even childlike 後編
考えれば考える程ゾロは不思議に思った。サンジという人間は出会った時から自分の理解できない人間だと思っていた。強い意志も力もあるのは認めるが、物の感じ方というものが自分とは違うタイプなのだろう。それは人各々なのだから、それでいいと思っていたし干渉することでも無いと思っていた。しかし、最近の自分のサンジに対する感情は自分でもおかしいと感じる。ワケが解らないなりにも、なんとか解りたいと思う。夕方、あんなふうに蹴り出されていながら、それに対する怒りの感情は直ぐに消えてしまい、残るのは疑問ばかり。
ふと振り返るとキッチンの明かりはまだ点いている。まだ寂しそうな顔のまま仕込みでもしているのだろうか。
「......。」
ふう、と小さく溜息を付いて視線を暗い空に戻したその時、船に僅かな振動を感じた。
「?」
すでに眠っているルフィ達は気付かなかったかもしれないが、キッチンに居たサンジには解ったらしくゆっくりとドアが開いた。ゾロはその振動の原因を確かめるべく海を覗き込む。
「ん?...魚...?」
珍しい事に自分達の船の直ぐ側を魚の大群が泳いでいた。しかもかなり大きい部類の魚だ。グランドラインに入ってからその大きさの感覚は麻痺しつつあるが、今回は真っ当な大きさの魚のようだ。
「...マグロ、っぽいな。」
呟いて、ふと仕留められればサンジが喜ぶかななんて思う。そんな事を思う自分もおかしいと自覚しつつ、そういえば仕留めるべきのエモノが無いと気付く。ゾロの側にあるのは3本の刀だけだ。
「ま、いっか。」
別に食糧難ってワケでも無いしな、とゾロがもう一度視線をその大群に向けた時、そのうちの一匹がギロリとこちらを睨んだ...ような気がした。まさか、と思ったが、一応有りがちな魚とはいえグランドラインを駆ける生き物なのだから油断は出来ない。その予感は当たったらしく、その大群の内一匹が海から飛び上がってきた。
「うおっ!?なんだコイツ!...マグロのくせに!」
マグロのくせに戦闘意志剥き出しで、マグロのくせにまるで飛び魚のようにその巨体を物ともせず甲板上に姿を表し突撃して来ようとしている。
「...いや、やっぱ頭足りねぇな。」
所詮はやはり魚の頭ということか。その軌道は大きく、ゾロの頭を飛び越える。このままでは甲板に激突して自爆だ。甲板が壊れるかもなぁとぼんやりそんな事を思っていたが、ふと目をやったその軌道の先に気付いて慌てて身を翻した。
「サンジッ!」
その軌道の丁度落下点にキッチンから出てきたサンジが居たのだ。状況が掴めないサンジは突然目の前に現れた敵意剥き出しのマグロに、ゾロと同じような”うおっ!?”というような声を上げつつも、瞬間的に蹴りを放つべく構える。
「...っ...?」
ところがそのマグロはサンジに到達する前に目から生気を無くし、ぼてり、と甲板に落下した。幸い甲板の板にはヒビが入っただけで済んだが、船に与えた振動は大きかったらしくクルーが何事かと起き出してきた。
「すげっ!旨そう!」
寝起きとはいえ食べることに関しては顕著な反応を示すルフィがまず駆け寄ってきた。
「何よ。何事かと思えば...。」
女部屋から出てきたナミとロビンは興味無さそうに直ぐ戻ってしまう。
「おお、すげぇな。ゾロが仕留めたのか。」
ウソップがマグロに刺さる刀に目を向けて感嘆の声を上げる。確実に動きを押さえる為にエラと尾の付け根に1本ずつ、おまけのもう1本は身の詰まった腹部に深々と刺さっている。
「明日はマグロ料理だなっ!!」
騒ぐルフィ、ウソップ、チョッパーを横目で見るサンジは複雑そうな顔だ。それに気付いたゾロが早く寝ろ、と3人を男部屋に追い立てる。その間一言も言葉を発しなかったサンジを訝しく思い、ゾロはマグロに刺さったままの自分の刀を抜きにかかる。
