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even childlike 前編

 

 歳だって変わらない。
 身長だって大差無い。
 夢を追う気持ちだって、その想いの強さだって。

 対等で居たいんだ。

 

 別にゾロはそんなつもりでは無かった。いつも通 りの喧嘩だと思っていた。どうしてサンジがあんな顔をしたのか解らなかった。そもそもの原因なんてやはりいつもの様に忘れてしまうくらい些細な事だったと思う。間の抜けたサンジの言葉にゾロが揚げ足を取るように突っ込んだ、そんなことだったと記憶している。経過も普段と変わらなかったと思う。ゾロは、そう思っていた。
「何?どうしたのよ?」
首を傾げてそんな事を考えて甲板の縁にもたれ掛かっていたら、ナミが目の前に来ていた。
「別に、いつもの喧嘩だ。」
ゾロが答えるとナミは呆れたように肩を竦める。
「いつもの、じゃないでしょ。今サンジくんとすれ違ったけど、彼、明らかにいつもとは違ったわよ。」
「......。」
「私にはそんな素振り見せないように繕ってたけど、すごくイラついてた。...んで、すごく寂しそうだった。」
「......。」
「アンタ、何言ったのよ?」
「別に。」
「別にって...アンタ...。」
増々呆れたようにナミが溜息を付くが、本当にゾロは思い当たる所が無い。例えば口汚さならお互い様、というよりサンジの方が酷いし、互いに掴み合うくらいならいつもの事。それなのに、言葉に詰まったように立ち去ったサンジの顔は、確かにいつもとは違っていた。自分は果 たして何を言ったか、何がサンジの地雷を踏んだか、解らなかった。
「最近アンタ、少し余裕じゃない?」
「は?」
すらりと立ち塞がったままナミが尊大に見下ろしてくる。
「私達に対しての態度、特にサンジくんに対しての態度。妙に余裕。アンタが軽くあしらってるみたいになった。」
「...そうか?」
首を捻ってゾロが答える。意識してそんな態度を取った覚えは無いが、それでも確かに最近少し自分の心情は変わったかもしれない。かつてのゾロとサンジの喧嘩はただ突っかかるだけだった。ゾロにとってサンジは自分を苛つかせる存在だった。
「......。」
しかし、今はサンジとの喧嘩でそこまで苛つくことは少ない。どちらかと言えばそのサンジの反応を楽しんでいるような所がある。細かい事に逐一反応し、ころころと表情を変えて掴み掛かってくるサンジに、苦笑するような可愛さのようなものまで感じられるようになってはいる。それを余裕というのだろうか。
「どっちに非があるかは知らないけど、サンジくんは素直に謝りにくい性格だし、アンタから譲歩しなさいよ。」
「は...?」
「サンジくん意地っ張りでしょ。特にアンタに対しては。」
「......。」
確かにそれは認めるが。
「アンタはどう思ってるか知らないけどね、サンジくんは割と子供っぽい所があると思うのよね。」
諭すように言ってきたナミの言葉が何故か引っ掛かった。

 ナミがそう言い残して去った後で、ゾロは言われた”余裕”について考えてみる。確かにアラバスタで自分でも一回り成長したと実感できる出来事があり、また闘いに関する考え方は変わったとは思うが、それがクルーに対する態度にも何か影響を与えただろうか。ニコ・ロビンというまだ得体の知れないクルーが増え、全く警戒心を解いた他のクルーを呆れ、それでも何かあったら自分が守ってやらなくては、なんて確かにそんな事を思った。
 守ってやりたいなんて口にすれば特にサンジは怒るだろうが、ゾロは意識せずそう思っている。だって、大切な仲間なのだから。最初の頃はあまりそんなふうに思ったことはなかったが、共にする時間が長くなればなるほど絆を深くする出来事が増え、かけがえの無い仲間達へとなった。将来思い返した時に、一番密度の濃い期間となるだろう事は間違い無い。だからクルーに対するこの思いは”余裕”から来るものではないだろう。そうではなく”愛しさ”、きっとそんなものから来る思いだろうと、柄にも無い事を思ってゾロは苦笑した。いつの間にこんなに大切になったんだろうな、と。
 見回せばその大切なクルー達は思い思いの午後を過ごしている。微笑ましいその情景の中に見当たらないのは金髪のコックだけ。きっとキッチンに籠っているのだろう。
「......。」
大切な仲間だと思う。ロビンに対する警戒心もいずれ薄れていくだろう。...大切な仲間だと思う。...それは、サンジも例外で無く。飽きる事無く繰り返される喧嘩だって、別 にサンジが嫌いだから揚げ足を取り突っ込むわけではない。サンジに嫌われたいとか苛つかせたいとか、そんな思いでも無い。...では、何故?
「...面白いんだよな。」
あんなに如実に反応を返してくるのはサンジだけだ。自分の言葉ひとつひとつに面 白いように反応してくる。表情は実に多彩で、拗ねたりムクれたり、そんな顔を期待してさえいるのだろう。そう、きっとそんな自分だけに向けられてくるサンジの顔が見たいのだろう。そんなサンジを可愛いとか好きだとか思う感情は以前から自分でも認めざるを得なくなっている。
 だから、あんな顔をさせたかったわけじゃない。先程の喧嘩の後に見せたサンジの顔が蘇る。ナミの言葉を借りて言えば、イラついて寂しそうな、そんな顔を。イラつくのは構わない、それはまあ喧嘩すれば付きまとう事だ。それに付加された”寂しそう”という感情が頂けない。果 たして自分が言った言葉の何がサンジを寂しく思わせたのか。
「......。」
思い返してもピンと来ない事は幾ら考えても解らない。結局深く考えるのは苦手なのだ。そう思ったゾロはナミの言う事に従ってしまう事になるのを不覚に思いながら、キッチンへと足を向けた。

