3 Minutes World 3Minute World 3Minutes World 3Minutes World 3Minutes World 3Minutes World 3Minutes World 3Minutes World 3Minutes World

時間飛行士へのささやかな贈物(ディック傑作集2)-早川文庫
時間飛行士へのささやかな贈物


父祖の信仰 Faith of Our Fathers / フィリップKディック 訳:浅倉久志 のあらすじ
初出 Dangerous Visions(1967) 原稿到着1968 短編 第108作

これも、ちょっと複雑なので、背景紹介
この世界には 共産主義国が世界を支配している。アメリカも中国の統治下にある。それで、登場人物の多くが中国姓である。
しかし、その背景には?
登場人物は複雑ではないし、ネタばれに直結するので、説明しません。


ハノイの街頭で薫(トン)はカートに乗った両脚のない、物売りと目が合った。
(しまった)
慌ててトンは逃げるが、物売りは、カートを押し、「同志!」と叫び、跡を追う。

(だめだ)
追いついた物売りは、早速、薬草の売り口上をまくし立てた。
「いや、けっこうだ。私は健康だ。必要ない。私が罹っている病気は『日和見病』だけだ」
「しかし、あなたに拒否する権利はありません。何故なら私は、復員軍人だからです」

トンは仕方なく、売り棚から、殺精子剤を取った。
「それは、御婦人用ですが?」
「何を買おうと自由だろ。要は買えば良いんだろ」
そして、高インフレ下の"高額"紙幣を、何枚も、そいつに渡した。

「ところで、あなたには悩みがありますね」
物売りはトンの顔を覗き込んだ。とんだプライバシー侵害だ。
「テレビを毎晩、ご覧になりますか?」
「ああ、見るが、それがどうした?」
「では、この眼精疲労用の漢方薬をどうぞ」

トンは追加料金を払い、逃げ出した。そして思った。(世の中、間違っている!なぜ復員兵士を特権化したんだ!)


オフィスの中、待っているトンの所に、上司のツォピンが、白人の男ピーセルを連れて来た。
「トン君。こちらピーセルさんだ。この国で、共産思想浸透に長らくご尽力されて来た」
「まだアメリカには、共産思想を普及する余地が多い。何故なら彼らは、表面上は正しいスローガンを口にするが、内心は、
   それを信じていないからだ。君に2000人の学生の中で、誰が本当の帰依者で、誰がそうでないかを見極めてもらいたい」

(2000人!)
このクソ仕事にトンは、心で憤ったが、笑みは欠かさなかった。
「しかし、2000人となると、私一人では、とうてい...」
「君にはスタッフがいるな。予算も今年は増額されている。できない訳はないだろう」
上司ツォピンは、オフィスにある『人民の恩人』の全身像に近づいた。
センサーが働き、像の中の録音テープが回り出した。例の訛りで。
「わが子らよ。平和のために、働け」
トンはうやうやしく拝聴した。

ピーセルは言った。
「さて、次の件だが、この二通を、トン君に吟味して貰いたい。これで、あなたの適性が判る。うまく行けば、
   文化省の副参事官に栄転し、キステリギアン勲章が頂ける」

キステリギアン勲章!
「その二通とは?」
「一つは、忠実な党員が信念を持って書いたものであり、もう一つは、プチブル思想に染まった堕落者が、
   書いたものである。どちらが、どちらであるかを見極める。それが君に与えられた課題だ。

トンは、一つ目の表紙を見た。
「13世紀のアラビア詩人の中に予見された『絶対恩人』の教え」

彼は始めの論文を読んだ。
「『...一度、二度しくじっても彼は続ける。山でも谷でもない、ただの平原に花を探す...』
   なるほど、これは力強い詩ですね」
「それは、どちらが書いたものですか、もう、お判りでしょう?」
「いや、もう一つの方を読んでから、回答致します」

上司ツォピンは言った。
「やはり、トン君には、ゆっくり吟味する時間を与えるべきでしょう。彼は余暇時間に、こなしてくれますよ」
(くそ!なんでこんなクソ仕事を、白人からやらされなければならないんだ!)


