ねにもつタイプ
岸本 佐知子 筑摩書房 2008年1月1日読了 ISBN:978-4-480-81484-5



ユニークでとにかくおかしい本という評判をあちらこちらで読んで手に取ってみる。
確かにその通り。読み始めたらやめられない、不思議な力がある。

全てが、完全にしっくりくるお話しというわけではないが、でも大部分は、実に痛快に納得できる。
まさにその通りと、膝を打つようなお話しもたくさん出てくる。(たとえば、「毎日がエブリデイ」)
人間というのは、ユニークで、かつ、一人一人が全然違うが、一方で、万人に共通な点(特に不出来なところ)もとても多いという、当たり前のことに見事に気づかせてくれるのが、なかなか新鮮である。

著者の本業は翻訳者で、前職は、ある洋酒メーカー(多分サントリーと思うのだが・・・)の宣伝部勤務だったらしいが(そのころのエピソードも出てくるが、これがまた実に面白い)、一度ご本人にお目にかかってみたいと切に思う。
(サントリーの宣伝部といえば、泣く子も黙る名門だったのではなかったかしら?)

ゴールデンスランバー A MEMORY
伊坂 幸太郎 新潮社 2008年1月13日読了 ISBN:978-4-10-459603-4



伊坂幸太郎の新作かつ力作だから文句なく面白い。
だから、以下に書くことは、あくまで「あえて言えば」ということである。

まず、本編に入るまでがいささかまだるっこしい。伏線を引くためなのは分かるが、もう少し簡潔に進んだ方が面白いのではと感じてしまう。
それから、もちろん、これは「ファンタジー」なのだから、偶然に恵まれることはある程度は構わないが、でも、ここまで来ると少し行き過ぎなのかもしれない。

また、監視社会や政治の世界に対する不快感を必要以上あからさまに書く意味はないということも理解できるが、何となく中途半端だ。もう少し明快なメッセージにした方がすっきりしたのではないだろうかか。妙な「婉曲さ」は、いつもの伊坂さんらしくない気もするのだが。

もちろん、読み始めれば一気に結末まで読み進んでしまう。この結末は(ある程度予想の範囲だとしても)、やはり快哉を叫びたくはなる。
でも、ここまで、複雑な伏線を引いて練りに練り上げたのだから、もっと気持ちになじむ終わり方でも良いのではないかと感じるのは、贔屓の引き倒しの感想なのだろう・・・。

阪急電車
有川 浩 幻冬舎 2008年1月30日読了 ISBN:978-4-344-01450-3



いま絶好調の有川さんの最新作。
今回は何と「阪急今津線」が主人公。

15年この沿線に住み、いまも実家が逆瀬川にある我が身としては、とても他人事とは思えないお話しである。
後書きによれば有川さん自身もこの沿線に住んでいるとのこと。(書きぶりからすれば小林か?)

例によって、彼女のお話らしくいくつもの恋のエピソード展開するが、本作についていえばそれは彩りであって、確かに主人公は阪急電車である。それらしいおばちゃん群や、沿線の学生達がこれでもかというくらいと登場するのが実に愉快だ。(現実をよく知る身として。)

それだけの話といえば、その通りであるが、それがまた良くできている。

電車と駅を舞台にしたこういうお話しは今までにもあったのだろうか?実に面白い仕掛けだと思うし、またそれが上手に活きている。
我が地元が舞台の物語だから、多少の身びいきは入るとしても、相変わらず多才振りに感心する。

サクリファイス
近藤 史恵 新潮社 2008年2月5日読了 ISBN:978-4-10-305251-7



いやー、面白いと思った。
キノベスのNo.1になっていたが、他には余り評判を聞かなかったので、ちょっと半信半疑で読んだのだが。

読み終わると同時に、全てのピースがしかるべき場所にきちんと納まるというミステリとしての面白さと、スポーツものとしての「清々しさ」を兼ね備えたなかなかの作品。

人によっては作りすぎと感じることもあるだろうし、人物像が曖昧という人もいるだろう(ストーリー上やむを得なかったのかもしれないが)が、そういう欠点を補って余りあるものを持っていると思う。

世の中には、才能のある人がたくさんいるものだと、また、いつもながらの感想になってしまう・・・。

クローバー
島本 理生 角川書店 2008年2月8日読了 ISBN:978-4-04-873817-0



うーん、これにははまった。

島本理生さんは、何となく、甘ったるい恋愛小説書きという印象が強く、一方で、若手女流作家のホープという別の印象もあって、読んでみたいと思いつつ、ちょっと敬遠もしていたのだが、読んでみれば、実に手練れの名人という印象です。

(これしか読んでいないので、余りうかつなことはいいにくいのだが、)こういう、何気ない「青春的日常」を書くとうまい人はたくさんいるが、その中に入っても最右翼の一人なのではないだろうか。

あらためて、著者略歴を読んでみると、1983年生まれとある。結構それなりの実績があるので、もう30才くらいの人かと思っていたが、まだ、やっと20代半ばである。

「文学賞を取るのはある意味易しいが、そのあと、良い作品を書き続けていくのが難しい」のだと良く聞くが、この最新作を読む限り、まだまだこの人にはたくさんの引き出しがありそうだ。

著者あとがきはたいていの面白いが、この本では、これは「モラトリアムの終わりの物語」と書いてあった。自身の作品なのだから当然なのかも知れないが、実に言い得て妙、的確な要約だと思う。

