重力ピエロ
伊坂 幸太郎 新潮社 2004年1月3日読了 ISBN 4104596019



昨年の「このミス」でこの作者のことを初めて知った。東北大卒の元「SE」という異色のキャリアの持ち主らしい。

おもしろかった。こういうのはとても好きである。

まず文章がよい。文体もよい。とてもしゃれていると思う。
テーマは、考えようによっては重い。「本当はどうあるべきなのだろう」と思わせるものである。しかし、それをこの作品は実に適切に扱っていて、十分共感できる。「白夜行」や「永遠の仔」と対極をなすテーマだが、家族と血の問題をミステリーにすればこうなるのだろう。DNAに対する態度も実に適切。謎解きも過不足なく、登場人物もエキセントリックに過ぎず、それでいて十分カッコイイ。

同じSEとして、小生にもこういう物が書けないだろうかと思わず考えたりもするが・・・。

2年越しの本となったが、年頭に読む本としては、なかなか良かったと思う。今年もがんばって本を読もう。

蹴りたい背中
綿矢 りさ 河出書房新社 2004年1月17日読了 ISBN 4309015700



話題の19才の美少女芥川賞作家ということもあり、また、最近購入したSigmarionIIIのブンコビューアというおもしろい道具もあり、電子本をダウンロードして読んでみた。(ふつうに買うと1,000円だが、電子出版だと670円。それでもちょっと高いと思うが・・・。)

読んでみて、そのおもしろさに驚いた。その前も、「インストール」なる本で話題を集めていたが、確かに才能豊かな人なのだろう。
最近の芥川賞作はつまらないと勝手に決めているのでしばらく敬遠していたが、出版ビジネスの世界にも何とかしたいという気はあるのかもしれない。(アマゾンで調べても、こちらが売り上げナンバーワン、もう一つの「蛇にピアス」がナンバーツーになっていたから、それなりに狙いは当たっているといえるのではないか。)
「内にこもる」ことを基調とするのこれまでの芥川賞作品の趣とは違い、開かれた世界が描かれているように思う。「青春もの」は言い過ぎだろうが、「等身大の女子高校生」というありきたりの表現で、あまり間違ってはいない。
新聞各紙が、一様に言っていたように、「真価はこれから」だろうが、楽しみであることは間違いないと思う。一皮もふた皮もむけて、大人の作家に成長してほしい。

インストール
綿矢 りさ 河出書房新社 2004年1月18日読了 ISBN 4309014372



昨日の「蹴りたい背中」に次いで、彼女のデビュー作を読了。(これも電子書籍で)

「押入の中で、ネットで風俗嬢を装ってチャット」という想定は、考えようによっては随分陳腐、ありきたりであるが、それでも、生き生きとしたというより生々しい息づかいのようなもので、読み手をその気にさせてしまうのだから、これは才能なのだろう。
当時は現役の高校生であった著者と、主人公との距離の近さは、やはり、読み手に強い影響を与えていると思う。(そういう意味でも、妙に生々しくなってしまう。これは、特権と言えば、特権なのだから、これを活かすことには何の異存もないが、この先どうなっていくのだろうという興味が、やはり一番大きいと思う。)

好き嫌いで言えば、嫌いという人は少ないと思われるその素直な「勢い」が、持続することを読み手としては期待する。
なお、今日、紀伊国屋をのぞいてみたら、「蹴りたい背中」は売り切れであった。本屋に行かずに手に入れることができる電子本ならでは強みというところか。

陽気なギャングが地球を回す
伊坂 幸太郎 祥伝社 2004年1月21日読了 ISBN 4396207557



「重力ピエロ」が面白かったのでこれも読む。

この本は、「重力ピエロ」とは趣は相当異なるが、爽快感という意味では、こちらもなかなかのものである。重力ピエロが、一定の社会性をベースにした爽快感を持っていたわけであるが、こちらの方は、おおよそそういうものとは縁が遠い。それでも、これはこれでいいかと思わせるものを持っている。

この本は、暴力性を売りにした「ハードボイルド」でもないし、「日常の謎」派でもない。宮部さんのような天性のストーリーテラーとも少し違う。真保さんのような「社会性」みたいなものとも全然違う。きれいなシナリオと、連続する伏線と、しゃれた会話をのぞけば、ほとんど何も残らないと言っていい。それは、しかし、物足りなさではなく、無駄のない充足感をもたらす。本人が、あとがきに「90分の映画がいい」と書いているが、おそらくそういう自信があったのだろうと思う。

