の意味の判らない作物の話が、ラストでこうなる訳ですね...ちょっと説明、過剰でしたでしょうか?

しかし、この話!やっぱり、ディックは”本物”ですね...ま、あっちの意味ですけど..

最高です!


記:2011.10.20


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三分 小説 備忘録

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