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Starting Grid Vol.1


※これは「Black Out」というパラレル小説のゾロサンになります。

 開幕前。今年のシーズンがまもなく始まる2月の少し肌寒い日。
 空は青く澄み渡り、乾いた風が時折頬を嬲る。
 2月も終わろうかというそんな日、サンジもゾロも、チームのメンバーが揃ってタイヤテスト、マシン走行テストの為にバレンシアに来ている。テストドライバーなどは抱える気がないらしく、メインドライバーのゾロとサンジが二人でテストを行っていた。へレスからバレンシアへと移動して、テスト三昧だ。
 開幕戦はここ数年オーストラリアだったのだが、昨年からマレーシアに変更になり、今年に至ってはバーレーンに変更になっている。F1に憧れていた子供の頃の開幕戦はブラジルだったし、最終戦は鈴鹿だったが、今ではもう使わなくなったサーキットがあったり、新しい開催地が増えたりとF1は目まぐるしく変化している。
 今シーズンに向けてのマシンセッティングを行う為、各地のサーキットでテストを繰り返していたオフシーズンもまもなく終わる。開幕までもう一ヶ月を切ってしまった。新車発表会も済ませ、今期の体勢も整い、後はモチベーションを高めていくだけ。
 去年の前半戦を病気で欠場したサンジだったが、今シーズンはフル参戦する事が確定している。ゾロと二人、チームの為に、自分自身の為にレースに参戦する。
 サンジは視力を失ってから視界に色が戻るまでの間、レースに復帰する事を何度も止めようと考えた。戻った所で、ブランクを埋める事が出来るか不安だったし、恐怖もあった。逃げ出したいと思った事もある。
 それでも戻ってきてしまった。
 所詮逃れられないのだ。
 あの風が鳴る場所に、心を揺さぶるこの場所に、何よりも戻りたがっていたのは、自分自身だ。



 エンジンが妙な音を立てている。シフトダウンの度に、ひび割れた音を立てるエンジンに不審に思い、ウソップを呼び出した。
『おい、鼻。エンジン音オカシイぞ』
『鼻言うな!!あー…エンジンな。取り敢えず入ってくれ』
『うぉーい。了解』
 前回はブレーキトラブルで、今回はエンジントラブルかと、サンジはマシンの中で小さく肩を竦めた。
 マシンバランスが安定しているので、後は馬力と信頼性が頼みの綱なのだが、ここに来てエンジントラブルとは大丈夫なのだろうかと不安になってくる。深刻なトラブルでない事を祈るばかりだが、ウチのエンジニアは優秀だからきっと何とかしてくる事だろう。
 マシンをガレージに納めコックピットを出る。
「何周回った?」
 カウルを外し、内部のエンジン周りを見ているウソップに声を掛けた。
「百二周。ギリギリっつーか、足りねぇなぁ。2レース保たせなきゃなんねぇし、ソレにはフリーも予選も含まれる訳だろ…あー…全然足りてねぇよ」
「おいおい、頼むぜ。ラスト1周でエンジンブローなんて洒落になんねぇよ」
「分かってるよ」
「ゾロの方はどうなんだ?」
「あっちはまだ九十周くらいだから、まぁ後十周くらいしたら同じ事が起きるだろうから、取り敢えず先に入れる」
 そうこう話をしているうちにゾロのマシンもピットに戻ってきた。
 現在のF1マシンは数ミリ単位以下の誤差しかない。その為同じエンジンやブレーキを使っているマシンでは、1台に問題が出ればもう1台の方にも同じようなトラブルが起こる可能性が高い。
 そうなってくると、信頼性が一番重要になってくる。2台揃ってリタイアという事になれば、1ポイントも取れない。チームとしては、それだけは避けたいところだ。
「何の調整だ?調子良かったぜ」
 ゾロがヘルメットを外しながらこちらに向かって来た。軽く肩を竦めて、ウソップの代わりに堪えてやった。
「エンジン。オレのマシンから妙な音してたろ?」
「ふぅん。そういや破鐘叩くような音してたな。でもお前のマシンで俺のじゃねぇだろ?」
「バァカ。オマエ何年F1乗ってんの?エンジンってのは精巧にそれはそれは緻密に出来てんの。オレのがイカレたら、オマエのもイカレるって事なんだよ。てか、オマエの方がエンジンに厳しい走り方してんだから、多分先にイカレる事が多いと思うぜ。ちっともドライビングスタイルが変わってねぇのな、オマエ」
「……そうかい」
「そうなんだよ。ちったぁエンジン労るドライビング勉強しろよ。ブレーキも摩耗激しいだろ、それじゃ。おい、ウソップ。テスト再開はいつからだ?サードカーは使えねぇのか?」
 一に対して十返してくるサンジに辟易したような顔をするゾロを放って、サンジはウソップに話しかける。
「サードカーはエンジン積んでねぇんだわ」
「あぁ?テストしに来てんだろ?使えるようにしとけよ」
「うーん。今回はエンジンテストじゃなかったんだけどよー。すぐ使えるようにするから、ちっと一服してきてくれ」
 ヒラヒラと手を振りながら、カウルを開けて何やらゴソゴソ始めたウソップにサンジは軽く肩を竦めた。
「んじゃコーヒーでも。行こうぜ、ゾロ」
「ああ、休憩か。ビールねぇのか?」
「飲酒運転になんだろ、そりゃ」
 軽口を言いながらパドックへ向かう。
 今日のテストはウチを含めて数チーム。人気が少ないピット裏のパドック。どこかのチームがまだ周回を重ねている。静かなサーキットにエギゾーストノートが響いていた。



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2006/3/16UP

Kei

続くはずではなかったケド…続く…。