日暮らし(上・下)
宮部 みゆき 講談社 2005年1月10日読了 ISBN 4062127369/4062127377



宮部マジックにはまる本である。

「ぼんくら」の続編に当たるといえばいえるのだろうが、全く趣は異なる。犯人との最後の「対決」のようなものをあそこまでやらなければいけないのかなという感じもするし、犯人も、(それほどの違和感はないとしても、)どうしてもその人でなければいけないという感じも必ずしも無いと思う。
しかし、そういうのは全く細かい話。例によって、読み始めたら止まらない語り口のうまさ。その巧みさは、時代小説でも全く変わらない。本当にその場に居合わせ、その人と話をしたような錯覚をしてしまう。見たこともない、江戸の街並みを本当に見てきたような気がするのだから、あの筆遣いは尋常ではないと思う。ほんのちょっとした風景、登場人物の仕草、息づかい・・・。

それに加えて、人間に対する思い、人生に対する思いの真っ当さがまた気持ちいい。

生首に聞いてみろ
法月 綸太郎 角川書店 2005年2月18日読了 ISBN 4048734741



大変評判の高い本。(去年の「このミス」ナンバーワンでもある。)
たしかに掛け値なしにおもしろいと思った。

途中からこれ以外あり得ないと思えるし、(実際その通りなのだが、)また、後から考えれば、そういうことが本当に可能かどうかはちょっと怪しいと思うところもあるのだが、読んでいる勢いの中では、極めて自然に感じることができる。
また本書の肝である、「謎解き」も極めてよくできていると思う。
「新本格」と称するなかにはひねくっただけとしか思えない謎解きや、「叙述トリック」というだましものも多い中で、珍しくきちんと腹に落ちるものだった。というのも、殺す側のロジック、殺される側のロジックが極めて分かりやすいからだと思う。一見ペダンティックな装いをまとっているが、それぞれの登場人物を突き動かす気持ちに対する納得感が、説得力の基本にあると思う。
もちろん、伏線の張り方や、その落とし方の見事さも大いにあるが、本格派といわれる推理小説によくある極めて人工的な「動機」とはかなりの違いがあるように思う。どうしてこんな複雑なことが起こったのか、読んでいれば、実に自然に心に入ってくる。

まさにプロのわざといえるのだろう。
法月 綸太郎氏の著書を今まで読んだことがないので、いくつか読んでみたいと思う。

第三の時効
横山 秀夫 集英社 2005年2月26日読了 ISBN 4087746305



相変わらず、人間社会(警察やサラリーマンの世界)を「どろどろ」と書くのが得意だ。現実の世の中と比べてみても、そのリアリティーは、なかなか見事なものである。「クライマーズハイ」で大いに感心したが、本書もその線で相当の迫力がある。

ミステリーという点では、見事といえば見事であるし、釈然としないといえば釈然としないという感じもする。それを、人間関係を描く筆の力でカバーしているということか。

読んでみればとにかくおもしろいのであるが、手腕の見事さに全く敬服するとしても、この横山秀夫をという作家が好きかといわれると、手放しでは「イエス」という感じはしないかなと思ったりもする。

最後の願い
光原 百合 光文社 2005年3月2日読了 ISBN 4334924522



僕は、光原百合のものはほとんど無条件に好きだ。
本作も、一気に読み終えた。

謎解きは、時に類型的であるし、大向こうをうならせるようなプロットがあるわけでもない。
しかし何より、人間と人間の間の愛や友情をを信じるという確固たる立場が僕は好きである。少し甘いかもしれない。現実はそれほどきれいではないかもしれないが、物書きたるもの、やはりそういう志を持って戦っていくのが正しいような気がするのだ。(ミステリーにそういう志を要求するのかという意見も勿論あると思うが、これは、好き嫌いのレベル話だから、なかなか理屈では説明できない・・・。)

そういう意味では、一番好きな作家の一人かもしれない。寡作なのがいささか残念である。

密閉教室他4冊
法月 綸太郎 講談社 2005年3月19日読了 ISBN 4061849905他



デビュー作の「密閉教室」を初め、「雪密室」、「頼子のために」、「法月綸太郎の冒険」の4冊を読んでみた。

飽きるまで読んでみようと思って読み始めて、このあたりが頃合いという感じである。(こんな事をしていては、他の本が読めないし。)
大変オーソドックスなものばかりで、久しぶりに懐かしい感じがした。勿論大変面白いし、「生首」のような傑作が突然生まれたわけでもないのはよく分かった。