スペース
加納 朋子 東京創元社 2004年6月19日読了 ISBN 4488012981



実に久しぶりの読書記録となる。これほどの間きちんと本を読まなかったのは、物心ついて以来初めてかもしれない・・・。
でも、あまり読む気がしないときは、無理に読まない方がいいというのは、確かな経験則でもある。

久しぶりに本が読みたくなって、加納朋子さんの新作を、今朝、同僚の結婚式のために大阪を往復するつれづれにと思って、手に取ったのだが、往復の新幹線で読み終わってしまった。やはり好きな作家の本というのは、何物にも代え難い。(人生で一番幸せな時間かもしれない。)

ななつのこ、魔法飛行の続編とのことで、是非3冊続けて読んでくださいという作者のお願いにもかかわらず、これだけを読んでしまった。(もちろん、以前に前の2冊は読んでいるのだが。)
それでも、とてもおもしろかった、偶然の織りなす二つの恋愛物語ということになるのだが、もちろん、完全に彼女流にアレンジされている。それを実に快く思うのは、ファンだからだろう。

「人間ていいな」という感じが出るのが、彼女の力だろう。
これにて読書休止期間終了としたい。

チルドレン
伊坂 幸太郎 講談社 2004年6月24日読了 ISBN 4062124424



伊坂さんにはまっている。評判に違わず、これもおもしろい。

軽妙な語り口、文体・・・。
前も書いたが、元システムエンジニアというのは、なんか親近感ある。以前は、作家の誰かになれるなら北村薫になりたいと思っていたが、今は、この伊坂幸太郎さんかという気がする。この人には、結構本気で感心している。

Q&A
恩田 陸 幻冬舎 2004年6月26日読了 ISBN 4344006232



ごひいき恩田さんの新作故、もちろんおもしろい。

最近の人間系のシステムのもろさを的確について説得力のある物語とも思う。本書の形式は、村上春樹の「アンダーグラウンド」に、雰囲気が似ている。(こちらはフィクションだから根本的なところが違うが。)
最後に残る、後味の悪さが、狙いの一つだろうが、私には、素直に感情移入するのは、少し難しいような気がする。(どうしても奇跡の少女のくだりだけは、ピンとこないのだが。)

次はお得意の学園もののようだから、期待しましょう。

ラッシュライフ
伊坂 幸太郎 新潮社 2004年7月4日読了 ISBN 4106027704



「愚直」のシンボルである、「年老いた捨て犬」を守り抜くというお話。その対価として得た「何億円もの当たりくじ」で、彼が幸せになったのかどうかはわからない。(当たりくじを引き換え大金を手にしたかどうかも。)

最近の世の中のルールに疲れた大人向けのおとぎ話である。
いくつかのお話をバラバラにして、時間順も崩して並び替えるというこの本の語り口は、よくある手口と思う。もちろん、それはそれでよくできているのだが、結局、この話を支えているのは、「愚直さ」で、時代に抗おうという「志」である。

伊坂さんの本は、もう3冊読んだので、少しその心はわかってきたような気がする。
それは割に単純だし、ちょっと、気恥ずかしいようなところもあるのだが、その気恥ずかしさを、繊細に表現できるところが、彼の彼たる所以だろう。これを、恥ずかしげも無くやれば、それは、ただの「鈍感」になってしまう。(それでも、そういうのが最近結構多いと思う。)そうならない奥ゆかしさに共感できる気がする。

地図にない国
川上 健一 双葉社 2004年7月22日読了 ISBN 4575234966



スポーツ作家らしい、闘牛士と野球選手のお話。
さらに、所はスペインバスク地方で、内戦が話に絡む。 複雑になりそうな設定をしながら、話は、きちんと筋が通ってすっきりしている。
いつも思うが、話の終わり方は本当に難しい。欲を言えば、読み手としては、できればもう少しきちんと終わって欲しいと思うのだが。 (逃げられたような気がする。) まあ、しかし、読んでいると、牛まつりの喧噪が伝わってくるようで、楽しかった。
おかげでサングリアを1本買ってしまった。

ぱいかじ南海作戦
椎名 誠 新潮社 2004年7月30日読了 ISBN 4103456167



椎名さんの本は、(彼のエッセイをたくさん読んでいることもあるのだが)どうも現実とフィクションの区別がうまくつかないようなものが多いように思っていたのだが、これは、(確かに、彼のエッセイそのままの現実が描かれてはいるが、)極めて気持ちのよい、フィクションらしいフィクションである。(今まで読んだ彼の小説の中では一番おもしろかったかもしれない。)

別に何も難しいこと言わずに、ただただ楽しくお話を追いかければよい上質の娯楽小説であるので、何かコメントをつけるのは野暮であるが、彼のライフスタイル、彼の人生観、そして、彼が持論とする現代消費社会への皮肉、いずれも、問わず語りに、うまく書き込まれていると思う。

