番外編(日記より)・「紗生(さき)」

第29章の期間と平行して、私が思い日記に書いたものです。
「けせら物語」の中に混ぜるのにふさわしくはないと思いつつ、
けせらと一緒にいる私・紗英が感じた重い事だから・・・。
暗い文です、失礼します。<(_ _*)>ぺコリ



  2002.6.2 DOWN DOWN DOWN

 ここ一週間、ダウンで一歩も外へ出られませんでした。
 今日、久しぶりにお散歩へ。
 けせぱぱが行ってくれる時もあるけれど、そうじゃないとけせらもお外に出られない。かわいそうだなぁ、と、ついあやまってしまう私。
 今日、お散歩先で呼んでも、ボールを持っていて、遊んでくれるぼうやの方へ・・・。
 外へ出ると、私はけせらの最下位。普段の生活を見ると当然だな。
 久々にのいぱぱさんにも会った。別れ際、「じゃあ、私は向こうで訓練してから・・・」と。私も1日15分でもああやれば・・・、とけせぱぱに言われた。確かにそう、そしたらけせらはきっと私を飼い主として認めてくれるだろうにな、なんでもできちゃうだろうにな。

 ダウン中は、死について色々考えた。
 もし私がいなくなったら、けせぱぱとけせらにどれだけ迷惑をかけるだろうか・・・。
 最近けせらは美人になってきた、私さえしっかりすればアジもオビもできるのに・・・。
 今後もけせらを見守っていけるだろうか? そういう未来へ歩いていけるだろうか?

 「仕事もしながら、アジやオビが楽しくてたまらなくって、早起きしてでかけてしまう。」

 そんな、同世代のお友達もいるのだ、そういう文を見ると、うらやましくってしょうがない。私の心もそうなれたらいいのに、目の前に浮かぶのは絶望だったりして・・・。

 もし、けせぱぱと私が事故にでもあったら、そういう人の所にひきとってもらえたらなぁ。同じ褒めるしつけの方針で、アジも楽しくて、多頭飼いも考えてくれる人・・・。そうしたら、けせらのいい所、どんどん引き出してあげられるんだろうな。
 ダメダメ飼い主から私が脱皮できれば、私にも可能な事だけれど。

 私の生活にあわせると、けせらのいい所が沈んでしまう。
 けせらのいい所を見たいから、いい関係でいたいから、引き出しつつ、私の生活に合わせるとしたら、今のままではだめなんだ。
 けせら、もうちょっとだけ、時間をちょうだいね。

 そして今日、3月の頭にお休みしてからずーっとさわっていなかった電子ピアノをさわってみた。ポロンポロン程度・・・。
 駄目だぁ、全然忘れてるなぁ。もう少し時間が経ったら、復活できるかなぁ? 当分先だろうけれど。

ベッドから見えるけせら

お散歩にいけない日が続くと憂鬱そう
(写真は3月末のもの)


  6.12 夢の根源がこれ?

 ダウンしていた1週間は、けせらは私にあきらめを持っていたようでした。
 遊んでもらえない、笑顔もない、もちろんお散歩も・・・。
 でも、回復してここ何日かは、お散歩行ったり、楽しく遊んだり、私とけせらはラブラブです♪

 そして、ここからは、かなり個人的(わんことは関係なし)なので、本当は書くべきではないのでしょう。でも書きます、だから、興味のない人は、真剣に読まないで下さいね〜。
 昨日、Kさま(唯一交流している母校の先生)から久々にお手紙をいただきました。うれしいものです。その中の一箇所だけ、今の自分の心でお返事をしたくなったのです。
 本来なら、Kさま宛てにだけ書いてポストに入れればいいけれど、この日記の事だから・・・、そしてここでこういう事を書く事が・・・、ある意味ふさわしい返事だと思うのです。
 この日記を愛読してくださっているKさまへ。

