またまた妙なタイトルですが(福澤諭吉翁の「學問ノスゝメ」にあやかりました)、この電子メール全盛時代に、少し古風な「紙の手紙」の効用について書いてみます。
最近は、電話・ファックスなどのやや古典的な通信手段はもとより、電子メール、さらには、携帯メールに押されて、「紙の手紙」の出番は全くと言っていいほどなくなってしまいました。私も、各種ご案内・ご挨拶状などの儀礼的なものを除けば、手紙を受け取る機会はまずありません。その時代にあえて「手紙ノスゝメ」を書いてみます。
これを書いてみようと思ったきっかけは、このお正月の出来事でした。
いつも高校時代の恩師から年賀状をいただくのですが、必ず、それに何か手書きのコメントがついてきます。もう何年もお目にかかっていないのですが、私たちが生意気盛りの1年生のときに他校から転任してこられて担任となったという縁で、私たちは、光栄にも(?)先生の印象に深く残る生徒となりました。一方、私にとっても、その真摯で熱心な教育態度から、初めて「学問」のおもしろさを学んだ非常に大切な恩師でありまして、そんなわけで年賀状のやりとりが今でも熱心に続いているのです。もう70才をいくつか過ぎておられるのですが、まだまだ大変お元気で、今年のコメントは、「最近の政治や経済の状況や或いは教育についてどう思うか」という大変力のこもったものでした。私は、これを読んで思うところがあったので、思い切って返事を差し上げることにしました。少し長めの本格的な手紙を書いたのですが、きちんとした私信を書くのは本当に久しぶりのことで、とても緊張しました。
ところが、それを読んだ恩師に大変喜んでいただき、お礼状に加えて、電話までかかってきました。そんなに喜んでいただけるとは思っていなかったので、私も感激しました。ほんの少しですが、高校時代の恩返しができたような気がしています。
もう一つ、前から皆さんにお話しようと思っていたことがあります。
それは、私の尊敬する上司の話です。その上司には、30代から40代にかけて随分長く仕えたこともあり、サラリーマンとしての「読み・書き・そろばん」といった基礎教育から、ビジネスの進め方に至るまでを手取り足取り教えていただきました。いわば社会人としての恩師に当たる方ですが、文章の達人でもありまして、「ビジネス文書の書き方」を厳しく教えられたことが特に印象に残っています。最近は、上司が部下の文章に手を入れて直すという機会も随分減ってしまいましたが、私は稟議書、企画書から営業店宛の通牒に至るまで徹底的に直されました。
その上司が、機会あるごとに手紙を書いておられたのです。たとえば、取引先と懇親の後、或いは、重要なお客様にご挨拶に伺った後などにその相手方に短い手紙を差し上げるわけです。内容はそれほど複雑なものではなく、時候の挨拶に訪問・懇親のお礼と短い感想、今後の取引深耕のお願い程度です。途中からは、私が下書きを担当する(勉強の意味もあって)ようになり、随分こういった手紙の書き方に慣れることができました。やがて電子メールの時代になったのですが、それでもこの方は手紙を送ることをやめませんでした。その上司は、たくさんの方々と交友があり、また、その誰からも大切にされていましたが、それは、この「手紙」に代表されるように「コミュニケーションの達人」だったからだと思っています。
以上の例からもおわかり頂けるように、「紙の手紙」はとても相手の心を打ちます。このIT化、情報化時代だからこそ、なおさらなのではないかと思います。先に書いたお正月の出来事もあり、最近特にそう思うようになりました。
そんなこと言われてもなかなか手紙を書く機会がないと仰るかもしれませんが、意外とそうでもないと思います。私のようにご無沙汰している恩師に近況を知らせるのも良いでしょうし、旅先から友人(恋人、両親)に旅の様子を知らせるのも良いでしょう。何かきっかけがないと出しにくいものなので、このお正月に頂いた年賀状をきっかけにするのもいいかもしれません。
勿論、仕事上の機会があればどんどん書いてみましょう。
手紙の効用は、皆さんが考えておられる以上に大きなものです。今年は、是非「一通の手紙を書く」ことにチャレンジしてみてください。
以上が私の「手紙ノスゝメ」です。
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