『社内恋愛』
<1>
サラリーマンの朝は早い。
というより、サンジの朝は早い。
本来なら営業という職業柄、客先に直行するなど、かなり時間には融通が利くのだが、その分朝からシャワーを浴びたり、朝食の準備をするのに時間が取られてしまうため、サンジの朝は普通に生活しているサラリーマンよりは早かった。
シャワーを浴び、髪のセットも念入りに。料理が趣味と言っても過言ではないサンジは、朝食でも手を抜くことをしない。その為、恐らく人より小一時間は早い起床時間だろう。
あくまでも、平均的なサラリーマンの起床時間に比べて、ということだが。
普通の生活を送っている筈のゾロの朝は遅い。
剣道やら何やらで朝稽古をかかさずやっていた学生時代とは逆転したかのように、ゾロの朝はギリギリと言っていいくらいに遅かった。技術職という職業は、時間が不規則で仕事の波が掴めない。月末や年度末、そんな決まった時に忙しいのなら、予定の立てようもあるが、プログラマやSEの仕事は予測もしなかった時に忙しくなったり、予定を立てていたのに暇になってしまったりと、不規則極まりなかった。
「おい。いいかげんに起きろよ」
朝食の準備も終え、身支度も整えて既に部屋を出る状態のサンジは、未だにベッドの上で鼾をかいているゾロの腹を一踏みした。これくらいで起きるような男では無いということは、長い付き合いで分かっている。案の定不機嫌そうな呻き声を漏らしただけで、また寝つき始めたゾロの鼻を摘み、そのまま唇を塞いだ。
「ん……んん…」
息苦しくなってきたのか、ゾロの眉間に皺が深く刻まれるのが目の端に止まる。手が宙をかく頃、漸くサンジは手を離した。
「…っはっ!はあっ…はっ…な…」
「起きたかよ?いい加減起きねぇとまた遅刻するぜ」
軽やかにベッドから飛び降りると、鞄を持って玄関へと向かった。
「てめっ……起きる前に死ぬだろっ?!」
「普通に起こしてる時に起きねぇからだよ。本当に早くしねぇと遅刻だぜ」
「普通にって…あ?遅刻…?」
肺に酸素を送るのに必死だったゾロは枕元に置いてある目覚まし時計に視線を送った。
「メシはレンジの中とコンロの上。ちゃんと食っていけよ。オレ、今日本社直行だからよ、先に行くぜ」
靴を履きながら、背後から聞こえてくるゾロの叫びに、サンジは楽しそうに笑う。毎朝ご苦労なこった、と苦笑いを漏らしつつ玄関のドアを閉めた。
−− なぁんでオレはあんなのと一緒に暮らしてんだろうなぁ
出会いは最悪。
これはサンジにとって最悪、と言うことで、ゾロにとってはどちらかと言えばラッキーな出会いだったのだが。
営業と技術者。
自宅通勤者と寮生活。
接点は殆どない。しかし、きっと縁だったのだと思う。
営業は時として技術的な質問を受ける事がある。そんな時に『分かりません』は通用しないのだ。売り込みをする商品の事を知らないということは、営業する上で多大な損失になる。知った上で、あらゆる利点を全面に出してセールスするのが、ベストだ。
しかし営業畑の人間に商品の中身はハッキリ言って分からない。営業と言っても形のある物だけをセールスする訳ではない。
結局は作った人間、これから作る人間に話を聞かない事には、営業の仕事は成り立たないのだ。
その為月に一度、営業と技術者とで会議が開かれていた。会議というよりは、講習会と言った方が正しいだろう。
ゾロはその会議中に居眠りをするという暴挙を初日にやってのけた。
腹が据わっているというか、これにはサンジも呆れて苦笑いしか出てこなかった。
その後色々とあったのだが、まぁ、ともかく、サンジがゾロの寮に転がり込んでから既に半年が過ぎようとしていた。会社の寮とはいえ、マンションを丸ごと借り上げてあるので、普通の一人暮らしのワンルームと変わりはない。ただ、隣近所が全て社員であるという事くらいだ。
女好きを自覚していた自分が、よもや男とそんな(…恋愛…とかっ…)関係になるとは思ってもみなかったし、こんな風に転がり込んで一緒に生活をするなどとは、想像を絶するような事だった。
ゾロがそれをどう思っているか、聞いたことはないが、追い出されないということは、居てもいいって事だろう。
−− でもなぁ、あの部屋狭いんだよな〜…
私鉄の駅まで歩く道すがら、今日のスケジュールを反芻しながら、そんなたわいもない事を考えた。
2003/1/30UP
今度は出来上がるまでを端折ってしまいました。
出来上がってるリーマンゾロサンです。
*Kei*