アイの物語
山本 弘 角川書店 2007年1月18日読了 ISBN:4-04-873621-3



去年評判になった本の一つだが、確かに、素晴らしく良くできている。

ストーリーは、もちろん、とてもおもしろいのだが、加えて、構成といい、こめられたメッセージといい、どれも文句のつけようのないものだ。これだけ、バランスの整った本も珍しいのではないだろうか。
あえて難をいえば、小難しげに見えるところだが、(それが面倒ならば読み飛ばせばどうということはないのだが、)それもこの物語の「風合い」の重要な要素になっているのだから仕方ないだろう。

一見、アンドロイドに主導権を奪われた人間の世界というありきたりの風景から始まるのだが・・・・・。
21世紀の人間の文化に対してこめられた見識も、未来を予想するセンスも実に確かだ。「Web2.0」時代を実に的確に捉えているのではないだろうか。「リアル」とは何か、「バーチャル」とは何か。或いは、「虚」とは何か、「実」とは何かという、これからのデジタルワールドの憂鬱がとても生々しく(ある意味で心地よく)描かれている。

本格的なサイエンスフィクションは久しぶりに読んだが、これは、世界でも通用するように思う。(大げさに言えば、ベルヌの志を継いでいる。)

既に発表された短編を組み合わせた「千夜一夜形式」になっているのだが、その形も全く不自然ではない。

この作者の本は初めて読んだが、(いろいろと活躍している人らしい)、世の中には、力のある人が沢山いるものだと、あらためて感心した。

夜は短し歩けよ乙女
森見 登美彦 角川書店 2007年1月26日読了 ISBN:4-04-873744-9



「鴨川ホルモー」を凌ぐ「怪作」か。
両者勝るとも劣らないおもしろさである。

どうしてこの時期に、京都の大学を舞台にする「ファンタジー」(?)ものが続けて登場したのだろうか?
ただの偶然か、はたまた、京都はファンタジーの牙城になりつつあるのか・・・・と思わず考えてしまう。

特に、実に魅力的な女性キャラクターが物語を盛り上げている。こういう人は、決していそうもないが、かといってあの古都の大学の浮世離れしたキャンパスならば、ひょっとするといるかもしれない・・・・。天然系といえば天然系、優等生系といえば優等生系、癒し系といえば癒し系という、これ以上考えられない優美なキャラクターが、この物語を支配する。(もちろんそういうタイトルなのだからそれでいいのだが・・・。)
さらに、あまた登場する「とんでもキャラクター」が、彼女のまわりに整然と収まるところがこの物語のおもしろさであろう。

個人的にも、あのころのことを思い出す誠に懐かしい作品である。

(後日記)本書は「本屋大賞」で僅差の2位になった。たしかに、「一瞬の風になれ」と双璧(というか対極)をなすおもしろさだったかもしれない。(それにしても、本屋大賞10位までの内6冊は読んだ本だった。去年は、相性のいい本がとても多くていい年だった。)

中庭の出来事
恩田 陸 新潮社 2007年2月11日読了 ISBN:4-10-397107-X



うーん・・・。最近の恩田陸さんらしいというか。
どうしてこんなに凝りたくなってしまうのでしょうか。

小説なのか、戯曲なのか、ストーリーの中にシナリオが二つも三つも入れ子になっている。実験作品というなら、おもしろいかもしれないが、普通に読んで楽しいかはいささか疑問。

自らの、腕でどこまでやれるかを試しているのだろうか。これ以上ないくらいに精密にできてはいるのだが・・・。(自分で書いた物語の中で、上手く解決できなかった点を、最後に自分で列挙しないと気が済まないするほど潔癖なんだろうけれど。)

「夜ピク」は、彼女からすれば本道以外だったのかもしれないがやはり、もう少し素直なものを書いて欲しい。

テクニックに凝るのは、結局自縄自縛ではと、恩田さんの近作を読むと思ってしまうのだが。

クジラの彼
有川 浩 角川書店 2007年2月15日読了 ISBN:4-04-873743-0



これ以上有川さんらしい本はないと思われる本だ。

ご本人も仰っているとおり、「ベタ甘」の恋愛掌編集で、この中のかなりの作品は別の長編の作品の補遺とでも言えるものである。
とても、本編には収めきれない超ハッピーエンドの後日譚で、もちろん本編に入れれば、とてもバランス上保たないけれど、どうしても書かなければ気が済まないものをみんな納めたという感じだ。(こういう本が出せるのは売れている強みだ。)