こういう物語(モラトリアムの終わり)を書ける時期というのは、そんなに長くないように思う。若いというのはつくづくうらやましいものである。

私の男
桜庭 一樹 文藝春秋 2008年2月18日読了 ISBN:978-4-16-326430-1



こういうウエットなお話しは全く私の趣味ではないし、(以下ネタ割りになってます…未読の方注意!)こんな事のために人を二人も殺すのかというお話だし、従って、こんなお話をありがたがってはいけないと自らを戒めながら読むのだが、しかし、残念ながら(?)面白かった。

直木賞受賞作でもあり、それ以外にもどこで聞いても評価の高い本作、そんな評判に惑わされて感心してはいけないと思いながら、しかし、一気にラストまで読んでしまった。

たしかに、心に残るいい作品だと(不本意ながら)思わざるを得ない。

男と女(父と娘)のこういう関係を書いて全く納得しさせられてしまうのだから、やっぱり筆の力とは恐ろしいものである。
今最も脚光を浴びている人の作品なだけはあると思う。

思わず、もう一作「赤朽葉家・・・」を買ってしまった。

フェルメール全点踏破の旅
朽木 ゆり子 集英社 2008年2月26日読了 ISBN:4-08-720358-1



あらためて、フェルメールの絵の全体(といってもたった三十数枚だが)を俯瞰するのにとても良い本と思う。(実に適切な解説)

年代順というわけではなくて、展示してある場所順というか、見て回った順という構成が、かえってリアリティを強調して良い。

しかし、ワシントンにもフェルメールがあったのだが、ナショナルギャラリーでちゃんと見た記憶がない、ルーブルだって、2回も行っているのに少し怪しい。
ニューヨークやロンドンでも、足を伸ばせばもっと見れたらしい。

こうやって読んでいると、既に見たものも含めてもう一度全部見て回りたいとしみじみ思う。また、オランダには是非行ってみたい。

定年後の楽しみということになるのだろうが、ウフィツィのボッティチェリも見たいし、なかなか大変だ。

朝日のようにさわやかに
恩田 陸 新潮社 2008年3月4日読了 ISBN:978-4-10-397108-5



恩田さんには珍しい短編集だが、読み終えた第一印象は、なんだかまとまりがないなというものだった。趣向も、雰囲気も全く雑多なものが詰め込まれているし、完成度もバラバラという感じがした。
しかし、不思議なもので、読み終えてしばらくして振り返ってみると、結構充実したものを読んだような気がする。その理由はよく分からないが、一編一編きちんと作り込まれていたからではないかと思う。

最近の恩田さんは、私にとっては、いささかその力ずくとも思われる「作り込み」が目立ちすぎて、ちょっと敬遠気味であったのだが、こうやってみると、やはりとても力のある人なのだなあとは思う。とはいえ、ご本人の心構えとして、気軽に読むエンターテインメントの人では、もうなくなってしまったのかもしれないと少し残念な気がしていたが、こういうものを読むと、そうでもないのかもしれないと思う。

でも、やはり最初に読んだ「三月は深き紅の淵を」が、一番印象に残っている。
これを断然超える作品を書いて欲しい。

赤朽葉家の伝説
桜庭 一樹 東京創元社 2008年3月19日読了 ISBN:4-488-02393-2



何となく読もうかどうしようか迷っていたが、「私の男」が面白かったので読むことにした。
言わずと知れた、昨年最も評判の高かった本の一つ。

なるほど、確かに、面白い。

3世代を時代順に語っていくのだから超大作になってもおかしくないが、それが、(短くはないが)ほどほどの長さに納まるちょっと不思議な本。そのため、所々あらすじのようだったり、よく言えば、メリハリがきいた、意地悪く言えば、適当に省いたそんな感じは残る。
でも、そういう点は、思ったほど気になるわけではない。才能といえばそうなのだが、むしろ、鍛錬や自制によっても得られた文章力でもあるのだろう。

私が好きな作家達のスタイルとは随分違うと思うが、それでも十分楽しめる。(ミステリとしてはどうかな?)

最近桜庭一樹嬢を良くテレビで見かける。
トップランナーにも、森見さんと同じように出ていたが、当方の先入観とはちょっと違って、実にきちんとした人だ。

なんだか突然ブレークしたように見えたが、過去にもたくさんの作品を書いている人だ。こうなれば、この中の何冊かを読まずにはいられない・・・。

バッテリー  (角川文庫)
あさの あつこ 角川書店 2008年3月25日読了 ISBN4-04-372101-3



前から読もうと思っていたバッテリーの第1巻をやっと読み終えた。

感想は、何巻か読み終えたときに書くことにするが、確かに評判通り面白い。

ケチをつければいろいろとあるだろうが、こういうものは、素直に読めばいいと思う。

1950年のバックトス
北村 薫 新潮社 2008年3月25日読了 ISBN:978-4-10-406606-3



短編も得意な、いかにも北村さんらしい作品集。

長さも、趣も結構まちまちだし、水準も少し不揃いかなと思うが、それでも、どの作品も過不足なく面白い。
なかでも、やはり表題作が一番面白い。
このまま広げていけば長編になりそうなものや、「ひとがた流し」の原型になっていると思われるものもあったりして、創作の過程が垣間見えたりもする。

全体として、ハート・ウォーミングストーリーが基本だ。あえて言えば、現代風「O.ヘンリー」というところか。
それもまた良しでは・・・。

ルポ貧困大国アメリカ  (岩波新書
堤 未果 岩波書店 2008年5月11日読了 ISBN:978-4-00-431112-6



ここで書かれていることが、全て正しい事実に基づいているかどうかという点には少し注意を要するし、また、著者の主張においても、いささか短慮に過ぎる点は目立つ。
しかし、そういう点を除いても、やはり、この本に書かれているアメリカの姿は、一つの真実の姿だろうと実感する。