 Kさま、失礼して、一部だけ、あなたのお手紙を抜粋させていただきます。

゚★。.:*:・'゚☆。.:*:・'゚ 。.:*:・'゚☆。.゚★。.:*:・'゚☆。.:*:・'゚ 。.:*:・'゚☆。.
 あなたのHPの日記帳を見ていると、いつもなかなか大胆な事が書かれていて、いいのかな、と思うことがあります。たとえば、5月23日の「気にしないでね」というのを読んでいると、気にしてしまいます。こういう感じの文が時々ありますね。
 あなたらしくない(いや、いかにもあなたらしい、しかし、それを公表しているところがね・・・・・・)という印象です。あなたのお母さんやお姉さんが見る可能性はないのでしょうか(というような)。
゚★。.:*:・'゚☆。.:*:・'゚ 。.:*:・'゚☆。.゚★。.:*:・'゚☆。.:*:・'゚ 。.:*:・'゚☆。.

 そうですね、私も最初このHPで日記を付け始めた時は、けせらメインの事だけを、と思っていました。
 でも、小学校5年後半から21歳とちょっとまで・・・、そう、約3年前まで個人的な日記をつけていたなごりでしょうか? 段々、個人的な事、過去の事も書くようになってきてしまいましたね。
 友人への手紙でもいいのでしょう、事実、こうやって公開する場がない時、昔は、親しい友達に話したり、手紙を書いたり、個人的な日記に書いたりしていました。
 出すことによって少しは楽になる、というのもあります。
 自分をわかってもらえる事で、安心できる、というような事もあるでしょう。

 でも、本当にそうなのでしょうか? だったらなぜ、わざわざこうした公の場で書く? 実際の私をあまりよく知らない人から見たら、変な目で見られるようになるかもしれないのに。
 まずはっきり言っておきたいのは、同情を求める為ではないという事。決してかわいそがってほしくて不幸ぶって書いているわけではないという事。
 自分でも、はっきりとはわからないけれど・・・、それを求めてではない事は確か。

 小学校5年11月、寮生活での毎日の宿題として、私の日記はスタートしました。
 もうそのほとんどが・・・、そして写真や全ての卒業アルバムも、灰にしたと思いますが。

 もっと、昔をふりかえってみます。
 両親が離婚した小学校3年の5月〜学園に逃れる5年の11月までの、約2年半の間の頃です。姉の暴力の中、貧乏な中、昔はのほほん明るかった私は、どんどんみすぼらしく暗くなっていきました。そして、学校では仲間はずれでした。
 まわりのみんなは贅沢に見えた。「勉強がいや」だとか、「親がどう」だとか、そういうグチの内容のレベルが違いすぎて、贅沢に見えた。
 家に帰るのが怖くて、1人で自転車でふらふらと走っていた。
 暗くなるにつれて灯っていく家の光、窓の近くから聞こえる、家族の夕食の団らんの笑い声・・・。そういう幸せそうな家の子供が、クラスのみんなだと思った。
そんな贅沢なみんなが私を仲間はずれにする、遊ぶ約束だけして実際は来ない。無視をする、上手に私をはずしていく・・・。

 私は何も言えなかった。
 母子家庭である事は、母親から口止めされていて、言えなかった。
 姉の暴力は、母に言えばチクッたと、後で余計悪化するから、言えなかった。
 仲間はずれにするクラスメイトにも、何も言う事すらできなかった。
 その時は、手紙を書く友人もいなかったし、文章も下手だったから日記を書く事もできなかったし、出して楽になる事はできなかった。
 全て、自分の中に詰め込んだのだ。
 正確には、逃げ道はあった。自転車置き場から見える1本の木や星を、亡くなった弟に重ね合わせて、そこで泣きながら気持ちをはいていた。がんばると約束もしていた。
 でも、確実に誰かに伝える、という事は、一切できなかったのである。

 今思えばみんな色々。
・当時私を仲間はずれにしたみんな。
・姉の暴力から守ってくれなかった母。
・虐待を、命令を、恐怖を、自殺願望を与え続けた姉。
 みんなにも色々な事があって、苦しんできたり、悩んだりしていたりするのだ。だから、責めても恨んでもしょうがない。
 でも、小学校3〜5年の私には、その事がわからなかった。
 誰にも言えない、しまいこんだ思いを、いつか出してやりたいと思った。

 私を仲間はずれにしたクラスメイトに、「あなた達がいじわるをした、この私という人間は、家ではこんなに虐待をうけていたんだ」という事を、いつか知ってほしかった。そういう人間を、さらに痛みつける事が罪だったと、将来後悔させたかった。
 見返してやりたかった、とでも言うのかな?