本当にこの人は物語が好きなのだろう。多分、頭の中でこういうお話しがどんどんできてしまう「才能」(というかむしろ「体質」)の人なんだろうと思う。実にうらやましくもあり、素晴らしい「体質」である。

ベタ甘ながら、安物の酒とは違って後口はさわやか、ともに主人公の幸せを祝いたくなるような雰囲気もなかなか見事と言うほかない・・・・。
後書きによれば、たびたびこの人の物語の舞台となる自衛官たちも喜んでいるという。「ふーん、なるほど。」と思った次第でもある。

図書館危機
有川 浩 メディアワークス 2007年3月3日読了 ISBN:4-8402-3774-3



シリーズ3冊目。相変わらず「絶好調」というところか。

こういうお話だから、あえて難しいことを言う必要はないのかもしれないが、3作目にもなると、「正義のための暴力装置」というのは、認められるのだろうかという、根本的なことをどうしても考えてしまう。
好きな本を読む権利、あるいは、あえて抽象化して言うのであれば、「言論の自由」、「思想信条の自由」を守るための軍隊というのは、自己撞着ではないのかとどうしても思えてしまう。
カミツレの花に代表される「絶対の良心(或いは正義)」(稲嶺指令に象徴される)があって初めて成り立つ仕掛けだろうが、現実にそんなものはあり得ない。(実際、稲嶺指令を欠くはずの次の物語では、この点はどうなるのだろうか?)

ということで、エンターテインメントとして読むには、少し、設定が重過ぎるような気もしてきたが、はたしてどんなフィナーレになるのだろう。次作第4作で完結と筆者が結びに書いているのだから、このあと最後のところまで構想はできているのだろう。

楽しみである。

フィッシュストーリー
伊坂 幸太郎 新潮社 2007年3月8日読了 ISBN:4-10-459602-7



デビュー当時のものから、最近の書き下ろしまで含んだ短編集。

最初の頃の作品は、独特の衒いのようなものがありいささか読みにくい(もちろんそれでもおもしろい)が、最近のものは、しみじみと良くできている。

偶然と運命(必然)の間で醸し出される出来事の物語である。これらの物語を読んでいると、偶然と運命というのは同義語かもしれないとさえ感じさせる。偶然の連鎖が生み出す物語の「叙情性」が、実にみずみずしい。

僕が特に好きだからということもあるのだろうが、今最も才能のある作家だと、また思ってしまった。
物語の才という点では、宮部みゆきさんや、村上春樹さんもすごいと思うが、伊坂さんは、きちんと「社会性」のようなものを書き込んでいるところが、他の二人とちょっと違うと思う。
(宮部さんのお話は、時に「社会派」ではあるが、ここまでのメッセージ性はないように思うのですが如何でしょう。)

狼花 新宿鮫IX
大沢 在昌 光文社 2007年4月12日読了 ISBN:4-334-92518-9



このところちょっと大沢さんの本は読む機会が減っていたのだが、「新宿鮫」シリーズとあっては読まないわけにはいかない。

シリーズ9作目であるが、コンスタントにおもしろい。やはり、看板シリーズだけのことはあると思う。

今作は、特に「重厚」で、息詰まる雰囲気が特長となっている。ちょっと無謀なような前提もいくつか置かれているのだが、それが不自然と感じないくらい、緻密にストーリーが作られている。
大沢さんのお話は、時々よく分からない飛躍があったりするのだが、今回は、実にきちんと手順を踏んだ納得のいくストーリー展開であった。

こういう本だから、おもしろければいいということもあるが、やはり、日本の社会の断面を書いているのだから、それなりの志は必要だと思うし、本作は、その点でも力作といえるのではないだろうか。

なんだか、結構究極の結末を迎えてしまったが、この次はどういう展開になるのだろう。

〈新釈〉走れメロス  他四篇
森見 登美彦 祥伝社 2007年4月27日読了 ISBN:4-396-63279-7



今をときめく森見さんによる日本文学史上に残る名作短編のパロディーというかオマージュ。

もちろんおもしろくないことは全然ないのだが、「夜は短し・・・」のあの破天荒なおもしろさにはちょっとかなわないのは致し方ないか。
とはいえ、ベースになっている各編を読んだのは随分昔で(「百物語」は残念ながら読んだことがない)どういう風にアレンジされているのか完全につかめていないのが、こちらとしても大変申し訳ないところである。

