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悪夢機械-新潮文庫
悪夢機械


出口はどこかへの入口 The Exit Door Leads In / フィリップKディック 訳:浅倉久志 のあらすじ 初出 Rolling Stone College Papers(1979.Fall) 原稿到着1979 短編 第118作

ボブはロボットが嫌いだ。

奴らは、こそこそとし、こっちの目を見て話をしない。
それに、奴らが去った後は、必ず、ちょっとした貴重品が無くなっている。

あんなものは無くなればよい!

と、ファーストフード店の列に、並びながら、思った。
先頭の客が話しているのは、勿論、ロボット。
今時、高級店でなければ、人間が接客してくれる事などない。

「え〜っと。ハンバーガーとポテト、ストロベリー シェーク...
   いや、ハンバーガーは止めた。スーパー ダブル チーズ バーガーと...」
「お客様、お待ち下さい。先ほどの注文時点で、既にハンバーガーは発注されております。
   ハンバーガーは2つ注文されますか?」

「いや、始めのハンバーガーはなしだ」
「一度、注文されたものの取り消しは出来ません」

「じゃあ、ハンバーガーで良いよ」
「1000ドルです、お客様、お待ちの時間の間に、今週の懸賞に応募されますか?
   ...では、応募されますね」


現代の情報の伝達は、光のスピードで行われている。
ボブの兄は小説家だ。彼が、小説を思いつき、始めの10行を書いた。
そこまで、書いたら、もう輪転機は回り出したそうだ。

「何の懸賞だ?一等は何だ?」
「それは、まだお答えできません。しかし人生にとって重い、ものです」

「重い?重力か?ニュートン....王立ニュートン大学...」
「大正解です!あなたは2兆分の1の確立を射止められました。では6ドル払って下さい。必要経費です」

「で、ハンバーガーは、どうなった?」
「そんな暇はありません。すぐに荷造りを始めて下さい。エジプトまでお送りします」


ボブが部屋に戻ると、映話が鳴った。
「やあ、少尉。私はカザルス少佐。君の上司にあたる者だ。君は入学と同時に軍に所属した。
   つまり君は、私が『小便を飲め』と言ったら、飲む訳だ。よろしく頼むよ」

ボブは思った。俺は生まれる時代を間違えた。
一世紀前なら、こんなテクノロジーは発達していない。
一世紀後なら、こんなペテンは法律が禁止している。

しかし、彼は諦めた。
世の中は、彼の思い通りに行かない事だらけだ。
何故、稼いだ金の大半が税金に持っていかれるのか?
何故、付き合った女の娘が、酷い言葉を残して去って行くのか。

今度はロボットに騙されて、軍に徴用だ。大学と言う罠にかかって。

奴らは、書類をタイプで打つだけで、俺を手に入れる。

Sのキーが打たれたら、それはSLAVE(奴隷)。
Hのキーが打たれたら、それはHELL(地獄)
最後のYのキーは、YOUだ。


大学に着き、ボブはカザルス少佐に聞いた。
「もしも私が、ハンバーガーを買わなかったら、どうなりました?」
「その時は別のチャンスを狙うさ。君は、どのみち、ここに来るんだ」

「何時まで、ここにいるのですか」
「君が全てを学び終わるまでさ」

髪を短く切られ、軍服を着せられた。
「これは、ホモ セクシュアルのテストですか?」
「君には、よく似合うよ」


「ねえ、シラバスって何?」
「講義科目って事さ」
ボブは、話しかけてきた女性メアリーと親しくなる。そして、他の新入生と一緒に最初の講義に出た。
それは、『ハイエナのハービー』と言う映画だった。

ハービーはロシアの怪僧ラスプ−チンを暗殺しようとする。
毒を盛り、銃で撃ち、爆弾を渡し、短刀で刺し、鎖で縛って河に沈める。
次は手足を、四頭の馬に縛って、バラバラに引き裂く。最後はロケットに縛り付けて、月行きだ。

