いつかパラソルの下で
森 絵都 角川書店 2006年1月7日読了 ISBN 4048735896



森絵都さんの大人向けのお話し。
いつかの「カラフル」と同じように本の雑誌のベストテンに入っていたものであるが、これもなかなか良かった。

本の雑誌の「ベスト10」選考過程の座談会は、どこまでがまじめなのかよくわからないが、結果的には、最近の「このミス」なんかよりずっと充実しているような気がする。(たくさんの人が投票するというのは、結局、特徴が失われてありきたりになってしまう。本の雑誌のように、断固「偏見」でやった方がおもしろいということなのだろう・・・。)
この「ベスト10」では、安定した作家の安定した作品と、全く知らない人の(あくまで私が知らないというだけだが)思いがけない作品に巡り会うことができるので、毎年これを楽しみにしている。

前置きばかりが長くなったが、「和解」をテーマにしたこの作品は、本を読む歓びをしみじみと感じさせてくれるものである。こういう作品には、「ケチ」はいくらでもつけられるだろうが、世界と和解する主人公の気持ちの書き方はなかなか素晴らしいと私は思う。
「ゆるし」や「癒し」や「和解」は、テーマとしてはイージーだと思うが、きちんとかけたものはそれほど多いわけではなく、それを探し出して読むのが読書の醍醐味かなと思っている。

少しほめすぎかもしれないが、新年最初に読み終わった本としてはとても良かった。

容疑者Xの献身
東野 圭吾 文藝春秋 2006年1月7日読了せず ISBN 4163238603



これは「このミス」のベストワンである。この本はあちらこちらで極めて評価が高いが、私は全くなじめなかった。というのも、主人公(数学者)の「論理的思考」とやらの荒唐無稽さに辟易としてしまうからだ。私の近くにいた数学者達にこういう人はいない。作者は、数学的思考というものを全く知らずに数学者を書いているとしか思えない。ステレオタイプ的思考の典型だ。(結果として途中で投げ出してしまった。)
いくらプロットが優れていても、こういうものが評判が高いのは断固おかしいと思う。(読み切っていないので、間違った感想かもしれないが・・・。)

優しい音楽
瀬尾 まいこ 双葉社 2006年1月11日読了 ISBN 4575235202



これも、本の雑誌のベストテンに入っていた本。

瀬尾まいこという作家の名前は何度も聞いたことがあって、一度読みたいと思っていた。去年はもう一冊、「幸福の食卓」という本も何かの賞をもらっていたと思う。
これは、短編小説3作から成っているのだが、どれも確かに良くできている。

1作目は、亡き兄とよく似ているという理由で無理矢理恋人になる話。彼女の家(すなわちお兄さんが住んでいた家)を訪れるくだりがいわばミソ。

2作目は、浮気相手の奥さんが耳が聞こえないという話。そのために、だんなさん(=浮気相手)の父親から結婚を認めてもらっていないのを、行きがかり上、そのお父さんのところへ掛け合いに行く話。

3作目は、元大学教授のホームレスを引き取ってくる同棲相手の話。

どれもちょっと筋立てに無理はあるのだが、それを全く感じさせない。ささやかなプロットでまさに絶品の短編を紡ぎ出す。
単にプロットがよくできてれば、こういうものが書けるのかといえば、そうではなくて、やはりディテールが重要なのだと思う。この本を読むと、何となく、誰でもこれくらい書そうできそうな気がしてくるのであるが、でも、実際はとてもそうはいかないのだ。

こういう完成度の高い本を読むと、心から感心してしまう。

風味絶佳
山田 詠美 文藝春秋 2006年1月25日読了 ISBN 4163239308



2005年ベスト本シリーズの一環。これは、本の雑誌のベストワン。谷崎潤一郎賞も取った大変評判の本であるが、個人的には、大変共感するというほどではなかった。

確かにおもしろいとは思う。恣意的と思われるような文体も、技術的には極めてハイレベルと思う。直接話法と間接話法の境界を取り払ったような文体は、独特な効果を醸し出している。

「肉体の技術を生業とする人の恋愛小説」というキャッチフレーズであるが、この人たちのその職業は、このストーリーにどれほど必然なのか、私にはよくわからない。(必然であるかのごとく書かれてはいるが。)

非常に感覚的な読みこなしを要求されるが、100%はその感性に共感できない。分かってもらえる人に分かってもらえればいいと作者は言ったという。そうかもしれないが、それは思い上がりと紙一重ではと感じる。

もちろん、非常に完成度の高い本とは思うが、山田詠美という人を僕は基本的に苦手としているようだ。

エンド・ゲーム―常野物語
恩田 陸 集英社 2006年2月11日読了 ISBN 4087747913



読み終わってからこれを書くまでに少し時間がたってしまった。いささか感想を書きにくい本である。

前2作は、特殊能力をいわばポジティブに使う人々のお話であったが、これは必ずしもそうではない人たちのお話である。(最後まで読むと本当にそうなのかはよく分からないが。)

さらに、恩田流と言えば言えなくもないが、荒唐無稽と言えば言えなくもないストーリーである。どういうメッセージなのか正直理解できないところもたくさんあるお話しであった。(恩田さんのお話には時々そういうものがあるような気がする。)

