ここでは、毎月厳選してその月を代表する物語を紹介。
今月の物語は「菜の花月夜」。

菜の花月夜   
春の雨が降り続く一日、るいはぼんやりと考え事をしていた。東吾もるいも大の子供好きである。畝家にも麻生家にもそれぞれ子が誕生し、その子達がみな東吾とるいになついていた。源太郎は父親の源三郎が御用繁多もあり、また源三郎が案外不器用なこともあって、正月には東吾がたこや独楽をつくってやったりする。それで父親よりむしろ東吾に甘えていた。花世もまたるいと一緒に姉様人形で遊んだりするのが大のお気に入りであった。方月館にいるおとせの一人息子の正吉も母一人のせいか東吾を実の父親のように慕っていた。そんな風だから自分達の子供がいたらどんなにうれしいだろうと思う。
東吾と他人でなくなって随分月日が経つが、まだ子が出来ないでいた。東吾の兄、通之進夫婦にも子がなかった。このまま子ができなければ、神林の家のためには養子をとらねばならないかもしれない。あるいは武家の場合、本妻が子を産んでくれそうな妾を世話することもあるという・・
そんなことを考えていた時、かわせみの前で雨に濡れそぼっていた若い女と子供に嘉助が声を掛けた。荒川から知人を訪ねて来たという女はかわせみの親切に甘え、乳をやりたいから部屋を貸して欲しいと頼んできた。そこは世話好きのかわせみ連中のこと、空いている梅の間に通しいろいろと世話を焼いているうちに本業の宿屋家業が忙しくなって、それぞれが出払ってしまった。一段落して、誰もが雨宿りの若い女はもうとっくに帰ったと思っていたところ、なんと梅の間には子供だけが残されて、若い母親は消えていた。捨て子の名前はおこう、生まれて半年ばかりの赤ん坊である。結局なにかわかるまで赤ん坊はかわせみで預かることになり、源三郎や長助が早速調べに取りかかった。
赤ん坊を預かるといっても、るいもお吉もまだ子供を産んだこともなく、そんなに小さい赤ん坊を預かったこともなかったので、最初は右往左往。源三郎の妻、お千絵が手助けにやってきてくれて一安心する一幕も。なにはともあれるいの毎日は赤ん坊一人の出現で大忙しになった。とても東吾にまで手が回らない。そうなるとおもしろくないのは東吾である。今までは商売そっちのけで東吾の世話を焼いていたのが、今は赤ん坊のために放っておかれる。仕方がないから、毎日子供の親を捜し歩いている長助につきあって、深川から本所を通って押上村まで行ってみた。あたりは一面の菜の花畑であった。長助のところの若い衆がここら辺で半年くらい前に赤ん坊が生まれなかったか、赤ん坊の名前はおこうと言わないかと、手分けして近所の農家を一軒一軒聞き込みして歩く。 しかしおいそれとは見つからず、茶店で東吾が長助達をねぎらっていると、近所の客と茶店の爺さんの会話が聞こえてきた。名主の嫁が子供を連れて里帰りしているが、もう5日にもなるのにまだ帰ってこないらしい。念のため名主の家を訪ね、聞いてみるとどうもかわせみに捨て子したのは名主の倅岡村庄太郎の嫁のおかよらしい。なんとおかよの里帰りしている実家は長助と同業の神田の蕎麦屋信濃屋であった。ことを大事にしたくないと庄太郎に頼まれた東吾と長助が神田の信濃屋に行ってみると、おかよはけろっとして毎日のらくらと遊び暮らしていた。おかよの兄夫婦は何かおかしいとは思っていたようだったがまさか赤ん坊を捨てたと聞いてびっくり。急いでかわせみに赤ん坊を引き取りにやってきた。お吉も嘉助も驚くやら、腹を立てるやら、馬鹿らしくなって開いた口が塞がらない。すぐ目と鼻のさきの大川端に自分の子を捨てたというのに、様子を見に来ることもなく、「いやになっちゃったんですよ」と言い捨てる若い女にあきれていた。るいは子を捨てなければならなかった若い母親の心情を思い、親身に子供の面倒を見ていただけに、何を言う気にもならなかったのだろう。黙って母親に抱かれて帰っていく赤ん坊を見送っていた。
東吾はそんなるいを眺めていたが、翌日るいを誘って永代橋のそばから舟を出させた。どこへ行くとも教えてくれない東吾にるいは少々むくれていたが、綾瀬川に入ってから舟が岸に着いた。東吾に手を引かれて土手を降りて、るいは言葉を失った。 目の前に広がるのは見渡す限りの菜の花畑である。どこまでもどこまでも黄色い花が続いている。
「きれいだろ。昨日長助とこのあたりに来て、あんまり見事だったんで、るいにも見せたかったのさ。」東吾の一言にるいはそっと涙をふいて、花の香りをかいでいた。

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