新世界より(上)(下)
貴志 祐介 講談社 2009年2月1日読了 ISBN:978-4-06-214323-3
ISBN:978-4-06-214324-0



1ヶ月半以上かかってしまったが、やっと読了。時間がかかった理由は、面白くなかったからではない。むしろ、逆だと思う。

元々600ページ近い本の2冊組だから、普通の本の3冊分以上はあるから、多少時間がかかるのは仕方ないのだが、なんといっても力作で、内容も、簡単にさっと読み飛ばすというよりは、ストーリーの展開を楽しみながらゆっくり読むにふさわしい充実振りというのが、時間のかかった最大の原因だと思う。

今の地球文明滅亡後のお話しで、一つ間違えば、荒唐無稽と言ってもいいようなストーリーなのだが、それが、実に緻密で、破綻のない世界として描かれ、また、作品にちりばめられたおびただしいメッセージも、とても心に響く。
分類すればSFということなのだろうけれど、こういうものでも、これほど暖かくそしてウェットな世界がかけるのだということに感激した。
長い長い物語だが、全ての伏線はきちんと回収され、結末のないままに放棄されたエピソードも一つとしてない、ほとんど、完璧といってもいい構成だ。

よほど、緻密な方法で書かれたのか、或いは、物語の神が降臨したのかいずれかに違いない・・・。

貴志祐介の本は初めてだが、まだに、「奇才」というキャッチフレーズに過不足はないと思った。
(でも、この本は、彼にとっても会心作だと思う。)

悼む人
天童 荒太 文藝春秋 2009年2月15日読了 ISBN:978-4-16-327640-3



発売早々評判になり(というより、雑誌連載中から評判だったのだろう)、すぐに買ったのだが(だから初版だ)「新世界より」を読むのに時間がかかっているうちに、直木賞を受賞し、また、本屋大賞にもノミネートされてしまった。

読み終えてみて、確かにそれだけ評価される本だと思う。

人の「死」に対する驚くほど豊かで含蓄の深いメッセージの数々、そして、人の死の時点から逆算した「生」、或いは「人生」に対する暖かい見方、そして、様々な人の「愛」の形、おまけにミステリー仕立ての謎解きまでいくつも組み込まれて、びっくりするほど盛りだくさんだが、といって、全体としての調和や統一感は失われず、全く破綻もない。
これほど考え抜かれた物語をこれまで読んだことがない。全作から8年が経過したとのことだが、それだけの年月をかけただけのことはあると思う。

重たいテーマだから、いくらでも深刻になれるだろうし、いくらでも悲壮にできるだろうが、それらは決して過剰にならない。むしろ、「淡々」と言ってもいい調子で進んでいくのも、また見事だと思う。
また、ガンが進んでいく様子が、とてもきちんと描かれていることにも感動した。(堀野君のことがあるのでなおさらだ。)

一つ前に読んだ、「新世界より」のときも、こんな風にかける人がいるのかと驚いたが、今回はさらにそれを上回る感じ・・・。こういう物語を書くことのできる人の精神力には、完全に脱帽するしかないと思う。

ジョーカー・ゲーム
柳 広司 角川書店 2009年2月19日読了 ISBN:978-4-04-873851-4



なかなか面白いが・・・。とはいえ、この前に読んだ2作があまりに力作だったため、こういう軽いタッチのおはなしを読むと、ちょっと頼りない感じがするのは否めない。

もちろん、普通のタイミングで読めば、なん不満もない快作とは思うが。
陸軍のスパイ養成のお話しで、全体に効いた風刺がとても愉快で面白い。トリックも、まあ、納得できる方だと思う。
ということで、この本の立場に立てば、読まれるタイミングがいささか「不運」だったということだろうか。

完全恋愛
牧 薩次 マガジンハウス 2009年3月1日読了 ISBN:978-4-8387-1767-5



それなりに評判の本なのだが。

作者が何をどのように読ませたいのかよく分からないのだが、例えば、最後に大層に明かされるネタは、普通に読んでいれば気付くものだと私は思うし(しかも物語の大半を主導する仕掛けだから読んでいて不快きわまりない)、それ以外についても、ほとんどの仕掛けは読んでいて分かる。
分かるように書いてあるからそれでいいのだといわれればそうかもしれないが、そうなのだとしたら、何を楽しみに読めばいいのかよく理解できない。(小生は、トリックに驚くのが正しい(期待された)読み方だと思うが。)
こういう叙述トリックの本は、その点がはっきりしないのでどうしても好きになれない。