この試みはまだ続くようなので、いずれ全体としてもう少しまとまってくるようのかもしれない。(連作短編として・・・。)

それまでに、こちらとしても、下敷きになっている物語を読み返しておかなければいけないと思う。。

玻璃の天
北村 薫 文芸春秋 2007年5月1日読了 ISBN:4-16-325830-2



北村薫らしい、魅力的な女性キャラクターが何人も登場する、「さわやかな」物語であった。

とはいえ、「暗殺」と「復讐、仇討ち」、「公憤」と「私怨、私憤」の間でストーリーの進む、いささか難しい面もある話だ。多分、北村薫は、現在のこの国の状況にいささか思うところがあるのだろうと思う。(その点は、小生も少し分かる。)それでも、そういうことを、物語にするのは、やはりちょっと大変なんだろうなと思ってしまう。

ミステリーも「脳天気」ばかりではいられないという気持ちも、僕にも分かる。そういう意味で、良心に基づく作品なんだろうということも理解はする。

そこまで深読みする必要はないのかもしれないが、特に後半に読み進むと、そんなことを色々考えてしまう。

物書きにも、難しい時代なのかもしれない。

鹿男あをによし
万城目 学 幻冬舎 2007年5月1日読了 ISBN:4-344-01314-X



「鴨川ホルモー」に続く第2作。一日で読み終わってしまった。

作家の才能は2作目で分かるということが事実とすれば、万城目さんは、まず間違いのない才能の持ち主であろう。

「鴨川・・・」はおもしろかったが、森見さんとかぶる点もあるのでそういう意見(森見の亜流ではという意見)も多かったが、本作を見れば、全く違うキャラクターだというのがよく分かる。であれば、前作「鴨川・・・」とこちらとどちらが面白いかといわれれば、若干微妙な点は確かにある。だからといって、本作のおもしろさは、いささかも揺らぐことはないと思う。

何と言っても、ヒロインとそれを取り巻く女性たちの魅力は、前作に勝るとも劣らない。
(展開は分かっていても、あのラストーンには負ける。)

また、(少し言い過ぎかもしれないが、)「坊っちゃん」のイメージが下敷きになっていると思うが、例えば、赤シャツの代わりの「リチャード」などはとても良くできている。

加えて、古都奈良をめぐる壮大なフィクションもとても面白い。
急いだのでやや斜め読みしたこともあって、完全に理解できていないところもあるのだが、それにしてもいささか腑に落ちない点も残る。が、そういう細かい疑問を吹き飛ばして余りある作品だと思う。

付け加えていえば、息詰まるような剣道の試合のシーン描写など、例えば、名作「一瞬の風になれ」のリレーシーンといい勝負できるのではないか。やはり、ただならぬ才能だと思う。

次作を楽しみにしたい。

レインツリーの国
有川 浩 新潮社 2007年5月7日読了 ISBN:4-10-301871-2



これは、「図書館内乱」のいわば「書中書」である。
ストーリーの都合上便宜的に登場させた本を本当に書いてしまうところが、またすごい。

「クジラの彼」と同じように、とにかく進むところ可ならざるはない有川さんの勢いが、この本を実際に世に送り出す力になっているのだろう。
それに協力しているの「新潮社」もなかなかのものである。(売れると分かっているから・・・。)

そういう行きがかりなので、これ自体では「小説」というのには少し弱いかもしれないが、それでも「人の痛み」について一つの物語世界を作り出していることも確かだ。

有川さんについていつも書いていることだが、とにかく、頭のなかで、物語が勝手にどんどん生まれてしまうのではないかとそんな気がする。(創造力をエンジンとする自動筆記マシンみたいなイメージ。)

「彫琢」とか、「推敲」という言葉と最も遠いところにいる作家のような気がする。(これは心からのほめ言葉です。)

日本文化における時間と空間
加藤 周一 岩波書店 2007年5月16日読了 ISBN:4-00-024248-2



久しぶりに加藤周一の本をきちんと読んだ。
(言うまでもないが)やはりすごい。

日本の国は、今とても自慢できる状態にはないが、これは、いつからこうなったのか。
一概に議論することも、単純に結論を出すことも難しいであろう。しかし、この本を読めば、今の日本のこの形は、長い歴史と文化の中で培われたものを基調にしており、その枠組みは、むしろ変わっていないということがわかる。(それは遙か卑弥呼の時代に遡ることができると。)
時に言われるように、戦後の教育が日本をこのような国に変えたという単純な話ではないのである。