またまた思うことだが、物語の終わり方は難しい。欲を言えば、この物語も、こういう逃げ方はして欲しくなかったという気はする。まあ、しかし、それは、欲張りすぎであろう。
夏らしい、本当にビールがうまくなる楽しい物語であった。こういうものを、量産してもらうのもいいかもしれない。

アヒルと鴨のコインロッカー
伊坂 幸太郎 東京創元社 2004年8月20日読了 ISBN 4488017002



彼の作品は、いつも不思議な味わいを残す。
超能力やサイコが登場するわけではないが、かといって、とても現実的かというとそうでもない。
その、「虚実皮膜」感(?)がおもしろい。
そしてもう一つの持ち味が、世の中に対する「諦観」というと大げさであるが、世の中の悪さ加減とでも言うべきものに対する、怒りというよりは、あきらめの雰囲気。(本当にあきらめているわけではないと思うが。)
その淡々とした流れと、ちょっと新鮮なトリックが、最初に言ったように不思議な味わいを与えるのであろう。

伊坂さんの本に相変わらずはまっているが、いずれにせよ、この強い個性と才能は、かなりのものと思う。

海のふた
よしもと ばなな ロッキング・オン 2004年8月26日読了 ISBN 4860520378



前作「デッドエンドの思い出」に感動したが、これも良い。

前作は、「ゆるし」と「癒し」と「和解」の物語と書いたが、本作は、似ているようでかなり違う。「癒し」と「和解」はあるが、「ゆるし」はない。むしろ、静かな「怒り」の物語である。それは、失われたものに対する「喪失」の物語でもあるが、さらに、失うことの原因になった「人間」に対する、強い「怒り」の物語になっていると思う。
そして、それだけの物語を、全編をほとんどダイアローグでつづる才能には、全く舌を巻く。
昔、安部公房の小説に、半身をやけどした女性の話があった。これも何かを象徴していたが、この物語の女性の傷あとも、強く何かを象徴している。形は似ているが、しかし、その二つは随分違うと思う。それは、よしもとばななのお父さんの時代と、今との違いを表しているようにも思う。
彼女の、解決への方針は、大変小さく、心許ない。「一人ができること」に対する、信念が、この二つの世代の間で大きく揺らいだ結果と思う。志せば何でもできると信じていた時代と、そうでない今と。

二つの世代の間にあるものは、「人間が為してきたこと」への不信感、「人間が為せること」への自信喪失感。その中でどういう希望を見いだすか。これを小市民的と考えるかどうか、なかなか難しいと思う。

夜のピクニック
恩田 陸 新潮社 2004年9月10日読了 ISBN 4103971053



ファン待望の恩田陸さんお得意の学園もの。

ミステリーと言うほどの華々しいストーリーもなく、特に際だったテーマがあるわけでもない。それでも素晴らしくおもしろいのは、彼女の腕である。

「青春もの」とくくってしまえば、実も蓋もないが、何か感想を述べよと言われれば、高校三年生のあの時代のときめき、人生への不安と期待が、実にうまく表現されているという、ありきたりの言葉しか思いつかない。
それでも、たった一晩それも、歩きながら起こったことだけで、これだけのことを語れるのだから、実にたいしたものである。

「青春を物語にして見よ。」という課題を与えられたら、これがまさに模範解答だろうと思う。

(後日記)これも本屋大賞作品作となった。2年続けて、本屋大賞作品作を発売間もなく読んだのは幸運と思う。(恩田陸のファンとして、本作は当然はずせない物だが。)人に読んでもらいたい本(=売りたい本)という視点は、結構確かな視点だと思う。大家が選ぶXX賞よりずっといいのでは・・・。

アフターダーク
村上 春樹 講談社 2004年9月16日読了 ISBN 4062125366



待望の村上春樹の新作とは、書店に平積みされ、どんどん買われていっているようだ。

ムラカミハルキワールドの色濃いお話だと思う。最初のページから、その「夜」の世界に引き込まれ、空が白むまで、夜によってもたらされる非日常の世界とリアルワールドの断面が様々な角度で交錯する。

マリという魅力的なキャラクターが、エリという人形のような(名実ともに)キャラクターと一対を為す。
おもしろいと思うのだが、どうしてもその「エリ」という異質なキャラクターが、心に落ちてこない気がする。何かのメッセージなのだと思うのだが(それを何となく感じることはできるのだが)、でも、心には響かない。
こちらの読み方が悪いのだろうが、「エリ」のシーンの「視点」の強調とともに何となく消化不良の感じが残る。