また、日本が、道路や橋を造ることを、いわば国の「行動原理」として、政治・経済の枠組みに深く埋め込んでいるように、アメリカは、「戦争」をその枠組みの中に刻み込んでいるのではないかと、昔から、何となくそんな気がしていたが、やはり、そのとおりかも知れないという思いも持った。

ありきたりの感想で言えば、教育や医療を民営化してしまうリスクは、この本に書かれているとおりだろう。(こういうもののセーフティーネットは作るのが難しい。そういう意味で、杉並の某中学などは、一つの(悪しき)典型かも知れない。)

アメリカにおいては、国の成り立ちからして、「結果平等」は望むべくもないとしても、本来はあるはずの「機会平等」も、既に絵空事になってしまっているというこの本の主張も、おそらくある程度事実だろう。
その背景には、本書が言うように、(歴史的には史上最低の大統領の1人となる可能性が高い)ブッシュ政権の存在も確かにあるのだろう。しかし、それにしても、それだけであるまい。

翻って、我が日本の政・官の最近のありようを見ていると、「明日は我が身かも」と考えるべきなのかも知れない。小生は、一定の条件(例えば、言論の自由というような基本的な権利が守られること、適切な機会均等、できる限り手厚いセーフティーネットが存在するというような)を満たすならば、アメリカや今の日本のあり方も一つの正しい道ではないかと考えていた。しかし、それはどこかで間違っているのではないかという思いが最近強い。

グローバリゼーションの進展の裏側で、食糧問題、エネルギー問題(環境問題)等々、深刻な問題が迫り来る中、国の形をどうするのか、世界中で、今ほどその点を問われている時期はないと思う。(このままいけば、最悪のハードランディングが避けられない。)

ベストセラーとなったこの本を読んで、あらためてそう思った。

悪人
吉田 修一 朝日新聞社 2008年5月11日読了 ISBN978-4-02-250272-8



今年は、たまたま、本屋大賞のノミネート作品を既に7冊も読んでいたので、このごろ、さすがに底の浅さが目立つように思える重松清(「カシオペアの丘」)をのぞいて全部読んでみようと思い立って、この本を読んだ。

好きなタイプの本かといわれれば、少し考えるが、特に後半は読ませる力が強い。(電車を乗り過ごしてしまった。)
「別に『悪人』という人種がいるわけでもないし、また、『悪人』のレッテルが貼られた人が、むしろ、『悪人』ではないことだって多いかも知れないんだよね。」というのは、ありきたりな感想だが、読み終えてみれば、あらためてその思いを強くする。
格差社会がどうこうと分かったようなことをいうのは易しいが、それでも、確かに今の社会に対する静かな憤りのようなものは、作者と共有できるように思う。

その点で、とてもきちんとした本だと思う。評価が高いのもよく分かる。

八日目の蝉
角田 光代 中央公論新社 2008年5月23日読了 ISBN:978-4-12-003816-7



これが、今年の本屋大賞ノミネート作品の未読分の最後(除く重松作品)だが、この9冊どれも甲乙つけがたく面白かった。

本屋大賞ノミネート作をほぼ全て読んだのは今年が初めてだが、「書店の人が薦めたい本」が、どれもとても面白いというのは、いいことだと思う。日本の本屋さん(の店員さん)は素晴らしいということなのだから。

この「八日目の蝉」は、読む人によっていろいろな感想があるだろうが、いずれにせよ、「自分では選べない運命」すなわち、「全くままならないが、しかし、全て無条件に引き受けるしかない自分の人生」というものを、究極の設定で書いているということだろう。

しかも、この本は、ほとんど全てが、その「究極の設定」を作るために費やされている。
ほとんどの手が「駒組み」に費やされている将棋のようなものだ。だから、勝負は、最後の2〜3手で決まってしまう。
にもかかわらず、とにかく面白い。宮部みゆきさんのときも思うのだが、まるで、ノンフィクションとしか思えない迫真のタッチで物語は進んでいく、その筆の力はすごい。

これ以上ないというこの設定に、どういう決着をつけるかについても、人によっていろいろな意見があると思う。「僕ならこうしたい」という感じも、なくはない。
でも、ここまで完璧に駒が組めていれば、どういう決着になっても名局と言えるだろう。

そんな感じである。
(この見事な腕前に心から感心してしまう。)

何となく買ったまま手つかずになっていた「対岸の彼女」も早速読んでみようと思う。

不思議な数πの伝記
Alfred S. Posamentier
松浦 俊輔訳
日経BP社 2008年5月24日読了 ISBN:4-8222-8245-7



紀伊國屋の店頭でふと手にとって、面白そうだなと思って買った本。

そもそも、数学、物理学を問わず至る所に顔を出すπというのは不思議な数だと昔から思っていたが、どうしてそうなのかがもう少し理解できればというのが買った動機である。
なかなか、そこまではいかなかったが、でも、面白くなかったというほどでもなかった。

あらためて、πの不思議な性質についてはよく分かった。
でも、たとえばオイラーの公式のようなこと(「e」と「i」と「π」が一つのシンプルな数式に結ばれる)がどうして起こるのかまではさすがに書かれていない。(そういう問い自体が無意味かも知れないが・・・。)