しかし、ラスプーチンは神出鬼没であり、ハービーの手をすり抜け、いつも消えうせる。
ボブは退屈だった。そのうち、これはハイゼンベルグの不確定性理論のアナロジーではないかと、
言う気さえして来た。不確定な素粒子の運動だ。


アニメが終わると、カザルス少佐の講演が始まった。少佐はこの大学が軍に所属しており、
講義の内容には、機密事項も含まれると説明した。

その機密事項の例として、パンサーエンジンなるものが、紹介された。

「パンサー エンジンはふたつのローターからなるシステムで向かい合ったローターの主軸は共通の
   役を果たしている。これは単一のカムチェーンでつながれているので、ヒステリシスなしに逆転できる」

誰かが質問した。
「パンサー エンジンのデータにアクセスする事は出来るのですか」
「できない。既にデータは削除された。仮に君たちが、新たにパンサー エンジンの情報を入力したと
   しても、システムはそれを削除する...」


そして、各自の専攻が発表された。
メアリーは化学、ボブはソクラテス以前の宇宙論だ。
学問のための学問。実用性のない学問...辺境の惑星でなら就職口も...


部屋に入り、ボブは学習プログラムを起動した。

タレスの、水に浮いた世界=宇宙のモデル。
かつて、世界=宇宙は水に満ちていた。であるので、内陸部でも海の生物の化石が見つかるのだ。

それから、様々な哲学者の宇宙論。
アナクシマンドロス、アナクシメスに、パルメニデス...もう、たすけて、くれっス...

そこまで見て、クラーシスと呼ばれる神的存在の説明に質問すると、
『それらは、相互に対立』しあっており、その様な例の説明として、奇妙な図がモニターに表示された。

よく見ると、そこにはパンサー エンジンの文字が!
ボブは慌てて、画面のデータを印刷した。


(奴らが、消したつもりの機密条項パンサー エンジンが、ここにあった!
   この誰も興味を持たない、ソクラテス以前の宇宙論の学習資料の中に紛れ込んでいたのだ!)

パンサー エンジンの資料には、こうあった。
「...このエンジンの効率は極めて高く。これを使う者全てに、等しく、恩恵は、こうむられるであろう...」
軍は、この優秀な発明を公表せず、握り潰そうとしている。これは、陰謀だ。

どうしたら、良いのだろう?
そして、軍は、僕がこれを入手した事を知っているのだろうか?

ボブは、メアリーに相談した。
「僕は、パンサー エンジンの情報を入手した。偶然だ。軍のミスと言っても良い。どうすれば良いだろう」
「ええ?」
「だから、パンサー...」
「声が大きいわよ!良く考える事ね。貴方の得たものは、とても重要な情報。でも軍の機密事項...
   私にはどうすれば良いか、判らないわ」

「僕は、犯罪した訳じゃない。彼らのミスなんだ」
「じゃあ、軍に注意してあげたら、こんな情報が漏れてますって...」
「..そうするべきなのか?..」

「とにかく、私にアドバイスはないわ。聞いてないもの、共謀罪になるなんて、まっぴらよ。
   でも、あなたの行動一つで、人類文明に、安価な動力源が供給され...いや、私は、何も言わないわ」
「でも、公表してしまう、と言う手もある。15分もあれば、全太陽系に情報は、行き渡るよ」
   (管理者注:あれ?速いな?と調べたら、太陽系ではなく、土星の軌道の端々でも28億Kmで、光で158分でした)

「発表したら、残りの一生を刑務所暮らしになる事もあるし、
   逆に人類の英雄として死ぬまで尊敬を受けるかもしれないわ」


メアリーと別れて歩いていると、ボブは衛兵に拘束され、カザルス少佐の部屋に連行された。

「設計図を探しているんだが?」
「何の事です」

「パンサー エンジンだよ。君は、資料を出せと端末に命令を打ち込んだようだね?どんな手を使ったんだ?」
「パンサー エンジンの設計図?そんな物はないと言う説明を受けましたが?」