読み手の感受性とか相性の問題とかもあるのかもしれないが、読んですごく楽しかったかと言われると少し迷う。シリーズ前2作が無条件に読んで楽しいお話しであったことを思うと、ちょっと解せない感じが残る。

ハルカ・エイティ
姫野 カオルコ 文藝春秋 2006年2月16日読了 ISBN 4163243402



姫野カオルコさんの本は初めて読んだが、これは、なかなかの快作である。

「女の一生」であるが、同時に日本の女性史でもあり、また、日本の文化史や風俗史の一面でもあり、また著者の自伝的色合い(主人公ではない形で登場するが)も強い、実に誠に盛りだくさんの本である。

これだけ盛り込むと、500ページ弱ではいささか足りないような気がする。要領よく、要所要所が書かれているが、なかなかおもしろいだけにもう少したくさんの量にした方が、もっとふくらんだような気がする。
とはいえ、書かんとするところ、伝えんとするところは実に過不足無く伝わってきているとは思う。

今すぐ全部とは思わないが姫野カオルコさんの本をもう少し読んでみたいと思う次第である。

砂漠
伊坂 幸太郎 実業之日本社 2006年2月26日読了 ISBN 4408534846



これは、今まで読んだ本の中で好きな順にあげれば両手の中に入る。(片手まで入るかどうかはもう少し時間がたたないと判断が難しいが。)

本書を読みながら、不覚にも電車の中で何回笑ってしまったことか。幸い涙ぐむところは少なく、最後のところは家で一人でいるときだったので、助かったが・・。

前作やここしばらくの作と同じように、政治的なメッセージ性も強いし、ささやかだが超能力も登場するのだが、4年間の学生生活がいとおしむように語られ、また積み重ねられた伏線がだんだんとつながっていく周到さはこれまでの作品の中で突出した完成度だと僕は思う。

こういうものは詰まるところ好き嫌いだと思うが、僕は断然好きだ。
とにかく、まずこのユーモアのセンスが好きだ。それから登場するキャラクターたち。東堂さんのような学生がいるとはとても思えないし、もちろん西嶋君に至ってはちょっと考えないくらい切れているキャラだし、南さんも鳩麦さんも語り手北村君もそして鳥井君もそれぞれ飛び抜けているが、それでもこれだけすっきりと書かれていれば、いくら「できすぎ」でもケチをつける気にはならない。

込められたメッセージも、基本的なところに異存はないし、サンテクジュペリやニーチェへのオマージュもきれいだと思う。

途中の重苦しい展開から、最後はこんなにうまくいくとは思えないのは難点かもしれないが、でも、いつも言っているように、こういうものはハッピーエンドに限るという僕の主張からすれば、この終わり方に全く異存はない。まさに、青春ものの会心作である

屋久島ジュウソウ
森 絵都 集英社 2006年3月3日読了 ISBN 4087748022



森絵都さんと仲間たちの屋久島縦走記。
本当に宮之浦岳に登るんですか?という感じで始まるのであるが、構成も、そういうちょっと軽すぎるノリを意図的に強調する形になっている。

もちろん、そのあと大変な苦労をすることになるわけであるが、それをあえてこういう調子に書いたのか、本当に軽いノリで走ってしまったのか実のところちょっと分からない。(そのあたりが、ちょっと眉をひそめさせる感じなのだが・・・。)

とはいえ、かえってそういう無鉄砲さが幸いして、極めて整った屋久島縦走記になっている。この間読んだ真保さんのギリシャの山々の登頂記に比べれば、何倍もセンスが良い。小説を書くのには大変な才能がいると思うが、エッセイを書くには大変な「センス」がいる。
屋久島縦走記のあとに載っているいくつかの旅に関するエッセイを読めば、この人は、また大変優れたセンスの持ち主であることが分かる。

よく考えてみれば、彼女の小説も、才能に加えて、センスのかたまりのようにも見える。小生が女性に甘いことは、自分でも百も承知であるが、それを割り引いても、うらやましいほどのセンスの持ち主でもあると思う。

あなたと読む恋の歌百首
俵 万智 文藝春秋 2006年3月11日読了 ISBN 4167548054



一番新しい文春文庫版で読む。それにしても俵万智さんはすごいです。

これは、経済誌の書評欄でほめてあったので買ってきたのだが、経済誌の書評欄とはからきし相性の悪い小生としては珍しく大当たりだった。この本は、正当派「ビジネスマン」にとってもとてもおもしろいのだろう。

100首プラス自分の「チョコレート革命」の歌が入ったアンソロジーなのだが、まず選ばれた100首がどれもすばらしい。こんなにすばらしい歌がまだまだたくさんあるのだと思うと、ちょっと気が遠くなりそうである。

そして、彼女はその素晴らしい歌達の素晴らしい読み手である。そして、同時に素晴らしい表現者である。
これらの歌を世界をなんと正確に(適切に)表現していることか。もちろん、俵さんが「ただ者ではない」のは分かっているのだが、それにしても、すごい。こうやって読めて、それをこうやって表現できるというのは本当にすごい。

半分くらいは、そうやって読むといいのかと感心(というか唖然と)し、残りの半分は、その感想はこうやって書くといいのかと感心(感嘆)した。

いや、楽しくて奥深い本だった。

千住家にストラディヴァリウスが来た日
千住 文子 新潮社 2006年3月13日読了 ISBN 4103002115



決してうまい文章ではないし、書いてあることもいささか独りよがり(千住家よがり?)にも思える。
ストラディバリをめぐる因縁話や怪談めいた話も「そうなのかなあ」と思う。
しかし、演奏家と楽器の関係について極めていろいろなことを考えさせてくれる。

