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ゴールデン マン ディック傑作選3(1992)-早川文庫
ゴールデン マン


ヤンシーにならえ The Mold of Yancy / フィリップ ディック 訳:小川隆のあらすじ
初出 If(1955.8) 原稿到着1954 短編 第74作

レオンはスランプだった。カリストにいるヤンスマンの中で、
今、彼が一番仕事をこなせていなかった。

スクリーンは、偉大なるヤンシーの3Dゲシュタルトを映している。
優秀なるヤンスマン達の、才能の集積だ。

ヤンシーは、話し出す。
「わんぱく坊主の孫、ラルフが、この前、道で何か見つけたんだ。近寄って見ると、それは何だと思う?」

そこで、ヤンシーは身を乗り出した。同時に、ヤンシーの顔つきが変わった。
次の担当のヤンスマンに切り替わったのだ。

「子リスだよ。その春、生まれたばかりの、可愛い奴さ。子リスは木の実を集めていたんだ。
   まだ秋、森には木の実が一杯だ。だが、その子リスは、知っていたんだ。これから冬が来る事を」

教訓のシーケンス。次が注意の喚起。そして、その次がレオン担当のシーケンスだ。

ヤンシーの表情に、ぐっと緊張が満ちた。別人の様だ。
「どうして、リスは冬の事を知っていたんだろう。それは奴には信念があったんだ」
そして、ヤンシーの手が上がる。レオンの番だ!

そこで、映像は止まってしまった。
レオンは失敗したのだ。創造できなかったのだ。

「レオンどうした?練習だから良いが、本番でこれじゃ、困るぞ」
「ああ、わかっている。今度はうまくやるよ」
「まあ、少し休め。働き過ぎさ」


地球政府は、カリストの国家状態が、全体主義に傾いていると言う調査結果を受け、
タヴァナーら三名を、カリストに送り込んだ。

「証明書を拝見します。そしてスキャンを...」
入国管理官は、タヴァナーの脳波をスキャンした。

「ご職業は?」
「非鉄金属の取引業務をしております。今回は、ただの休暇です」

「ふ〜ん。なるほどねえ。先に来ている、お仲間二人も、全く同じ回答をしましたよ。
   しかし、まあ良いでしょう。どうぞ、入国を許可します」
工作員の素性はバレているようだ。しかし、それでも、彼らは通した。自信があるらしい。


夜になり、三人の工作員は、バーに集まった。

「どうだ?何がわかった?」
「ああ。選挙による二大政党、マスコミの政府批判も自由。表面的な事かと思い、
   酒場で政府の批判をしてみたら、何人もが、乗ってきた。悪口の言いたい放題」

「全体主義的ではあるが、何ら強制されたものではない。思想犯など刑務所には
   殆どいない。破壊活動などなく、あんなものもOKなんだ」
カウンター上のテレビでは、裸の女性が踊っていた。

テレビは、別の番組に変わった。
「やあ、みなさん。今日も、一緒におしゃべりをしよう...」

「誰だい。このおじさん?」
「ヤンシーさ。人気評論家だと思えば良い。50過ぎの、田舎の気の良いおじさんさ。でも何でも知って
   るんだ。ヤンシーが、ある銘柄のタバコを吸うと言えば、たちまち、それが、一番売れる品になるのさ」

「この惑星で、一番人気のあるスポーツが、クロッケーだと言うのも、それがヤンシーの趣味だからなんだ」
「政治的な意見はどうなんだ?」
「う〜ん。穏健な保守派って感じかなあ?まあ、気にはならないよ」

「ふ〜ん。まあ、ともかく俺が調べてみよう。他に気になる事もないし」
「えええ??彼は退屈極まりない、凡人なんだがなあ...」


タヴァナーは、ヤンシービルの受付にいた。
「はああ、しかし、ヤンシーさんは、大変お忙しい方ですので、とにかく、ご面会の
   希望が多いんですよ。ご予約、頂かないと、ご面会は承りかねます」
「じゃあ、予約しよう。何時になるかね?」