ということで、円の直径と円周の比を表すに過ぎないはずのπが、ありとあらゆる分野に顔を出す不思議さについては、また機会をあらためて調べてみたいと思う。

対岸の彼女
角田 光代 文芸春秋 2008年5月31日読了 ISBN:4-16-323510-8



「八日目の蝉」に感心して、前から買ったままになっていたこの本を読む。
結構感激した。

こういう「ウェット系」の本はどちらかといえば嫌いだと自分では思っているのだが、この人の本は好きだ。

その理由はと考えると、(言葉としては月並みになってしまうが、)描かれている人生や青春や友情に、とてもリアリティがあることだろう。そして、それは「筆の力」だ。それが、この本を気持ちよく読める理由一つであることは間違いない。でも、結局は、描かれている人々(特に中心になっている人達)のことを「好きだ」と感じられることがその最大の要因のような気がする。

そう考えているうちに、今まで読んだ本の中で生理的に全く受け付けなかった、例えば「魂萌え」とか、「容疑者X」は、その登場人物が嫌いだからなのだということに気がついた。そして、登場人物が好きになれないということは、その分身たる作者が好きになれないということではないかと思う。

そういう読み方は、結局損なのかも知れないが、趣味の世界なのだから、登場人物が心になじまなない本は読みたくないという考えも「怪しからん」というほどのことでもないと思う・・・。

戸村飯店青春100連発
瀬尾 まいこ 理論社 2008年6月3日読了 ISBN:978-4-652-07924-9



面白かった。
こういう、軽くて、でも、読後感爽やか、読み終わって何の不満も残らない本はとても好きだ。
あっという間に読み終えてしまった。

もっと沢山読んでいたような気がしたが、考えてみれば、瀬尾まいこさんの本は、今まで1冊しか読んだことがない。何となく「幸福の食卓」も読み損なったままだ。

ということは、またたくさん読む本ができたということだ。
これは、考えてみれば有り難いことである。

生命徴候あり
久間 十義 朝日新聞出版 2008年6月12日読了 ISBN:978-4-02-250395-4



途中まではなかなか面白かったのだが・・・。

人物は、ステレオタイプで、ストーリー展開もひどい「ご都合主義」。
ビジネス小説によくありがちな調子で進むが、それでも、面白かったのはなんと言っても、まるでノンフィクションのような調子で語られる医学関連のエピソードが緊張感を保っていたからだと思う。

従って、途中から噴飯ものとしか言い様のないITベンチャーのお兄さんがストーリーを主導すると読むのがつらいくらいつまらなくなる。(何でこんな男に惚れるのか?それにしても、こんな男しか描けないのか・・・。脇役はまるで操り人形のようにしか行動しないし、主役のこの男は、何という手抜きのキャラクター・・・。)

さらに、まるで、ジェットコースターが絶頂に上り詰めるように全てが順調に進み、そして、ある時から、その逆の展開であっという間に全てを失うのも、また、最後に「約束の地」に落ち着くのも、なんだかあまりにお約束通りに過ぎるが、まあ、それは作者の自由裁量の範囲だから、文句は言うまい。

しかし、これに限らず、どうしてビジネス小説のジャンルに入るものは、かくも展開が定型的で、人物はステレオタイプになってしまうのだろうか。あるいは、ビジネスの世界そのものが、ステレオタイプで、定型的なのかも知れないと思わず考えてしまう。(小説を読むビジネスマンがステレオタイプだとは思いたくないが・・・。)

こんなのを「小説」というとすれば、本当に小説を書いている人たちに申し訳ないと書けば書きすぎだろうか・・・。
(日経やダイヤモンドの書評欄で評価の高い本だったのだが・・・。)

別冊図書館戦争  I
有川 浩 アスキー・メディアワークス 2008年6月19日読了 ISBN:978-4-04-867029-6



予想通り、こういうものにお金を出して読むかという本だが、予想通り面白いから仕方ない。

有川さんも、図書館戦争シリーズも超売れっ子で、ついにアニメにもなってしまったが、さらに、「大人の事情」で、スピンオフもシリーズになるらしい。この事態についてご本人は、(「あとがき」にあるように)少し恐縮しておられるようだが、私としては、これはこれで大変結構と思っている。
こういうスピンオフも、有川本では、ある意味で「お約束」で、これを読まなければ気が済まないという読者もきっと多いのだろうと思う。(かくいう小生も。)

あくまでコメディーで、表現は決して生々しくないが、それだけに、かえって生々しいような・・・。(女性が書いていると思うからよけいそう思うのかも知れないが、)こういうことに関しては、実に大した腕前と思う。

最後に出てくる「言葉狩り」に対する意見表明は、ありきたりかもしれないが、これはこれで立派だと思う。
(図書館戦争シリーズの肝みたいなところだ。)

ということで、残念ながら(!)、きっとこのスピンオフシリーズも全作読むことになると思われる・・・。

霧のソレア
緒川 怜 光文社 2008年7月1日読了 ISBN:978-4-334-92599-4



日本ミステリー文学大賞新人賞(第11回)受賞作とのこと。
この賞の受賞作は、このところ毎年なかな面白い評判になっていた本だが、確かに面白いと思う。

まるで、エアポートXXとミッション・インポッシブルとダイハードを足し合わせたような、非常に凝った、かつ、極めてテクニカルに精密(と思われる)設定は、実にすごいと思う。
その力で一気に読ませるわけだが、反面、ストーリーがそのせいで若干拡散しているような気もする。
複雑な設定は、基本的には極めて精度が高く、不満が残るような矛盾は全くないのだが、それがかえって(妙に理屈が先行していて)、緊張感を損なっているような感も残る。もちろんそれは、読み手の勝手な(贅沢な)言い分ではあるのだが。
でも、これだけの材料があるのなら、それを半分にして、その分もう少し、人間や心理を描いた方が、結果として心を打つ作品になったような気がするのだが、いかがなものだろうか。
(そうすれば間違いなくすごい小説が二つ作れると思うのだが・・・。もっとも、それだけ、本作が渾身の作と言えるのかも知れない。)

