市 振 の 宿
 ● おくのほそ道 本文
 今日は親しらず・子しらず・犬もどり・駒返しなど云北国一の難所を越て、つかれ侍れば、枕引よせて寐たるに、一間隔て面の方に、若き女の声二人計ときこゆ。年老たるおのこの声も交て物語するをきけば、越後の国新潟と云所の遊女成し。伊勢参宮するとて、此関までおのこの送りて、あすは古郷にかへす文したゝめて、はかなき言伝などしやる也。白浪のよする汀に身をはふらかし、あまのこの世をあさましう下りて、定めなき契、日々の業因、いかにつたなしと、物云をきくきく寐入て、あした旅立に、我々にむかひて、「行衛しらぬ旅路のうさ、あまり覚束なう悲しく侍れば、見えがくれにも御跡をしたひ侍ん。衣の上の御情に大慈のめぐみをたれて結縁せさせ給へ」と、泪を落す。不便の事には侍れども、「我々は所々にてとヾまる方おほし。只人の行にまかせて行べし。神明の加護、かならず恙なかるべし」と、云捨て出つゝ、哀さしばらくやまざりけらし。
    一家に遊女もねたり萩と月
曾良にかたれば、書とヾめ侍る。
 ● ぼくの細道
 薫り高い文学作品「おくのほそ道」中、最も人気のあるのはここ、市振の章段だろう。
 なにしろ、蚤や虱に悩まされつづけた旅だったが、ここでがらりと雰囲気を変え、イロっぽいことこの上ない展開になってきた。

 いやあ疲れた、今日の路程は親不知はじめ北国一といわれる難所続き、さあ早く寝よう。。。。と思ったんだが、寝物語に身の上話など、縷々語る遊女たちの声が聞こえてきてよく眠れない。。。。翌朝、当の遊女たちから「一緒に旅をして」と求められたが、芭蕉は言う。「おれたちゃ、あっちこっちに寄る旅で、姐さんたちとは行く道が違う。心配せずに人の流れについて行きなせえ、お天道様が守ってくれるって」
 カッコいいぜ、芭蕉さん。ちょいとした木枯らし紋次郎だね。(^○^)  でもさあ、あちこちに立ち寄る、とかなんとかいいながら、このあとの越中路、ほとんど一直線にすたこらさっさはなかろうぜ。
 ところで「曾良にかたれば、書とどめ侍る」って芭蕉は言うが、このことについて、曾良は何も書いていないよ。どうやら芭蕉先生の創作ネタだったらしい。

(左上写真は、この事件の舞台となった宿「桔梗屋」跡、いまは一般民家で、案内標だけが立っている)
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