小澤征爾さんと、音楽について話をする
村上 春樹 新潮社 2012年1月11日読了 ISBN:978-4-10-353428-0



読み終わるのがもったいなくて、本当にゆっくりゆっくり読んだのだが、とうとう読み終えてしまった。

小生は、小澤さんの大ファンであり、また、村上春樹さんの大ファンでもあるのだが、そうでない人も、音楽が好きならば、本書は必読の名著だと思う。
音楽を奏でるとはどういうことか、音楽を聴くとはどういうことか、音楽を味わうとはどういうことか、これほど色々なことを考えさせてくれる本はないと思う。稀代のインタビュアー村上春樹ならではの素晴らしい記録だと思う。
小澤征爾がどれほどすぐれた指揮者か、今さらいうまでもないことだが、これを読むと、その凄さがあらためて分かる。そして、村上春樹の音楽の聴き方もただならぬものがある。この二人が出会って、真剣勝負をすれば、こういう驚くべき本ができるということだろう。

昨年の夏も、小澤さんの休演を目の当たりにして、小澤さんの体調をとても心配しているのだが、しかし、彼が病気をしたことでこういう本ができたと思えば、悪いことだけではなかったと、少しだけ心が安らいだ。

西洋音楽論 クラシックに狂気を聴け (光文社新書)
森本 恭正 光文社 2012年2月7日読了 ISBN:978-4-334-03659-1



これ程示唆に富んだ西洋音楽論を、私は他に知らない。

西洋音楽が、如何に限られた時間と空間の中で生まれて、育ってきたものかという、歴史的、地理的音楽文化論。そして、演奏論、音楽の記法とその解釈、拍節や調性といった音楽理論等々。これだけ幅広く西洋音楽について語られたはないと思う。(きちんと書けば、新書1冊にとても収まりきらない。各章を、それぞれ1冊の本にして欲しいくらいだ)
限られた時間と空間の中でのみ発展することができた「西洋音楽」。それが何を意味するか…。多分、その「終焉」はそれほど遠くはないだろうという著者の恐れのようなものが伝わってくる。一方で、西洋音楽は、人間の耳と脳にとって、普遍的な、そして、完成された「美」でもあり、歴史的空間的制約を超えるかもしれない、超えて欲しいという気持ち。(これは読んでいる小生の気持ちである。)
クラシック音楽を代表とする西洋音楽というのは、考えてみれば不思議なものだ。(それは西洋文化一般にいえることかもしれない。)

さらに、著者の森本恭正氏は、小生の畏友を通じての友人。本書が、今は亡きその畏友に捧げられたものであることが、何より心を打つ。

舟を編む
三浦 しをん 光文社 2012年2月14日読了 ISBN:978-4-334-92776-9



昨年の本の中で、評判の高い本。

評判に違わず、面白い本だった。まず、何より、作家としての「言葉」にかける思いが、共感できる。言葉がなければ、人と人は決してつながれない。言葉さえあれば、人は時空を超えて理解し合うことができる。なかなか、ここまで信じることは難しい昨今のこの世の中で、臆せずそれを書くことができるのが気持ちいい。
ストーリーも、ちょっとお手軽と言えば言えなくもないが、涙と笑いのバランスがとてもよく、読んでいるときも、読み終わったあとも、実に爽やかなのもよい。

こういう本は、ちょっと好き嫌いが分かれるだろうが、私はとても好きだ。

ピエタ
大島 真寿美 ポプラ社 2012年3月11日読了 ISBN:978-4-591-12267-9



「ピエタ」読了。しみじみと心に響く本当にいい話だった。

フィレンツェの落ち着いた街並みのたたずまいと、カーニバルのちょっと浮ついた雰囲気。そして、ピエタの厳しい中にも救いのある日常。こうやって異国の街を舞台にする小説を、まるでその場に居合わせたように書けるというのはすごいことだと思う。
そして、その中で繰り広げられる物語は、常に背景にヴィヴァルディのヴァイオリンのメロディが流れ続け、決して全面的な救いや赦しがあるわけではないのも関わらず、日常生活のざらついた気持ちがすっと溶けていくような、優しさと穏やかさにつつまれる。

これからも、「L'estro armonico」を聴くと、この話を思い出すと思う。(もう少し時間ができたら、何としてもヴァイオリンでこの曲を弾けるようになりたい。)