だから、読後感としては、良くも悪くも、アメリカ映画の大作のような感じが少し残る。

荒野
桜庭 一樹 文藝春秋 2008年7月10日読了 ISBN:978-4-16-327040-1



桜庭さんの本は、しばらく読むのを見合わせようと思っていたのだが、二子玉川の紀伊國屋で著者サイン入り本を見つけて、即購入。(なんだかんだ言っても、基本的には、彼女のお話は好きなのだ・・・。)

そして期待通り、これがなかなか面白い。前2作とは趣が少し違う、ちょっとした青春もの。12才から16才まで成長していく少女の目(ほぼ完全な一人称の視点)で語られる物語である。
だから、我々男性にとっては、あずかり知らない感性の世界の物語で、従って、読みながら、ちょっとどきどきするのだが、それは、完全に作者の術中にはまったかという感じ。
それでも、読んでいると、鎌倉の街の空気や風のにおいを感じることができるような気がするのは、間違いなく腕の確かさだ。

このお話、初出は「ファミ通文庫」と聞けば、ちょっと鼻白むが、読んで面白ければ、それで良しということだろう。

ヴァン・ショーをあなたに
近藤 史恵 東京創元社 2008年7月12日読了 ISBN:978-4-488-02529-8



「サクリファイス」でちょっと、びっくりして、次に「タルト・タタンの夢」を読もうと思っていたら、この本が出てしまったので、こちらを先に読むことになった。

なるほどと思う。
「サクリファイス」とは、かなり雰囲気は違う。作者の持ち味は、多分、こちらの方なんだろうと思うけれど、それでも、「サクリファイス」の面影は随所に出ているとも言える。

フレンチ(料理)のお話しは、いささかマニアックであるが、それが全く嫌みでないところは、立派なものである。「人情ミステリー」などという分野があるとすれば、この人など、その筆頭になるのだろう。

光原百合さんとか、北村薫さんとかを少し思い出すが、それでもかなり違う。
私の好き嫌いで言えば、とても好きな方に属する。だから、所用で大阪へ行ったが、ほとんどその片道で読んでしまった。

ラン
森 絵都 理論社 2008年7月 日読了 ISBN:978-4-652-07933-1



「模範的ハッピー・エンドのお話しを一つ作りなさい」と言われれば、きっとこういうお話しが「満点」なのだろうと思う。
家族の死、様々な別れ、ままならない人生・・・そういったものたちと少しずつ折り合い、そして前向きに全てと調和していく。

現実は、きっとそんなに都合よくはないだろうし、従ってこんなお話しは、あまりにウソ臭くなると思うのだが、森絵都さんの手にかかると実に格調高くそういうお話しができてしまう。
そのための仕掛けとして、「あちら側」と「こちら側」を行き来するという、森さんらしいファンタジーの助けは借りているが、それとて、決してわざとらしくもなく、嫌みもない。
もう一つこのお話のバックになっているあるランナーの死は、ちょっとつっこみたくなる点もあるが、でも、登場人物たちのキャラクターに助けられストーリーを少しも邪魔しない。(むしろ、これがあって、ストーリーが変化に富んだ形になっている。)

さすがに、元々が一流童話作家というキャリアの為せるワザと心から感心する。

実は、「風に舞いあがるビニールシート」を読んでいないのだが(「カラフル」も「いつかパラソルの下で」も「永遠の出口」も読んだのに、直木賞受賞作というだけでちょっと敬遠してしまうというクセがあるので・・・)、これも、読まないわけにはやはりいかないだろうとあらためて思った。

こういうものを読むと、いつもながら、日本は女性作家の宝庫なのではないだろうかと思う。

タルト・タタンの夢
近藤 史恵 東京創元社 2008年7月28日読了 ISBN:978-4-488-01228-1



本編の続編となる「ヴァン・ショーをあなたに」と読む順番が後先になってしまったが、全く予想の通りの気持ちの良い作品だった。

いささか小難しいフランス料理に関する蘊蓄がこれだけ出てくると、ちょっと読むのがいやになりそうなものだが、ところが、読んでいるとおなかがへってくるところがこの作品の素敵なところだろう。

ストーリーにせよ、仕掛けにせよ、登場人物にせよ、ほどよく肩の力が抜けてバランスしているところが実に良い風合いとなっている。

サクリファイスの緊張感とは一味もふた味も違うところが、この作者の持っている「引き出し」の多彩さか。
(次はサクリファイスの方の「引き出し」を使って何か書いて欲しいと思うのだが・・・。)

赤めだか
立川 談春 扶桑社 2008年8月2日読了 ISBN:978-4-594-05615-5



最近評判の本。
たしかに、すごい本である。

最初のうちは、なんだか話を作りすぎているのではないのかという気がして、少し半信半疑だったのだが、いや、それは全くの間違いだったようだ。

読み終えてみての第一の感想は、なんといっても、立川流の破天荒さ、すごさ(凄み)をあらためて思い知ったことだろう。
個人的には、立川談志は余り好きではないというか、あのクセにちょっとついていけないという感じがあるのだが(それは今でもそうなのだが)、そういうことは全く別にして、色々な意味で、とんでもなくすごい人なのだということがよく分かった。

(だから、談志の弟子である談春の事も余りよく知らなかったのであるが、)まずもって、師匠に対するこの深い深い愛には心から敬服する。
そして、彼の「人生」や「落語」やその他諸々に対する、暖かくときには厳しい目線にも全面的に共感する。

