ここでは、毎月厳選してその月を代表する物語を紹介。
今月の物語は「宵節句」と「岸和田の姫」の2話。

宵節句   
るいは嘉助の孫娘お三代の手習いの先生が娘時分に琴の稽古が一緒だった五井和世だと知らされた。和世は兄の兵馬が家督相続のことで親類と刃傷を起こし、兄と共に江戸を離れていた。
るいは早速和世を訪ねてみた。江戸を離れた五井兄妹は処々方々を転々とし、3年前に江戸に戻ってきたもので、和世は近所の子供達に読み書きや琴を教えて生計を立てていた。兄の兵馬は小梅の瓦屋の主人に気に入られ、若い者の目付のような暮らしをしているという。
その頃江戸に凶悪な押し込みが横行し、刃向かった物は鋭い突きで殺されていた。八丁堀も総力を挙げて探索しているにもかかわらず一向に埒があかず、源三郎も長助も毎夜江戸の町を走り回っていた。斬られた者の傷を見た東吾は、その鋭い突きにある人物を思いだしていた。そして源三郎もまた同じことを考えていた。その男こそ練兵館で共に剣を学び「突きの兵馬」と言われた五井兵馬であった。しかし2人とも兵馬は江戸にはいないと思っていたことから謎が解けずにいたが、久しぶりにかわせみにやってきた東吾は、るいから五井和世に会ったことを聞かされ、兄の兵馬もまた江戸に舞い戻ってきていることを知る。速やかに東吾と源三郎の探索が開始され、長助が小梅の瓦屋「丸八」に張り込んだ。そしてそこに五井兵馬がいることを確かめた。源三郎の調べでは、前の年に丸八で瓦の葺き替えをしたり、新築したりした家が翌年に押し込まれ、丸八が盗賊達の隠れ蓑であることは間違いなかった。
一方兵馬はある予感からこれを最後の仕事とし、また江戸を離れるつもりでいた。和世に会って迎えに行くまでかわせみにでも居てくれと言う兵馬に、和世もまた不安を感じていた。その夜、丸八から盗賊達が忍び出て、まっしぐらに深川の大店大新に向かった。張り込み中の長助から連絡を受けた東吾と源三郎は同門のよしみで兵馬の始末は2人でつけようと急ぎ深川へ。果たして大新に忍び込んだ賊達と激しい捕り物になったが、兵馬は隙をついて逃げ出してしまう。宵節句
かわせみで兄の迎えを待っていた和世だったが、翌朝まで待ってもやって来ない兄にとうとう帰ると言い出した。心配したるいと嘉助が供をして住まいに戻ってきたちょうどその時、捕り方に追われて兵馬が逃げ込んできた。子供を盾に捕り方と対峙していた兵馬の前に小太刀を構えたるいが割り込んだ。東吾が見たのはその一瞬で、女のるいに兵馬の鋭い突きがかわせるわけがないと、血の引く思いだった。結局兵馬はその場を逃げ、捕り方に囲まれておのが鋭い突きを自分の腹に突き立てて自害して果てた。
東吾はなぜ兵馬の突きがるいにかわせたのか考えていた。そして兵馬がるいに慕情を抱いていたことにやっと気付いた。るいが宵節句に間に合うよう飾った雛人形を前に、「兵馬が哀れだ…」東吾が呟いた。るいがそっと東吾に寄り添った。

岸和田の姫
東吾と源三郎は師である儒学者稲垣内蔵助を見舞うため代々木野にやってきた。そこには思いがけず老師の容態を見に天野宗太郎が来ていた。しばらく代々木野に滞在することになった東吾は、老師のため鯉を求めに行った帰り、石橋の上で、道に迷ったらしい13,4の娘に声を掛けられた。適当に相手をして別れようとしたところ、その娘が俄に咳き込み、激しく苦しみだしたので、東吾は取りあえず宗太郎がいる老師の屋敷に連れてきた。
宗太郎の手当で落ち着いた娘は小さな守り袋を持っていた。調べたところ、りっぱなその守り袋には「岡部花姫」とある。
驚いた東吾は泉州八万石岡部家の下屋敷に出向く。果たして先ほどの娘は、岡部家の姫君花姫であった。喘息の持病があり下屋敷で療養していたが、たまたま起こったぼや騒ぎにまぎれて、町中を見てみたいと屋敷を忍び出たところであった。
それが縁で東吾は代々木野にいる間、岡部家の下屋敷に招かれ花姫の相手をすることになった。花姫は宗太郎の薦めもあり、広大な下屋敷の庭を東吾と散歩しながら、東吾の話す市井の出来事を喜んで聞いた。そして日に日に健康を取り戻していった。
しばらく後岡部家の用人舟木又兵衛が八丁堀の神林家を訪ねてきた。花姫は近く国元へ帰る殿様と一緒に泉州に戻りやがてお輿入れすることが決まったよし。その前にぜひ姫の願いを叶えてやりたいと言う。その願いとは、長寿庵で蕎麦を食べたい。捕り物に行ってみたい。花見がしたい。東吾が花姫に語ったいきいきとした市井の暮らしであった。殿様のお許しも出たという。東吾は花姫のため、出来うる限りのことをすると約束し当日を迎えた。町娘の姿になった花姫は東吾と宗太郎を共に、深川長寿庵へ。木場の角乗りを見物し、風のように歩いていく定町廻り同心を見、大川を船で下り花見をした。やがてかわせみに戻った花姫は手を尽くしてくれたるい達に礼をいい、屋敷に戻っていった。「お江戸の春は例えようもなく美しい」と。東吾は「花姫の行かれるところ、春は必ず、美しい。なぜならあなたは花の姫君だから」花姫の幸せを願って別れを告げた。

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