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ゴールデン マン ディック傑作選3(1992)-早川文庫
ゴールデン マン


小さな黒い箱 The little Black Box / フィリップ ディック 訳:浅倉久志のあらすじ
初出 Worlds of Tomorrow(1964.8) 原稿到着1963 短編 第91作

ミス ハヤシは、宗教国家米国の国務省へ呼ばれた。クロフツ係官は言う。
「君にはキューバに行ってもらい、現地の中国人指導者に宗教教育を施してもらいたい。
   君の専攻は禅だったね。君は禅で、彼らにどう言う事をしてくれるのだね?」

「宗教で求めるものは、簡単には説明できません」
「ふん。なるほど、その如才なさは、君の仕事にも役立つだろう」


ミス ハヤシは、恋人レイに相談していた。レイはジャズ ミュージシャン。
元妻は自殺した。それに使ったピストルが形見だ。

「宗教なら、君より僕の方が適任だな」
レイは、いつもの宗教テレビを点けていた。

ウィルバー マーサー。彼はテレビの中で、彼は山道を歩く。ボロボロの服。
向かう先は、コロラド州プエブロ。

レイは、小さな黒い箱の取っ手を掴む。共感ボックス。ある組織から手に入れた物だ。
非合法??しかし、それを持っている人間は、2000万人とも言われる。

レイはテレパスだ。ミス ハヤシの心を読む事もできる。
「しかし、ここから得られるものも本物だ」

心無い者が、マーサーに向かって石を投げる。そのつぶては、マーサーの頬を直撃する。

「ううっ!」
頬に激痛を感じるレイ。共感ボックスを握り締め、マーサーを見つめるレイ。
そして、2000万人の帰依者もまた...
国教である禅は、既に過去のものになりつつある。取って代わっているのはマーサー教。

「痛い?ねえ、もしもマーサーが殺されたら、共感ボックスを握っている人はどうなるの?」
「さあ?その時になれば判るさ。それも、もうすぐ...」


国務省では、クロフツ達により、マーサー教について、調査が行われていた。
「テレビに映る月は、サイズと位置から地球のものではありません。別の惑星のものです」
「そもそもマーサーが人間であると言う保障もない」
「共感ボックスですが、地球製でない事は、はっきりしています」
「それに物語は、彼の死へと向かっています。おそらくは来週中には...」
「そもそも、彼らは何のために、苦痛を求めるのだ。何の役にも立たんじゃないか。ただ
   痛いだけだ。マーサー教は、マゾヒストの集団なのか? いったい何がそこにあるんだ?」


ミス ハヤシはキューバに着いた。キューバ大学の宗教学教授リーが、出迎えてくれた。
キューバは共産主義国。彼らもこの国では異端の存在だ。

彼らは歓談した。
「...そうですね...ただ、リーさん。私は判るんです。これまで、ずっとテレパスと、暮らして
   いましたから...あなたは、さっきから私の脳をスキャンしてますね...何かありました?」
「いや、すいません。けっして、そんな訳では...」


レイは番組に出演していた。生放送で、ジャズ ハープの演奏を披露していた。
演奏中、テレパスである彼の脳に、周りの人間の考えが入ってくる。

(ニュースだ!マーサーが負傷したぞ!)
(どうする?CM前の臨時ニュースか?それとも、CM明けか?)
(政府は共感ボックスを禁止したぞ!)
(共感ボックスの配給組織に対し、FBIによる検挙が開始されたぞ!全国一斉だ)

レイは立ち上がった。演奏は中断した。彼は叫んだ。
「皆さん。私はマーサー教の信者です。みなさん、マーサーと苦痛を共にしましょう!」
そして、また座り、ハープを弾き出した。


リーはミス ハヤシに聞いた。
「子供とかくれんぼをした禅僧の話をご存知ですか。松尾芭蕉でしたか。彼は納屋に隠れたまま
   子供たちに忘れられ、それでも、そのまま、隠れて続けている...」
*(管理者注:たぶん、松尾芭蕉ではなく、一休和尚か、小林一茶の句ではないかと、思いますが...)

「ええ、知っています。禅では、正直、愚鈍、単純である事に価値を見出します。
   騙される事さえ、その一形態であるのです」
「なるほど、では貴方は立派な禅の体現者だ。こんなに簡単に騙されるのだから!」
リーはピストルをミス ハヤシに突き付けた。

「君を逮捕する」
「キューバ政府は、私の何を犯罪者だと思っているのですか」

「キューバ政府ではない。米国政府だ。君は、マーサー教信者のレイと暮らし、自身もマーサー教に
   帰依している」
「私はマーサー教の信者ではありません」

「君は、私がテレパスである事を忘れたのか?君がマーサー教信者であるのは、私が証拠だ。
   米国国務省は、君の素性を疑がり、確認のために、私の所に送って来たのだ」

