1.事案の概要
X(原告)は,昭和51年6月25日,名称を「鉄族元素とほう素とを含む無定形合金」とする発明(以下「本願発明」という。)につき,1975年6月26日及び1975年11月28日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(昭和51年特許願第74554号)をしたところ,昭和58年7月4日拒絶査定を受けたので,昭和58年11月1日審判を請求した。特許庁は,昭和58年審判第22017号事件として審理した結果,昭和59年11月13日,「本願発明は,昭和49年特許出願公開第91014号公報(以下「引用例」という。)記載の発明と同一であると認められるので,特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができない」として「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした。
本願発明の要旨は,以下のとおりである。
「下記の一群の式の中から選ばれるいずれか一つの式で表わされる組成を実質上有し,少なくとも50%非晶質であり,改善された極限引張強さと硬度とを有する熱安定性非晶質金属合金(ただし非晶質金属針金である場合を除く。);
MaBe,MaM’bBe,MaCrcBe,MaM”dBe,MaM’bCrcBe,MaM’bM”dBeおよびMaCrcM”dBe;
〔ただし,上記式中,Mは鉄,コバルト及びニッケルよりなる群から選ばれる一の元素であり;M’は鉄,コバルト及びニッケルよりなる群から選ばれるM以外の一又は二の元素であり;M”はバナジウム,マンガン,モリブデン,タングステン,ニオブ及びタンタルからなる群から選ばれる少くとも一の元素であり;aは40〜85原子%を表わし;bは45原子%以下を表わし;cは20原子%以下を表わし;dは20原子%以下を表わし;そしてeは15〜25原子%を表わす。〕
X出訴。
2.争点
本願発明は引用例記載の発明と同一であるか。
3.判決
請求棄却。
4.判断
「一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯),二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は,当事者間に争いがない。
二 そこで,X主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1(一)成立に争いのない甲第2号証の1ないし4によれば,本願発明は,前記本願発明の要旨記載の一般式で示される組成を実質上有し,少なくとも50%非晶質であり,改善された極限引張強さと硬度とを有する熱安定性のある非晶質金属合金(ただし非晶質金属針金である場合を除く。)に係るものであつて,タイヤコードフイラメント,かみそりの刃片などの用途に適しているものであること・・・が認められる。
(二)一方,成立に争いのない甲第3号証によれば,引用例記載の非晶質金属合金は,引用例の明細書の項の特許請求の範囲第10項に記載された,式:TiXj(式中Tは遷移金属又はそれらの混合物,Xはアルミニウム,アンチモン,ベリリウム,ホウ素,ゲルマニウム,炭素,インジウム,リン及びシリコンからなる群から選択される元素又はそれらの混合物:iとjとは原子数百分率であり,その和が100になるという条件でそれぞれ約70〜87,約13〜30である。)の無定形金属針金であること,引用例の明細書の項の発明の詳細な説明には,・・・と記載されていることが認められる。
右認定の記載によれば,引用例記載の発明は,簡単な方法により高度の安定性を持ち,かつ望ましい物理特性を持つ針金状,すなわち横断面がほぼ円形のフイラメント状の無定形合金を得ることを目的とし,その式TiXjの組成で示される合金は,引張強さ,硬度,熱安定性を有し,タイヤコードなどの用途を有するものと認められ,引用例にいう「無定形」が本願発明にいう「非晶質」を意味することは前掲甲第3号証全体の記載内容から明らかである。