それでも、密室殺人の犯人捜しというのは、その枠組みに基本的な限界があるということもよく分かる。小生は、これからも、好んでこういう物を読むことはないという気がする。

ららら科學の子
矢作 俊彦 文藝春秋 2005年4月4日読了 ISBN 4163222006



一昨年大変評判になった本。読みたいと思いつつ、なかなか手が付かなかったが、やっと読み終えた。
評判通り、大変おもしろい。

1960年代の最後に「文化大革命」の中国に向けて不法出国し、30年を経て、再び日本に密入国するというプロットがなんといっても抜群。30年間の日本の世相の変化と、その裏側での中国の変化がテーマとなる。
舞台は渋谷と駒場。東大生とおぼしき新左翼系の学生が主人公となれば、同時代人として、また、元近隣の住民として、気分的にも随分親近感がわく。
著者は、この間の日本の変化に対して、決して肯定的とはいえない視点で、しかし、その変化の大きさを日常生活の視点で描いていく。何が変わったか、何が失われたか・・・。決して後ろ向きなノスタルジーの物語ではないので、共感できる。
それはとりもなおさず我々の世代が「青春以降」に失ったものだ。

さらに、この本がおもしろいのは、そこに登場する女性たちの魅力によるところも大きい。(結局、おもしろい本を書く秘訣というのは、いかに魅力的な女性を登場させるかということにつきるのではないかと、小生は、思っている。)
主人公の妹然り。(「赤ずきんちゃん気をつけて」に颯爽と登場した少女を思い起こさせるこの妹がいなければ、主人公が日本に苦労して戻った気持ちが伝わらない。)そして、主人公の中国の妻も然り。(彼女が魅力的でなければ、このストーリーの結末は成り立たない。)ストーリーをリードする奇妙な女子高校生、そして、日系二世の礼子さん。(彼女が一番魅力的かもしれない。)その他たくさん・・・。
失われ、変わったものが羅列される中で、彼女たちの心の真実が30年間全く変わっていないというのは、作者の主張なのか、それとも我々男性の都合のいい思い込みなのか・・・。
変わらないものもあるのだというのが作者の主張なのだとすれば、それはそれで納得する。

所々、ストーリーの中でよくわからないところもあるのだが、(特に鉄腕アトムを最後まで知らないので、「掟に背いたアトム」のくだりは、よく理解できていない。)とにかくおもしろい本だった。

ユージニア
恩田 陸 角川書店 2005年4月22日読了 ISBN 404873573X



恩田陸の最新作。割に評判になって、本屋でも平積みされている・・・。本屋大賞に、「夜ピク」が選ばれて、そのせいもあるかもしれない。彼女の量産ペースには、驚くばかりである。忠実なフォロアー(?)を自認する小生としても、ついて行くのが少し大変である。

この本は、僕には、あまりピンとはこなかった。作者は「形」に少し懲りすぎではないのだろうか。
読み方が悪いせいもあるのだろうが、よくわからないところがいくつかあったりして、最後まで興が乗り切らなかった。

舞台になった金沢に出張した際に読み始めたという偶然は、なかなかよかったのだが・・・。

シリウスの道
藤原 伊織 文藝春秋 2005年6月30日読了 ISBN 4163240209



職場が変わって少しばたばたしたので、久しぶりの読後記録。

藤原伊織さんの本も久しぶり。「テロリストのパラソル」以来の大ファンである。
例によって都合のよすぎる「偶然」は気になるところではあるが、好き嫌いでいえば、大変好きである。
ビジネス小説としても、そこそこの水準と思うが、一点、敵方の社長があまりに不出来なのが、少し納得いかない。(その会社の他のスタッフが皆できる人たちだけに、特に納得がいかない。社長があれだけだめなら、部下もきっとだめなはず。世襲の常務より生え抜きの社長がぼんくらというのはどう考えても納得しにくい。)
などと、つまらないところに拘ってはいるが、久しぶりに一気に読み切ったのだから、文句を言えば罰が当たる。
こういうもののおもしろさは、出てくる女性で半分くらい決まるというのが僕の持論だが、その点でいえば、主人公格の女性二人は上々である。その二人から迫られる主人公は、それなりに説得力はあるので、まあ、よしとしよう。