(以下ネタ割りに近いのでご注意)
結構力が入っていると思われるアリバイのトリックに関しても、これはあまりに陳腐で、興ざめと言ってもいいくらいだ。(それだって、わざとらしい鏡の割れ方を見ていれば、まさかそうではないよねという程度には気付く。鏡なしで左右を取り違える状況も少し変だと私は思う。)

だからといって、タイトルの「完全恋愛」、すなわち一生をかけて守る主人公の「恋」に関しても、妙に観念的で説得力に乏しい。裏側にあるもう一つの完全恋愛に関しては、何故それほどにして守るかに関して一切の記述がない。ロマンティックな創造力で読めということなのかもしれないが・・・。いずれにせよ、作者の独り合点や独りよがりが目につくような気がする。

ということで、やはり(どちらの名前でも)この人の本は性に合わない。

もう一つ、勝手なことを書かせていただくとしたら、最近の「このミス」はどうも良く理解できない。妙にテクニカルなだけのものが上位にいくような気がするが、それは、こちらがミステリの読者としてふさわしくないからそう思うのか、それともミステリの傑作が少ないのか。

ブラザー・サン シスター・ムーン
恩田 陸 河出書房新社 2009年3月6日読了 ISBN:978-4-309-01900-0



いかにも恩田さんらしいお話しだ。
そして、「夜ピク」より一つ時代が進んで、大学生時代のお話しが中心になる。

3部構成のバランスは絶妙。つながっていないわけではないが、密接につながっているというほどでもない。何か劇的なことが起こるわけでもないが、何も起こらないわけでもない。いかにも「恩田節」。

それでも、如何に恩田さんでも、「夜のピクニック」を凌ぐのは、なかなか並大抵ではない。それはよく分かっているが、でも、やはり読み手はそれを期待してしまう。そういう状況というのは、書く方もちょっとつらいかも知れない。とはいっても、登場人物達ももとても魅力的だし、読後感も爽やか。それで十分というしかないだろう。僕の大学生時代とは時代が違うので完全に感情移入はできない。が、彼女たちの時代は、きっとこうだったんだろうなという説得力も十分ある。

恩田さんには、やはり、こういうお話しどんどん作って欲しいと思う。

知らなかった!驚いた!日本全国「県境」の謎
浅井 建爾 実業之日本社 2009年3月20日読了 ISBN:978-4-408-42007-3



BK1で何気なく見つけて買った本だが・・・。本書につけられたやや大げさなタイトルほどではないにせよ、まあ面白い本だった。
作者はこの手のお話の専門家のようで、同種の本をたくさん書いている。こういう特技があると、結構身を助けるものである。

この本に書かれた県境に関する個々の事象は、「ふーんそうなの」というような内容だが、藩から県へ衣替えする、すなわち、封建国家から近代国家に変わるときのことを何も知らないなとしみじみ思った。
考えてみれば、大名から土地を取り上げ、国家の帰属にするというのは、大変な作業だったはずだが、(若干の武力衝突はあったにせよ)何となくすんなりといったのだと思っていたが、こういうものを読んでみると、当然、一筋縄ではなかったということがよく分かる。

言うまでもないことだが、「廃藩置県」だのなんだのと「言葉」と「年号」を覚えさせるだけでは、歴史を教えたことにならないと思う。社会科教育に限らず、もう少し、きちんとした教育をしなければいけないなと、直接この本の内容とは関係ないことながら、それが、本書を読んでの一番の感想である。

プリンセス・トヨトミ
万城目 学 文藝春秋 2009年3月20日読了 ISBN:978-4-16-327880-3



前2作も面白かったが、これも勝るとも劣らない。
いやはやすごいと思う。

その1:大阪人の独特のノリ、そして反権力、反中央
その2:(最近注目された)大阪府の財政規律(ダーティーと言うよりブラックとう雰囲気の「補助金」の使い道)

おそらく、この二つが作品思いつくきっかけになっている。また、この物語の骨格にもなっている。この二つから、これだけの物語を紡ぐことができるのは、何ともすごい。
さらに、万城目さん得意の、「歴史」風味付けもきいている。加えて、ドタバタ学園小説の趣もさらに磨きがかかっている。(大学生→高校生と来て、ついに中学生が主人公になった。)
とどめに、親子の情という隠し味が利いている。

その上で、ちょっと無理なのではと思わせる設定も、難なく納得させてしまう。
いささかわざとらしい大げさなセッティングも、きちんと着地する。

概ね1年1作という感じだが、1年に一つずつこういうお話が書けたら作家冥利に尽きるだろうと思う。

少女
湊 かなえ 早川書房 2009年4月3日読了 ISBN:978-4-15-208995-3



第一作「告白」でブレークした湊さんの第二作。
(告白はついに本屋大賞を受賞したとのこと。第一作目が、本屋大賞を取ったのは初めてらしい。)
あれだけ、第一作が評判になると、次は少しつらいかなと思って読んだが、なかなかどうして、私は、こちらの方が面白いと思った。

