死神の浮力
伊坂 幸太郎 文藝春秋 2013年8月16日読了 ISBN:978-4-16-382300-3



この本の前に、本を一冊読み通したのは、この読書記録に依れば昨年の12月。実に8ヶ月ぶりということになる。退任間際の半年が特に忙しかったというのが主な理由だが、他にも色々なことがあって、なかなか大変な8ヶ月だった。(この辺りは、落ち着いたら何か書き物に残したい。)

この間も勿論全く本を読まなかったわけではなく、何冊も手に取ったのだが、どうしても最後まで読み通せなかった。そこで、もう一度本を読む習慣に戻るのに誰の本が一番いいだろうと考えて選んだのが、この伊坂幸太郎の最新作。
伊坂作はどれも好きだが、特に「死神の精度」は大好きな作品であり、その続編ということもあって、目論見通り最後まで一気に読み通すことができた。ということで、本書が記念すべきリ「タイア後最初に読んだ本」という栄誉に浴することになった。

文句なく面白いのだが、所々冗長という印象も残った。伊坂さんのお話はあまり長くない方がいいのではないかと思う。「死」を巡る様々な記述ややりとりは、知的だし、刺激的だし、考えさせられることも多い。必要以上に形而上学的でもなく、必要以上に感傷的でもなくとてもよいと思うのだが、もう少し簡潔な方がストーリーを阻害しないのではと感じた。
これは前作も同じかも知れないが、死神の活躍がご都合主義的な感じがするのも、あまりに度々その機会があるからだろうと思う。

以上、「あえて言えば」のコメントで、本書のお陰で「読書できない病」から脱出できたのだから、文句を言えば罰が当たる。伊坂さんらしい「快作」であることは確かです。

はるひのの、はる
加納 朋子 幻冬舎 2013年8月21日読了 ISBN:978-4-344-02413-7



読書に必要なのは「時間」ではなく、ある種の「気力」だ。せっかく戻りつつあるこの「気力」をなくさないためには、「名作」でもなく、「秀作」でもなく、勿論「大作」でもなく、でも「佳作」と呼べるような本を読むのがいいと思う。その点で、加納さんの本はどれもそれに当てはまる。(勿論、加納さんの本には、名作も秀作も大作もありますが、まず何より佳作という言葉が当てはまる本が多いような気がする。)

ということで、たくさんの「積ん読」の中から、「ささら」シリーズ第3作(最終作)であるこの本を手に取ったわけだが、読み終えた印象は、(従来作と同様)「上質のファンタジー」という言葉が一番当てはまると思う。すなわち、しみじみと本を読む楽しみを教えてくれる、今の気持ちにぴったりの本だ。
とはいえ、心のひだに直接触れるようなところもたくさんあって、阪急電車の中で少し涙を見せるという不覚を取ってしまった。(猫の話は、猫に弱い私には反則だと思う。)

ここまでくれば、あとはどんな本を読んでも大丈夫という気がしてきた。せっかく時間ができたのだから、しばらくはたくさん本を読みたい。

ガソリン生活
伊坂 幸太郎 朝日新聞出版 2013年9月4日読了 ISBN:978-4-02-251062-4



読書習慣回復のリハビリ期間中に付き、出来るだけ楽しい本を選んで読む。今回は、積読本の中からこれ。

車が語り手といういかにも伊坂幸太郎さんらしいお話。ミステリーと言えばミステリーだが、基本になる「謎」は、割に最初から明かされているし、その他のディテールも驚くほどのことは何もないのだが、それでも、面白い。特に、望月一家をはじめとして、登場するキャラクタの「気持ちよさ」は伊坂作品ならでは。更に今回は、車が徹底的に擬人化され、とにかく愉快。何度も、電車で一人笑が出て困った。
さらに、何と言っても、エピローグが素晴らしい。今まで読んだ本の中で、ダントツに愉快というか痛快。このエピローグ(特に最後から2ページめ)のためだけにでもこの本を読む値打ちがあると思う。
緑のデミオを街で見かけたら、話しかけてしまいそう…

