黒  塚
 ● ぼくの細道
 むかしむかし、ある高貴な姫君の乳母だった女岩手。姫の病気を治すには妊婦の生き胆が必要と聞き、ひとり安達ケ原に住んで、妊婦の現れるのを待った。
 そこへ現れたひとりの若妻、折りよく新婚早々で子供を孕んだばかりだった。岩手はこの女を殺し、首尾よく生き胆を手に入れたのだが、その女は生き別れた自分の娘だった。
 それを知った岩手は狂乱状態になり、鬼婆となった……
  みちのくの安達ケ原の黒塚に
    鬼こもれりと聞くはまことか
              (平兼盛)
 「まことか」と聞かれても答えようがないが、兼盛さんの時代から一千年もの間、この黒塚が護持されてきた事実を見ると、とりあえず「まことだよ」と答えておいたほうがよさそうだ。
 実際、この一帯は、時代ごとに新田開発だの区画整理だのと、何度も取り壊しや移転話が持ち上がったが、祟りや呪いの兆候が現れて結局手をつけられずにきたものだ、とか。
 また、能や歌舞伎で「安達ヶ原」を演ずるときは、必ず鬼婆岩手の霊を慰める必要があるそうだ。

 安達ケ原の鬼婆伝説、近頃の他愛もない心霊現象話と違って、この手の昔話にはおどろおどろしさと同時に、人の愛憎、業の深さなどがある。
 だから古来、多くの人々がこの鬼婆伝説に感応して来た。
   行く末は安達ケ原の露の身も  国を守りの鬼とならなん   (松平定信)
 おっと、こんな優等生的な感応はつまらんね。政治家はこれだからね。やはり芸術家じゃなくちゃ。
   涼しさや  聞けば昔は  鬼の家   (正岡子規)
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