「これ、食えるだろ?」
マグロの前に立ち尽くしたままのサンジに問いかける。
「...おい?」
答えの無いサンジにもう一度声を掛ける。
「食えねぇのか?」
「...食える。」
不機嫌そうにそう言うと、サンジは一旦キッチンに行き自慢の包丁を手に戻ってきた。
抜いた刀を丁寧に拭くゾロの横で、サンジは無言のままマグロを解体していく。船の側を泳いでいたその仲間達はすでに船を追い越していて、静かな夜に戻っていた。
「......。」
無言のサンジをちらりと横目で伺うと、まだ一応喧嘩中のゾロの前だからか一見不機嫌を装っているが、僅かに弛んだ口元が嬉しさを隠し切れていない。かなり大きな食材を前に、頭の中で様々なメニューが駆け巡っているのだろうと容易に想像がつく。それにこっそりとゾロが笑うと、敏感に察知してサンジがむっとした声を返してきた。
「なんだよ。」
「なんだよ?嬉しいんだろ?」
「......。」
拗ねた顔をしてサンジはサクサクと器用に捌いていく。刀を拭き終えたゾロが汚れた甲板を流す為にホースを引っ張ってくると、ポツリとサンジが呟いた。
「なんで庇ったりしたんだよ。」
「は?」
「...別に庇ってもらったりしなくて平気だった。」
サンジに向かって突進していたマグロを後ろからゾロが仕留めた事を言っているのだと理解してゾロが言う。
「別に庇ったってワケじゃねぇよ。」
「俺一人でも仕留められたんだからなっ。」
ムキになって言い返してくるサンジの拗ねた顔がやっぱり可愛いと思えてしまってゾロが笑う。
「はいはい。解ってるよ。」
「っ...!」
座り込んでいたサンジががばっと立ち上がり、持っていた包丁をビシッとゾロに向けた。
「お!?...なんだよ?」
またしても喧嘩を売られているのかと身構えたゾロだったが、そのサンジの表情を見てはっとする。
イラついて、寂しそうな顔。また、サンジがその顔をしていた。
「...サンジ?」
「お前、俺が昼間言ったこと、全然解ってないんだな。」
「...?お前が俺に一番言われたくない事ってヤツか?」
「......。」
今だって、そんな大した事を言ったとはゾロには思えない。
「俺が、何を言ったっていうんだ?」
ゾロの問い掛けにサンジは突き付けていた包丁を下ろす。と同時に自分の顔も下に向ける。
「...お前、最近俺のことバカにしてるだろ...。」
「......は?バカにしてるのは今に始まったことじゃねぇぞ。」
「......。」
明らかに怒りに肩を震わせつつも、サンジは言い方を変える。
「...じゃあ、余裕ぶって俺のこと軽くあしらってるだろ...。」
「......。」
その言葉はどこかで聞いたことがあるとゾロが思い返せば、昼間にナミから言われた事だと思い当たった。そしてその延長で言われた言葉も思い出した。自分の中で何か引っ掛かると感じたその言葉。
「...”子供っぽい”...か?」
「!」
顔を上げたサンジの表情に、それが図星だと解った。解ってしまえば、下らない事だとゾロは思う。
「なんだ、そんな事か。」
「っ!そんな事、だと?」
「大した事じゃねぇだろ。」
ゾロがそう言えば、またサンジは凄い剣幕で捲し立ててきた。
「テメェ、最近いっつもそうだ。昼も俺に”ガキくせぇ”って言って、その後あっさり謝ったりして!何だよ、理解ある大人みたいな態度取りやがって!俺ばっかりこだわって...っ...。今だって俺のこと駄 々こねるガキをあやすみたいな言い方しやがって!」
