2006年11月

ブレークスルー




いささか昔話で恐縮ですが、私にとって、今までの人生で最大の『ブレークスルー』は、小学5年生のときに鉄棒で「けあがり」ができたことです。
当時、東京オリンピックを2年後に控えて、体操ニッポンのエース、鉄棒の小野喬選手(注1)に憧れたことがそのきっかけでした。そして、まずは、鉄棒の基本中の基本の技である「けあがり」を、同級生に先駆けてやってみようと密かに決意しました。
それから、授業が終わると毎日夕方遅くまで、鉄棒にぶら下がって練習を始めました。(当時は、暗くなるまで校庭で残っていても叱られたりはしませんでした。)しかしながら、まだ周りにはそんな技を使う人がいなかったので、誰もやり方を教えてくれず、従って、練習は、毎日が自己流の試行錯誤の連続でした。
そういうことで、初めは、全く箸にも棒にもかからなかったのですが、毎日毎日鉄棒にぶら下がって練習しているうちに、少しずつそれらしくなってきました。そして、練習を始めて3ヶ月くらい経った頃だと思いますが、ある日突然、できるようになったのです。人生初めての「けあがり」の成功の余韻に浸りながら、鉄棒の上から、夕方少し暗くなった校庭を見渡したことを今でも鮮やかに覚えています。
その後、これに気をよくして、すっかり鉄棒が好きになり、中学を卒業する頃には、ついに大車輪までできるようになった(注2)のですから、この経験は私にとっては大変貴重なものでした。(しかし、あの情熱をもう少し他のことにも傾けていたらと考えると、少し残念です。)

ところで、特別に運動神経に恵まれたわけでもない私が、ただ闇雲に繰り返し練習し続けているだけで、どうしてそういう難しい技が自然とできるようになったのでしょうか。そのときは全く気がつきませんでしたが、今になって考えると、その理由が分かるような気がします。
勿論、繰り返しやることによって、技の基本も、少しずつコツがつかめてきます。しかし、一番の理由は、それに必要な体力が繰り返しの練習によって自然に身に付いたことではないかと思います。「けあがり」という単純な技では、一番重要なのは「腹筋」の力です。それに加えて、腕の力や握力、背筋力などがバランスよく必要です。毎日の練習で、自ずとそういった力がついてくるのが、ある日突然成功する理由ではなかったかと思います。鉄棒が上達するにつれて、いつの間にかマットや跳び箱も上達していたことからもそれが窺えます。(注3)

ビジネスの世界におけるブレークスルーは、勿論私の「けあがり」のようなわけにはいかないのは当然ですが、それでも、偶然や幸運でできるものではないという点は同じであるように思います。
常に志を忘れず、またそのための不断の努力と準備を重ねて、初めて突然のブレークスルーは訪れるものではないでしょうか。

皆さんにもそれぞれのご経験があると思います。今一度、そのことを思い起こしてみてください。


注1:小野 喬
ヘルシンキ、ローマオリンピックの鉄棒での金メダル他金メダルを5個、メダルを通算13個獲得した。当時、「鬼に金棒、小野に鉄棒」といわれていた。

注2:勿論今は全く見る影もありません。そのまま練習を続けていればよかったと今になって思います。


注3:「けあがり」、「コツ」というキーワードで本ページを検索される方が結構おられるようなので、その点について少し補足します。けあがりのコツは、あげた足を鉄棒に沿って動かす足の運びとそのタイミングにつきます。ただし、(本文にも書きましたが)それができるために最も重要なことは腕、背筋、腹筋、脚といった全身の筋力がバランス良く身に付いていることです。これがなければ、からだが戻るタイミングで上げた足を蹴ることも、鉄棒に沿って蹴るという足の運びもできません。特に大切なのは、足をコントロールする腹筋ですね。(後日追記)


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