てるてるあした
加納 朋子 幻冬舎 2005年7月1日読了 ISBN 4344007840



「ささらさや」の続編。当然、「ささらさや」と同じ系列であるが、こちらの方が少しおもしろいように思う。
かけられた謎はわずかで、謎解きよりはある種のメルヘンとしてかかれているものと思う。いろいろな意見があるのだろうが、僕はよく書けていると思う。

例によって、「人間はすばらしい」、「家族もすばらしい」という少し間違うと三流ドラマになりそうなテーマが、型にはまらないで実にきれいに書けている。

本当をいえば、「ガラスの麒麟」や「ななつのこ」の路線の方を期待しているのだが、まあ、これはこれでよい。

THE WRONG GOODBYE ロング・グッドバイ
矢作 俊彦 角川書店 2005年7月8日読了 ISBN 4048735446



去年評判になったときに買った本。今頃読み終えた。
たしかに、よくできている。

これだけの複雑な話を作りながら、納得のいかないような筋回しはなく、題名にふさわしく、いろいろな人が別れあるいは去っていく。

個人的には、女主人公のバイオリニストに対する形容詞の使い方や、最後のコンサートの仕掛けなど、何箇所かで私の趣味には合わないのだが、題名に込められた気合いの通り、「ハードボイルド」としてのできはとてもよいのだろうと思う。
個人的には、「ららら科學の子」の方が好きだ。

蒲公英草紙―常野物語
恩田 陸 集英社 2005年7月11日読了 ISBN 4087747700



「光の帝国」の姉妹編。

こういうファンタジーものを書いて飽きさせないのは、今最も脂ののっている恩田さんならではか。
一つ間違えば、「一杯のかけそば」風の安手な話になりそうなところを、実に堂々と格調高く語っている。いささかオーバーに言えば、国のあるべき姿まで問うているような志まで感じさせる。

これだけ次々に本を出し(個人的にはやや不揃いなところもあると思ってはいるが)、いずれもいずれも読ませるのは、いつも思うが、本当にすごい。

死神の精度
伊坂 幸太郎 文藝春秋 2005年7月13日読了 ISBN 4163239804



仮にこういうプロットを思いついたとしても(それだって大変な能力だと思うが)、それでこれだけの話を作ることができるか。

人間の死というものを戯画化し、人間の人生を相対化し、そして推理小説の名作をパロディーにして、なお全く嫌みなく、そして臭くもない。

独特のユーモアとペーソスで人生はすばらしいと思わず思ってしまう。たいしたものである。

黄金旅風
飯嶋 和一 小学館 2005年7月22日読了 ISBN 4093861323



去年大変評判になった本。これも、買ったまま途中で中断していたものをやっと読み終えた。前作「始祖鳥記」が大変おもしろく、期待して読んだが、期待に違わず立派な作品だった。

本書の立派な点は、重たくて、しかも、少し陳腐かもしれないテーマを堂々と、かつ、きちんと取り上げて書ききっている点。
そのテーマは、一つは「戦争否定」、もう一つは「ノブレス・オブリージュ」。

特に、「上に立つものは一体どうあるべきか」という中心テーマには、全く頭が下がる。史実にどこまで忠実なのかはわからないが、この通りだとすれば、昔の人は偉かったのかなどと思ってしまう。
それに引き換え、今の日本はどうか。(米国もどうか・・・。)

枝葉の部分で必要かどうかよくわからない挿話があったりするような気もするが、そういう細かい欠点を言うのは憚られる堂々とした本だ。
ペンは剣よりも強いと信じたい。

魂萌え ! 
桐野 夏生 毎日新聞社 2005年8月17日読了せず ISBN 4620106909



僕は、桐野夏生女史とは相性が悪いのだろう。「読了できず」は、「OUT」に次いで、二度目。

こういうせせこましい話は性に合わない。「OUT」のときも思ったが、こういう中年女性が身の回りいるととても嫌だなという、その感じが本を読むのをいやにさせる。(ある意味大変生々しい。)
そう思わせるのも書き手の力量といえばそうかもしれないが、何も生み出すわけではないぐちゃぐちゃした話のどこがおもしろいのかと思ってしまう。80%ほど読み終わったが、ここまで来るのに1ヶ月近く無駄にしてしまった。