ビブリア古書堂の事件手帖 栞子さんと奇妙な客人たち
三上 延 アスキー・メディアワークス 2012年3月13日読了 ISBN:978-4-04-870469-4



面白いとは聞いていたが、これほど面白いとは。

古書に関する蘊蓄と、登場人物のキャラクターのキレ、そしてほどほどの緊張感のある日常の謎。これらのバランスが実に良いのだと思う。無条件に楽しめる1冊。

世の中に才能のある書き手は本当にたくさんいるものだと、こういう本に出会う度にそう思う。

ビブリア古書堂の事件手帖 2 栞子さんと謎めく日常
三上 延 アスキー・メディアワークス 2012年3月18日読了 ISBN:978-4-04-870824-1



前作のあまりの面白さに、続けて第2作を読む。

こちらもとても面白いが、登場人物が前回とほとんど同じという点が、プラスでもあり、マイナスでもあるということか。いよいよ、栞子さんの物語となっていく。ちょっと先が割れているような気もするが、それは当方の思い違いか。とはいえ、続きが早く読みたい。

誰かが足りない
宮下 奈都 双葉社 2012年3月23日読了 ISBN:978-4-575-23741-2



宮下奈都さんのお話は、とにかく形がきれいだ。(「スコーレNo.4」を読んだときもそう思った。)

こんなに、形を整えて、その中にどんな話を綴るのだろうかと思ったが、実に中身の物語が素晴らしく温かく、整った外側の形をいささかも乱さない。考えに考え抜かれて書かれた物語のような気がする。(或いはこういうお話しが、すらすらと書けてしまう才能をお持ちなのだろうか?)

お話しそのものは、ちょっと好き嫌いの分かれるところはあるかもしれない。でも、もし何かに疲れているなら、このお話を是非読んで欲しいと思わせるだけの力がある。

PK
伊坂 幸太郎 講談社 2012年3月31日読了 ISBN:978-4-06-217496-1



一気に読み切ったのだから面白いには違いない。でも、ちょっと話が凝りすぎという感じもする。

確かに、それぞれのお話しはきれいにつながっているし、そのなかで、「パラレルワールド」の仕掛けがとても上手く組み込まれている。実に精密な仕掛けだ。ストーリーも、いつもの伊坂さんらしくメッセージ性にあふれている。考えさせられることも多い。

でも、小生には、「死神の精度」くらいがちょうどいいような気がするのだが…。

くちびるに歌を
中田 永一 小学館 2012年4月7日読了 ISBN:978-4-09-386317-9



面白かった。中田さんの本は初めて読むが、他にも読んでみたいと思う。なんと言っても、「Nコン」ファンの小生には、はまりすぎるテーマだというのも大きい。

とはいえ、ファンならずとも、このストーリーには引き込まれると思う。高校生を描くのでも難しいと思うが、中学生たちを主人公にしてここまで自然にストーリーを作れるのはすごいと思う。ステレオタイプにもならず、説教的でもなく、といって悪ぶりもせず、登場人物達に説得力がある。あまりに魅力的な女性キャラが登場するのは反則のような気もするが、とにかく、よくできている。

「舟を編む」が有力なんだと思うが、個人的には「本屋大賞」を差し上げてもいいのではと思った。

ひらいて(新潮5月号)
綿矢 りさ 新潮社 2012年4月17日読了 ISBN:



最近の綿矢さんは面白いと聞いて新潮5月号を購入。

読み終わって、どうしてこういうふうに心を揺さぶられるのか考えている。女性作家の本は好きだからよく読むが、著者が女性であることをここまで意識させるのは綿矢さんくらいと思う(あとは、桜庭 一樹さんかな)。ストーリーだけ見れば、その辺のアダルトヴィデオ顔負けだが、そんな話の中に、人間の心理と生理のあやが生々しく描き出されている。そして、暖かいものが心に残る。

こういうことが可能なのは、結局、「物語の力」と「心の動きのリアリティ(生々しさ)」とそれを紡ぎ出す「文章の力」との合わせ技ということなんだろうか。(綿矢さんの文体はすごいと思う。)

三匹のおっさん ふたたび
有川 浩 文藝春秋 2012年4月23日読了 ISBN:978-4-16-381260-1



有川さんのお話なので、面白くないはずはない。

前作の「勧善懲悪」のスタイルから少し趣を変えて、今回は「世代小説」ということか。こういうホームドラマを書かせればなかなか有川さんに敵う人はいないのかも知れない。

とはいえ、一点だけ。主人公の3人のおっさんは、いずれも「還暦過ぎ」の設定だが、同世代としてはかなり違和感がある。彼らのセンスはどう見ても「古稀間近」と思う。個人的には、団塊の世代以前と以降でかなりのギャップがあると思っている。ここに登場するおしゃれや言葉のセンスと、世の中に対する見方は明らかに団塊の世代以前のものと思う。そのあたりは、かなり不満が残るのだが…。(それは前作も同じ)

