謎の1セント硬貨 真実は細部に宿るin USA
向井 万起男 講談社 2010年1月9日読了 ISBN:978-4-06-215268-6



いや面白かった。

本書は、世評はとても高かったが、読んでみるまではどんな内容なのか全く見当がつかなかった。それだけに、この意表をついた面白さにはちょっと度肝を抜かれた感じ。

結局、こういう本は、「著者の考えにどれだけ共感できるか」ということのような気がするが、本書に関しては、実にほとんどどの項目でとても共感できた。(こういう本は、珍しい。)
こういう本だから、好き嫌いが分かれても良さそうなものだが、世の中の評価はほとんど好意的であることを見ると。著者の見識は実に普遍性があるということだろう。

奥さんが有名な女性飛行士というお立場は少し大変なのかも知れないと思って読み始めたが、全くそういうことは感じさせない本だった。地球の広さを感じさせると同時に、世界の狭さを感じさせてくれるとても示唆に富んだ本だったと思う。なるべくたくさんの人に読んでもらいたい。

あるキング
伊坂 幸太郎 徳間書店 2010年1月9日読了 ISBN:978-4-19-862779-9



伊坂さんの本だから面白くないはずはないのだが、どうも最後まで乗り切れなかった。

この本のメッセージの意味が全くつかめないという感じ。いつもはメッセージ性の強いお話しが大半の伊坂さんの本だから、よけいにそう思うのかも知れない。そういう読み方は、間違っているのかも知れないが、やはり、どうしても物足りない感じが残った。

よろこびの歌 Una bella Madonna
宮下 奈都 実業之日本社 2010年1月17日読了 ISBN:978-4-408-53560-9



「スコーレNo.4」、「遠くの声に耳を澄ませて」に次いで、この人の本を読むのはこれで3冊目。
人と人との関係、人と社会との関係、友情とは、親子とは、命とは、人生とは・・・。 難しいテーマを等身大の視点で、優しく、暖かく、しかし凛然と描いていく。

こういうお話を書くと訓話をたれるようになってしまうものも多いだろう。他の人には言われたくないというような物語になってしまうことも多いだろうと思うが、宮下さんは決して卑屈にならず、目線はあくまで高く、しかし決して人を見下ろす視線にはならずに書ける。だから、私はこの人の物語がとても好きだ。

「世界は六十八億人の人数分あって、それと同時に、一つしかない。」物語の終わり頃に主人公がそう言う。普通の女子高校生たちの生きる悩みを描きながら、この物語は、そのことを実にうまく表現している。

例えば、重松清なんかに少し似ているが、これだけ上質な「世界」を描ける人はいないのではないかと思っている。

フリーター、家を買う。
有川 浩 幻冬舎 2010年1月30日読了 ISBN:978-4-344-01722-1



いつもの「有川節」といってしまえばそれまでだが、今回は、日経関連のネット連載小説ということで、ちょっといつもよりは社会性のあるストーリーとなったらしい。

それが大成功かどうかは微妙なところだが、いずれにせよ、面白いことは面白い。前回も少し書いたが、有川さんの書く「おじさん(或いはおっさん)像には少し違和感がある。すなわち、ある種のステレオタイプにすぎるという気がするのだが・・・。(実際に世のおじさんの大半はそうなのかも知れないにしても。)本作の登場した父親のように一流会社の一流の会社員が、家庭ではあれほど規範力がないのだろうかと思うのだが・・・。

まあ、余り細かいことは言わずに、おおらかに楽しめばいいのだろう。

SOSの猿
伊坂 幸太郎 中央公論新社 2010年2月12日読了 ISBN:978-4-12-004080-1



とてもユニークな物語だった。
よく考えれば、伊坂さんは、新しい作品が出るごとに、それまでと比べていつもどこかユニークだったが、今回は、今までの作品に比べて、ユニーク度は特に高い。(きっと意図的にそうしているのだと思う。実験的とさえいえるくらいだ。)