要するに相性が悪いのだ。しばらく彼女の本は、読まないことにする。

ニッポン硬貨の謎
北村 薫 東京創元社 2005年8月19日読了 ISBN 400430816X



この本はほぼ1日で読了。本を書く歓びと、本を読む歓びの両方を心から実感できる本である。本を愛する人たちの気持ちが伝わってくる本でもある。(「魂萌え」の後だからよけいそう感じる。)

エラリー・クイーンに関しては、私は良き読者では全くないが、それでも、彼(等)を愛する人が書いたということは実によくわかる。また、そのことを、ストーリーに実に良く活かしている。そういう設定(エラリーが書いたという設定)にでもしなければ、この謎解きは誰も納得しないだろう。
それでも、この本を読んだ人の中にも、きっと、「なんだこれは」と、怒っている人がいるだろうから、読書の世界は多様だと思う。
例によって、女子大生を書かせるとこの人はうまい。感心してしまう。こういうものを読むと、あのシリーズの復活を期待せずにはいられない。

要するに、北村さんとは相性がいいのだろう。(趣味で読んでいる本だから、できるだけ「好き」な物を選びたい。)

世界おしかけ武者修行 海浜棒球始末記 その弐
椎名 誠 文藝春秋 2005年8月22日読了 ISBN 4163672206



前作「海浜棒球始末記」の続編。

台湾、韓国、ミャンマー、ラオス、モンゴル・・・我が国の近隣諸国で「浮球野球」をやるという極めつきの脳天気話。訪ねる場所も日本にとってはやや微妙な場所であるし、やることもやることであるから、いかがなものかという感じもあるのだが、それぞれの地にとてもすんなり溶け込み、「国際親善」になっているといってもいいくらいだ。
こういうばかばかしさの極みの話が僕は大好きだし、それなりにきちんと筋も通っていると思う。(これについても、人によっては別の意見もあるかもしれないが・・・。)
いずれにせよ、話のおもしろさは、まさに「抱腹絶倒」ものである。

椎名さんとも大変相性がいいので、この本も一日読み終わった。返す返す、「魂萌え」につきあった1ヶ月が悔やまれるところである。

四月になれば彼女は
川上 健一 実業之日本社 2005年8月23日読了 ISBN 4408534757



「翼よいつまでも」からしばらく間が空いて、川上健一久々の新作。「翼よ・・・」と、同工異曲と言えば言えるわけだが。また、24時間が一冊の本になったこと、高校卒業に関わる話であることは、夜ピクと似ていなくもない。(過ぎ去りゆく「青春」をテーマにするとこういう形になるのだろうか。)
どちらも自伝的な要素が強くその点も似ているわけだが、中身は随分違う。一方が「都会的」の極であれば、こちらは「田舎」の極であろう。とは言っても、過ぎ去っていく時への強い惜別の念あるいは憧憬の気持ちが描かれているという点では、ほとんど同じといってもいいのではないだろうか。もちろん偶然の一致であろうが、こういうテーマを描くとき、人はとても素直になれるという感じが、この本を読んでいても強くする。

みどりさんのような人が心にあれば、こういう本を書いてみたいと確かに思うだろう。

SPEED  The zombies series
金城 一紀 角川書店 2005年8月27日読了 ISBN 4048736264



ゾンビーズシリーズの第3作となるらしい。そのなかでは、「フライ、ダディ、フライ」が一番印象に残っているが、これも十分おもしろい。

もともと、彼の作品は、「マイノリティに対する社会のありよう」というテーマが常にあるように思うが、本作についてみれば、それほど強く出ていない。
もう一つの「エスタブリッシュメント社会に挑戦する」というテーマは本作でも健在であるが、それほど深く掘り下げられているわけではないので、単純な勧善懲悪ものと言えば言えなくもない。
それでも、とにかくおもしろい。読み終わったあとの爽快感という意味では、なかなかこれを凌ぐものはないように思う。