「四ヵ月後になります。ここに、ご連絡先を書いて下さい」
「四ヵ月?そんなに、この星では人気があるのか?外では全く無名だがね。そんなに
   有名なら、他の星にも進出したらどうかね?」

「いえいえ、人気があると言っても、この田舎の衛星での事ですから、文明の進んだ
   星から見れば、ただの田舎者ですよ。この衛星だけで、通用する事です」


タヴァナーは、室内モニターに映る、ヤンシーの撮影風景を見ていた。

モニター上の、ヤンシーのゲシュタルト。
机を前にし、考えにふけるヤンシー。

「現在は、今度の日曜晩の番組を撮影中です」
「彼がヤンシーですか...」


ヤンシー家の居間には、ヤンシーの夫人がいた。
ジョン エドワード ヤンシーとマーガレット エラン ヤンシー。
孫のラルフ。そして愛犬。

ヤンシーが語る。
「...つまり、我々にとって大事なのは、協力と言う言葉だ。ご存知だと思うが、私は...」

そこで、映像は突然止まった。
「...技術的な問題が発生したようです。必要があれば、ここにある文献は自由にご覧になって構いません」
「ありがとう。では見させてもらおう」


ヤンシーが、これまで語ったテーマは、多岐に渡った。
現代美術、ニンニク料理の健康への関わり、戦争に、教育問題、税金、結婚、離婚...
全ての事に詳しく、何にでも、明確な意見を持っているようだ。

録画テープを、片っ端から見た。

そこでは、孫の食卓でのステーキの食べ方マナー、について述べていた。

次の番組は、ヤンシーを有名にした、火星−木星間戦争についてだった。
人々は、ヤンシーの戦争に対する意見に、熱狂したようだ。
では、ヤンシーは、戦争について、何を語ったのだろう。

そこで、彼は言っていた。
「私は、戦争には反対だ。しかし、戦わなくてはならない戦争もある...社会を守る責任は我々にある。...
   しかし戦争はくだらんものだ...正義の戦争には志願しろ...無意味な戦争ならお断りだ...」

タヴァナーは気が付いた。ヤンシーは言う。
「飼うなら、猫より犬だ!」
「グレープフルーツ ジュースは、砂糖入れなきゃ、酸っぱくて飲めた代物じゃない」
「早起きは、人生を成功する鍵だ」
彼は、こう言った生活の問題には、極めて明快な、確固たる即断をする。

しかし、話が税、教育、戦争と言った。政治的な問題になると、
とたんに、彼は雄弁に、しかし、結論のない意見を述べるのだった。

始めに、ある意見に対して賛同が述べられる。しかし、次の文脈では、始めの意見は否定される。
次に、しかし、と再び、始めの意見は肯定される。ところが、次の文脈では、また否定されるのだ。

時々、ある意見に偏った放送がなされる事がある。しかし、それも翌週には、
逆側に偏った意見で、打ち消されるのだった。


結局の所、ヤンシーは、どうでも良いことには、確固たる主張があり、大事な事には、
何も意見がない、極めて、"無害" な人間だ。

しかし、それが、ヤンシーの信奉者達には、まるで、自分達には、意見がある!
それはヤンシーの意見と同じだ!と言う幻想を与えているのだ。


ここでは、全体主義社会が成立している。誰もが、自分は自由な意見を持っている、
それは、あの自由なヤンシーと同じ意見さ。と、思う。
つまりは、単一の思想だ。

やがて、人々は、自分の息子にはジョン エドワード。
娘には マーガレット エランと名づけるだろう。
産まれた彼らには、お手本がいる。ヤンシーの孫達だ。
これが、彼らカリスト人が作った全体主義社会なのだ。


ヤンシー ビルを出たタヴァナーに、声をかけた者がいた。レオンだった。
二人は、レオンの家に行った。

「私は、ヤンシーのゲシュタルトを作っている人間です。ヤンシーなんて
   本当はいないんです。みんなで、映像を作っているんです」

「その目的は何なんだ」
「ある大企業が、木星の衛星の市場の独占を狙っている、そうなるとガニメデとの戦争は
   避けられない。そこで、国民を大人しくさせておくために、ナンシーが必要なんです」