「いま」と「ここ」…日本の文化や日本人の行動様式がこの二つを基本としているというのは、全くその通りだと思う。(わさびの辛さを愛するのもそのためだという筆者の説にはさすがに100%心服はできないが)
従って、それが我々の「骨肉」であるならば、その「是非」を議論するのは、必ずしも適切ではないであろう。ただ、そういう文化をふまえて、足らざるを補い、あるいは、弱点を克服していくという姿勢が重要だと思う。

「国家の品格」を論ずる数学者や、「美しい日本」などという無内容な言説を労するどこかの国の総理大臣に、まずこの本を読んでもらいたい。

風が強く吹いている
三浦 しをん 新潮社 2007年7月8日読了 ISBN:4-10-454104-4



昨年の本屋大賞のベストテンに入っていた本ながら読んでいなかったこともあり、今頃に思いついて読む。
(5月から6月にかけては、時々読書の空白地帯になるが、今年もこの記録をつけるのは久しぶりとなる。特に理由はないが、気分的に落ち着かない季節ということもその原因だろう。)

評判通りなかなか面白かった。
「一瞬の風になれ」とテーマが重なったことは偶然と思うが、これを読むと長距離が走りたくなる。(「一瞬の・・・」を読めばもちろん短距離、特にリレーが走りたくなる。)陸上競技というのは、魅力的なものらしいということが、この本を読んでもよく分かる。

個人的には、箱根駅伝はマスコミ(特に実況をするテレビ局)に「情緒的」に取り上げられすぎであり、結果として、日本男子長距離の低迷の原因になっているように思えてならない。たかが(は言い過ぎだが)走ることに対して、総国民「環視」の仕掛けを作り、結果として箱根燃え尽き症候群の大量生産に寄与しているのではないかと思っている。(無理矢理に選手生命をかけさせられるということ。)

本書もその延長線上のストーリーであり、作者の文章術も完璧とは言えないと感じられる部分も多く、100%は共感できない点も多い。
それでもなおかつ、これだけ心を打つのだから、確かに、箱根は面白いのだとあらためて思う。

ぐるぐる猿と歌う鳥
加納 朋子 講談社 2007年8月20日読了 ISBN:978-4-06-270583-7



このところ本を読むペースが遅い。

久しぶりに手に取った本は、加納朋子さんらしい「ハートウォーミング」なストーリー。

童話仕立てで全ての漢字にルビが振ってあるが、もちろん大人が読んでも面白い。「社宅」という仕掛けが実にうまく生きている。
(社宅に住んだ経験がなければ、こういう話は書けないと思うのだが・・。加納さんはどうなんだろう。後書きを読む限り、転校の経験も社宅暮らしの経験もお持ちのようだ。)

高校生を書かせたら恩田陸さんの右に出る人がいないとすれば、小学生を書かせたら加納朋子さんの右に出るものはいないかもしれないと思ったくらい子供達が生き生きと書けていた。

楽園(上)(下)
宮部 みゆき 文藝春秋 2007年8月31日読了 978-4-16-326240-6
978-4-16-326360-1



宮部さんの新作だから面白くないはずがない。
上下2巻を一気に読了。

「理由」、「模倣犯」、「火車」等々ミステリー史に残る名作達と比べられれば少しだけ小粒かもしれないが、読み始めたら止まらない。

例によって、本当に実在の人物が怒り、悲しみ、何より、生活しているというこの感じは他の人の物語ではちょっと味わえない生々しさだ。
宮部さんの眼前に、物語の登場人物が現れて、行動し語っているのではないかとさえ思える。

今回は、「親子」関係が重要なテーマだ。宮部みゆきさんに子供がいるという話は聞いたことがないので、その分、多少「観念的」かなという感じは残るが、それでも、社会の縮図を書いて過不足のないところだろう。

最近の宮部さんは、ミステリーの筋立てより、「世の中」を書くということに重点が当たっているように見えるし、それは成功していると思う。(昔からそうだったかも知れないが。)

そういう意味で、彼女の一連の本は、普通のミステリーの域を超えかけていると思う。

映画
金城 一紀 集英社 2007年9月5日読了 ISBN:978-4-08-775380-6



読み終わってしまうのがもったいないと思う本だった。
(伊坂幸太郎さんと並んで金城さんは今とても好きな作家だ。)

