手続きに大学へ。事務棟へ入ると、いきなり緊張した空気。学部前期課程の窓口の向こう側に事務員三人。窓口のこちらに、学生一人。学生は斜め下方45度を見つめたまま、体をこわばらせている。腕組した事務員は、三人で、彼を見下ろし、なにやら説教している。
万引きでもして突き出されたか。ドラッグに手を出したか。あるいは、学内で物を故意に壊したり、人を傷つけたりしたか。
ボクは思わず耳をそばだてた。
「君自身の将来を考えて…」と事務員。対して、相変わらず斜め下方45度を見つめたまま、身じろぎ一つしない学生。やっぱ、悪いことしておこられたのかなあ、と、離れたところで思うボク。
「転部だってあるし、...」と事務員。ん、なんだか、話がちがってきた。
「いくら、理系で進学したくないからって、そっち方面で就職したくないからって、何も...」「キミの将来のことを心配しているご家族のことも考えなさい…」と、事務員。
いや、どうも、悪いことして怒られてるんじゃないなあ。たぶん、この子、退学届を出しに来て、再考を促されてるんだね、これは。理系に入ったけど、いろいろな理由があって、思いつめて、若干の鬱状態に陥っていて、退学届を出しに来た、ってところか。退学しないで大学にとどまって、方向転換すればいいじゃない、ここはひとまず退学届を引っ込めなさい、と、事務員が説得してるんだ。―と、思いつつ横目で彼らをしげしげと眺めるぼく。
「放送作家として売れたから退学じゃ!」とか、「主宰している劇団が成功したから退学じゃ!」とか、「ベンチャービジネスがあたって社長業が忙しいから退学じゃ!」とかなら、退学するのも一つかもしれないけど、ああ鬱状態だと、大学にいた方が、適切だろうね。
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