どういう思考過程(或いは試行過程)をたどるとこういうお話しができるのだろうか。

政と源
三浦 しおん 集英社 2013年9月5日読了 ISBN:978-4-08-780685-4



三浦しをんの新作、宝塚からの帰路、大雨で新幹線が止まったりしたものだから、一日で読み終えてしまった。

名作「舟を編む」と比較されるのは、著者にとっても不本意だと思うし、また、全く違うタイプのお話しなので、比べるのもおかしいということだろう。とはいえ、いつもながらに登場人物の心が皆暖かい、彼女らしい持ち味の物語となっている。心地よい読後感とともに、江戸の面影を残す下町の風景がまるで見た来たように心に残る佳作だと思う。彼女の本筋は、むしろこういうお話しにあるのではないだろうか。

三組の夫婦を描いて、世相と時代を過不足無く描き、また、ある種の世界観を呈示できるのは、作者の確かな技だと思う。

偉大なる、しゅららぼん
万城目 学 集英社 2013年9月11日読了 ISBN:978-4-08-771399-2



これも積ん読本から。万城目ワールド全開の「怪作」。
琵琶湖を巡るお話しだが、何となく、「千と千尋の神隠し」を思い出す。龍が登場したり、背景にあるのが汚れた川(湖)だったり。勿論、中身は全然違うが…。

相変わらずはちゃめちゃに面白いが、クライマックスのところで、ちょっとストーリーに置いて行かれた感じが残って、いささか消化不良。個人的には、「鴨川ホルモー」や「鹿男…」を凌ぐところまでいっていないような気がする。とは言っても、読んで損するということは全くないのは、もちろんである。
物語は、始め方より終わり方の方がずっと難しいと思うが、この物語の終わり方はとても好きだ。こういうハッピーエンドはあってもいいと思う。


確かに映画にしたら面白そう。(来春公開らしい。)
残り全部バケーション
伊坂 幸太郎 集英社 2013年10月2日読了 ISBN:978-4-08-771489-0



相変わらず積ん読本の消化中。大作や力作もたくさん積まれているのだが、どうしてもこういう軽いノリのものを選んでしまう。本当は、そろそろ途中になったままの「ソロモンの偽証」とか「海賊とよばれた男」に手をつけなければいけないのだが…。

この本は、勿論、既に形のできている「伊坂物語」の一つだから面白くないわけはない。ちょっと読み終わるのに時間がかかってしまったが、これは、9月末から10月にかけて少し忙しくなった当方の個人的事情によるものです。

毎回思うのだが、こういう物語、つまり「伏線の連鎖」が魅力の物語をどうやって思いつくのか、一度書いたご本人に聞いてみたいと思っている。事前に精密に考え抜いてから書き始めるのだろうか、それとも書いているうちにどんどん思いつくのだろうか。いずれにしても普通の人にはなかなかできなワザだと思う。

県庁おもてなし課(角川文庫)
有川 浩 角川書店 2013年10月21日読了 ISBN:978-4-04-100784-60



これも「積ん読本」ながら、積ん読本には珍しく文庫本。文庫本の方が、単行本より後書きなどが充実していて面白い。

これも、「二組の男女」、「高知県の観光立国推進」、「敵はお役所仕事」と考えてみれば、超ステレオタイプの設定ながら、これが読み始めると面白い。まさに、有川節炸裂。それぞれのエピソードも、普通に想像するよりずっと面白くておかしい。有川節、何冊読んでもすごいなと思う。加えて、本書は強い「郷土愛」に貫かれており、そのテンションの高さもいつも以上なので、面白くないわけがないという感じ。

とは言え、地方の問題を手を抜かずにきちんと考え抜いた上で作品にしているわけで、その「きちんとさ加減」ももう一つの有川ストーリーの特徴。面白い小説は「適当には」書けないという当たり前のことを感じさせられる。これを読めば。高知に行かないわけにはいかなくなるのは確か。何度か訪れたことはあるが、行ったのは高知市の中心部だけなので、是非一度高知県をゆっくり訪ねてみたい。

まほろ駅前狂騒曲
三浦 しをん 文藝春秋 2013年11月27日読了 ISBN:978-4-16-382580-9
まほろ駅前多田便利軒(文春ウェブ文庫)
三浦 しをん 文藝春秋 2013年11月28日読了 ISBN:978-4-16-776101-1
まほろ駅前番外地(文春ウェブ文庫)
三浦 しをん 文藝春秋 2013年11月30日読了 ISBN:978-4-16-776102-8



