山刀伐峠
 ● おくのほそ道 本文
 あるじの云、是より出羽の国に、大山を隔て、道さだかならざれば、道しるべの人を頼て越べきよしを申。さらばと云て、人を頼侍れば、究竟の若者、反脇指をよこたえ、樫の杖を携て、我々が先に立て行。けふこそ必あやうきめにもあふべき日なれと、辛き思ひをなして後について行。あるじの云にたがはず、高山森々として一鳥声きかず、木の下闇茂りあひて、夜る行がごとし。雲端につちふる心地して、篠の中踏分踏分、水をわたり岩に蹶て、肌につめたき汗を流して、最上の庄に出づ。かの案内せしおのこの云やう、「此みち必不用の事有。恙なうをくりまいらせて仕合したり」と、よろこびてわかれぬ。跡に聞てさへ胸とヾろくのみ也。
 ● ぼくの細道
 「なたぎりとうげ」と読む。なたぎり、とは恐ろしげな名前だが、下の写真のような、この地方で使われていた編み笠である。後部(堺田側)が急傾斜で前部(尾花沢側)はなだらかな山の形状がこの笠に似ているところからこの名がついたという。
 雨がやんで山越えに出発しようとすると案内人がやってきた。「道定かなら」ないので「道しるべ」の人が必要と聞かされていたので、仕事のない老人くらいに軽く考えていたが、やってきたのは「屈強の若者」で刀を腰にたばさみ、杖をかねた樫の棍棒を持っていた。
 山は聞いていたとおり険しく、やっとの思いで尾花沢に着いたが、そこで案内の若者いわく「この道は必ずといっていいほど山賊が出るところです。何もなくて幸せでした」と。おい、おい。そういうことは先に教えてくれよ。後で聞いてさえドキドキする。物々しい格好をしていたのはそのせいだったのか。

 今でも山賊の出そうなこの道。今では登山道として整備されてはいるが、森閑として翁の味わった心細さを残し伝えてくれる。
 そんな道は歩きたくない、という向きには狭くて曲がりくねってはいるが峠越えの車道が、それもいやだという方には上下2車線の立派なトンネルも開通している。
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