あまりにも普通のサラリーマンの世界とは遠い世界の出来事の連続で、最初に書いたように、ちょっと出だしは戸惑うが、読み進めるにつれ、完全に感情移入してしまうことになる。それは、もちろん筆の力もあるだろうが、基本的には、作者の経験と人生観の持つ力だろう。
とにかく面白いし、すごい。

談志に限らず、(前から思っていることだが、)落語を一度きちんと聞いてみなければいけないとも思った。

いずれにしても、世の中には、すごい人はたくさんいるし、結果として、すごい本もたくさんあるのですね。
(驚きました。)

本作品も、講談社エッセイ賞を受賞している。「ねにもつタイプ」といいこれといい、うまく選んであると感心。

探偵!ナイトスクープアホの遺伝子  龍の巻  ポプラ文庫
松本 修 ポプラ社 2008年8月6日読了 ISBN:978-4-591-10350-0



「探偵!ナイトスクープ」は、私にとっては、「全国アホ・バカ分布考」を生み出した番組であるが、本書は、「前編」として、この番組にかかわる草創期の諸々のエピソードがつづられている。

まず気づくことは、全体を通して、著者による現在のテレビ文化に対するかなり明確なメッセージになっているということだろう。現在のテレビ文化を信用しない私としては、これらに関しては、全面的に承伏しかねる部分も多いが、それでも、この番組の志は、他の凡百の番組よりは遙かに高いということは、これを読めばよく分かる。

たまに、大阪出張の折などにこの番組を見ると、確かに面白いと思う。
しかし、不思議なことに、関西では超人気番組なのに、東京では全く受けないらしい。ということは、関西と関東では、テレビに期待する役割が、かなり違うということなのではないかと、私は考えるのだが・・・。特に、11時を過ぎた深夜番組帯のコンセプトが全く違うのは、びっくりするくらいだ。
さらに言えることは、大阪に出張して見ている分には面白いのだが、それでは、可能であれば東京の自宅で同じものを見るかというとやや微妙。思うに、多分大阪の夜11時は、大人の時間、東京はまだ子供の時間(というか、東京のテレビはずっと子供の時間)ということではないのだろうか。

たかがテレビ、されどテレビ・・・。これだけ影響力の大きいメディアなのだから、本書に限らず、もう少しいろいろと考えなければいけないなと改めて思う。

ラブコメ今昔
有川 浩 角川書店 2008年8月7日読了 ISBN:978-4-04-873850-7



我ながら、こんなお話しを、ニヤニヤしながら、あるいは、ハラハラドキドキしながら読んでいる年かと思うのだが・・・。(有川本を読むときは、たいていいつもそうだ。)

また、「平和と安全を守るために常に命を捧げる覚悟」というこの物語達の基調音に(もちろん立派で美しいと思いながらも)、一抹の危うさを感じながらも・・・。

とにかく、理屈抜きで、面白くて一気に読まされてしまうのだから、どうしようもないのだ。
(有川シリーズがこれだけ売れているのだから、この状態の人は決して少数派ではないのであろう。)

(結局、いつものように、)この手のお話しを書かせたら彼女の右に出る人はほとんどいないとあらためて脱帽。

忍びの国
和田 竜 角川書店 2008年8月24日読了 ISBN:978-4-10-306881-5



こういう時代物というのは、どこまでが史実で、どこからが作り事なのかよく分からない。
そこが良いという人もいるのだろうし、そんなこと関係ないという人もいるのだろうし、それは時代物に限ったことではないという人もいるのだろうが・・・。小生はどちらかといえば、苦手である。

それでも、とても面白いお話しだとは思いつつ(だから、途中からはすっかり夢中になって読んだが)、やはり、ちょっと、この壮大さ(虚っぽさとまでは言わないが)には、ついて行きかねるという感じがどうしても残る。

しかし、(同じ作者の「のぼうの城」も大ヒットしているようだし、)好きな人にはきっとたまらないのだろうということは、何となく分かる。

風に舞いあがるビニールシート
森 絵都 文藝春秋 2008年8月31日読了 ISBN:4-16-324920-6



言わずと知れた直木賞受賞作であるが、受賞作ということであえて読まずにいたものだが・・・。

読んでみれば、もちろん、文句なく面白い。

もし私が誰か作家として生まれ変われるととしたら、誰になりたいか。宮部みゆきか北村薫かはたまた伊坂幸太郎かといろいろと迷うところであるが、本当はどんな話が書きたいのかといわれれば、この森絵都さんのような話ではないかと思うことがある。
人間の志を書いて、観念的になりすぎず、かといって、目線は十分高く、さらに、ユーモアと感傷のバランスもとても良いと思う。

本書に収録されているのは、(あえて書けば、)「生きる力を与えてくれる」物語たちだが、そういうお話を、私は、やはりとても好きだとあらためて思う。

ところで、(以上とは別の話だが、)直木賞も含めて文学賞(特に芥川賞)受賞作は、余り読みたくないと思うのだろうか。(私だけかも知れないが。)
直木賞のこの回には、伊坂幸太郎の「砂漠」も候補に挙がって落選している。本作とタイプは全然違うが、とても甲乙つけられるようなものではないと思うのだが、その「砂漠」に対する選者の評は手厳しい。それには、全く納得がいかない。逆に、受賞作の中には、「どうして?」と思うものもとても多い。要は、「尺度」が全く分からないということなのだと思う。(それでも、まだ直木賞は一定の方だという気はするが。)
高度な嗜好の世界で優劣をつけなければならない「文学賞」というものは、所詮、そんなものと思うしかないのだろう。