とにかく空想の羽根が力強い。それに、キャラクターの立ち方が並でない。登場人物のあり得ないほどの魅力にはとうてい抗えない。
さらに、たとえば「涙が出るほど悲しいハッピーエンド」を書ける筆の力もすごい。

実際の世の中は、ここに書かれているほど単純な「善」と「悪」から成り立っているわけでも、「強者」と「弱者」から成り立っているわけでも、「虐げられた人」と「虐げる人」から成り立っているわけでもないはずだ。
それは、もちろん作者も十分すぎるほど分かっていると思う。
また、常に「弱者」(或いは「虐げられた人」)に無条件に「善」があるわけでもないと私は思うのだが、それでも、そういうシンプルな世界は恐ろしく魅力的である。(この辺りは、色々と議論の余地もあるだろうが・・・。)

最初の話一つでも金城さんの面目躍如といえるが、それ以外の、ある「映画鑑賞会」をめぐって起こる物語達全てが何とも言えず清々しい。

すごいなあとしみじみ思ってしまう。

遊戯
藤原 伊織 講談社 2007年9月7日読了 ISBN:978-4-06-214233-5



この本の帯は、「作家は何を企んでいたのか。」である。

残念ながら、遺作となり、結果として未完となったこの物語の結末は我々には分からない。

最近では珍しくなった「無頼派」作家として、病と闘いながら残した物語がこうやって出版されるのは、本人にとって残念ではあろうが、本望でもあろうという気がする。

まねはしたくないが、うらやましい一生ではある。

とにかく、「テロリストのパラソル」は面白かった。(僕が本格的にミステリーを読み出すきっかけになった本でもある。)
これまで読んだ本の中で印象に残った本を何冊かあげろと言われれば、この本を選ぶような気がする。

ご冥福をお祈りしたい。

木洩れ日に泳ぐ魚
恩田 陸 中央公論新社 2007年9月13日読了 ISBN:978-4-12-003851-8



最近の恩田さんらしい作品。
すっかり、「文学作品」風になっている。

まあこれはこれでよいのだろうが(読んでいて面白くないことはない)、私は、昔ながらの彼女の作品の方が好きだ。(といっても、元々多様な作風の人なので、何が「昔ながら」なのかといわれれば難しい。)

才能のある人だから、ついついいろいろとやりたくなってしまうのだろう。

「ユージニア」とか「中庭の出来事」とか最近の傾向の作品がいろいろな賞をもらって評価も高いみたいだが、どうなんだろうか?

シンプル読み物の世界は「夜ピク」で極めてしまったということなのかもしれない。

美晴さんランナウェイ
山本 幸久 集英社 2007年9月14日読了 ISBN:978-4-08-774859-8



「本の雑誌」の上半期ベスト10に選ばれていた本。
この雑誌のおすすめ本は当たりはずれが少ないと私は以前から信用している。また、いままで読んだことがない作家の作品に接する絶好の機会となる。(難解さが売りとしか思えない文学賞でも、レベルの低いベストセラーでもないところがいい。)

ということで、本書も十分面白かった。この山本さんという人は、既に十分面白い本を沢山出している人だが読むのは初めてだ。機会があれば、もう何冊か読んでみたい。
少し平安寿子さんの雰囲気に似ているところもあるが、何と言って練達の筆である。
絶妙な小道具がものすごくリアリティを盛り上げる。特別「ありそうな話」というわけでもないが、にもかかわらず、登場人物が実に生き生きと行動し、話す。

ここまで来ればまさに超プロフェッショナルである。

正義のミカタ T’m a loser
本多 孝好 双葉社 2007年9月21日読了 ISBN:978-4-575-23581-4



これも「本の雑誌」上半期ベストテンの1冊。
この人の本もいままで読んだことは無かったが、これも文句なく面白い。

内容は、かなりメッセージ性が強く、「正義とは」、「弱者とは」というテーマについて登場人物達がかなり雄弁に語る。従って、一つ間違えば、つまらないお話しになりそうだが、設定も、登場人物のキャラクターも魅力的で、一気に読ませる。

もとより、簡単に結論の出るテーマではないので、この物語でも結論は出ない。それもまたそれでいいと思う。

それにしても、世の中には、才能のある書き手は沢山いるのだとつくづく思う。

スコーレNo.4
宮下 奈都 光文社 2007年10月4日読了 ISBN:978-4-334-92532-1



「女性による女性のための人生論」と書くと著書からお叱りを賜るかもしれないが、一人の女性の生きる姿勢が実にきちんと書かれている本である。
また、その行き方は、男性である小生から見ても実に共感できる。(即ち、これが男性の人生だとしても、とても真っ当なものだと思える。)
考えてみれば、そういう本は、ありそうであまりないような気がする。(男性版は結構多いように思うが・・・。)とにかく、女性が人間として「成長」していく過程が、とてもきちんと書き込まれていると思う。