そのユニークさを言葉で表すのはなかなか難しいが、この作品は「映画(映像作品)にするのはとても難しいだろう」という感じか。

お話しそのものは、伊坂さんらしく、人の痛みや悲しみをきちんと心の奥に届けるチカラのある、メッセージの豊かな物語だと思う。
それに、読んでいて、何より面白い。

しかし、これほど色々なスタイルに挑戦したくなるというのは、それだけ、想像力が余っているということなのだろう。
すごいなと思う。

植物図鑑
有川 浩 角川書店 2010年2月21日読了 ISBN:978-4-04-873948-1



「わかっているけれど、はめられてしまう」そんな感じだ。

有川さんの本はもう何冊読んだかわからないくらいだし、いつもいつも、結局こんな感じなのだが、そして、「そんなのあり?」とも思うのだが、それでもやめられない。

まず、とにかく道具立てが面白い。「図書館シリーズ」ほどではないにせよ、どの本も舞台装置がとても良い。阪急電車などその典型だが、この本もまたそれが良い。「野草を食べる」お話しで、ここまでふくらむのがすごい。「落ちもの」のお話しで、ここまで説得できるのもすごい。

それは、なにより、登場人物の気持ちやセリフそして行動が生きているからだろう。
面白い本は大体どれでもそのパターンだが、特に彼女の本は、それがはっきりしている。日常を書いても、非日常を書いても、登場人物の素直で自然な行動に、つい説得されてしまう。

それにしても、次から次へとよくこんな「お話し」を書けるものである。
毎回毎回感心している。

元気でいてよ、R2−D2。
北村 薫
集英社
2010年3月13日読了 ISBN:978-4-08-771315-2



北村薫さんらしいしゃれた短編集だと思う。
「取り返しのつかない思い」というのが統一のテーマということだろう。

星新一ばりというとちょっと違うかも知れないが、様々な後味の残る作品 が並んでいる。 どれもとても面白いとは思うが、こういう短編集はなかなか難しいなとも 思う。
やはり、「並べて読ませる」ということは、それなりの統一感が必要だと 思うが、その辺りはどうだろうか。(もちろん並の作家であればこれで十分だと思うが、北村薫であればもう 少しそろっても良かったのではと思う。)

とはいっても、表題作や「腹中の恐怖」をはじめとして読み応えのある 作品も多い。読んでみて損はないと思う。

製鉄天使
桜庭 一樹
東京創元社
2010年3月13日読了 ISBN:978-4-488-02450-5



「赤朽葉家の伝説」のスピンアウト。
主人公が書いた劇画をさらにノベライズしたということになるわけだが、 随分手の込んだスピンアウトである。(作中に登場する本がスピンアウトする例はたくさんあると思うが、 余りこういう例は知らない・・・。)
本体と極めてよく似た設定になっているので、時々読んでいて混乱する が、本体そこのけの面白さと思う。

痛快無比というか、元々劇画なのだから何でもありとはいえ、天馬空を 行くがごとくの主人公の活躍には胸がすくし、その哀しみにも共感 できる。
そういう意味では、なかなか見事なストーリーだと思う。エンディングはさすがに、「そうなのかな」という感じだが、それも 計算のうちなのだろう。 (兄貴はどうなったのという感じが私には残るのだが・・・。)

ということで、彼女をはじめとして、勢いのある女流作家というのは、 すごいなあといういつもの感想が残った。

気候文明史 世界を変えた8万年の攻防
田家 康
日本経済新聞出版社
2010年4月7日読了 ISBN:978-4-532-16731-8



今まで色々な本を読んだが、それらの中でももっとも 感銘を受けた本の一つである。

理由はいくつかあるが、なんと言っても、「自然」と「人間」 の関係について、或いは、「環境」と「文明」の関係について これほど示唆に富んだ本はないのではないかと思う。
もちろん、小生も気象予報士の一人として、こういう テーマにはもともと強い興味があること。さらに、著者は、私も大変良く存じ上げている方だと いうことも、小生の感激に拍車をかけていることは確 かだが、そういうことを一切抜いても、この本は すごいと思う。