もちろん、小説として何の不備もないし、読んでいれば十分おもしろいし、夜が明けていくあの切実な感じは、さすがにハルキワールドである。ということで、こちらが、高望みしすぎなのかもしれない。

グラスホッパー
伊坂 幸太郎 角川書店 2004年9月19日読了 ISBN 4048735470



伊坂作品、今年に入って4冊目。これは、ちょっとよくわからない感じもする。

伊坂幸太郎らしい、ユーモラスなタッチ、軽妙な文体はいつも通り。話の展開も、まあまあと思う。
しかし、結局この小説のメッセージは何だろうとふと思う。本来メッセージ性の強い物語を書く人だから、きっとあるのだろう思うけれど、それが、「増えすぎると茶色で凶暴になるバッタ」ということはないと思う。(別にメッセージなど解読できなくても良いという人もいるだろうけれど。)

それと、先が読める。伏線としては、少し単純すぎるように思う。
妻を亡くした悲しみと、それに対する和解の物語と読めば一番素直なのだが、そのメッセージは、あまりに強すぎる。どこまでが現実で、どこからが虚構かわからないままに、妻を亡くさせた力に徹底的に逆らうというこの物語の骨組みが、妙に生々しくて、抽象性のレベルを少し混乱させているように思う。それが、本書を読むのを少し難しくしているのでは・・・。

真夜中の神話
真保 裕一 文藝春秋 2004年11月20日読了 ISBN 416323330X



本書は、真保さんの本だけあって、実にきちんとかかれている。(最近の彼の本と少し毛色が違うが。)

ベースが、インドネシアの山深くに特殊能力を持つ少女の話であり、それを彩るのが「吸血鬼伝説」という道具立てなので、いったいどういう話になるのだろうと思ったのだが、さすが、人生にこれ以上まじめな人はいないのではという彼のこととて、極めて格調高く宗教と人類に対する思いを書き込んでいる。
細かく読むと「?」と言うところもあるような気がするのだが、全く飽きず、また、文句も言わせずに読み通すことができる。
いつも思うが、「人の心」に対する暖かな信頼感は、彼の持ち味だろう。
たくさんの「白馬の騎士」候補がいる中で本物はどれかというストーリーも多少陳腐だし、結果として、良い者と悪者に分かれてしまうのは、ちょっとどうかなと言う感じもあるが、それでも、全体としてはおもしろい。

それにしても、よくこんな道具立てを思いつくものである。いくら「プロ」とはいえ、本当に感心してしまう。

花のうた紀行
馬場 あき子 新書館 2004年12月12日読了 ISBN 4403210856



久しぶりに馬場あき子さんのうたに関する本を読む。やはり僕は、和歌が好きだし、死ぬまでに一度は、自分でも詠んでみたいとも思っている。(ちょっととても実現しそうにない。でも、まあ、これからの人生はそこそこ長いのだから、今からあきらめることもないだろうが。)

日本人の文化とか、日本の伝統とか、日本人ならではの感性とか、あまりそういう言葉は使いたくないが、やはり、「花」というのはその土地の風土をもっともよく表すものであろう。(間違うと、大和心は桜の花だなどという調子のとんでもなく型にはまった物になってしまうが。)

こういう優れた歌を読んでいると、人の心と花の美しさとの結びつきは、本当に強いものだしみじみと思う。

愚か者死すべし
原 ォ 早川書房 2004年12月12日読了 ISBN 4152086068



どれを読んでも間違いなくおもしろい人というのは、何人かいると思うのだが、万人がそれを認める人となるとそれほどはいないのではないだろうか。
推理小説(ミステリーではなく)界では、原ォほど、その条件に近い人はいないと思う。惜しむらくは、もう少し早いピッチで書いてくれたらと思うのだが、作品の質の高さと、量産ペースとは当然裏腹の関係にあるのだろう。

久しぶりに原さんのの本を読んだが、実におもしろかった。筋立てや謎解きももちろんおもしろいのだが、詰まるところ彼のおもしろさは、一つ一つの文章そのものにあるのだと思う。
こういうおはなしの常として、あまりの偶然がたくさん出てくるし、ほとんど神のようなひらめきも相変わらずであるが、そういうものをはるかに通り越しておもしろいと思う。
「本格物」といわれている推理小説がちっともおもしろくないのは、結局のところ技術に追われ、文章を読む楽しみを大切にしていないからだと僕は思う。(例外はあるのだろうが、僕はあまり知らない。)

巻末の作者のコメントによれば、今後は刊行のペースがあがるとのこと。大いに期待したい。(決して内容が粗末にならないことを期待しつつ・・・。)

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