ピアニストは、原則として自分の楽器を持って歩けないだけにそれにまつわるいろいろな話を良く聞く。一方、バイオリンについては、個別の「楽器」は十分注目されるても、バイオリニストと楽器の関係についてはあまり多くは語られたことがなかったような気がする。しかし、考えてみれば、バイオリンとその演奏者の関係は、他の楽器と比べてはるかに強いのは当然なのかもしれない。

他のどの楽器にも増してバイオリンは、肉体的に弾き手の一部と化すであろうと思う。更にそれを超えて、楽器は弾き手の精神の一部、いや、心の一部にすらなるものだということが、これを読むとよく分かる。

この本は、一見、ストラディバリという楽器が主役のように思われるが、そうではなくて、奏者と楽器の結びつきに関する本であると思う。
そう考えればとてもおもしろい本だと思う。

愛の保存法
平 安寿子 光文社 2006年3月13日読了 ISBN 4334924816



平さんらしい短編集。
元は「小説宝石」に掲載されたものらしい。小説宝石という雑誌を買って読むことは多分無いが、こういうものがたくさん掲載されているのであれば、一度読んでみるのもおもしろいかもしれない。
(この本は、朝日新聞の書評にも取り上げられていた。)

「ホンマかいな・・・。」という話の連続である。それでもすごく不自然ということもなく、「きっとそうなのだろうなぁ。人生というものは。」と思わせてくれる。
すごく悲しくも、すごく楽しくも、すごく癒されることもないが、それでも読むとほっとする。「誰だって常に順風満帆などということはあり得ないのだから、何があっても、まあ、元気出していこうか。」と、こういう感じである。

そういう読み方をするのは、こちらも大人の盛りを過ぎかけているということだろうが、それはそれで悪くないと思う。

銀齢の果て
筒井 康隆 新潮社 2006年4月2日読了 ISBN 4103145285



いささか感想の書きにくい本である。
筒井康隆らしい、毒満載のスラプスティックコメディといえばその通りであるが・・・。

老人版バトル・ロワイヤルという趣。(「バトル・ロワイヤル」を読んでいないがそのパロディでもあるのであろう。)
たしかに、少子高齢化に関していろいろと考えさせるところもある。でも、あまり、まともに感想を書くのは適切な本とは思わないので、このあたりにする。

言えるのは、尊敬する筒井さんらしい本だということ。

ソフトランディングの科学―ゆっくり、時間を長く
池内 了 七つ森書館 2006年4月15日読了 ISBN 4822806146



大変勉強になった。
考えさせられることもものすごく多かった。

地球環境に関する上流問題(資源)、下流問題(ゴミ)全体を分かりやすく、かつ、そして定量的に、そして体系的に語っている。あらためて、我々の立たされているポジションのきわどさに、思わず戦慄し、愕然となる。
このままではいけないと漠然と思ってはいたが、既にポイントオブノーリターンを過ぎているかもしれないとは思っていなかった。

その状況の深刻さに比べて、今一人一人ができることの選択肢の少なさ・・・・。種が滅亡するときというのはまさにこういうものなのだろうなという感じがする。分かってはいるが、結局、自らの行動を律することができないまま、徐々に破局に進んでいく。そして気がついたときは手遅れ・・・。

それでも、本書にあるように、たとえ限られていても、一人一人ができることから始めるしかないのだろう・・・。

ムンクを追え! 『叫び』奪還に賭けたロンドン警視庁美術特捜班の100日
エドワード・ドルニック (著)
河野 純治 (訳)
光文社 2006年4月26日読了 ISBN 4334961878



割に最近評判になっていた本。確かにおもしろいことはおもしろい。

美術品にまつわる犯罪のアンソロジーのような趣もあり、いささか冗長と感じる点あるが、全く日常世界とは異なった世界のお話しで、唖然とするようなエピソードも多い。なるほど、不出来なミステリーを読むよりよほどおもしろい話が満載。

それにしても、人類にとってかけがえのない大切なものが、かくも簡単に盗まれているということを知らなかった。(前に、フェルメールの話は聞いたことがあったが。)

描いたのも人間なら、盗むのも同じ人間ということなのだが・・・。

くじら雲追跡編−にっぽん・海風魚旅〈2〉
椎名 誠 講談社 2006年5月3日読了 ISBN 4062120216



少し前に出た本ということになるが、相変わらず、実にいい。遅ればせながら、最新刊の5巻まで追っかけて読んでいくつもりである。

紀行文として、風景を見る目、そして、全国津々浦々に生きる人々を見る目、そして、その裏側にあるいろいろな動きを憂う目線。いずれも、実にバランスがとれていると思う。

その上にうまいものと酒・・・。全くうらやましいような人生である。(などと言えば著者に怒られるかも。)

終末のフール
伊坂 幸太郎 集英社 2006年5月8日読了 ISBN 4087748030



伊坂さんは、このところ「一番好きな作家の一人」であったが、本作品を読んで、「一番好きな作家」かもしれないと思った。

僕はこの作品が(も)大好きだ。

小惑星の衝突により地球が滅亡する(かもしれない)という舞台設定はある意味で大変普通であるし、そこに描かれている数々の人間模様も一つ間違えば大変陳腐であるとも思う。