狭い部屋に戻り、トンはもう一つを読む。17世紀の英国詩人の一節の引用だ。
「...最後の時が来た。芝居の舞台は崩れる。生者は死ぬ。死者は蘇る。音楽が空を狂わせる...」
なんだ?こりゃ?17世紀の詩人が資本主義の没落を予見していた、とでも言うのか?

その時、居間のテレビが鳴った。主席の演説が始まる。モニターにはカメラが取り付けてある。
視聴する我々の姿は、監視されている。
「わが子らよ。わたしの心は皆の上にある。特に、ハノイに住むトン チェン君の上にだ。彼は今、
   困難な仕事を人民のために行っている...トン君聞いているかね?」
「はい、主席閣下」
おもわず彼は呟いた。そしてトンは、この放送に欺瞞性を感じた。こんな放送が、本当に行われているのか?
俺に語りかけている?本当か?

彼は仕事に戻る。その前に一服と、ポケットを探ると、例の薬草が出てきた。思い出して腹が立った。
しかし、その薬草煙草の袋を見ると、小さな文字が書かれているのに、気がついた。

「党員として不安を感じませんか?硬直した歴史に埋もれる不安を」

トンは驚いた。思わず、その紙を握り潰した。そして、その薬草煙草は嗅ぎ煙草だった。
彼はそれを吸引してみる。演説は相変わらず続いていた。


玄関のベルが鳴った。開けると、ビルの管理人がいた。
「トン同志、君は主席の演説を聞かず、怪しげな嗅ぎ煙草を吸引していたね。赤の罰点、2点が付いた。
   今日の演説は君のためのものじゃないか。どうして聞かない?」
「それは怪しいものだ。主席は80億の人民を統治している。それが俺の話などするものか」
「しかし、私ははっきりと聞いたぞ。ともかく、再生機能を使い、頭から注視するのだ。良いな!」

トンは、屁で答え、ドアを閉めた。居間に戻りテレビのスイッチを消した。しかし消えなかった。
電源コードを抜いた。しかし消えなかった。テレビは自動的に、主席の演説の再生を始めた。


トンは嗅ぎ煙草を思いっきり吸った。すると、テレビの画面が消えた。いや消えたのではない。
本当の画面が見えたのだ。そこに映っているのは、主席ではなかった。人間でもなかった。
電子回路とスピーカーの機械だった。ただ偽足が生えていた。音も音声ではなかった。ピーピーと言う機械音だった。

このサイケデリックなドラッグは、一体、何だ?俺は騙されたのだ。

トンは警察に通報する。悪質な幻覚をもたらすドラッグの事を。
警察は、トンからそのドラッグの残りを徴収し、薬売りの人相を聞いて帰った。

すぐに、警察から回答が来た。警官は言う。
「あの薬品は幻覚剤ではなく、逆です。フェノチアジン、抗幻覚剤です。違法でも、劇薬でもありません」

トンは、その説明に全く納得がいかない。では、俺の見た幻覚は何なのだ?

その彼の部屋に、見知らぬ女が訪れる。トンは直感で判る。俺を昨日から監視しているのはこの女だ。女は尋ねる。

「あの嗅ぎ煙草を吸った後に、何が見えましたか?私はそれを調べています。
   それは水棲の牙がある生物でしたか?地球上にはいない...」
「いや、機械だ。話す言葉も聞き取れなかった」
「そうですか。では、あなたはあれが何だと思いますか?」
「...」
「あなたが見たものは『わめき屋』と呼ばれるタイプです。ある人は『丸呑み屋』=水棲の怪物を、
   別の人は『鳥』を...私が見るのは『こわし屋』、嵐です」

「君達は何ものだ?市民としては、君の活動を報告する義務がありそうだ」
「私たちの行動に、全く違法性はありません。合法的な薬、合法的な訪問と会話。私達は次の実験の候補として、
   有能な国家幹部候補を選びました。貴方です。あなたは『試読審査』の対象になるほど、有望です」
「...(『試読審査』?初耳だが、上司ツォピンの持って来た仕事が、それなのか?)」