人質の朗読会
小川 洋子 中央公論新社 2012年4月28日読了 ISBN:978-4-12-004195-2



間で別の本を読んだので何冊、少し時間がかかってしまった。

例によって、考え抜かれた設計図に基づく精密機械のようなお話だ。しかも、それが決して不自然ではない。フィクションがこれほどまで豊かな世界を作れると思うと、本当に素晴らしい。また、小川洋子さんの小説にいつも流れている、この「静けさ」のようなものも、とても好きだ。

書かれた物語が悉く極めて上質の世界を作り出しているという点で、最近では、小川洋子さんが一番だと思う。素晴らしい。

ヒア・カムズ・ザ・サン
有川 浩 新潮社 2012年6月25日読了 ISBN:978-4-10-301874-2



以前買い置いたままになっていた本の中から、この本を引っ張り出す。著者サイン本で、何となく大切にしまったあったものだ。「舟を編む」も三浦しをんさんのサイン本だが、大分サインの趣が違う。作風とサインは余り関係ないらしいということが、お二方のサインを見ているとよく分かる。

この本は、予め用意されていた7行のあらすじから、一つは有川さんの小説に(これがこの本の冒頭に収録されている)、そしてもう一つが「舞台」になり、さらにその舞台を有川さんがいわば「ノベライズ」したものがもう1篇と、ちょっと複雑な仕掛けになっている。それがとても面白い。有川さんが、ストレートに物語り創りに関わったものと、間接的に関わったものということだ。もちろんいずれも有川節満載だが、内容はかなり違う。どちらが好きかと聞かれる戸惑うが、有川節がやや控えめな後者の方が新鮮なだけ面白い気がする。もちろん、痛快で心に響くのは前者なのだが…。

作者達の想像力の有り様を垣間見るようで、とても面白い試みだと思う。お話しもそれぞれにとても良くできている。いずれにしても、たった7行のあらすじから、ここまでお話しを創る才能というのは、すごいと思う。

ビブリア古書堂の事件手帖 3 栞子さんと消えない絆
三上 延 アスキー・メディアワークス 2012年6月28日読了 ISBN:978-4-04-886658-3



前作から3ヶ月、満を持しての登場ということなのだろう。このシリーズ、第1作が爆発的にヒットしたので、後続作を作るのはとても大変だと思う。今までも、こういうことはあったが、大体がだんだん面白くなくなってくることが多い。では、本作は如何に…というと、予想外に(というのは作者に失礼か)面白い。第1作を凌いでいるかどうかは難しいところだが、第2作は凌いだのではないかと思う。これは、とても立派だと思う。

第2作の半ばから、何となく結末が見えてくるような気がしたが、本作は予想を裏切って、さらに縦糸と横糸が発展。枠組みは変わっていないものの、この先の選択肢はとても増えたように思う。「冬には次作を」とあとがきにあったが、次も楽しみである。

ペンギン・ハイウェイ
森見 登美彦 角川書店 2012年7月1日読了 ISBN:978-4-04-874063-0



これも「積ん読」消化の一環。評判になっていた本だが、確かに面白い。「森見節」全開。

いったいこの物語は、何かのメタファーなのか、アレゴリーなのか、色々と考えたくなるが、余り難しく考えずにお話しを楽しめばよいという気がする。
とはいっても、私には、大人の世界と子供の世界の対立や、その中での叶わぬ恋の物語のように思える。その切なさが、とても良いと思った。

しかし、この物語にはいくつ「おっぱい」という言葉が出てきただろう。一つの本に同じ言葉が登場する新記録なのではないかとちょっと思った。

架空の球を追う
森 絵都 文藝春秋 2012年7月8日読了 ISBN:978-4-16-327830-8



引き続き「積ん読」消化シリーズ。買ってからここまで時間が経つと、もう文庫本になっているらしい。せっかくハードカバーで買ったのだから早く読めばよかったとつまらぬ後悔。

「一瞬の時間を切り取って登場人物の人生を描く。」
まるで短編のお手本のようなお話しの連続である。作者が、力試しをしているようにも思える。その鮮やかさにほれぼれとする。「銀座か、あるいは新宿か」など、あまりの鮮やかさにちょっと呆然としてしまう。(読んでいて、生々しさに、隣のテーブルをのぞき見しているようなスリルがある。)