(三)前記(一)及び(二)の認定事実に基づいて,本願発明と引用例記載の発明とを対比すると,本願発明の非晶質金属合金の組成を示す一般式における成分M(鉄,コバルト,ニツケルの群から選ばれる一の元素),M’(鉄,コバルト,ニツケルの群から選ばれるM以外の一又は二の元素),Cr(クロム),M”(バナジウム,マンガン,モリブデン,タングステン,ニオブ,タンタルの群から選ばれる少くとも一の元素)は,いずれも引用例の明細書の項の特許請求の範囲に記載された非晶質金属合金の組成を示す一般式においてT成分とされた遷移金属又はそれらの混合物(前掲甲第3号証によれば,右明細書の項の発明の詳細な説明において,T成分のうち遷移金属は,スカンジウム,イツトリウム,ランタン,アクチニウム,チタン,ジルコニウム,ハフニウム,バナジウム,ニオビウム(ニオブ),タンタル,クロム,モリブデン,タングステン,マンガン,テクネチウム,レニウム,鉄,ルテニウム,オスミウム,コバルト,ロジウム,イリジウム,ニツケル,パラジウム,プラチナ,銅,銀,金を含み,T成分は右遷移金属又はそれらの混合物・・・であるとされていることが認められる。)に包含されるものであり,また,本願発明の非晶質金属合金の組成の中の右M,M’,Cr,M”以外の成分であるB(ホウ素)は,引用例記載の非晶質合金を示す一般式におけるX成分(アルミニウム,アンチモン,べリリウム,ホウ素,ゲルマニウム,炭素,インジウム,リン,シリコンからなる群から選択される元素又はそれらの混合物)に包含されるものであることが明らかであるから,本願発明の非晶質金属合金の成分及び成分割合は引用例記載の非晶質金属合金の成分及び成分割合に包含され,両者はその構成において上位概念(引用例記載の発明)と下位概念(本願発明)の関係にあるというべきである。
そして,前記(一)及び(二)認定事実によれば,本願発明の非晶質金属合金と引用例記載の非晶質金属合金とは引張強さ,硬度及び熱安定性を有するものであることにおいて同一性質のものであるということができる。
なお,本願発明の要旨における「改善された極限引張強さと硬度とを有する熱安定性」なる性質の限定が,この性質が要求される種々の用途を総括的に表現するものとしても理解できるとして,本願発明及びこれと同じ性質を持つ引用例記載の発明の用途の異同をみるに,前記(一)及び(二)の認定事実によれば,両発明に係る非晶質合金はいずれもタイヤコードに供されるものであることにおいて共通するものであるということができる。
この点についてXは,Yの本願発明と引用例記載の発明の効果の対比に関する主張に対する反論中で,引用例に用途としてタイヤコードが記載されていても,引用例記載の発明の目的,その成分及び成分割合が広範囲であること,引用例に熱安定性に優れていることの認識がないこと,引用例記載の発明の出願当時,タイヤコードに実用可能な非晶質金属合金は存在しなかつたことなどを挙げて,用途の潜在的可能性として述べられているにすぎない旨主張する。
しかしながら,引用例には,前述のとおり,この発明の一つの目的は・・・と記載され,かつ,この発明の特性は・・・と記載されているほか,前掲甲第3号証によれば,引用例には実施例2として・・・との記載があること,Xの指摘するとおり・・・との記載が存するが,右記載は,その前段の・・・との記載,及び後段の・・・との記載からみて,引用例記載の非晶質金属合金針金は溶融物を直接冷却したのみで,すでに高引張強度の製品が得られるので,通常の結晶質の金属にしばしば用いられる引張強度向上のための熱処理を省略することができることを教示しているものであり,引用例には熱安定性に対する認識がないとか,引用例が熱処理を避けることを示唆しているとかいうことはできないことが認められ,引用例は,叙上のとおり熱安定性に優れた非晶質金属合金を提供することをその発明の目的とし,その成分及び成分割合のものは熱安定性に優れていることを説明した上,その用途としてタイヤコードを開示しているものであるから,仮に引用例記載の発明に係るような非晶質金属合金のタイヤコードとしての実用可能性が確認されたのが引用例記載の発明の出願後であつたとしても,引用例記載の発明は熱安定性の点で本願発明と共通のタイヤコードという用途に供されるものというべきであつて,Xの前記主張は理由がない。
2(一)Xは,本願発明は,引用例記載の発明の式TiXjにおけるX成分としてホウ素のみを選択することを必須要件とし,これによつて顕著な効果を奏するものであるから,いわゆる選択発明として特許すべきである旨主張する。