まほろ駅前シリーズ3冊をほぼ3日で一気に読了。なるほど、これが三浦しをんさんの代表作であることを納得。第1作が直木賞受賞作であった為、ひねくれて読まなかったのが失敗の原因。結果として、第3作から1作、2作という順番に読むことになってしまった。答えを知っていて読むようなところもあったが、それでも十分面白かった。正しい順番に読みたかったとつくづく思う。

彼女の著作で最初に読んだのが、「風が強く吹いている」。これも勿論面白かったが、次の「舟を編む」の圧倒的な面白さで、初めて彼女の実力を知ったと思うのだが、本当は、「まほろ駅前多田便利軒」を一番先に読むべきだった。(直木賞にも、ときどき面白い作品が入っていることを痛感。余り毛嫌いしない方がいいのかも知れない。)

感想については、ここでくどくど書く必要はなさそうで、とにかくまだ読んだことのない方は読まれることをお勧めします。
この圧倒的に軽妙な文体と文章は、おそらく「才能」以外の何物でもないのだと思う。気持ちよく張られた伏線も、その鮮やかな回収も、ときどきに出てくる細やかなエピソードも、期せずしてというか労せずしてできてしまうそういう人なのではないかと思える。(本当は、大変な苦労の末にできているのかも知れないのだが、そういう感じはみじんもない。)
その結果作り上げられる「人間模様」が心を打つのは、前述した様々な仕掛けが実に自然に、気持ちよくできているからだと思う。めちゃくちゃに面白い話だが、一つ書き方を間違えば、胡散臭くわざとらしいストーリーにはなりそうで、それをこれだけ心を動かす作品に仕上げるのはまさに才能だと思う。うらやましい限り…。

とっぴんぱらりの風太郎
万城目 学 文藝春秋 2013年12月20日読了 ISBN:978-4-16-382500-7



今までの万城目ワールドとはかなり雰囲気の異なる作品。
アンチヒーロー、アンチ「人物史観」、アンチ「英雄史観」。そして、人間同士の争い、戦いのむなしさ。今まの作品でも同じことを言っていたことは確かだが、ここまではっきりそのメッセージを表に出したのは多分初めて。心に残る作品である。

浅い人物史観に彩られる司馬歴史小説が嫌いな私には、とても好感の持てるスタイルであるが、万城目ファンには好き嫌いが分かれるのかも知れない。

750ページの大作だが、冗長な感じは受けない。むしろ、何人かの登場人物についてはもう少し書きたいこと、書くべき事があったのではないかという感じさえ残る。が、読むのは(特に持ち運ぶのは)大変だった。(3週間もかかってしまった。)すぐに電子版が出たのだが、できれば同時に出して欲しかった。
本作が、直木賞の候補作になっている。勿論授賞して欲しいと思うが、なぜ今頃になって、また、この作品が候補作なのか理解には苦しむのは、いつもの直木賞のパターン。

神去なあなあ日常(徳間文庫)
三浦 しをん 徳間書店 2013年12月27日読了 ISBN:978-4-19-893604-4



今年はたくさんの三浦しをんさんの本を読んだ。そして、どれも皆面白かった。

この本は「職業小説」といえばその通りなのだろうが、題材が題材なだけに、普通のお話しではない。タイトルにあえて「日常」の文字が入っているが、ほとんどが「非日常」の世界のお話しである。が、「そんなこと起こらないよな」という出来事を、如何にそれらしく、如何に目の前で起こっているかのように読ませるのが作家の腕だとしたら、これほど確かな腕の人は少ないと思う。同じことができる人たちとして、宮部みゆき、有川浩などがいると思うが、皆女性作家だと感じるのは私だけだろうか。天才的なストーリーテリングのワザを、この小説でもひしひしと感じさせられる。そして、特に三浦さんの特長は、登場人物のリアリティーだと思う。そして、その魅力的なキャラクターだと思う。

本作には続編があるらしいので、早速こちらも読んでみようと思う。

弦一郎の読書のページへ戻る