村 上 |
● ぼくの細道 |
芭蕉翁はおもしろくなかった。腹を立てるというのではない。なんとなく不愉快なのだ。 理由はない。ないが、しいていえば曾良の態度が気に食わない。どう気に食わないかといっても説明できない。 曾良はいいやつだ。この旅でもここまで実にこまめに面倒を見てくれた。曾良が居なければ、従者が曾良でなくほかのものだったら、あるいは自分ひとりだったら、ここまで無事に旅を続けて来られたかどうかわからない。感謝している。 感謝はしているが気に入らないのだ。なにが、ってことはない。たとえば、だよ。鼠ヶ関での態度はどうだ。これまで片時も離れずに旅をしてきたのに、突然「湯に浸かりたいから」と一人で山の出湯に行ってしまった。 いやそれはいい。曾良もこの老人とばかり顔を突き合わせていては面白くなかろう。たまには気ままな一人旅もいいもんだ。わしも久しぶりの一人旅で清々した。うん、心細くなんかなかったぞ。 ここ村上へ来てからも問題だ。 有力者で金持ちの知人が居るからと、酒田までずっとつないできた紹介状のチェーンを切ってしまった。その知人というのがこともあろうに越後村上藩の家老だ、と。有力者には違いないが、スジが違うって。「ゆっくりして行け」とこずかいもくれたらしいが、だからいいってもんじゃない。 わしらの商売は俳諧だぜ。風流の道を指南してナンボじゃないかい。正直言ってここの家老は、政治家としてはなかなかのもんらしいが、風流の道には縁が薄いと見たね。 そのせいだろうかね、どうも越後は気乗りがしない。そういやあ明日は早くも文月じゃあないか。病気ってことにして、先を急ごうかね。 明日から六日間、ノンストップで行けるとこまで行ってやる。 文月や 六日も常の 夜には似ず |
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![]() 重要文化財浄念寺(領主家菩提寺) |
![]() 芭蕉宿泊の大和屋跡 |
![]() 村上の名産は鮭 |
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