といっても、別に堅い本ではなく、読み物として実に気持ち良い。最初のあたりはちょっとテーマが分からず、とけ込めない感じもしていたが、読み進むうちにすっかりはまってしまった。宮下奈都さんという人を全く知らなかったが、彼女自身はどういう人生を歩んできた人なのだろうかと、この本を読んでちょっと思った。

著者の人生と、小説の主人公の人生の関係を思わず知りたくなるような本でもある。

花宵道中
宮木 あや子 新潮社 2007年10月4日読了 ISBN:978-4-10-303831-3



こちらは、「女性による女性のためのR18小説」の受賞作品らしい。例によって、本の雑誌のおすすめ。

さすがに通勤の行き帰りに読むのは少し気がひけたので、家で読んだ。(だから、スコーレNo.4と並行して読み終わった。どちらも女性達の物語だがその違いは大きい。)

吉原の風俗をこれだけ細かく書き込むというのは大変なことだと思う。小生に、書かれた内容の真偽を判断する力はないが、「確かにこうだった。」という迫力に満ちていることは間違いない。(本当はどうだったんだろう?)

こういう本の書きぶりに、男性と女性でそれほどの違いがあるとは感じないが(共有しにくい体験なので、男女差もさることながら、個体差の方が大きいのではと思うが・・)、いずれにせよ、本書は特に「R18」を強調するほどでもないという感じではある。

それにしても、すごい小説だなあと思う。(ストーリーも良くできていて引き込まれるし、複雑な登場人物達もきちんと書き分けられていると思う。)それでも、あえてこういう物語を作る意図のようなものは、よく分からない気がした。別にそんなものは分からなくても何の支障はないのだが、力作であるだけに、つい考えてしまう。

小生にとっては、これは、書き手の「エンジンの構造」(こういうストーリーを書かせる動機)を知りたくなるような本である。(すなわち、当方は、その「エンジン部分」に関して、余り共感できていないということなのかな思う。)

名残り火  てのひらの闇II
藤原 伊織 文藝春秋 2007年10月14日読了 ISBN:978-4-16-324960-5



「遊戯」は未完であったが、こちらの方は完成作。

不自然な(或いはご都合主義的な)偶然が多すぎると、この作者の作品についてはしばしば言われるが、今回は、それを少し逆手に取ったかなという感じである。
本人にとっても、これが最後かも知れないという思いはあっただろうから、妙に力みが見られるところもあるが、でも、おもしろかった。
前も書いたとおり、「テロリストのパラソル」でこの人の作品にはまって以来ほとんどの作品を発行されると同時に読んできた。それがもうできないと思うととても寂しい。
つまるところ、この本の感想はそれに尽きると思う。

この作品について言えば、いささか類型的な(魅力的すぎる)登場人物たちや、これまた類型的な展開が目立つ気もするので、色々と言われることもあるだろうが、でも、僕はこういう作品がとても好きだ。
最近ここまで典型的な「ハードボイルド」を書く人が少なくなってきて少し残念に思っていたが、藤原伊織亡き後どうなるのか、ちょっと心配である。(似て非なる「暴力小説」みたいなものは今でもたくさんあるが。)

また、この人の作品の結末の「カタルシス」にはいつも独特のものがあると思う。それも、僕がこの人の作品が好きな理由だと思う。今回のラストも、僕には、これで気持ちよく納得できる。

僕にミステリーを書く力があるのなら、是非こういう作品を書いてみたいと思っている。

獣の奏者  1  闘蛇編
獣の奏者  2  王獣編
上橋 菜穂子 講談社 2007年10月19日
2007年10月26日読了
ISBN:4-06-213700-3
ISBN:4-06-213701-1



本の雑誌の上半期のベストワン。
異形の動物が登場するファンタジーということで、半信半疑で読み始めたが、確かに面白い。
全く、たくさんの才能あふれる作家達がいるものだと、またまた感心してしまった。

ファンタジーというジャンルはあまりなじみがないので、この上橋さんの書いた他の物語を読むことにするかどうかはちょっと迷うところであるが、でも、これだけのものを書く人なのだから全部読まざるを得ないという気がする。