 だから私は小説家になりたいと思ったのだ。みんなを責める為に・・・。
 でも、夢というかわいらしい響きに惑わされ、絵本作家だのマンガ家だの、私の実話だけではなく、考えてつくるお話の世界にも憧れていった。
 今は消えちゃったけど、ホントに不思議なくらい消えちゃったけど・・・。

 泣いちゃう日もあるけれど、今は誰も恨んでいません。
 今は、けせぱぱとけせらという温かい家庭があって、それなりに友達もいて、私は恵まれているから。
 こんな昔話をするとビックリされちゃうぐらい、明るい私だって存在しているのだから。

 でもふと思った。
 こうやって昔の思いを、公の場で公開しているこの現実、これこそが、私の夢の根源だったのではないだろうか?

 有名な作家でもなんでもないし、私を苦しめた人が気付くわけでもないだろうけれど、「けせら物語を更新する事によってつくりたい願望を、なんとなくごまかしながら満たしている」だけでなく、「この日記帳で公表することによって、既に私の夢は叶っている」のかもしれない。

 先生? 母親や姉が読む事はないか、という心配ですか?
 正直、言われるまであまり考えていませんでした。多分、見ないだろうと。切り離しちゃうんです、頭の方が勝手に・・・。
 読まれていたら、と想像すると怖いかもしれないけれど、思った事、書きたい事、それを書く自由は、もう、母や姉にびくびくしなくってもいいという権利があると思ってもいいですよね?
 離れているんだし・・・。特に姉は、私が19歳の時に中国に留学し、それから1度もあっていません。

 「人を傷つけたらいけない」という考えが私にはあるから、先生はそれを心配して下さったんでしょうか?
 でも、いいんです。「関係ない人」を傷つけたらいけない。でも、「私を傷つけた事のある人」なら、傷つけても、そこまで罪悪感はいだかないと思うのです。

 実際、姉は見ていたんです。・・・姉は私の物をよく盗みました。
 私の日記帳のしまってある引き出しのスペアキーが・・・、そして数々の大事なものが、「盗っていない」と言い張った姉の引き出しから偶然いっぱい出てきたのを目撃してしまった時は、ぞーっとしました。
 姉は、知っていたんです、私がどれだけ姉の事を恨んでいたか・・・、苦しんでいたか・・・、日記をこっそり見ていたのでしょう。ここにも書かないような、人に見せたくない気持ちまで見て、超能力者のように「あんたはこうだから・・・」と言っていたのも、今思えばつじつまがあいます。
 ま、学生の頃の話ですがね。

 長くなっちゃったな、でも、私は夢を叶えた幸せな人なのかもしれませんね?
 とにかく今は、今を大事に生きていこうと思っています。

 最後に・・・、お母さん、お姉さん、もし見る事があったらごめんなさい。
 もう、復讐願望はありません、傷付けたいつもりで書いているんじゃないんです、ただ、自分の中を出したいから、だから書いているだけなんです。
 お母さんも、お姉さんも、私が共感できない程、いっぱい苦しんでこられたのだと思います。だから、しょうがなかった、それでいいんです。なのに書いてしまう、思いやる気持ちがなくってごめんなさい。
 本当にごめんなさい、わがままは、このまま私をそっとしておいて下さい。
 お会いするのは、本当はとっても怖いのです・・・。ごめんなさい。


  6.13 脱力感

 昨日に続き、またまたわんこと無関係ですみません(汗)