 思っていた通 りサンジはキッチンで夕食の準備をしていた。全くゾロの方を振り返らずに不機嫌な声で何か用かと聞いてきた。ゾロは居心地悪そうに椅子に座りその後ろ姿を見つめる。いつもの喧嘩ならこれくらい僅かな時間が経つだけで、何事も無かったようにいつも通 りに戻っているはずだ。しかし今だサンジが根に持っているという事は、これは相当な事をゾロが言ってしまったという事だろう。
「おい。」
呼び掛けるが、相変わらずサンジは振り向かない。何が何でもここで機嫌を直してもらわなければならないわけでは無かったが、そのサンジの地雷に当たる言葉は知っておかなければならないと思った。今後、二度とそんな寂しいと称させるような顔をさせない為に。
「俺、なんか言ったか?」
「...言った。」
振り向かないまま、それでも手を止めてサンジが言う。
「お前は、俺が一番言って欲しくない事を言った。」
「......?」
「正確に言えば、お前から一番言って欲しくない事を言った。」
ゾロは首を捻り、努めて精一杯喧嘩中の会話を思い出してみた。サンジが言って欲しくない言葉、ずっと共に生活をしてきた中で思い当たるそれとは、”弱い”とか”何も守れない”とかだろうか。その言葉を言われるとサンジはキれたように凶悪になる。しかし、先程の喧嘩中にゾロはそんな事を言った覚えは無いし、その強さをしっかり認めている自分がサンジに向かってそんな事を言うはずが無い。そう考えると解らない。それでも解らないなりにも、やはり自分の言葉が原因でサンジが傷付いたというなら、自分に非があるのだろう。
「そっか...。悪かった。」
ナミから言われていた譲歩とはやや違う意図でゾロは謝った。別にサンジが意地っ張りだからという意味で無く、単純に自分が悪いと思ったから謝ったのに。
「......は?」
やっと振り返ったサンジは妙な顔をしていた。
「は?だから、俺が悪かったんだろ?」
「......。」
謝ってから、ゾロは何が悪かったか問い質そうとしていたのに、またしてもサンジはあの時と同じ顔をした。イラついて、それで寂しそうな顔。
「え...?おい...。」
どうして、謝ったのにそんな顔をするのか。自分は”悪かった”と言ったのだ。まさかそれがサンジを傷付ける言葉だというのか。
「...なんで...。」
サンジはそんな顔を隠すように俯いて何かブツブツ言っている。
「...なんで、そんなあっさり謝るんだよ...。なんで、お前はいつもそうやって......。」
「??...おい...?」
ワケが解らずゾロが問い掛ければ、サンジがキッと顔を上げて怒鳴る。
「出て行けっ!」
そしてゾロはキッチンから蹴り出された。派手な音を立てて落下した階段の下ではナミが呆れたように出迎えてくれた。
「...アンタ、人の話聞いてなかったの?誰が悪化させろって言った?」
さすがにこれにはゾロも腹を立てた。
「知るか!あのアホコックが勝手に怒ってんだ。もう知らねぇぞ、俺は!」
そう言ってゾロは閉じられたキッチンのドアを睨み付けた。

 どうして謝っておいて怒鳴られなければならないのか、全く割に合わないと思う。ムカムカと眉間に皺を寄せたままゾロは甲板でふて腐っていた。そうして感情が昂っている間には思い出しもしなかったが、夕暮れの凪いだ風が短い髪をそっと撫でた時、ふとサンジの言葉が蘇った。
 ”お前から一番言って欲しくない事”
明らかにされなかったその言葉とは何だろう。自分から一番言って欲しくない事、それは”ゾロから”という事で、例えばナミやルフィから言われてもそんなに気にはならない事か。
「......。」
何故、”ゾロから”なのか。そこに答えのヒントは隠されているような気がする。そのままサンジとは一言も交わさないまま夕食も過ぎていったが、ずっとゾロはその事ばかり考えていた。
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