ミス ハヤシは席を立って、逃げ出した。厨房の方に逃げると、共感ボックスを持っている男がいた。

「私は、マーサー教の信者です。あの男に誘拐されそうになっています!」
「ミスター リーはそんな方ではありません」

「でも助けて下さい!」
「あなたに、神のご加護があります様に」

その時、店の隅のテレビが臨時ニュースを伝えた。追いかけて来たりーが言った。
「マーサーは、負傷したそうだよ」

ミス ハヤシは共感ボックスを握り締めた。
彼女の意識は、砂漠に跳んだ。


男が立っていた。男の瞳には、灰色の悲しそうな光が宿っている。
「私は君の友人だ。しかし君を助ける事はできない。君は、私がいないと思わなければならない」

「どうして、私を救えないの?」
「私は自分自身を救う事さえできないんだ。救済なんて、何処にもない」

「じゃあ、何のために、あなたは、ここに居るんですか?意味もないのに」
「君には同じ仲間がいる事を、伝えるためさ。君はたった一人だ。しかし一人だけではないのだ」

「さあ、行くがよい。奴らに立ち向かうのだ!」


ミス ハヤシは共感ボックスを置いた。
「さあ、FBIでも、何処でも、行きましょう」
「お前に何が起こったかなど、すぐに判るさ」
リーはミス ハヤシの脳のスキャンを始めた。

「??別に大した事じゃないな。奴は、自分が何もできないと言っただけだ。
   そんな事が、お前の救いになったのかい?」

「気が狂った者ばかりの世界では、正常者が精神病院に入るのよ」
「そのジョークは、気がきいてるぜ」


リーはクロフツに、ミス ハヤシの状況を報告していた。
「彼女は、私のいる前で、改宗したのです。マーサー教へと」
「しかし、奴らは、お終いだ。共感ボックスは大量に没収された。これから全て、破壊される。
   そして、レイを捕まえるんだ。ミス ハヤシを利用して。それが我々の計画だ」

「しかしマーサーは今頃、何をしてるんですかね?」
「ここにはテレビは無いが、共感ボックスはある。これで判るだろう」

クロフツは、共感ボックスを握った。


レイは放送局を逃げ出した。彼を逮捕しようとする、警官の心を感じたからだ。
しかし、部屋に帰る訳にもいかない。

彼は行きつけのバーに行く。そこには共感ボックスがあった。

「共感ボックスはないかい?」
「あれは、違法だ。ここには無いよ!...あれ?あんたレイじゃないか。あんたなら別だ。
   ここへ行ってみな、あんたの欲しいものがあるぜ」
レイは店主のくれた、メモの住所に行って見た。

「すいません。ここに共感ボックスはありませんか?私は警官じゃありません。マーサー教です。
   マーサーがどうなったか知りたいんです」
「奥にあるよ。あんた顔色悪いね」

レイは共感ボックスを握った。
しかし、マーサーはそこには居なかった。代わりに別の声が聞こえた。
「...あのハヤシと言う女を使うんだ」
レイには、クロフツの考えが全て判った。


しかし、それは、クロフツの方でも同じだった。
「マーサーにはつながらなかったが、レイにはつながった。そして私は理解した。レイは何も
   知らない、と言う事を。これは、まるでリー、君達のようなテレパスの持つ力だ」

「クロフツ! あなたは、レイとつながった事により、彼が無実ではないかと思っている。あなたの心は
   判る。計画を変えるつもりだな。無実のレイを逃がすつもりだ」
「私は、レイとつながって判ったんだ」

「テレパスの力を得て、混乱しているのは判るが、我々を裏切ったら、逮捕されますよ」
「判っている。裏切りはしない...」
「共感ボックスさえなければ、君たちはテレパス機能は持てない。それならばマーサー教が
   付け入る事もできないんだ。宇宙人の奴らめ。我々全員に、テレパスの能力を与えてどうするんだ?」


開放されたミス ハリスは飛行機のチケットを買おうとしていた。そこに現れたのはレイだった。

「どうして、ここにやって来たの?私を解放したのは罠よ!貴方は狙われているわ!」
「知っている。しかし逃げるんだ。俺は他人の心が読める。今は大丈夫だ。ただし、もっと人が
   少ない所へ行こう。ここでは、うるさ過ぎて、充分に周りの心が読めない」


二人は、街へ出た。急ぐ二人の前に、男が現れた。
「???」
男は、二人に向かい、"メリー ミール" と描かれた試供品を突き出した。
「試供品です。役に立ちますよ」

怪しげな男の渡す箱を、受け取り、二人は逃げた。
別々にタクシーに乗り、レイが先ほどの箱を開けると、中にはこうあった。

「家庭用品を作って、共感ボックスを作る方法」

レイはざっと、リストを見た。材料は、ラジオに電球など、十数点の品。充分手に入る!

あんな、試供品配りは、何人いるのだろう。
レイは、ズボンの折り返しに、その紙を入れ、空箱を投げ捨てた。


タクシーは止められた。FBIによる検問だ。
「お客さん、止まりますよ」
「ああ、わかった」
レイは深呼吸をして、検問官を待った。



..............


本人が解説で書いている様に、ディックは、この短編を元に、「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」を書いたのですが、
映画の「ブレードランナー」しか見ていない人は、どうして、これが原作の元なの?と思うかもしれません。

実は、原作の「アンドロイドは〜」の中の最重要テーマ、「小さな黒い箱」 [=マーサー教] の部分を全て、バッサリ切ったのが、
ブレードランナーの脚本なのです

不思議なもんですが、映画としては、結果オーライです!

記:2011.10.12


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三分 小説 備忘録

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