単なる「劇画」の一歩手前ではあるが、それでも、登場人物の魅力で「物語り」の枠に収まっていると思う。

ピアニストが見たピアニスト
青柳 いづみこ 白水社 2005年9月7日読了 ISBN 4560026629



アマゾンのベストセラーのリストに珍しい本が載っていたので思わず買ったもの。なるほど、それだけの値打ちのある本である。

演奏家が同業について色々書くというのは大変だろうと思うが、本書は実に良く書けている。
技術と芸術の関係、楽譜に書かれていること、いないこと。演奏家のオリジナリティーのあり方等々・・・。
特に、ピアノの演奏技術と表現の関係がこれほどまでに複雑で難しいものとは思わなかった。今さらながら深く感動。
私としては、素人には素人なりの聴き方があると思うので、今まで通り脳天気に聴くしかないとも思うが、演奏を聴くということにこれほどの奥行きがあるとは思ってもみなかった。深く感激。

今更気がついたのかと言われれば、返す言葉はないが、普通の音楽の聴き手は、こんなとこまで気がついていないのではないかと思う。(思いたい。)ヴァイオリンを少し弾いたことがあるので(恥ずかしくて言えないほどの経験しかないが)それでも、弦楽器の息づかいは多少は感じる。
ピアノについては、いかに何も知らないか思い知った。
ショパンをはじめとして、リスト、ラフマニノフ等々ピアノ中心の作曲家をあまり好きではなかったこともあるが、全くきちんと聴いたことがないということもよくわかった。ラベル、シューマン、ベートーベン等比較的好んで聴く作曲家でさえも、きちんとは聴いていないということもよくわかった。
これから、これらの曲をどれくらい聴くかは考えるところであるが、聴く以上相応の覚悟を持って聴かなければいけないような気がしてきた。

いずれにしても、おもしろい本だった。

ぼくのミステリな日常
若竹 七海 東京創元社 2005年9月8日読了 ISBN 4488417019



以前から、一度読みたいと思っていた若竹七海さんの本。処女作ながらも既に代表作の風格。
例の「50円硬貨の謎」の話しに絡んで、若い頃から日本のミステリ界で活躍してきたということは知っていたが、なるほどという感じである。

連作ミステリというのは良くあるパターンであるが、構成といい仕掛けといい、確かに良くできている。引っかかるところがないわけではないが、それも味わいの一つになっている。
女性には甘いという小生の傾向を割り引いても、確かにおもしろい本だと思う。

あまり近作にお目にかかっていないが、しばらく、若竹作品を文庫本を読んでみよう。

なんにもうまくいかないわ
平 安寿子 徳間書店 2005年9月9日読了 ISBN 4198619417



例の「平」節とでもいうべき本。

庶民派の女性の「嘆き」のようなものを物語にするという彼女の普段のスタイルからすれば、主人公(最後の作品をのぞいて)は、やや型破りというか、決して庶民派ではないのだが、それでも、いつも通りの痛快作に仕上がっている。

メジャーな作家ではないのかもしれない(平さんすいません)が、私は、結構気に入っている。

東京奇譚集
村上 春樹 新潮社 2005年9月20日読了 ISBN 4103534184



村上春樹の最新作。またまた、感心してしまう。(村上春樹の小説は多分全部読んでいるはずだが、読む度に感心している。)天賦のものとそれ以外のものの比率がどの程度なのかはわからないが、ちょっと他の人では太刀打できないところがあるのは確かだろう。

それぞれは関係のない物語を集めた短編集の形になっており、その共通点は、タイトルの通り「奇譚」である。「本当とは思えない本当の話」と最初に著者が登場して口火を切るという少し凝ったスタイルが、非常に効果的と思う。
ある種の「不在」のようなものが共通のテーマになっているような気がするが、それぞれが曰く言い難いメッセージを心に残す。最高傑作ではないかもしれないが十分傑作と言っていいのではないだろうか。
僕は、最初の方のいくつかのものの方が、後半の3作よりずっと心に残る。(少しばらつきがあるような気もする。)