それでも、書き込まれている明確なメッセージ(言葉にするのは難しいが、あえていえば、生きる事の大切さ、いのちの切なさということか)が僕は好きだ。
終末の地球で、なおかつできる限り高い塔を作って、命長らえるためにほんの少しでも高みに登っていこうという意志が僕は好きだ。

そこはかとないユーモアと、登場人物のキャラクターの整っていることはいつもながらである。これだけ次々に作品を出して、どんどん味わい深くなっていくのは大したものだと思う。

悲劇週間
矢作 俊彦 文藝春秋 2006年5月28日読了 ISBN 4163246401



いささか破調の目立つ本ではあるが(筋立ても、文体も・・・、また誤植も多い)、それでも、この長い本を一気に読み終えさせる力はあると思う。

一つは、主人公堀口大學の力。さらには、女主人公とでもいうべきフェセラの魅力。
そのまわりを取り巻く、大學の父であるメキシコ公使、そしてその妻(大學の継母)他の魅力的なキャスティング。そして、なんと言っても、メキシコの大地の魅力とその動乱そして人々のたぎる血。

20歳が一番美しい年齢などと誰にも言わせないという始まり方は、明らかにポール・ニザンのパロディーであるが、「アデンアラビア」をちゃんと読まなかった小生には、どこまでが下敷きになっているのか判断する力はない。

また、今更ながら、日本の歴史も世界の歴史も知らないことがあまりに多いという事にも気づかされる。50歳台の半ばにしてこの程度の知識では、やはり勉強が足らないとしか言いようがないのかもしれない。(しかし、あまりにも勉強するべき事が多すぎるのも確か。)

前作ロンググッドバイには、あまり共感しなかったが、作品的にはややバランスの悪い感のあるこちらの方がずっとおもしろかった。

陽気なギャングの日常と襲撃
伊坂 幸太郎 祥伝社 2006年6月3日読了 ISBN 4396208138



前にも書いたが、近頃一番おもしろいと思う作家はと聞かれれば、文句なく伊坂幸太郎だろう。

これも、新書サイズの他愛ない話だが、なんと言ってもキャラやギャグ(?)の切れ具合がすばらしい。このシリーズの前作が映画になるということで話題であるが、確かに映画にしてみたくなるのも分かる。

小道具やちょっとした設定は結構現実離れしているのだが、それが、全くインチキ臭くないのもこの人の力だろう。

どちらかといえば、ハイペースの執筆が続いているが、どの作品も方向は異なるが、均質におもしろいのだから大したものである。

小魚びゅんびゅん荒波編―にっぽん・海風魚旅〈3〉
椎名 誠 講談社 2006年6月6日読了 ISBN 4062125595



シリーズ第3作。(読むのはこれで4作目。)安定しておもしろい。

こうやって、ぶらぶらと日本の海岸を旅するという趣向はうらやましい限りである。仕事でやるのは大変かもしれないが、でもこういう身分になってみたいと思う。
一方で、日本の漁業も、海岸の景色も随分痛めつけられつつあるというのは、このシリーズを読めば読むほどに感じる。

これも、ポイント・オブ・ノーリターンを過ぎているのであろうか。
ずっと先(それほど先でもないか・・・)、この時代に随分無策にいろいろなものを破壊したといわれるのだろうなと思う。その点はつくづく残念であるが。

紙魚家崩壊 九つの謎
北村 薫 講談社 2006年6月15日読了 ISBN 4062133660



北村薫の短編集。
個々の作品は、特につながりはない。作者が同じだから、当然一定の共通点があるが、むしろ同じ作者の作品の中では幅広い(結果的にあまりまとまった印象を残さない)短編集といえるのではないか。

もちろんごひいきの作家の作品集であるから、おもしろいとは思うが、この人の本来の完成度から見たらどうであろうか?
たとえば、最後のおとぎ話などはとてもおもしろいが、傑作といえるかどうかとなると・・・。

個人的には、やはり、せめて「時の三部作」くらいのものを期待したい。

大漁旗ぶるぶる乱風編−にっぽん・海風魚旅〈4〉
椎名 誠 講談社 2006年7月2日読了 ISBN 4062127784



シリーズ第4作。先に第5作を読み終えているので、これで全部読み終えたことになる。
毎回書いていることだが、おもしろかった。

海というのは当方の得意分野(?)ではないので、知らないことが圧倒的に多いが、それでも、行ってみたいなと思わせてくれる景色が本当に沢山出てくる。

同時に、(どこの地方に行っても感じることだが)田舎へ行くほど街がすさんでいるという感じがひしひしとする。言い方は悪いが、「土建屋国家」の末路も見る思いである。
どうして「ハコモノ」に頼らない、もう少しきちんとした町おこし・村おこしをしないのだろうか・・・。当事者でないものが簡単に言うことではないと思うが、それにしてもである。

将来、このシリーズを再読したとすると、そのときはどう感じるのであろう。幸い、どこかで、正しく方向転換して美しい海の風景が復活して良かったなあと感じるだろうか、それとも、とうとう行き着くところへ行き着いてしまったと思うのだろうか。