ストーリーは、「他愛ない」といえばその通りであるが、それでも、空想の羽根を羽ばたかせるのに、全く過不足のない作りになっている。荒唐無稽でもなく、ばかばかしくもなく、この加減が実にうまい。
また、単純な勧善懲悪というわけでもなく、しかし、「悪玉」はしかるべく登場し、かつ、高い倫理性を維持しているので、素直に感情移入できる展開もいい。
(ジャンルは違うが、「風の谷のナウシカ」を彷彿とさせるが、こちらは文字で書いたものだけに、もう少し奥行きはあると思う。)

こういう物語に過大なメッセージは必要ないと思う時もあるが、この本は、人と人の愛、人と動物の愛、戦争と平和など、その視線はとても高く取られていて、気持ちよい。

読むと幸せになる本の典型といえるように思う。

有頂天家族
森見 登美彦 幻冬舎 2007年11月6日読了 ISBN:978-4-344-01384-1



目下絶好調の森見さんの新作。何とも面白い。

確かに、こういうことが京都の町でいつでも平然と起こっていそうな気がしてくるから、すごい。
沢山登場する狸や天狗たちのリアリティー(?)がまた何とも言えない。ちょっと、唖然とするくらいである。
物語も、結構良くできていると思う。

先日NHK テレビで森見さん実物を見たが、思ったよりずっと普通の人だった。(当たり前か・・・。京都の公務員だそうだ。)

やっぱり才能なんだろうなぁ・・・

日本橋バビロン
小林 信彦 文藝春秋 2007年11月14日読了 ISBN:978-4-16-326290-1



この本は、彼の家をめぐる小さな「ドキュメンタリー」といってよい。
この人の書くものについては、(この感想の中でも時々書いているように、)その「下町至上主義」というか、「東京に昔から住む本物の「東京っ子」以外は田舎もの主義」は、いささか辟易とすることも多いのであるが、本書について言えば、(その感じはゼロではないが、)むしろその「主義」の因って来たるところも良く理解できて、何となく共感できる。

滅びたものへの哀悼の気持ちと、それを滅ぼしたもの(それは「田舎もの」の無理解だけではない、それが最後のスイッチを押したとしても、その大本の原因となったのは「戦火」だ)に対する怒りや憎しみが、最初に書いた「至上主義」的なものにつながっているということが、今回は何となく共感を持って理解できた。
そのある種「中華思想」にはなじめない気持ちは残るが、でも、筆者の美意識や歴史認識への共感の方が今回は上回っていると思う。

歴史は、進むものでも退くものでもなく、ただ、流れていくだけだとは思うが、取り返しのつかない変化をもたらすことも多いのは事実だ。
その点に関しても、彼が憤っているものが、今回は良く理解できたような気がする。

図書館革命
有川 浩 メディアワークス 2007年11月21日読了 ISBN:978-4-8402-4022-2



図書館シリーズもついに完結。
概ね想定の範囲内の結末であるが、4冊を通して、随分楽しませてもらったとあらためて思う。

3巻を読み終わった感想として書いた、「言論の自由を守る暴力装置」という矛盾した存在について、こういった「エンターテインメントもの」にもかかわらず、実に誠実に本巻で所信が述べられている。
ものすごくまじめな書き手だと思う。
いくらきわどい話でも面白ければよいという態度で書かれたらたまらないが、この物語は、一生懸命、表現の自由という難しいテーマについて考え抜かれた結果だということは、上記の点一つを見ても十分理解できる。
それが意外な清々しさを生むのだろう。

予想通り、最後は笠原さんの一人舞台となったが、それもその痛快さに免じてよしとしようと言うところだ。

有川さんの本は、結局ほとんど読んだことになるが、どれもこれも実に読んでいて楽しい。物語を書くのは女性に限ると言うことなのかと、最近時々思う。(紫式部以来の日本の伝統?)