 昨日、私の夢は叶ったのかもしれません、というか、それに気付いたのかもしれません。
 今日、友人に贈るCDとジャケットやラベルの制作を終え、その後、妙な脱力感と共にその友人に手紙を書き、CDに添え、封をして、夜ポストに入れました。
 その手紙の内容でつぶやいたのと同じような事なんですが・・・。

 夢が叶ったとして、今の私は幸せなんだろうか・・・。
 だったらこの脱力感は何なんでしょう。
 作りたい何かがあって、それを作り終えたら・・・、私の夢は叶ったとたん、どうでも良かったものになって消えてしまうのでしょうか、シャボン玉のように。
 私が何かを作りたいと思って、作ったとして、本当に欲しかったのは達成感。でもそれは、ほんの一瞬で消えてしまう。
 私は、本当はただの贅沢者なのかな・・・。

 そういう一瞬のキラメキがただ素晴らしい、それだけで生きている価値があるのではないかと、その友人から昔言われたような記憶があります、定かではないのですが。
 そうかもしれません、でも、そんなほんの一瞬の為に、どうして毎日生きていかなければならないのかな・・・、苦しいとしても。
 そんな、ちょっとしたつぶやきでした。


  6.22 けせら・・・・・・

 ただ撫でたかっただけなのに・・・、ぎゅってしたかっただけなのに・・・。
 そんなに喜んで動き回らないで・・・、そんなに、うれしそうにペロペロしないで・・・。
 ごめんね、ごめんね、私は何を考えているんだろう。

 遊んでほしいの? ただ撫でたかっただけなんだよ。
 そんなにいい子にしなくていいのに・・・、私が伸ばした手は、ただ撫でたかったのに、お手なんて求めてないのに・・・。

 けせら・・・、けせら・・・。
 私が好き? 私が必要? 嫌いになってもいいんだよ。
 なのにどうしてこんなに喜んでくれるの? そんなに、かわいいの?
 色々な想いが頭をめぐって、涙が出そうだよ。

 生きる事は苦しいのに・・・、すぐ逃げ出したくなる、そう考える悪いクセ。
 何度決心したと思う? 何度タイミングを逃した?
 どうしてあの時に、消してしまわなかったのだろう。

 そして、けせらを選んだのは私なのに・・・。
 ごめんねけせら、ぎゅってしてると涙が出るよ。
 けせらがくれる温もりが、私の心をまたしばりつける、痛いよ・・・。
 全ては私のせいなのに・・・、ごめんね、ごめんね。
 自分の為だけに生き方を決められたら、こんな風に思わない、温もりが痛いなんて事、ないのにね・・・。

 この6月22日の日記は、22日の夜、家で1人でいる時にふと書いてしまったものでした。
 翌日、私はランダル・ロックウッド博士による、「動物虐待と人間社会の暴力の関係」 というセミナーに行く予定でした。
 でも、夢を叶えたような気になり脱力感に押しつぶされそうで、気分の重かった私は、眠る直前、こんな気持ちに酔って、こんな事を書いていたのです。

 が、その直後、私の掲示板にお友達からある活動を知らせてくれるカキコがありました。

 5月6日から7日にかけてインターネット掲示板「2ちゃんねる・ペット大嫌い板」で、猫を虐殺していく様子を、画像も写しながらネット中継していた人がいた、という事件がありました。
 私はその掲示板の存在も知らず、画像も見ていませんが、内容は文章で読みました。あまりにも残酷な方法でした。
 「福岡の猫虐殺事件について検察庁へ上申書を出すことにご協力ください」という署名活動が起きている事を教えてもらったのです。
 そう、この動きと翌日のセミナーの内容はとても関連性があり、「ひたってる場合じゃない、伝えなきゃ」と、私の心に火をつけてくれたのです。

 本当は、昨年9月30日に予定されていたそうですが、同時多発テロという残念な事件により中止になってしまったそうです。でもその後、繰り返し協議した結果、今回開催が実現したそうです。
 これは、私にとってはとてもタイムリーな時期でした。

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