松  島
 ● おくのほそ道 本文
 抑ことふりにたれど、松島は扶桑第一の好風にして、凡洞庭・西湖を恥ず。東南より海を入て、江の中三里、浙江の潮をたゝふ。島々の数を尽して、欹ものは天を指、ふすものは波に匍匐。あるは二重にかさなり、三重に畳みて、左にわかれ右につらなる。負るあり抱るあり、児孫愛すがごとし。松の緑こまやかに、枝葉汐風に吹たはめて、屈曲をのづからためたるがごとし。其気色よう然として、美人の顔を粧ふ。ちはや振神のむかし、大山ずみのなせるわざにや。造化の天工、いづれの人か筆をふるひ詞を尽さむ。
 ● ぼくの細道
 「松島や ああ松島や 松島や」
 俗っぽいが、俳句とも川柳ともつかないこの一句は、あたしは「名句」だと思う。あまりの絶景に言葉を失ったという翁の心を見事に代弁(?)しているので、俗世間には「芭蕉の句」として広まってしまったが、実は相模の田原坊なるものの作だそうだ。
 芭蕉翁は、「絶景」の松島を「美人がさらに化粧したように美しい」といいながら、その美しさを俳句では表現しなかった。あまりの美しさに言葉を失ったからだ、というが、さてね。

 ……凡人の私の意見だが、芭蕉翁は松島にはさほど感動しなかったんじゃないかな。私は、観光船に乗りカモメに追いかけられて島巡りを楽しみ、いくつかの島に渡ってもみた。確かに癖巖奇勝の絶景、面白くはあるがそれ以上のものではない。ドラマがない。
 先にも述べたが、芭蕉翁はただの静止画には興味がない。古池には蛙が飛び込まなければ本当の絵にはならない。松島も海賊船でも出れば…… じゃないかなあ。(^0^)
 といってしまっては松島に気の毒だ。翁は松島を、自分が見たこともない洞庭湖、西湖に比べて口を極めてたたえている。つまり翁は感動したのだ。このすばらしい景色は、自分の得意とする十七文字の詩ではとうてい表しきれない。……ここは素直に翁の言うがままを信じよう。

 なんにせよ、後世の松島観光に携わる人々にとっては、芭蕉翁が肝心の俳句を一つも残さなかったことは残念極まりないだろう。

 「松島や ああ松島や 松島や」
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