精霊の守り人 (軽装版)
上橋 菜穂子 偕成社 2007年11月23日読了 ISBN:4-03-750020-5



「獣の奏者」で感心して、「守り人」シリーズを読み始める。10巻あるということなので、楽しみである。(軽装版は4巻までしかないが・・・。)

この「軽装版」は大人用に若干漢字を増やしてあるとのことだが、それでも総ルビで、所々に挿し絵が入る。
そういう体裁だから、本来は子供向けに書かれたファンタジーなのかもしれないが、大人が読んでも十分以上に面白いのは、「獣の奏者」と同じだ。

ということで、余り小難しい感想を述べるのもいかがかと思うが、自然の背景や国のあり方、登場人物の人格などがきちんと考えられているので、ちゃちな感じは全くないのがいい。(上橋さんの本業は学者だということが、結構な強みになっていると思う。)

このシリーズばかり読んでいるわけにはいかないが、当分読む本には困らないのが有り難い。(軽装版が早く出そろうといいのだが・・・。)

生物と無生物のあいだ
福岡 伸一 講談社 2007年12月3日読了 ISBN:978-4-06-149891-4



珍しく、きちんとした理科系の読み物がベストセラーになっているので読んでみた。
なるほどベストセラーになるだけのことはある。決して易しいばかりではない本であるが、きちんと筋の通ったこういう本が、タレント本の中に割ってはいってベストセラーになるというのは、まだまだ捨てたものではないということか…。

あまりにありきたりの表現であるが、「生命の神秘」をあらためてまざまざと感じる。

さらに、この本は、「発見の手柄は誰のものか」というもう一つのテーマも絡んで、とても面白く読めるようになっている。
その中で野口英世の話が出てくる。確かに、野口英世の業績を挙げよといわれれば、黄熱病で死んだこと以外に余り思い浮かばないのだが、結局彼の「発見」の大部分は誤りだったという事実には、ちょっと驚いた。(お札にまでなっていただいたのが良かったのだろうか?)
このほかにも、辛口のワトソン・クリック評なども出てくるが、このあたりは一体どうなのだろうか。

いずれにせよ、小生が学生時代に生物学を志した頃からまだ30年余だが、この分野の進歩はすさまじいものがあると、あらためて実感した。
(こういう本を読むと、生物学を続けるべきだったかなというかすかな後悔のようなものも浮かばないわけではない…。著者は、私より少し後輩らしい。)

ホルモー六景
万城目 学 角川書店 2007年12月15日読了 ISBN:978-4-04-873814-9



例の鴨川ホルモーの外伝といったところだろう。本伝を読んでいない人には少し筋がわかりにくいと思うが、それだけ元の作品の人気が高いということか・・・。

「恋愛編」中心ということで、万城目さんのある種「ロマンティスト」の特質が良く出ていると思う。

いずれにせよ、余り講釈を加えるような本ではないだろう。
痛快で後味極めてよし。

引き続き、どんどん作品を生み出して欲しい。

闇の守り人(軽装版)
上橋 菜穂子 偕成社 2007年12月16日読了 ISBN:4-03-750030-2



上橋さんの守り人シリーズの2作目。(上橋さんの本を読むのはこれで4冊目となる。)
先に読んだ「精霊の守り人」の次の作品。

ちょっと前作より複雑というか、完全に感情移入するのは難しいような部分もある気がした。
(とはいえ、作品のおもしろみを損ねるというほどではない。が、ちょっと子供にはわかりにくいかも・・・。)
一貫して「倫理」のようなものがテーマになっているのは、この人の信念なのだろう。

(とはいっても、読み終わるとすぐ次が読みたくなるのは、困ったものである。)

ミノタウロス
佐藤 亜紀 講談社 2007年12月24日読了 ISBN:978-4-06-214058-4



本の雑誌の今年のベスト10に入っていた本なのだが・・・。
ここで選ばれた本とは結構相性はいいのだが、中には例外もある。これはそのうちの1冊だ。

もちろん面白くないことはない。ロシアの革命前後の荒涼とした大地が目に浮かぶような、とても日本人が書いたとは思えない物語だ。そういう意味では、すごい才能だと思う。

でも、ストーリーは、「荒唐無稽」なのではないかと思う。
このように、人間の夢や、青春の志を貶めなくてもいいのではないかと思う。(「貶める」という言葉はちょっと言い過ぎかもしれないが)

「好き嫌い」の世界だから、こういう話が好きな人もいるのだろう。きれい事ばかりが世の中ではないのも分かるが、ソビエト革命だって、外国人にこういう風に書かれるのは面白くないだろうと、少し思う。
(仮に実態はこんなものだったとしてもだ。)

いずれにせよ、読後感が、暗く重いのは私の趣味ではない。途中から、「破滅」(それが一種の解放であっても)以外の結末はあり得ないと気付かされるが、ちょっと陳腐な結末が見えている本を読み進むのも私の趣味ではない

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