2004年 11月の雑記
 
 
2004. 11/29(月) 今さらアテネ(8)
雑記としては1ヶ月以上ぶりの更新だ。前回でアテネのことは書ききったつもりだったのに、まだ頭に残っているものがあった。といってもオリンピックではなく、パラリンピックのほうだ。

 今回はじめて、パラリンピックをちゃんと見ようと思い立った。9/22の雑記に書いたとおり、車椅子マラソンに出場する伊藤智也選手の事前特集番組を見たのがきっかけだった。
 テレビでは、NHKが一日1時間ほどのダイジェストで放送する、という扱いだった。僕はそれを毎日欠かさず見た。どの選手もそれぞれの障害を抱えながら挑戦し、努力し、その成果を大舞台で試すために必死だった。僕はオリンピックと同様に感動し、涙を流した。同時に、いろんなことを知った。
 文章にするとキレイごとに思われそうだし、内容や使っている用語の是非は非常に微妙なものだとは思うけれど、あえて以下に書くことにする。

 まずは、競技の種類と方法だ。オリンピックと同じような競技であっても、パラリンピック独自のルールがあることを今回初めて知った。例えば車椅子バスケットなら、ダブルドリブルは反則にならないこと、ボールを保持したまま2回まで車椅子をこぐことが認められていること。さらに、障害の程度に応じて1〜4.5点の持ち点(小さい数字ほど障害が重い)が与えられ、1チーム5人の持ち点合計が14点以下でなくてはならない、というルールもある。
 他にも、車椅子テニスでは2バウンドまで認められていることや、シッティングバレーボール(座ったまま行うバレーボール)ではスパイクを打つ時に臀部が床についていなくてはいけないこと、柔道では組んだ状態から始めることなど、どれも僕の知らないことばかりだった。

 さらに、「ボッチャ」や「ゴールボール」といった競技名を初めて耳にした。「ボッチャ」は、コート内にある白いボールをめがけてボールを投げ合い、どちらが白ボールにより近づけられるかを競う競技だ。
 ●「ボッチャ」説明ページ
 「ゴールボール」は視覚障害者のための競技で、バレーボールほどの大きさのボールに鈴が入っており、そのボールを相手のゴールに投げ入れるというもの。音だけでボールの位置を推測し、防御したりボールを奪ったりする。目の見える人も、目隠しをして参加することができる。
 ●「ゴールボール」説明ページ


 陸上競技や水泳などでは、同種目のなかでも障害の程度に応じてクラス分けがなされる。男女を分けるのと同様、戦うことになるべく意義を持たせるための配慮だ。それでも4〜5段階のクラス分けに過ぎず、障害の重さ・種類は人によってさまざまだから、同じクラスの中で同じくらいの努力をしている者どうしであっても、運動能力の差は歴然と出てしまう。だから、他人と比べてどうこうというより、これは自分自身との戦いだ。
 それでもみんな、自己ベストを更新していく。ぶっちぎりの優勝を重ねた水泳の成田真由美選手も、自身の世界記録を塗り替えた。円盤投げで銀メダルを獲得した佐藤京子選手の記録、11メートル09というのは、それまでの自己ベストをなんと1メートル27も更新している。あの大舞台での記録。なんと輝かしいことなんだろう。僕は毎日、涙せずにいられなかった。

 知らなかったことは、まだまだある。それは、試合日程が選手の体調に大きく影響することだ。現地に到着してから試合までの期間が長ければ長いほど、事態は深刻になる。通常とは違った環境で過ごす労苦は僕らの想像を遙かに超えるだろう。
 もう一つ僕が非常に疑問を感じた、衝撃的とも言える事実がある。それは、ドーピング検査にかからないようにするため、普段使っている薬の服用ができない選手がいる、ということだ。障害によっては薬と縁の切れない選手は多い。このあたりは改善の余地があるのではないかという気がした。

 最後に、テレビ中継について。これまで見ていなかったくせに、いったん見るようになるともうすこし長時間、競技をテレビで見たいという欲求にかられてしまった。しかし、終わってから考えたのは、そんなに単純なものでもないのだろうなあということだ。
 これは蔑まれるべきことだが、障害者の出ている映像を見て、“気持ち悪い”というような感想を持つ人は確実にいる。これは、僕の過去の経験からいって断言できる。
 また、そんな浅はかで愚かな理由ではなくとも、パラリンピックのようなものをテレビで見せるな、という意見は根強いと思う。障害者を見せ物にするな、という理由が一番大きいだろう。とくに障害者自身や障害者を家族に持つ者からすれば、いたたまれない気持ちになるというのは理解できることだ。
 僕がこのような文章を書くということと比較できないくらい、テレビでパラリンピックを放送するというのは難しいことなのだろう。だけどこれからも放送は続けてほしい。それは見るに値する、価値のある放送なのだから。

 

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