チョコレートコスモス
恩田 陸 毎日新聞社 2006年7月11日読了 ISBN 462010700X



大変おもしろかった。いつもの恩田陸とは少しイメージが違う作品だったが、力作であると思う。

「演劇」方面には、大した土地勘もないので、その分野の専門の人から見てどうなのだろうかとは思うが、舞台をめぐる人間模様としては、実に緻密に緊張感を持って描かれているように思う。
こういう物語で読み手をここまで引きつけるというのは相当な力業と言ってもいいのではないだろうか。

このところ、少しらしくないような作品にも接していたが、久しぶりに恩田さんの面目躍如という感じの作品を読んだ。

こういう作品をこれからもどんどん世に出して欲しいものである。

うらなり
小林 信彦 文藝春秋 2006年7月26日読了 ISBN 4163249508



これもとてもおもしろかった。(「おもしろかった」という表現は、必ずしも適切ではないかもしれないが、なかなかうまい言い方が見つからない。)

小生は、一応漱石全集を持っているし、高校生の頃は、随分漱石に入れ込んだのだが、実は、「猫」や「草枕」はあまりきちんと読んでいないような気がする。(大体は読んだと思うのだが。)
「坊ちゃん」も子供の頃以来何回か読んだが、一気に目を通すという感じで(劇画を読んでいるような読み方?)、どうもきちんと読んだという感じはしない。
そういう小生にも、この「うらなり」はおもしろかった。長いあとがき(創作ノート)にある、「この『坊っちゃん』はいろいろな意味で結構複雑な小説だ。」という著者の説明は、私の実感ともよく合う。(単純な勧善懲悪の話ではないというのは全くその通りだ。)
「坊ちゃん」とは一体どういう人なのか、単に人の人生に勝手に割り込んだだけでは・・・という印象は、最初に読んだときからある。山あらしのほうが人間としては何となく心に残ることも確かだ。
そういう目で見てみると、この話を「うらなり」の側から再構成するというのは、圧倒的におもしろい視点と思う。また、とても周到に準備されているので、それが実に上手くいっている。

「坊っちゃんへのオマージュ」と創作ノートの最後にあるが、その点についても実にいい感じになっていると思う。
当時の東京にきちんと想いを置いて、まだ若さの残る漱石の作品を再構成できるのは、今となっては、小林信彦をおいてもういないのかもしれないと感じた。

一方で、これも創作のノートにもあるとおり、漱石が「必ず誰もが読んでいる作品」から少しずつ遠ざかりつつあるのも寂しいながら事実だろう。

さらに、江戸/東京という大都会の文化(洗練)が、きちんと継承できなかったという近代日本の悩みは大きいと、これを読んであらためて思う。漱石一つを取ってみても、「戦後の日本が得たものと失ったもの問題」が大きいことがよくわかる。

等々、結構色々なことを考えさせる作品であった。

「本」に恋して
松田 哲夫 新潮社 2006年7月31日読了 ISBN 4103009519



本ができるまで(主として製本過程)に関する詳細を取材したもの。以前、「印刷」に関して同様の本が作られていて、いわばその続編でもあるらしい。

もちろん知らないことばかりだから、おもしろいといえばおもしろいのだが、どうもあまり臨場感を持って読むことはできなかった。
読み手の気持ちも足らないのだろうが、全体にあまりにテクニカルで、ちょっとついていけなかった。

「うんちく」ものはなかなか書く(読む)のが難しい。読み手と書き手のセンスが合わないと、なかなか伝わらないという典型例のような気がする。

ひとがた流し
北村 薫 朝日新聞社 2006年8月13日読了 ISBN 4022501995



この春まで各新聞に連載されたもの。ミステリーではない北村薫であるが、実に北村薫らしい話だった。

主人公の女性が死ぬ話と分かって、すこし読み進むのに躊躇した分読み終わるのに時間がかかってしまった。(すてきな女性主人公が病に倒れるという話には、僕はちょっと弱い。)

でも、もちろん悲しいお話しではあったが、それよりはるかにすがすがしさが勝る話だった。実際の死はもちろんすがすがしいはずはないし、こんなにも理想的な伴走者が現れるはずもないが、それでも、人々の心の絆を書いて見事なストーリーといえるだろう。

僕が北村薫の大ファンであることをのぞいても、とてもいい本だと思う。

女子大生を書いたら右に出るものはいない人だが、もう少し上の年代の女性を書いても本当にうまい。女性の目にはどう映るのか分からないが、我々男性陣には、理想の女性像たちといえるのではないだろうか。

新聞の連載小説と言うこともあり、もう少し書き込んだ方がいいのではないかと思うところもいくつかあったが、結果として十分整ったものになっていると思う。

北村薫まで「脱ミステリー」を志しているわけではないと信ずるが、それでも、こういうものをいくつか書いてもらえれば、それはそれでいいと思う。

銀の犬
光原 百合 角川春樹事務所 2005年8月19日読了 ISBN 4758410690



光原百合さんは、ミステリーではなくこういうファンタジーものもお得意のようだ。何冊か、この系統の本もあるみたいだが、読んだのは初めてである。

少女趣味的、乙女チックと言えばそれまでであるが、なかなかどうしておもしろい。

人の愛や憎しみやそれに伴う様々な葛藤をファンタジーにするとこうなるのだろう。
こういう話が好きかといわれれば、少し考えるが、人の「心」を物語にするというのは、思うほど易しくはない。この童話仕立てのとても穏やかなお話が、それなりに強い説得力を持っているのだから、作者の腕は確かだと思う。