おそろし 三島屋変調百物語事始
宮部 みゆき 角川書店 2008年9月17日読了 ISBN:978-4-04-873859-0



宮部さんの久しぶりの長編の新作。

宮部さんの本を読む度に、毎度同じことを書くのだが、今回も、全く見てきたとしか思えないような筆遣いに驚く。これは、時代劇でも全く変わりない。
読んでいる私たちは、まるで、その世界を映像で見ているような気がするわけだが、多分、ご本人にもそれが見えているのだろうと思う。頭の中で見えることを、そのまま文字にしていくというタイプの人は、間違いなく世の中にいる。これは、完全に天賦のものだろう。(ここまでは、毎度同じ感想。)

今回のお話しは、「人の心を(特にその弱さの部分)物語にしてみよおう」ということなんだろうなと思う。
最後の核心の仕掛けの部分が、完全に腑に落ちるかというと、ちょっと私には何とも言えない。にもかかわらず、読後の印象はそういうものを補ってなお十分心に響くものがあると思う。
それは、つまるところ、描かれた一コマ一コマのチャーミングさによるものだろうという気がする。

野球の国のアリス
北村 薫 講談社 2008年9月20日読了 ISBN:978-4-06-270584-4



北村さんは、やはり、とても好きな作家だと、これも読む度に同じ感想を書いている。

自分のホーム・グラウンドで一通りのことをやり遂げてしまうと、何か新しいことをやりたくなるのが人の常なのだろう。実際、この分野でも、いろいろな大家が、新しいことにチャレンジしている。それらは、一般的に、必ずしも成功していないものも多いし、成功はしてもホーム・グラウンドのできばえを超えるのはなかなか難しいように思うのだが、北村薫に関していえば、最近の様々な試みは、いずれも、ホームグラウンドのできに引けを取らないと思う。

これは、「子供向け」の体裁を取っており、さらに、かのアリスの物語を下敷き(ほとんどパロディ)にするという難しい形になっているが、いささかの無理も不自然さも感じない。
さらに言えば、こういうありそうもない出来事が、実は、日常生活のあちらこちらで起きているのではないか思えてくる。登場人物のキャラクター(特に少年少女たちの)が素晴らしいのが、こういう難しい条件を軽々と超えているように見せる最大の原因のように思う。

また、(童話という形にふさわしく)伝えるべきメッセージも大変シンプルで、その分、実に、さっぱりした読後感が得られるのも、いいと思う。

すすれ!麺の甲子園
椎名 誠 新潮社 2008年10月27日読了 ISBN:978-4-10-345619-3



椎名さんの「麺」本なので、実にいつものとおりの安定した調子だ。

だから、特段のコメントはないのだが、2点ほど感じたことを。

1点めは、本書に登場する麺の中で、小生が食べたことがあるのはごくわずかだが、それらのコメントを見ていると、他のもののコメントについても概ね信頼に足るのだろうと思われるということ。
(同感するところが多い。)

もう1点は、特にラーメン屋の行列についての椎名さんの所見。
こちらは、実にその通りと思う。特に東京の人たちは、どうして、(それほどおいしいとも思えない)ラーメン屋にあんなに並ぶのだろうか。
この見識は、結構、最近の日本の(特に若者)文化の根の浅さのポイントを突いていると思うのだが・・・・。
(そこまで無理にこじつけなくてもいいようにも思いますが・・・。)

平成大家族
中島 京子 集英社 2008年11月3日読了 ISBN:978-4-08-771203-2



中島京子さんという人の作品を初めて読んだのだが、とても面白かった。

適度に抑制のきいたユーモアと皮肉がじつに気持ちよい。

「本当?」というような展開もあるのだが、それを、特段わざとらしくも無理筋とも感じさせない。これは、整った人物描写の為せるワザだと思う。作品中にたくさんの人物が登場するが、とてもうまく書き分けられていると思った。

「1人1人の個性」と「家族としての統一感」のバランスがよく、とても説得力がある。

そんな難しいことを言わずに、無条件に楽しめばいいと思うが、ちょっと感心したので、あえて書いておく。

モダンタイムス  特別版
伊坂 幸太郎 講談社 2008年11月19日読了 ISBN:978-4-06-215074-3



何と漫画週刊誌「モーニング」に連載されたものとのこと。
最近の伊坂さんの作品らしい、いささか、複雑で、若干「荒唐無稽型」のお話し。

なんと言っても、主人公がSEというのが、めずらしい。書いたのも、元SEだから、結構リアリティーがある。
(SEによるSEの物語だ。史上初かも・・・。)
21世紀後半という時代設定だが、(おそらくあえて)それほど現在との違いは目立たない世界だ。ネット世界版「1984年」といったところだろうか。(ご本人はそんなつもりはないと思うが。)

話は、それなりに複雑だが、最後に繰り返される「今この場でできることをやろうという」メッセージは、シンプルで気持ちがよいし腑に落ちる。それに、登場人物の破天荒ぶりは、理屈抜きで楽しい。

私が買ったのは、「特別版」ということで、連載時のオリジナルの大変目立つ挿絵付き。600ページにもなる大きな本ということもあって、いささか電車で読むのは、大変だったが、それくらいの大変さは、十分報われたという感じの本であった。

不連続の世界
恩田 陸 幻冬舎 2008年11月23日読了 ISBN:978-4-344-01539-5



連作の短編集というか、中編集というかちょっとホラー気味のミステリーが並ぶ。

いつもの恩田さんらしいなかなか小気味のよい作品だと思う。(最近の特徴である、やけに難しいものよりは、ずっとすっきりしていると個人的には思った。特に、最後の方に行くほど面白かった。)