ぜぇぜぇと息が切れそうな勢いでブチまけるサンジに、ゾロもやや圧倒された。圧倒はされたが、言っている内容は相変わらず下らないとしか思えないし、そういう事にこだわる所が増々子供っぽいと思う。だいたいゾロは昼の喧嘩の最中にサンジに向かって”ガキくせぇ”と言ったことすら忘れていた。それくらい些細な事だと思っていた。それにその意図は、サンジが言うようにバカにしていたわけではない。
「なんでそんな事にこだわるんだ?」
全く理解できないというようにゾロが首を傾げると、サンジは諭すように言う。
「俺とお前は対等じゃねぇといけないんだよ!」
「...は?」
今日はよくよく”は?”と聞き返すことが多い日だと思う。それくらいサンジの言う事がよく解らないということだろう。
「いいか?俺とお前は歳だって同じだし、強さだって同じ...はずだ!俺はお前からガキ扱いされるなんざ我慢ならねぇんだよ!」
「......そんなモンか...?」
「そんなモンだ!」
きっぱりと断言されてゾロは頭を抱えたくなると同時に、何故だか無性に笑い出したくなった。今は火に油を注ぐ結果 になるのが目に見えているのでとても口には出せないが、コイツは何を可愛いことを言っているんだと思う。
「対等だろ。」
笑いを押し殺してゾロが言う。
「俺とお前は対等だよ。俺はお前が強いって知ってるし、俺と肩並べて戦えるヤツだと認めてる。」
「そ、そうか?」
そうやって、ゾロの言葉ひとつひとつに反応する。その顔から寂しそうな表情が消えるというなら、今は多少大袈裟なことだって言ってやろう。
「ガキ扱いしてるわけじゃねぇよ。”ガキくせぇ”ってのはたまたまお前がそン時言った言葉かなんかがそうだっただけで、それにもしお前がそんなふうに感じるっつうんなら、単に俺が親父くさいんだと思っとけ。」
実はこうやって宥めていること自体があやしているということでもあるのだが、サンジはそれに気付かず笑ってみせた。
「お前、腹巻きだしな。」
そうだよな、お前が親父なだけだよな、とあっという間に機嫌を直し再びマグロに向かい始めたサンジに今度こそバレないようにゾロは苦笑した。自分がサンジを子供っぽくて可愛いと思う感情はどうやら消し去れそうに無い。それならば今後それを態度に出さないように気を付けなければならない。またそれも楽しいかもしれない、と思うゾロはやはりどこか余裕だろうか?
「ゾロ。」
下から掛けられた声に表情を正して見下ろすと、サンジが捌きたてのマグロを一口大にしてゾロに差し出していた。
「あーん。」
満面の笑みでそんな事を言ってくる。
「......。」
ゾロはくらくらする頭をなんとか持ち直して、努めて無表情でサンジの指からそれを口で受け取った。新鮮なマグロは脂が乗っていて美味しかった。
「...ごめんな?」
そう言って小さく謝ったサンジに、ゾロは先程の決意もすっぽり抜け落ちてしまって。
口からぽろりと言葉が落ちた。
「...お前、可愛いな。」
もちろん、サンジが反応しないわけがない。せっかく直っていた機嫌が一気に急降下だ。
「なっ...!なんだと!?誰が男に可愛いなんて言われて喜ぶっていうんだ!」
またしても凄い勢いで立ち上がるとゾロのシャツを掴んだ。
「ガキ扱いすんなってさっき言ったばっかだろ!」
同じ目の高さで睨み付けてくるサンジにゾロも掴み掛かる。
「ガキ扱いしてるわけじゃねぇって言ったろ!?」
「じゃあなんだってんだよ!?可愛いなんて、子供だって思ってるからそう言うんだろ!」
「そうじゃねぇよ!俺がテメェのこと好きだからそう思うんだよっ!」
「は...?」
「...は?」
対等で居たいんだ。
そう思うけれど。
じゃあ、例えば、そういう関係はどう思う?
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