仕掛け的には、前作の方に切れ味があったように思うが、読後の納得感、ある種の爽快感はこちらの方が上だと思った。(その分緊迫感は薄いか。)

「偶然の連鎖」が物語の鍵となっているが、これをあまりにご都合主義的と感じれば、この本は、つまらないかも知れない。でも、たいていの人は、この仕掛けに納得するのではないだろうか。(そういう意味では、とにかく書くのがうまい。)
この物語のメッセージを「因果応報」とくくるのはいかにも安易すぎると思う。偶然の連鎖に舞台を借りて、思春期の女性たちの心理の葛藤や迷いを描いたという感じだ。(とても説得力がある。)

よく考えてみると、実に、的確なタイトルが付いている。

こうなると第三作が楽しみだ。

恋文の技術
森見 登美彦 ポプラ社 2009年4月13日読了 ISBN:978-4-591-10875-8



いつものことながら、本作にも大いに感心させられた。

普通に物語れば、いささか気恥ずかしい青春恋愛小説も、この人の手にかかれば、実に、余人にはとても考えもつかない形になる。

一人の書簡だけで物語を作るというのは、大変なテクニックだと思うが、なんということもなしにやり遂げているように見える。(多分「一人の」書簡だけだという設定だと思う。)
対応する返信も本文上には登場しない。その他地の文も一切ない。
例によって一ひねりもふたひねりもあり、また、いささか斜に構えた雰囲気もいつも通りだが、読後感は至って爽やか。
なんといっても、登場人物たちが、皆愛すべき人材であるところが気持ちいい。(これもいつものこと。)

しかもそれを、送った手紙だけで物語るというのだから、大した腕前である。
こういう本は、お金を払って買う値打ちがあると思う。

かくもみごとな日本人
林 望 光文社 2009年4月20日読了 ISBN:978-4-334-97561-6



紀伊國屋の店先でタイトルにつられて立ち読みして、面白そうなので早速購入した。
リンボウ先生の本を読むのは久しぶり。

いや、なかなか読み応えのある本だった。日経新聞の連載の広告コラムを本にしたものとのことだが、全然知らなかった。登場するのは、江戸時代を中心に、一番新しい人でも戦中の人、しかも大半は、初めて名前を聞く人。
しかし、とにかく皆すごい。
「志」極めて高く、「私心」無く、そして強い「信念」に支えられた「努力」の人達ばかりである。その隠れた努力が、窮乏する藩の財政を再建して多くの人を飢餓から救い、また、医学の発展を助けて多くの人の命を救い、さらには、日本文化の継承・発展に大きく貢献したのである。
こういう先人達の地道で献身的な努力があってこそ今の日本があるのだと思うと、読んでいて胸が熱くなる。同時に、諸先輩に負けないよう、私たちも、もう少し頑張らなければいけないのではないかとも思う。

戦後日本人は、急速に劣化したのでないかというおそれが漠然としてある。(その気持ちは、小生だけではないような気がする。)こういうものを読むと、ますますそんな気がしてくる。
一体、どうなのだろうか。

英雄の書(上)(下)
宮部 みゆき 毎日新聞社 2009年5月20日読了 ISBN:978-4-620-10733-2
ISBN:978-4-620-10734-9



宮部さんの新作。
宮部さんのお話だから、もちろん面白いのだが、一方で若干の違和感。

テーマは、考えようによっては、ものすごく抽象的。

その一つが、「物語とは・・・」。
物語の名人として、いつも考えていること、いつも心にかかっていることを「お話」にしたのだろうと思う。
それは、物語の持っている「力」。しかし、いつも人間の心に前向きの力ばかりを与えるわけではない。

そして、もう一つが、人間の「心」について。
何故人は人を殺すのか・・・。人の心の「正」なるものと「邪」なるもの。

考えてみれば、これはいつもの宮部さんのテーマだ。でも、本作は、ときどきその抽象性についていけなくなる。
宮部さんの物語に対する思いが強すぎるからなのではないだろうか。ふとそんな感じがする。
結果として、本作は、すごく物語として力があり、弾んでいる部分と、あまりに抽象的なテーマで、如何にファンタジーといえどもその器に収まりきらない部分とが混在しているのではと思えるのだが・・・。