「『試読審査』の答えはでましたか?あなたの将来を左右する大事な件ですわ。あ、私はタニア リー、
   あなたと同じ省の下級官吏です」
「お前は、『試読審査』の答えを知っているんじゃないか?」
「そんな事より、あなたは、ご自分の飲んでいる水道水に幻覚剤が大量に含まれている事をご存知?」
「何の話だ?」
「ダトロックス3、水道水に含まれ、我々はいつもそれを多量に摂取しながら、暮らしている。
   それの効果を打ち消すのがフェノチアジン」
「じゃあ、あの時の主席の姿が、本物?」
「そう単純でもありません。そうだとすると、我々は幻覚で同じ物を見て、現実ではバラバラなものを
   見ている、と言う事になります。では回答を教えます。『アラビア詩人』の方が正統ですわ」
「...」
「もう一つ、疑問がありませんか?何故、主席は、今日、あなたを名指ししたか?」
「ああ、疑問だね」
「あれは疑問ではありません。主席は有能な党員には大きな期待を抱きます。つまり、あなたの将来は約束されているのです」
しかし、トンは素直に喜べなかった。そして、立ち上がり、電話に向かった。

「君の件を警察に伝える」
「それは、二番目に愚かな行為ね」
「二番目?じゃあ一番目は?」
「今後、一切、フェノチアジンを使わない事。私達はあなたに期待しています。主席は、滅多に人とは会わない。
   あなたは貴重な、面会が出来、二人きりになれる可能性がある。だからフェノチアジンを飲んだ状態で、主席と会って欲しい。
   それが、我々の望み。だから正解を教えたのよ。あなたにはステップを登ってもらいたい」
「だが、俺は自力で正解に辿り付けたはずだ」
「そうかしら?この問題は、あなたを混乱させる様に作られているのよ。あなたの昇進を望まないものが作っている。
   だから、あなたが、騙され易い用語が散りばめられている。あなたが、引っかかりやすい罠がね。それに、ここを
   通り過ぎても、主席と面会できる地位までには、様々な罠が仕掛けられている。今回の問題程度がクリアできても、
   安心しない方が良いわ」
トンは全く否定できなかった。

「次に接触するのは私じゃないわ。我々は様々な方法で、あなたをバックアップする」
つまり、俺は監視され続けるのか。


翌日、トンはピーセル氏に、アラビア詩人の答案を差し出した。
「こちらが、正統です。あちらの文書は、表面的な忠誠を...」
「もう、けっこうです。トンさん。昨日の演説を聴きましたか?主席はあなたに大きな期待を抱いている。
   私はこの件で主席から親書を頂きました....あれ、おかしいな?持って来たはずだが...ともかく、
   木曜日にあなたは、晩餐会に招待されました。主席と、フレッチャー夫人とご面会できる」
「フレッチャー夫人とは?初耳ですが?」
「君は、存知上げないだろうが、主席のお名前は『トーマス フレッチャー』、白人だ」
「白人?テレビで見る主席の姿は?」
「あれは、色々な意味で加工されている。イデオロギー上の理由でね...君は、実際に主席の姿を見て、
   失望するかも知れない。しかし、それは、我々が主席に対して、過剰なイメージを持ったせいだ。主席だって
   人間なのだからね。それに会場ではアンフェタミンが与えられるが、それは、きちんと飲んだ方が良い。
   いや、酔い止めになるんだよ」


トンはあの物売りに出会わないように注意をしていたが、木曜朝に、ついに捕まった。タクシーに逃げ込むトンに、
物売りは嗅ぎ煙草を投げつけた。


パーティー会場で、トンは徹底的に調べられた。肛門部まで調べられたが、フェノチアジンは発見されなかった。
既に服用したいたからだ。効果は4時間。

そして、主席=絶対の恩人の姿を見た。テレビで見た姿とは異なっていた。

これが『水棲の牙がある生物』なのか?いや、そうではない。形がないのだ。見ようとすると消えてしまう。
うっすらと見えるだけで、背景が透けて見える。それだけではない。
その怪物は、出席者に取り付き、生命を吸い取って行く。

気が付くと、周りの人間がなめくじの様な不定形の生物になる。トンもだ。
その間を怪物は歩き、生命を吸い取る。飽くなき欲望で。こいつは、邪悪な化け物だ!