これを読めば、また次作が読みたくなる事は確かだ。

震度0
横山 秀夫 朝日新聞社 2005年9月26日読了 ISBN 4022500417



快作が続く横山秀夫の最新作。

警察内部の出来事が極めてリアリティを持って描かれている。
警察に奉職したことも、警察官の知り合いもいないので真偽は判断できないが、警察の内部というのは多分この通りなのだろうと思わせる力がある。組織と人について書かせれば、今この人が一番力があるかもしれない。いささかデフォルメされているとは思うものの、我が身と身の回りを振り返ってみても、結局組織人の行動原理は、ここに書かれている程度かもしれないと思う。

ただ、とてもおもしろかったかというと、ちょっと不完全燃焼の気味が残る。同じ事件が起こったとしても、実際はこんなことにはなるまいという若干の苛立ちみたいなもが尾を引く。(言いがかりのような物だが。)
個人的には、「クライマーズ・ハイ」や「半落ち」にはやや及ばないように思ったが・・。

孤宿の人 (上・下)
宮部 みゆき 新人物往来社 2005年10月6日読了 ISBN 4404032579/4404032587



買ったまましばらく積んであったままになっていた宮部みゆき最新作を読了。

江戸時代の一小藩の政治・経済・社会全体を書いてなおリアリティーを失わない筆の力は毎度の事ながら大したもの。(社会をまるまる写し取ってみようという実験作のような意味合いがあるのかもしれない。或いは、己の筆の力に従っていけば、自然にこうなるのかもしれない。)

たしかに途中から筋は読めるし、「ほう」をのぞけばいささか人物も類型的という嫌いはあるが、分かっていても涙なしには読めないのだから、そういう意味でもすごいと思う。

彼女の作品に対しては、期待値が大きくなりすぎる(火車や理由や模倣犯のような稀代の傑作がたくさんあるから)ので、コメントもどうしてもちょっと辛口になるが、普通の水準で考えれば、これだって十分傑作だと思う。

スクランブル
若竹 七海 集英社 2005年10月8日読了 ISBN 4087472167



小生は、女流作家の学園ものにはどうしても評価が甘くなるが、これは十分おもしろい。

彼女の少し勢いのありすぎる(一歩間違うとやや悪趣味な)ユーモアが私は好きだが、この作品には良くあっていると思う。視点が変わっていくのに少しついて行きにくい(性格が随分違う人たちが順番に話し手になるのに文体があまり変わらないのは少し違和感がある)し、ミステリーそのものは、なんだかちょっと無理があるような気もするが、過ぎ去った青春を振り返るという大筋の趣旨から考えれば、これでいいのかなと。(やはりこの手の物には甘い。)

細かいところはおもしろいが、全体はどうかという点はこの作品にもあるようには思うが、勢いと雰囲気で読めばいいのだろう。

クレタ、神々の山へ
真保 裕一 岩波書店 2005年10月22日読了 ISBN 4000226126



真保さんの大ファンの小生ではあるが、この作品は(真保さんには申し訳ないが)、あまりおもしろくなかった。
せっかく、クレタ島の山々という絶好の場所を得ながら、描写は極めて平凡で、胸躍る感じがちっともしない。真保さんが、山が好きでないこと(仕事で仕方なしに登っていること)、従って、必要以上に冷静なこと。結果として、ちっとも、気持ちが書けていないこと・・・等々。
彼は、エッセイのような物は苦手なのかなとそんな気がする。

ネクロポリス(上・下)
恩田 陸 朝日新聞社 2005年11月6日読了 ISBN 4022500603/4022500611



これは、絵に描いたような恩田ワールドの物語である。

ご本人が作品の中で言っている通り、「ミステリとファンタジーとホラーを足したような世界」のお話しである。
それぞれのバランスが整っているかというと、必ずしもそうではないような気がする。
さらに、テーマが、「死生観」のような難しいものであり、加えて、あまりに人工的な(というか作為的な)舞台で話が進むこともあり、ちょっと感情移入をしきれないところもある。主人公にいろいろと語らせているが、こういう人工的なロケーションで、さらに説明的な表現を加えるのが、逆効果という気もする。(読みにくくなる。)

それでも、この長い長いお話しを、とてもおもしろく読み切ったのだから、それで十分だろう。
いずれにせよ、これだけのペースで本を出しているというのはすごい。きっと、「お話し」が心の中からから自然にあふれ出てくるのだろう。

秘密のミャンマー
椎名 誠 小学館 2005年11月10日読了 ISBN 4093940452



軍事政権下のミャンマーの見聞記というのは、どういう視点で書くものか、興味半分、心配半分で読んだが、椎名さんの旅行記はそういう点では全く心配ないということがわかった。