「コピーを取ると、保安課にも、同じ物が届く。それが、あの設計図だったんだよ。要求者は君だね?」
「くそったれめ!」

「まあまあ、落ち着いてくれ。我々は君にブタ箱に入って欲しいんじゃない。設計図を取り返せば良いんだ。
   返してくれれば、不問に処すよ」
「考える時間を下さい」
「いいよ。考える事は良い事だ。ここは大学だ。ただ、君はこれから、我々の監視下に置かれる。それは承知してくれ」


その夜、ボブは自分が死んだ夢を見た。そこには、父がいた。母もいた。どちらも、戦争で亡くなっているのに。

自分が死んだら、そこでは誰が待っているのだろう。
父か?

父の姿は、いつの間にか、カザルス少佐の顔に変わっていた。
結局は、忠誠の問題なのだ。ボブは理解した。


「これが印刷したエンジンの資料です。他にコピーはありません」
「本当か?名誉かけて言えるのか?」

「はい」
「よろしい。では君は放校処分だ!」

「どうして??」

カザルス少佐は、机のボタンを押した。
ドアが開き、女が入って来た。メアリーだった。

「大学!」
「大学?メアリーが大学なのか?」
「そう、私が大学なのよ。そして貴方は基準に不合格になったわ。全人教育をする上では、
   不服従と言うのも、立派な事なの。でも、これだけは教える事はできない。生まれ持っての素質ね。
   そして、貴方は、機密情報が人類に取って有用だと知りながら、公表しなかった。失格ね」

「僕は忠誠心から、公表しなかったのです」
「誰に対する忠誠心かね?」

「少佐、あなたに対してです」
「君に『小便を飲め』と言った私にかね?」

「もう、いいです...」


ファーストフード店の列に、並びながら、思った。
今では、俺もロボットだ。人の目を見て話をせず、こそこそと辺りを探るような態度。

「何になさいますか?」
「チーズバーガーにフライドポテト、ストロベリー シェークだ。あと、今週の懸賞はないかい?」

ロボットは動きを止めて、考えていた。
「...ボブ バイブルマンさん。貴方にはもうありません」
「そうかい。そりゃ、残念だ...でも、俺は、自分に欠けていた物が、判った。それは不服従だ。
   だから、このハンバーガーの金は払わん!」

ボブはトレーを持ったまま、歩き出した。
「900ドルですよ!ボブ バイブルマンさん!法律を破って良いんですか?」

「ちくしょう...わかったよ...」
ボブは戻り、財布を出した。

「そうです。バイブルマンさん。世の中は貴方みたいな人が必要なんですよ」


..............


冒頭の件は、ロボットのような、ハンバーガーチェーン店員さんのマニュアル対応に対しての、からかいなんでしょうか?
「今なら、30円でポテトがLサイズになります!」

これは晩年に近い時代の作品なので、悪く言えば、スレた作品です。ふざけた、または、
とぼけた描写が沢山あります(この、あらすじでは、かなりカットしましたが...)
この感じは、個人的には好みではありません。ニューウエーブ系の作品に、近い感じですかね。

あれはジャンルとしては、嫌いではありませんが、ディックの場合、他に名作が多くありますので、
わざわざ、読まなくても...なんて言うなら、お前、デーモン ナイトなんかの、あらすじ、書くな!..
って言うか、あらすじ、読むくらいでちょうど良い作品なんじゃないかな、って思って、書いてるんですがあ...

で、この話ですが、きっと公表したら、軍は彼を拘束するでしょうし、公表しなければ、この未来のウィキ リークスみたいな
奴らに、断罪される。たぶん、どちらを引いても、ハズれるシステムなんでしょうね。

まさに、そこが『不確定性理論』のアナロジーなのかも知れません。
だから、あのシーンがあるんでしょう(と言う訳で、”あらすじ”のくせに、筋に殆ど関係ない
『ハイエナのハービー』、の件を入れたのは、そう言う理由です)。


記:2011.10.18


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三分 小説 備忘録

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