「地球温暖化」がこれほど重要なテーマとなっている 今日、その点に関して議論をする人は、全員この本に 目を通して欲しいと思う。

オー!ファーザー a family
伊坂 幸太郎
新潮社
2010年4月17日読了 ISBN:978-4-10-459604-1



いかにも伊坂幸太郎風のお話し。
最新作だと思っていたので、また元の作風に戻ったのかと思ったら、少し前の新聞連載の単行本化とのこと。
愉快で奇想天外なキャラクターたち、スリル満点のストーリーと洒落た伏線の連続という伊坂スタイルの最後の作品らしい。(ご本人あとがきで曰く。)

とても面白く読んだが、ご本人の言うとおり、確かにこの路線は少しマンネリの気味があるのかも知れないとも感じる。
作家というのは、やはり大変な職業で、どうしても新しい境地を開きたくなるものなのだろう。(それが、作家魂ということか。)
そうでない人もいるにはいるが、(結構たくさんいるように思うが、)それで納まらないのが一流ということだと思う。私は、まだ、伊坂さんの「ゴールデンスランバー」以降の新しいチャレンジには、完全に納得はしていないのだが、このエリアでも、きっといずれ素晴らしい作品ができあがるのだろうと期待している。

ヘヴン
川上 未映子
講談社
2010年5月31日未了 ISBN:978-4-06-215772-8



大変評判の本だったのだが。
小生には、あわないようだ。半分以上は読んだと思うが、何も進展しないストーリーに、忍耐の限界が来てしまった。

ほめる人があれだけいるのだから、きっと、読み進めば気持ちを揺さぶるようなすてきな展開が待っているのではと、少しずつ読み進めては見たのだが・・・。

こういうものは、結局好き嫌いのものだから、こういうこともあると思う。

贖罪
湊 かなえ
東京創元社
2010年6月2日読了 ISBN:978-4-488-01756-9



湊さんの本は、出る度に読んでいるのだが、これは、買ったあと少し日が経ってしまった。

読めば、結構夢中になって読めるのだが、何となく、読み終わった後すっきりしない。(これは、彼女の第1作(にして代表作)の「告白」を読んだときも、同じように感じた。)特に、結末がすっきりしない。(本作は、結末まで読まなくても、大体のことはわかるように書いてあるが。)一言で言えば、「作りすぎ」という感じだろうか。

あれだけ、面白く読ませるのだから、もう少しすっきりした筋立てにしても良いのにと思うのだが、これも好きずきなのだから、仕方ないのかもしれない。

などと書きながら、まだ、もう湊作は1冊買い置きがあるし、最近出た最新作もきっと読むと思う。ちょっと、「怖いもの見たさ」に近いのだろう。

天地明察
冲方 丁
角川書店
2010年7月28日読了 ISBN:978-4-04-874013-5



相変わらず、読書のピッチが遅いが、遅まきながら、今年の本屋大賞受賞作を読了。
大賞を受賞するだけの値打ちのある本だと感服した。

日本文化の極(即ち、中国文化を日本独自にアレンジするという意味で、日本文化の究極スタイル)というべき暦法「貞享暦」を、恥ずかしながら実は全然知らなかった。また、それが、日本独自の科学の最高峰、関孝和の「和算」とこんなに近い位置にあることも全く知らなかった。(全然話は変わるが、きのう静嘉堂で見た錦絵もそうだが、江戸時代の日本文化はとりわけ素晴らしいとあらためて実感。)

その暦法が生まれるまでのストーリーはとにかく面白いが、一番感心したのは、それを、こういう視点で書ききることができる著者の力量だ。作家というものは、持って生まれた才能もさることながら、結局、自分の人生で積み重ねたもので勝負するしかないのだと、最近時々思うが、その一つの典型だろう。
最後のところが、枚数の関係か何となく端折られた感じになったのはちょっと惜しいが、それでも、一人の人生と日本文化史の一断面を十分描ききって十分だと思う。

冲方丁という人は、今まで一度も読んだことのない作家だが、世の中には、すぐれた作家がたくさんいるものだと、あらためて実感した。

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