完成時期に10年の幅があるということも影響しているのかも知れないが、社会性や時代性に乏しい感じがする。それは恩田作品一般の特徴なのかも知れない。ちょっと共感しきれない諸々の「文学的」表現(例えば比喩)が目につくことも含めて、どこか引っかかる感じは、それでも依然として残るが、それが持ち味なのかなと思い始めてもいる。

とはいえ、恩田さんらしさに溢れる、読みごたえのある一冊というところだ。

出星前夜
飯嶋 和一 小学館 2008年11月23日読了せず ISBN:978-4-09-386207-3



飯島さんのお話は、いつも大変面白いと思うのだが。(本作品には、以前の作と共通の人物も登場したりする。)これも、途中までは、とても面白かったが、最後のところで読み続けるのが何となくいやになってしまった。

この物語のベースとなっている「島原の乱」は、あまりにも歴史的に有名で、その悲劇的結末も分かってしまっていることが、最後の何ページかを読みたくない理由の一つだろう。

しかし、何となくしっくり来ない最大の理由は、第一部と第2部のつながりにやや無理があるように感じられることだ。第一部は、歴史的にはそれほど知られていない出来事がベースで、一つ一つのシーンがとても心に残る。でも、第二部になると、どうしても史実の力が強く、せっかくの第一部で登場した人物の役割や力がそがれてしまうような気がする。もちろん、これは個人的な感想だから、感じ方は人によると思うが、私は、歴史物は、難しいなと思った。

島原の乱は、何となく、宗教戦争のようなものだと思っていたが、(それも要因の一つだが)じつは、農民の蜂起だったということを、このお話を読んで、あらためて知った。(ちょっと調べれば、たいていのものにそう書いてある。ということは、私の勉強の仕方が悪かったのだろうか。)
さらに調べてみると、この地域にかけられた不当な税率は、この後も続いて、是正されるまでに何十年もかかったらしい。(体制側からも、その不当性は指摘され続けていたらしい。)そもそも、その不当な税率の背景に何があったのか、むしろそのあたりを知りたいという感じが、残るように思うのは、この本の力か。

いずれにせよ、歴史をひもとく物語というのは、確かにやりがいがあると思う。しかし、それはとてもリスクがあるということも、このお話を読んであらためて感じた。

別冊図書館戦争  II
有川 浩 アスキー・メディアワークス 2008年11月30日読了 ISBN:978-4-04-867239-9



図書館戦争シリーズは、本作を持って(サイドストーリーも含めて)完結。
終わってしまうのが少しもったいなくて、買って置いたままにしてあったが、いつまでも読まないわけにもいかず、ついに読了。

最後は予想通り、あのお二人だったが、珍しく、少し理屈っぽいお話し立てになっているように思った。一筋縄ではいかないキャラクターなので、さすがに、有川さんも少し手こずったみたいで、面白かった。
欲をいえば、本作冒頭の緒方さんと竹内さんのお話は、とても良かったので、こちらの方をもう少し広げて欲しかったなと思ったが、それは、贅沢だろう。

全作を通じて、とにかく痛快・爽快だったと思う。

何度も書いたように、「正義のための武力」には、どうしても抵抗はあったが、しかし、その点についても、ある種の節度は守られていたし、それ以外のストーリー展開は、大人の童話と大人の劇画を足した楽しさがあったと思う。

売れに売れたのは、当然だろう。(シリーズ全体で百万部をはるかに越えたらしい。)

有川さんの次なる展開を、大いに期待しています。

寒椿ゆれる  猿若町捕物帳
近藤 史恵 光文社 2008年12月5日読了 ISBN:978-4-334-92638-0



面白いとは思った。(2日で読んでしまったのだから、結構勢いよく読んだことになる。)
従って、特段の不服があるわけではないのだが、やはり、サクリファイスというのは、別格の作品だったのだとも思った。

これは時代小説仕立てだが、調べてみると、近藤さんは、結構時代小説仕立てのものも書いている。
宮部さんもそうだが、女性ミステリー作家は、時代小説を書きたくなるものなのだろうか。
これを読んでいると、何となくその気持ちが分ったような気がする。書いている側としては、こういう舞台の方が、自然に登場人物に感情を託せるのではないのだろうかと、ふと思ったのだ。

いつものことながら、こういうお話しは、女性作家のものに限ると思うのは、当方が男性だからなのか・・・?

告白
湊 かなえ 双葉社 2008年12月11日読了 ISBN:978-4-575-23628-6



BK1の年間ベストセラーに、見慣れない名前の人の本を見つけたので注文したところ、その後、あれよあれよという間に、週刊文春の「ミステリ年間ナンバーワン」その他、各種ミステリ年間ベストの上位に名を連ねる超話題作となってしまった。

聞くところによれば、テレビ番組で優香が「はまった」と発言したことが、ベストセラー入りのきっかけとなったらしい。(この番組で彼女が「泣いた」というと10万部売れるとのこと・・・。)

いずれにせよ、デビュー作が、これだけ脚光を浴びるのは、馳星周以来らしい。

確かに、「はまった」と言わしめるだけの緊張感と仕掛けに満ちた本である。面白くないとは言わないが、好きかといわれると、いささか考える。(馳星周の「不夜城」も考えてみればそういう作品だった。)
ストーリーに「救い」がないのは仕方ないとしても、主人公のA少年の心の動きが、どうも不自然に思われるため、著しく感情移入を妨げる。

デビュー作がこれというのは、確かに驚嘆に値するが、次作を見てみたいという気がする。(真価はその時分かるかなと。)

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