こういう力があるから、例えば「風に舞いあがるビニールシート」のような物語がかけるのだと思う。

夜の国のクーパー
伊坂 幸太郎 東京創元社 2012年7月24日読了 ISBN:978-4-488-02494-9



ちょっと最近の伊坂さんについて行っていなかったが、これは久しぶりに心から楽しんだという感じ。

いつもながらの、伊坂さんならでは「世界観」と「メッセージ」には違いないが、最近のものよりずっと肩の力が抜けて穏やかでそして暖かいという感じるのは私だけか。
何となく人工的だし、引っかかる仕掛けもあるが、余り色々と考えずに素直に読めばいいと思う。そうすれば、何となく、伊坂さんの新しい地平が見えるような気がする。もちろん、圧倒的に面白い。

大江健三郎の「同時代ゲーム」を下敷きにしているとのことだが、確かに大江ワールドがかぶる。大江ワールドもそうだが、例えば著者の「国家観」(そういうものがあるとして)を作品の中に追求する必要は読み手にはないと思う。そういう読み方をする人もいるのかも知れないが、それは、自然に(問わず語りに)伝わっていくものではないだろうか。本書を読むとそう思う。

理系の子 高校生科学オリンピックの青春
ジュディ・ダットン 文藝春秋 2012年8月5日読了 ISBN:978-4-16-375080-4



ちょっと毛色を変えて翻訳物のノンフィクション。

IntelのISEFのお話だが、本書を読み終えて最初に思ったことは、生まれ変わってこれに挑戦したいということだった。理科好きの少年としては、こういう世界を一度体験してみたかった。これを経験すれば、確かに人生が変わっただろう。

もう一つ、この本を読むと、アメリカの光と影がとてもよく見えるような気がする。人種の多様性、生活レベルや意識の多様性、興味の赴く場所の多様性、そしてそれらを全て飲み込む国の力。すごい国だ。日本のように、生まれたときからずっとそこにこの形で存在している国ではなく、多様な人たちが強い意識を持って支えている国。(そうでなければ、ばらばらになるかも知れない国。)日本とは、成り立ちが違う。真似をしてできる国ではないと思う。

とは言え、この催しには日本からもたくさん参加しているらしい。全然知らなかった。やはり一度参加してみたかったと、あらためて思う。

空飛ぶ広報室
有川 浩 幻冬舎 2012年8月16日読了 ISBN:978-4-344-02217-1



一から百まで有川節。でも、とにかく面白い。
女性、特に制服の女性キャラを書かせてこの人の右に出る人は、多分いない。本当に、涙が出るほど魅力的なキャラが登場する。分かっていても、はまってしまう。有川節はすごい。

ところで、この本そのものが自衛隊の広報小説となっている。難しいテーマだが、とても自然に書けていると思う。本書の最終節でも取り上げられているが、災害現場に於ける自衛隊の働きは本当に素晴らしいということが、あの大震災でほとんど全ての国民に伝わったと思う。そして、その活動の源泉が「軍隊」としての行動規範であったり、隊員の意識であったりするのも間違いないと思う。一人一人の善意と使命感。それと「軍隊」が必然的に持っている殺傷能力。

これを生かすも殺すも我々国民だと自覚せねばならない。そう考えさせられた。

64(ロクヨン)
横山 秀夫 文藝春秋 2012年12月24日読了 ISBN:978-4-16-381840-5



しばらく読書が進んでいない。原因の一つは、厚い宮部本3冊をややもてあましていることだが、何となく忙しさにかまけていることも事実。

本書は、そンな状況の中で、たまたま電子本で読み始めたもの。その圧倒的な面白さに、完全にはまってしまった。面白いと聞いていたが、これほどとは…。それにしても、やはり電子書籍は便利だ。iPad miniを手に入れたこともあり。文字通りいつでも何処でも本が読める。遅かれ、早かれ電子書籍の時代が来るのだろう。

この本については、既に多くが語られているので、付け加えることはほとんどない。ストーリーの面白さ、そのストーリーに完全に引き込まれてしまう語り口の凄さ、読後のある種爽やかで深みのある余韻。
どれをとっても、ここ数年で読んだミステリーの中の白眉だと思う。

長く検討を重ねて、練りに練った結果できた本だと思う。本を書くのに才能は大切だが、それだけではいい本は書けないのだなとこれを読むとそう思う。

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