波切り草
椎名 誠 文藝春秋 2006年8月30日読了 ISBN 4163249303



椎名さんの小説は、もちろんおもしろいのだが、痛快無比なエッセイ群と比べるとちょっと・・・と、今まで思っていたが、なかなかどうしてこれはおもしろかった。

本作は、極めて自伝的要素が強い。今までのそういうものは、どうしても同じ作者の他のノンフィクション群とかぶってしまって、どこまでがお話しなのかわかりにくくて座りが悪かったような気がするのだが、今回は、全くそんなことはなかった。

淡々としたストーリーで、何か大仕掛けの出来事が起こるというわけではないのだが、過ぎゆくものと、失われたものへの愛惜の気持ちが痛いほど伝わってくる。
だからといって、単に懐古的というわけではなく、「人生これからだ」と、流れに向かって泳ぎ出して行く、前向きな意気込みも、極めてビビッドに伝わってくる。
多分、それは、書き込まれた景色や風物たちが、極めてリアリティーにあふれ、季節の移り変わりも、時の移り変わりも、折々の風景にきちんと映し込まれていることが大きいのだと思う。

そういう意味で、この小説は、椎名さんの、世界を見る目の堅実さが、とてもうまく活きていると思う。

名もなき毒
宮部 みゆき 幻冬舎 2006年9月2日読了 ISBN 4344012143



宮部みゆきの最新作を一気に読了。

世の中にはいろいろとおもしろい本はあるが、宮部さんの本は、読み出したら止まらない特別なおもしろさがある。とにかく、とても作り話とは思えない独特の「リアリティー」で他にかなう人はいないと思う。

今回は、人の「善意」と「悪意」のようなものを、それぞれの極限のような人物に代表させて対比させている。普通の腕では、とても嘘臭くなってしまう何人もの極限のような人物が、ごく普通にそこにいるように話し、行動する。この才能に全く感服する。

ということで、この本の感想とは少し違うが、「創作の才」について、普段考えていることを少し・・・。

こういう物語を生み出すのは、最終的には一瞬の「天啓」のようなものではないかと私は思っている。すなわち、物語は、根本のところでは、長い呻吟の末に少しずつ産み出されるものでも、あるいは、建築物を構築するように理詰めにできあがるものでもないような気がする。
説明は難しいが、多分、その「天啓」は、「物語」の時間軸を「ゼロ」にしたような、つまり、「全てを同時に、かつ、完全に」思い浮かべることができるような形で、頭の中に飛来するのだと思う。

これはなにも「物語」に限らなくて、フェルマーが、時間と紙数が足りないと言った定理の証明も、誰かが、大理石を見てその中から取り出すだけだと言った彫像も、ノーベル賞に導く数々のアイデアも、みな、同じように一瞬に頭の中に飛来するものなのではないだろうか。
モーツァルトの音楽など、天から飛来する最たるものだろう。私のつたない文章にしてすら、うまく書けるときは、そういう感じがする。何か難しいことが理解できるときも、大半は「天啓」に導かれているような気がする。
何かを思いつく、あるいは、何かを理解するというときの人間の脳の能力というのは、本当に計り知れないものだと思う。

もちろん、その「飛来物」を形にするのは、はるかに大変だ。時間順に順次解きほぐし、いろいろな枝葉をつけ、レトリックを考え、あるいは小さなエピソードを加え・・・。これらは、いわゆる「創作の苦しみ」だろう。が、これは、既に、生み出す過程は終わっているものに、形を与える作業に過ぎないとも思う。

もちろん、何の苦労もなく創作物が生まれると言うつもりはない。むしろ、何かが天から飛来するまでのプロセスが重要なのだ。あまり苦労せずに天から飛来するという人もいるのかもしれないが、大半の場合は、それまでにその為に費やした時間と努力の対価として、「天啓」は与えられるものだと思う。何かを生み出すために、普段から全身全霊を捧げていて初めて天啓が得られるのだ。

一方で、しかし、悲しいことに、あるいは、残念なことに、努力と得られるものの比率は、全く不公平であることも事実である。

宮部みゆきのように、ファンタジーの羽根に全身包まれたような飛来物を次々に受け取っていると思われる人もあれば、どんなに苦労しても、一生そういうものには恵まれない人もいる。(大半が後者だろう。1回だけという人も多いが、これはこれで悲劇のもとだろう。)

天からの飛来物ではない創作というものがあるのかもしれないが、そういうものは大変つまらないもののように私は思う。だから、何かを生み出すということに携わる厳しさは大変なものだと思うが、宮部みゆきはそういうことを全く感じさせないところがある。(私が、好きな作家たちは、皆多かれ少なかれそういうところがあるような気がする。)

本作が、宮部みゆきの最高傑作かどうかは、やや微妙と思う。それでも、たくさんある優れた作品群の一つではあるだろう。だから、この作品は彼女にとっては、「平均的」なできばえなのだが、その作品にすら、こういう感想を抱かせるのは、掛け値なしにすごいなあと思う。

図書館戦争
有川 浩 メディアワークス 2006年9月12日読了 ISBN 4-8402-3361-6



最高におもしろかった。まるで、劇画を文字にしたようなそういうおもしろさだ。キャラが良く切れていて、単純なエンターテインメントとしても、ものすごく良くできている.