そこに暮らす人々の暮らしや考え方が淡々と的確に記録されている。当たり前の事ながら、軍事政権については、基本的には民衆に罪はないわけで、世界最貧国の人々の暮らしぶりを温かい目でレポートしている。
生活の隅々まで行き渡った仏教の影響力の強さも、熱帯の厳しいが実り豊かな自然も手に取るように伝わってくる。こういうものを書かせたら、右に出る人は少ないと思う。

どうして、そんな良い人々が集まった国が、あのようになってしまうのか、そのあたりは、1週間ほどの駆け足見聞記ではわからないが(椎名さんもそう言っている。)、一日も早くもっと自由で、もっと豊かな国になって欲しいと思う。
もっとも、豊かさとは何なのかというのは、本当に難しい問題だというのが、こういう本を読んでみるとよくわかる。

魔王
伊坂 幸太郎 講談社 2005年11月13日読了 ISBN 4062131463



「憲法9条」をテーマにエンターテインメント小説が書けるかどうかにチャレンジしたわけではないだろうが、本書は一言で言えばそういうことのような気がする。(とは言っても、この難しいテーマを、茶化しているわけでもなく、逃げているわけでもなく、きちんと本件に関わる問題点はきちんと書いてあると思う。)

政治的主張が本書の目的ではないだろうが、「クラレッタのスカートを直す」という行為に込められたメッセージは確実に伝わっていると思う。

このところの小泉ブームを見ていると、ここに書かれているようなことは本当に起こるかもしれないと感じられるので、時宜を得たテーマだと思う。あくまで物語であるので、読んでおもしろければそれでよいのだろうが、本書に関しては、おもしろかっただけではなかなか言い尽くせない気がする。

岩城音楽教室
岩城 宏之 光文社 2005年11月20日読了 ISBN 4334783767



この岩城さんはいただけない。

音楽教育に関しては、小生は勿論専門ではないが、それでも、楽典を学ぶ意味をあそこまで軽んじることはないだろう。まして、それ以外の分野の教育に関する彼の意見は、全く賛成できない。
おもしろおかしくするために、受け狙いのロジックで突っ走っているのは分かるが、そういう人なのかと思われてしまうのではないかと他人事ながら心配になってしまう。
昔に書かれた本なので、少し若気の至りということもあるのだろうが・・。

読書歯車のねじまき仕事
椎名 誠 本の雑誌社 2005年12月5日読了 ISBN 4860110463



椎名さんの本に関する本は安心して読める。活字と本を愛する心意気が実に共感できるし、また、本を選ぶ目線も大変納得できる。彼のような人が活字文化を守るのに果たしている役割はとても大きいと思う。

小生も、日本の活字文化は一体どうなってしまうのだろうかと思う。良い本が世の中に送り出されなくなったら一体どうなるのだろうと思う。そんなことはないような気がするし、そういうことは起こりそうな気もしている。
また、ネット書店が隆盛を極める中、「書店文化」がどうなってしまうのだろうという思いもある。本書でも「ブックオフ」を否定的にコメントしているが、全く同感である。
さらには、書店文化の前に、まず、「古書店文化」が既に風前の灯火であるように思えるのだが・・・。

東京少年
小林 信彦 新潮社 2005年12月10日読了 ISBN 4103318260



これは自伝ではなく自伝的小説だと筆者は言うが、ほとんど全編が事実に即していると思われる。

それにしても、子供(少年)の目でとらえた戦争中の日本が、生々しくその時代の風景を伝えてくれるように思われるのはなぜだろう。(随分趣は違うが妹尾河童の「少年H」を読んだ時もそう思った。)
今年は戦後60年という事で、NHKを初めとして、いろいろなところで、当時の様子を再現しようとする様々な試みがあったが、そういう物より、この1冊の本の方から、はるかにいろいろなことが伝わってくる。

「大人になりかけの少年」の視点でこれだけいろいろな物が見えてくるのだから、(もちろん小林信彦の腕の確かさはあるが、)同時代を生きてきた大人たちにも、もう少しきちんとした発言や総括をいていただく必要があるのではないかとあらためて思う。

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