こういうものを書きたい気持ちは、とても良く分かる。難しいのもよくわかる。宮部流の試行錯誤ということなのだろうか・・・。

鷺と雪
北村 薫 文藝春秋 2009年5月28日読了 ISBN:978-4-16-328080-6



ベッキーさんシリーズの第3弾。

「北村流」にますます磨きがかかってくる感じだ。というのも、これは、「ミステリー」には違いないのだろうが、ミステリー風味よりも、昭和の始まりの頃を舞台にした「時代小説」という性格の方がはるかに強いと感じるからだ。最近の北村さんは、ミステリーの仕掛けよりも、物語に力点がいっている。本作も、その流れを汲んでいる。
その点で、いささか好き嫌いの分かれるところかも知れないが、私は嫌いではない。時代考証がどの程度正確なのかは、余り判断はできないが、良くも悪くも日本の「貴族文化」の最後の残光の雰囲気を実によくとらえているように思える。
あえて言えば、描かれているのは、日本に辛うじて残っっていた「ノブレス・オブリジージュ」。(もちろんそれは余りにも儚い。)北村さんは、その雰囲気を好ましいと考え、そしてこういう物語にしたのではないかとそんな気がする。

異論の余地はありそうだが、これはこれでよいのではないかと私には思える。

遠くの声に耳を澄ませて
宮下 奈都 新潮社 2009年5月31日読了 ISBN:978-4-10-313961-4



スコーレNo.4の作者の短編集。

登場人物の重なる短編もいくつかあるが、連作短編というほどお話が有機的につながっているわけではない。それでも、不思議に全体に統一感があるのは何故だろうと思いながら最後まで読んだのだが。
読み終えて巻末を見ると、この作品は雑誌「旅」への連載作品とのこと。それで、なるほどと思った。確かに、広い意味での「旅」が全作品の統一テーマになっている。(最後まで気付かないというのは我ながら随分迂闊だと思うが。)

「スコーレ」とは、比べるのは無理があるが、それでも、清潔さ、強い倫理観、「普通の人」に対する目線の自然さと暖かさ、そして、人生への誠実な態度、いずれをとっても、読んでいてとても気持ちがいい。

派手ではないが、こういう作品はとても好きだ。
いつまでも、こういう作品を生み出して欲しいものだと思う。

1Q84  BOOK1  4月−6月
1Q84  BOOK2  7月−9月
村上 春樹 新潮社 2009年7月4日読了 ISBN:978-4-10-353422-8
ISBN:978-4-10-353423-5



小説を書く人にとって一つの目標は、「究極の、もしくは、完全な虚構」を描くことだと思う。(違う目標の人もたくさんいるとは思うが。)この本は、それにチャレンジして、かつ、相当程度の成功を収めた物語だと感じる。(もちろん、これに関しては、「完全なる成功」というのは、きっとあり得ないことだとも思う。)

SFではない、ファンタジーではない、といって、100%リアルワールドのお話しでもない。
何かのメタファーのようでもあり、何かのメッセージのようでもあり、そして、大恋愛小説のようでもあるが、そのいずれでもない。

しかし、なんといっても最大のポイントは、読んでいて面白いということだろう。
そして、もう一つのチャームポイントは、素晴らしい文章の呼吸。(この文体は、本当に昔から変わらないと思う。)

この本は、発売直後から空前のベストセラーになったこともあり、また、その複雑な内容から、色々な人が色々なことを言うだろうが、基本的には、読んで楽しく、そして心が潤えばいいと思うし、その点においてこの本は、全く不満を残さないと思う。

リドルストーリー風の終わり方も色々な意見がありそうだが、私は、こういう終わり方でいいと思えた。

何しろ、長いお話しなので、読むのに少し時間がかかってしまったが、1ヶ月余をつぎ込んでも、時間の無駄という思いは全然しない。

とにかくよく書かれた物語だ。

(数日後に)
上記は、読後すぐの感想だが、読み終わってしばらく経ってみると、何となく「究極の恋愛小説」ではなかったかという気がしてくる。もちろんそれだけではなかったにせよ、最後の二つの段落は、そのように書かれたという思いが、日ごとに深くなる。決してリドルストーリーではなかったのかもしれない。

もう一つ、これは村上春樹の小説の共通の特徴だが、とにかく女性の登場人物が魅力的である。この小説の魅力も、それに尽きているような気がする。

三匹のおっさん
有川 浩 文藝春秋 2009年7月27日読了 ISBN:978-4-16-328000-4



例によって他愛ない話。

一つ気になる点をいえば、本書に登場する60才くらいの男性のファッションのセンスや世界観は、それと2才しか違わない私としては大いに異論がある。(個人差はあると思うが、そこまでダサくない方が普通だと思う。さらにいえば、高校生の孫というのも(可能性はあるだろうが)一般的ではないだろう。)
ここに登場する人物は、実際はもう少し上(あと5才くらいか)の団塊の世代の最年長者くらいのイメージだろう。