しかし、何と言ってもこの本のテーマは、「好きな本を読む自由」だ。
思想信条の自由とか、表現の自由などというと、ちょっと抽象的で、有り難みがわかりにくいが、好きな本を読む自由というと、これほど切実なものはない。

新宿のやくざが、自らの利権のためにピストルを乱射する(或いはそれに対抗して同じことをする「正義側」)という話はとても好きにはなれないが、好きな本を読む自由のためなら、機関銃くらい当然だと。そういう本である。

この有川さんは、名前だけではわかりにくいが、女性らしい。(ヒロさんと読むらしい。)既にいくつかの本を出しているこの分野では名の通った人らしいが、全く知らなかった。
小生が知らないけれどおもしろい作家というのは、まだまだ、沢山いるのだろう。そう長くもない人生で、あとどれくらいこういう人たちの本を読めるだろうか。

好きな本を読む自由をとにかく大切にしなければ・・・・。
早速続編が出て、これもベストセラーになっている。まずこれを読まなければ・・・。

塩の街 Wish on my precious
有川 浩 メディアワークス 2006年9月24日読了 ISBN 4-8402-2601-6



これは、電撃ゲーム小説大賞受賞作という本である。
もちろん、図書館戦争の有川浩さんの本だから読んでいるのである。

電撃文庫という初めて手に取る文庫本であるが、所々に見開きのイラスト(少女小説風の)が入っていたりして実にそれらしい本である。だから、電車で読むには、少し勇気が要る。が、なかなかどうしておもしろいのである。

世界が滅びても自分たちだけは生き残る。/自分たちは滅びても世界を救う。

このどちらがいいかと言えば、前者だと。これは、そういう小説だと後書きにある。
なるほどと思う。後者のストーリーはたくさんあるが、前者のストーリーはなかなか難しいのかもしれない。さらに、人間が突然塩に変わるという趣向。それだけでここまでふくらますことができる。

想像力という武器は強い。

あまりにも劇画調でちょっと鼻白むこともあるが、それは言ってはいけないだろう。「図書館戦争」のあのおもしろさは、この作品にも十分感じられる。

昭和のまぼろし (本音を申せば)
小林 信彦 文芸春秋 2006年9月28日読了 ISBN 4-16-368070-5



いつものシリーズだが・・・。

もちろん、おもしろくないというほどではないのだが、だんだん、こちらの感覚とのずれ方がひどくなったような気がする。
「好き嫌い」と、「善し悪し」と、「正否」とそれぞれで議論すべきが、皆、単なる好き嫌い(感覚的な)で論じられているような気がする。もとより、独断と偏見はこの人の持ち味であるが、独りよがりと硬直性の度が急に進んでいるような気がするのは小生だけか・・・。(特に最近の世相やタレントに関して)

今の世相を危ぶむ気持ちはよく分かるし、その方向も決しておかしくないと思うのだが・・・・。
どうなんだろう。

図書館内乱
有川 浩 メディアワークス 2006年10月12日読了 ISBN 4-8402-3562-7



「図書館戦争」の続編。
前作より少し平常心を取り戻したという感じはある。その分戦闘シーンはぐっと少なくなって、小説らしい仕掛けが施されることになった。どちらが痛快かと言うことになれば、圧倒的に前作であるが、こちらはこちらでおもしろい。

なんと言っても主役の二人と脇役の何人かのスーパーキャラクターの切れ方は普通ではない。ゲーム小説畑(?)出身者の面目躍如である。今回は脇役二人の背景が明かされていよいよ複雑化してきた。
「To be continued」と終わっているのだから、すぐ次が来るのだろう。大いに期待したい。
「読みたい本を読み続けられるようにする」という一途な願いがストーリーの背景にある限り、この話はおもしろくあり続けられると思う。(そうあって欲しい。)

真昼の星−熱中大陸紀行
椎名 誠 小学館 2006年10月17日読了 ISBN 4-09-394046-0



椎名さんの世界旅もの。
いつもの通り、読んでいれば楽しいが、最初の南米のお話しなどは、いつものものと比べるとテンションも低いし、何となく迫力がないような気がした。読み方のせいかもしれないが、全般に、自然が中心の部分では、ちょっと椎名さんらしい面白味に欠けるような気がする。
椎名さんは、やはり人間系の書き手なのだと思う。

空の中
有川 浩 メディアワークス 2006年10月31日読了 ISBN 4-8402-2824-8



有川浩全作品読破の一環。
デビュー第2作。相変わらず、SFというよりは、劇画に近いが、それでも十分おもしろい。

図書館戦争の笠原さんによく似たキャラクター他、相変わらず気持ちの良いキャラクターが沢山出てくる。
「恋愛小説」と言ってもいいのだろうが、気持ちよく伸びていく空想の翼がとても爽快。荒唐無稽と紙一重だが、にもかかわらず、確かにこういうことはありそうだと思わせてくれる。

それは、多分、ストーリーを構成する様々な思考やロジックがとても真っ当で、堅実で、健康だからだと思う。人の命や、平和や、愛といった少し抽象的なものに対する目線が、とてもきちんとしているからだと思う。