トンはアラビア詩の一節を思い出す。俺達は、いのちの花、その野に踏み込み、むさぼり食うのがお前だ。
俺はお前の名を知っている。それは「神」だ。


「トン君!会えて良かった」
しかし、その言葉は化け物が発したのか、それともトンの頭の中に浮かんだのか?
「トン君。帰りたまえ。私は君になど興味はない。私は全ての事が出来る。私自身を殺す事さえ出来るのだ」
その言葉にトンは震えた。
「私は全てを司る。全てを見守る。それぞれが、やがて倒れ、死ぬ。しかし私は手を出さない。見守るのだ。
   ただ、見守るのだ。安心しろ、君は見守られている」
そして、その言葉通りに、化け物は、幾千、幾万の目と成った。

目は見守る。生き物を見守り、踏みつける。
トンには判った。「死」とは「神」がもたらしているのだ。神は人を狩り、食う。それが「死」だ。
奴は永遠の時間を手に入れ、全ての人間を、弄び、喰らう。俺達はそんな歪められた世界に住んでいる。

ちくしょう。トンはこいつの世界から抜け出すために、ビルの窓から、飛び降りる。
下降するトンの肩に触れるものがある。触手だ。
「私を信頼しろ」
トンは元のフロアに戻される。

「お前が、党を作ったのか?」
「私は、全てを作った。党だけではない。君たちの反対勢力も、作ったし、全てをだ」
「楽しいか?」
「ああ、君にも楽しんでもらいたい。ただし、君は生きている間、ひとつ、ひとつ、大事なものを失って行く。
   そして、絶望に死に向かった時に知るのだ。この世には、私より、もっと恐ろしいモノがある事を」

トンをそいつを殴りつけた。トンの頭に衝撃が走り、気を失った。

気が付くと、酔っ払ったトンが、会場から追い出されている所だった。


翌日、タニア リーがやって来た。
「あいつを見た?地球外生物だった?敵意はあるの?」
「ああ、だが敵意と好意、両方だな。敵意が強い。君は神を信じるか?」
「いえ。仮に唯一神がいるとしても、彼は人間には興味がないのよ。人間が死のうが、動物が死のうが、神はいつも知らん振り」
「こう考えた事はないか。善と悪は同じものだ。神は善であり悪である。俺は見た。壊し屋、丸呑み屋、鳥...
   そんな幻覚を。ただ幻覚である時は、まだ良かった。今の俺は奴の存在を信じている。見ろ!この聖痕、
   この痣は奴に付けられたものだ」

「君は結婚しているのか?」
「いえ、今はしてないわ」
トンはアニタを抱く。トンの聖痕からは血が流れ出していた。


..............


ふ〜ん。初出はエリソンの『危険ヴィジョン』ですか。それで、タニア リーとタニス リーの関係は?まあ、良いか。さて、
ビックブラザー的な共産主義監視国家と言う設定は、「輪廻の車」と同じですが、あちらにあった共産的宗教主義が、単純な共産主義設定に
なっており、まるで「1984」的な教条主義に近くなっています。

ようするに、「輪廻の車」の方がレベルが上!

、と言う訳ですが、覚醒ドラッグの登場から、「暗闇のスキャナー」的な展開になる所で、駄作に陥る事を防いでおります。さすがディック。
と思っていたら、グヌークス主義が顔を出し、例によってのグスグス終り...言いたいこと言って、やったら、おしまいかい! 最後の、
大慌てのベッドシーンは、実物を読んで下さい。なんか、唐突で笑えます(ここが、一番、妄想っぽい?...と言う事は、まだ、
悪夢の中で、会場にいる可能性も??)。

しかし、「暗闇のスキャナー(Scanner Darkly)」と言えば、あの冗長な作品は、私にとっては駄作ですが、あれを、ヴァン ヴォウト的な
手法(謎造りと場面転換)で書くと、今回の作品になる気もします。あの"ぼんやりした(Darkly)"話に比べると、見通しがシャープです。

ところで、ディックはジャズファンかなあ。このタイトル Faith of Our Fathers はホレス シルヴァーの名曲、The Song Of My Fatherっぽい?
で、タニア リーは??

記:2012.08.28


  3 Minutes World 3Minute World 3Minutes World 3Minutes World 3Minutes World 3Minutes World 3Minutes World 3Minutes World 3Minutes World

三分 小説 備忘録

  [どんな落ちだっけ?]




・ホーム
・ディック1トップ
・インフォメーション
・掲示板
・お問い合わせ