彼の家には、子供がいた。
「私の息子です。彼は生まれた時からヤンシーのテレビを見ながら育ってきました。
   それなりに優秀なんですが...おい、お前は戦争をどう思う」

「戦争には反対だよ、パパ」
「しかし、正義のための戦争なら?」
「それは、絶対に戦うべきだよ」

「今、ガニメデと戦争になっている。それは、戦うべき戦争かな。そうじゃないかな?」
「う〜ん。わからないなあ。それは、きっとヤンシーが教えてくれるよ」

なるほど。彼らは、自分には確固たる意見があるとおもっている。しかし、それは幻想だ。


タヴァナーは、ヤンシービルに乗り込んだ。

「..まって下さい。いくら地球政府の命令でも、すぐに放送を中止する事は困難です」
「実際にいない人間が、商品を推薦していると言うのは、虚偽の広告に当る。放送法を
   見てみろ。これまで君たちが、ヤンシーを使っておこなってきた事は、法律違反だ!」

「しかし、大衆にとっては、ヤンシーは実在する人物なんです」
「君たちの言う事もわかった。それでは、こうしよう。ヤンシーの番組は、すぐには
   止めない。しかし、これからは、我々の渡す番組を、流して欲しい」


レオンは、タヴァナーに、ヤンシーの番組のビデオテープを渡した。
「一人で作るのは大変だったろう」
「大丈夫ですよ。私は、観客に考える事を思い出させたいんです」


日曜日の番組で、ヤンシーはこう言っていた。

「今日は暑い。いやあ、まったく嫌になっちまう。さて、貴方に聞く。
   今日の暑さは、どうだろうか? ああ、そうだ。酷い暑さだ。
   このプリムラ草を見てくれ。こいつには、こんな暑さは耐えられない。
   しかし、こっちを見てくれ。ダリヤだ。
   こいつは、活き活きしている。こいつには、この陽射しはちょうど良いんだ。
  
   さて、最初の質問に戻ろう。

   今日の暑さは、どうだろうか?
   そう、その答えは、立場によって違う、と言う事さ、そして、今日の私は、プリムラ草の立場のようだ...」

ヤンシーの部屋の雑誌は、「愛犬物語」から、「科学の不思議」に変わっていた。

変化は小さい。しかし、人々は知る。世の中には、色々な意見がある事を。
皆が一様ではない。人は、一人一人違うのだ。あなたとヤンシーが違うように。

来週、テレビ前の観客は驚く事だろう。
何故って、あのヤンシーが、こっそり、ボッシュの悪魔の絵画集を持っている事を知るのだから。


..............


結末のつまらなさは、別として(つうか、単なる内政干渉ですよね)...
このヤンシーに関する考察は、極めて示唆に富んでいると、私は思います。

ここに出て来る、何にでも口を出すが、重要な事には関しては、何も結論を語らない。
そのくせどうでも良い問題には、極めて明快な即断を下す....

今の日本の、"テレビ コメンテータ"とか言う奴らは、このパターンですね。
たぶん、彼らは、誰かが造った、"ゲシュタルト"なんでしょう。

と、言うより、これは "マスコミ" と言うものの、 "本質" の気がします。

オーウェルが "1984" を書いたのが、1948年だそうですから、それから7年後に、この物語
は書かれています。ビッグブラザーと言う単純な悪者を描いた教条的な作品と、このヤンシーと言う無害に
思える男の話の差は、現在(2011年)の視点から見ると、子供と大人の考えの違いです。
(しかし、この教条性が好きな人も、いまだにいる訳ですからね...はああ)

しかし、これがディック言うところの、「穏やかな、しかし根源的な、全体主義社会」かと
言うと、それも違うと思います。そこは、正にディック的な "妄想" ではないですか?

記:2011.10.08


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