ご本人曰く、「普通の主婦」ということだが、どうすればこういう才能に恵まれた主婦ができあがるのか、とても興味深い。

モーダルな事象
奥泉 光 文芸春秋 2006年12月3日読了 ISBN 4-16-323970-7



随分読み終わるまでに時間がかかってしまった。
別におもしろくないわけではないのだが、「休み休み」の読書になってしまった。

奥泉光さんというのは、初めて読んだ。この本は、昨年何かと評判になっていた本なので、かれこれ1年遅れで読んだことになる。
ミステリーといえば、ミステリー。妙な筋立てになっているところもたくさんあるが、謎解きもおもしろく、後味も悪くない。

これは、凝りに凝った本だ。こういうものを書く「才能」はもちろん、書き上げる「気力」にも感服する。プロフェッショナルなんだなあとしみじみ感動してしまう。

好みかと言われれば微妙ではあるが、機会があれば、もう1、2冊読んでみたい気はする。

海の底
有川 浩 メディアワークス 2006年12月16日読了 ISBN 4-8402-3092-7



有川さんの長編シリーズをこれで一旦全て読了。
どれも負けずおもしろかった。今年一番楽しませてもらった作家である。

潜水艦の中の十五少年漂流記かと思いきや、甘く切ないラブストーリーになってしまうところが、何とも彼女の作品らしい。(ご本人も後書きでそう言っている。)

しかも異形の生物に取り囲まれる中での出来事だ。
いつもながらの「荒唐無稽」とも思える設定、そして、ステレオタイプといって差し支えない登場人物たち。
それでもこれだけ圧倒的におもしろいのだから、全くかなわない。(今回は、作者が「自衛隊」に向けた目線にはいささか抵抗感があったが・・・。)

いつものように「型どおり」を少しだけ超越した登場人物たちは、力強く、そして説得力もある。それに何と言っても女性の書き手ならではの挿話の数々。

最後に訪れる予定調和的大団円は、分かっていても、つい共感してしまう。(しかも、ちょっと涙ぐんだりしながら・・・・。)

鴨川ホルモー
万城目 学 産業編集センター 2006年12月21日読了 ISBN 4-916199-82-0



年末恒例、「今年話題の本」シリーズ。第一弾。

「お馬鹿な青春小説」とどなたかが書いていたが、まさにその通りである。が、それがおもしろいのである。

特に小生には思い出深い場所が舞台になっているので、なおさらかもしれないが、「青春ってどんなものだったのか」をしみじみ思い出させてくれる本である。

他愛ないバカ騒ぎ、若さに浮かされたような恋愛と友情。そして、京都の町、鴨川の流れ。
確かにこんな感じだったなあと思う。

これが作者のデビュー作という。最初からこんなものが書けてしまうのは、全く、うらやましいかぎりである。

メコン・黄金水道をゆく
椎名 誠 集英社 2006年12月24日読了 ISBN 4-08-774734-4



しばらく、買ったままになっていた本をしばらくぶりに読了。

椎名さんの紀行ものだから、おもしろくないはずはないが・・・。メコン河を河口までたどるという壮大な紀行文でもあるわけだし・・・。

でも、読み手の気持ちなのか、書き手の気持ちなのかちょっと微妙であるが、完全に共感できなかった。
100%我々と同じ人間の世界の話なのであるが、「人間的な暮らし」とは何なのか・・・・。考えさせられてしまう。魚を捕るために、10年以上も一刻も休まず、たった二人で交代で1カ所でただ網を張り続けるだけの人生とは。そして、メコンの自然を破壊していく一方に見える人間の文化とは何なのか・・・。

否定でも、肯定でもない、「非共感」とでも言うべき気持ちが終始先に立つ感じがする本であった。
椎名さんも或いは同じ気持ちではなかったのかという気がする。

一瞬の風になれ 1〜3
佐藤 多佳子 講談社 2006年12月29日読了 ISBN 4-06-213562-0/
4-06-213605-8/4-06-213605-8



これも、今年評判の本。そして評判通り。

全くストレートな「スポーツ青春もの」であるが、臭みも嫌みもない。読んでいるうちに、自分が走っているような、そして、流れる景色に身をまかせているような、そんな実感がある。

3冊もので結構長いお話しであるが、あっという間に読んでしまった。「電車の中では読まない方がいい」と、何かに書いてあったし、確かにその通りのところもあるが、ことさらに、感動を誘うようになっていないところもいい。

昔々、遙か昔、小生も「4継」のアンカーをつとめたことがあるのを、久しぶりに思い出した。「区大会」決勝2位という頼りない実績であるが、それでも、バトンが繋がる快感をありありと思い起こすことができた。スポーツの実感を文字にするのは、とても難しいと思うが、この本は、その点を実に軽々とやり遂げているところが、気持ちいい。登場人物も、皆、それぞれ個性豊かで共感できる、単なる、「スポ根」ではないのもいいと思う。

読んで、随分得をした気分になる本である。

(後日記)本書が、2007年本屋大賞に選出された。去年の「東京タワー ・・・」以外は、毎年、選ばれる前に読んだ本が大賞を受賞している。これはちょっとうれしい。(2006年は、大賞作も含めて余りピンとこないものが多かった(単なる「読まず嫌い」だ)が、2007年は実に納得の選考である・・・。)

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