野球シーズン真っ盛りです。私は、熱烈な野球ファンというほどではありませんが、最近は特に大リーグの野球中継をよく見ます。大リーグに集まった最高の運動能力を持った人たちが、真剣に走り、守り、打ち、投げるのを見ているのは気持ちのいいものです。
そして、野球を見ていて感じるのは、このスポーツの面白さの根本は「27.431m(90ft)」という塁間の距離にあるのではないかということです。もちろん、この距離の基本になっているのは、内野に転がればたいていアウト、外野に転がればセーフということです。しかしそれだけではなく、ダブルプレーの成否、盗塁のリスクとリターンのバランス、外野フライでのタッチアップなどなど、互いに全力を尽くして間一髪という野球のゲームとしての醍醐味といえる部分は、全てこの塁間の距離があってこそではないかと思えます。もうほんの少しこの距離が近くても、遠くても、野球は全く別なゲームになったような気がします。他にも、ゴルフのカップの直径やサッカーのゴールマウスの大きさなど、それぞれ重要なサイズがありますが、野球の塁間距離ほどゲームの機微を左右するものはないのではないでしょうか。
この距離は、世界共通であることはもちろん、中学生以上であればプロ・アマを問わず全く同じです。体格や基礎体力の差があっても全く同じ距離でゲームができるというのも、思えば実に絶妙です。
調べてみると、この距離は、アメリカで野球のルールブックが制定された1846年以来、もっと言えば、きちんと記録が残る最初のゲームから、一度も変更されていないとのことです。
実に見事な「基本設計」であったと言うほかありません。
さて、「1435mm」というのは、ご存じの方もあると思いますが、鉄道の線路の幅です。日本では、最初の鉄道が1067mmという所謂「狭軌」の幅でスタートしたこともあり、JRや関東地方の私鉄を中心にまだこの幅の鉄道も多くありますが、日本の新幹線を始め、ほぼ世界中の鉄道の線路が「標準軌」といわれる1435mm幅になっています。
そして、このサイズは、蒸気機関車を発明したといわれるスチーブンソンの時代(1814年)には、既に使われていたとのことです。さらに調べてみると、こちらも奇しくも野球ルールと同じ1846年に英国議会で「標準」と定められたとのことです。
線路の幅は、これが決まってしまえば、その上を走る列車の大きさから走行速度にいたるほとんど全ての基本性能決まってしまう極めて重要な設計値です。同時に、鉄道の相互接続性を担保する極めて重要な値でもあります。時速300km近くで走る世界の最新の鉄道の最重要基本値が、既に160年も前に決まったものであるというのは、考えてみれば素晴らしいことのような気がします。
翻って、私たちの身近にも、口座番号や店番号の桁数、IPアドレスのビット数、各種OSの持つメモリー空間の大きさ等々たくさんの重要な基本定数があります。これらの基本値は、拡張性と経済性という二つの矛盾する要求に応えなければなりません。結果として、これらうちの相当数が、急速な技術の進歩の陰で次々と更改を迫られています。また、そうでないものも、陳腐化の大きなリスクにさらされています。
急速に変化する世の中で、将来を見据えるのは難しいことです。しかしながら、私たちが行う基本設計も、(160年とは言わないまでも、せめて)次の世代に引き継がれ使い続けられるものにしたいと思います。
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