と色々悪口を書いたが、お話自体は、私は面白いと思う。こんなのただの時間つぶしという人もいるだろうが、仮にそうだとしても結構上質の時間がつぶれると私は思う。

有川さんが、家庭の機微を書くと何となくらしくないが、たまにはこういうものもいいのでは・・・。

宵山万華鏡
森見 登美彦 集英社 2009年8月30日読了 ISBN:978-4-08-771303-9



何とも不思議な後味の本だ。

「夜は短し・・・。」の姉妹編という雰囲気だが(登場人物も少し重なる)もう少し、現実感が希薄になる。
祇園祭の宵山の雰囲気はとてもリアルに伝わってくるのだが、しかし、一つ一つのエピソードがうまくつながらないような感じが残るからだろう。
ということで、実に森見さんらしいと思うが、会心の作かどうか・・・。

もっとも、この7月の転勤で、当方も通勤距離がとても短くなり、ほとんど読書する時間がなくて、この本も読むのにも1ヶ月もの時間を要している。この当方の読み方が悪いということが大いに影響していると思われる。

毎年、年に一度くらい本を読まなくなる時期があるのだが、今年はかなり重症。いくら電車に乗る時間が短いといっても、なんとかせねば・・・・・。

六本指のゴルトベルク
青柳 いづみこ 岩波書店 2009年11月26日読了 ISBN:978-4-00-002594-2



実に3ヶ月ぶりの感想。通勤が短いということはあるが、本を読むというのもクセなら、本を読まないということもクセなのだとつくづく思う。どうせなら、悪いクセはやめなければいけない。

題名に少しぎょっとしたのだが、中身は音楽にまつわる読書話。驚くほど水準の高い話が多い。筆者のピアノ演奏を残念ながら聴いたことがないが、書き手としての能力は本職よりずっとずっと上だと思う。この人の本を読むといつもそう思うが、今回は特にそう思った。

今まで読んだ彼女の本は、どちらかと言えば演奏家の立場での「演奏論」或いは「音楽論」という感じだったが、今回は、聴き手と演奏家がいかにして交感するか、すなわち、音楽とは(ある意味で)本質的になんなのかということが、音楽を題材にした本の話をベースに実に的確に展開されている。

音楽を聴くということが「真剣勝負」である(でなければならない)ということがよく分かったような気がする。

少年少女飛行倶楽部
加納 朋子 文藝春秋 2009年11月28日読了 ISBN:978-4-16-328160-5



読み始めれば一気という本。ほとんど一日で読んでしまった。読書に勢いをつけるのにこれくらいいい本はないと思う。

「底抜けに明るい青春小説が書きたかった」と著書がいうとおりの本だと思う。書きたいと思ったらこういうおはなしが書けるのは、実にすごいことだと思うが、ありそうな出来事を積み重ねて、とてもありそうもない愉快な話を作り上げる力もすごいと思う。

人間たちに対する目線は暖かく、そして、きちんとした志は失わない、読み物としてとても上質だ。やはり、加納朋子さんのお話は、大好きだとあらためて思った。

世界は分けてもわからない
福岡 伸一 講談社 2009年12月19日読了 ISBN:978-4-06-288000-8



前に読んだ「生物と無生物のあいだ」の続編にあたるが、こちらの方がずっとメッセージ性が強いと思う。

もちろん前作も(言い方は変だが)衝撃的に面白かったが、本作はさらにずっと主張の幅が広い。
「生命とは何か」から派生する現在の生命科学の抱えている問題、そしてそれに関わる人間社会をめぐる様々な問題(例えば「食の安全」とかが、かなり強い「志」を持って語られる。
そして、それぞれには大変な説得力がある。極端な言い方をすれば、本書は、「世界観」に関わるテーマのかたまりであり、さらにいえば、それぞれが驚くほど示唆に富んでいる。
かつて本書のいう「マップラバー」として生物学を志したことがある私としては、なおさらこの本の主張は心に響く。

生命(生命現象)は、分けてはわからない。
分けた途端に失われるものは、あまりにたくさんあるということを、とにかく心していかなければならない。

本書を読んで強くそう感じた。そして、自然科学を志す人たちに(できればそうでない全ての若者にも)、この本をきちんと読んでもらいたいとも思った。

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