いわゆる選択発明は,構成要件の中の全部又は一部が上位概念で表現された先行発明に対し,その上位概念に包含される下位概念で表現された発明であつて,先行発明が記載された刊行物中に具体的に開示されていないものを構成要件として選択した発明をいい,この発明が先行発明を記載した刊行物に開示されていない顕著な効果,すなわち,先行発明によつて奏される効果とは異質の効果,又は同質の効果であるが際立つて優れた効果を奏する場合には先行発明とは独立した別個の発明として特許性を認めるのが相当である。この選択発明の特許性は,従来主として有機化合物の技術分野において問題とされてきたが,本願発明のような合金の技術分野においても成立し得るものと解すべきである。
そして,選択発明とされるものが先行発明が記載された刊行物(以下刊行物が明細書であつて,先行発明が特許請求の範囲に記載されている場合について述べる。)中に具体的に開示されていないかどうかは,もとより先行発明の明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて判断すべきものであるが,右判断は,特許請求の範囲に要約された当該発明の構成に関する発明の詳細な説明の記載を実施例の記載を含めて斟酌してなすべきものと考えられる。
(二)本願発明の非晶質金属合金の成分及び成分割合は引用例記載の非晶質金属合金の成分及び成分割合に包含され,両者はその構成において上位概念(引用例記載の発明)と下位概念(本願発明)の関係にあり,かつ,両者は引張強さ,硬度及び熱安定性を有するものであることにおいて同一性質のものであることは前記1認定のとおりであり,前掲甲第3号証によれば,引用例に記載された実施例1ないし29中には,式TiXjにおけるX成分としてホウ素のみを選択した非晶質金属合金は一例もなく,発明の詳細な説明中にこの点についての具体的な開示は存しないことが認められる。
したがつて,本願発明の非晶質金属合金の持つている前記引張強さ,硬度及び熱安定性という性質によつて把握される本願発明の効果が引用例記載の発明に比して際立つて優れたものであることが認められる場合には,本願発明は引用例記載の発明とは別個の発明として特許性を付与されるというべきである。
Yは,選択発明の成立要件の一つとして後行発明が先行発明を記載した刊行物中に具体的に記載されていないことを要するとした上で,合金に関する発明である本願発明及び引用例記載の発明についても,有機化合物の用途発明についてとられている処理の仕方と同様に,先行発明の特許請求の範囲に記載された化合物の各部位の置換基がマーカツシユ型式によつて限定されている場合には,一つの特許請求の範囲に記載された化合物に該当する化合物で実施例に挙げられていないものについては,実施例に挙げられている化合物と均等な効果を奏するという意味において実質的に記載があるものとみるべきところ,引用例記載の発明は特許請求の範囲において構成要件の一部がマーカツシユ型式で限定されているから,引用例に記載の実施例1ないし29中にはX成分としてホウ素を単独で含む例は一例もないとはいえ,右実施例はすべてがX成分としてホウ素のみを含む合金と均等な合金についての実施例というべきであり,その結果として,引用例にはX成分としてホウ素のみを含む合金についても実質的に開示があつたことになる旨主張する。
いわゆるマーカツシユ型式は,化学関係特許に用いられる特許請求の範囲の表現型式であつて,2以上の物質又は官能基等の名を列記し,「そのなかから選択されたもの」という型式でこれを表現するものであり,引用例の式TiXjにおけるX成分が形式的にはこの型式を用いたものであることは前記1(二)認定の事実から明らかであるが,マーカツシユ型式で記載されているからといつて,特許請求の範囲に記載された物質又は成分割合のおのおのについて具体的技術内容が開示されていないのに,その開示されていない物質又は成分割合を選択したものについても,これが実質的に開示されているとすることは,単なる擬制にほかならないのみならず,およそ先行発明の特許請求の範囲がマーカツシユ型式で表現されている場合は,たとえ後行発明が顕著な作用効果を奏することが証明されても,選択発明の特許出願をいわば門口で退けることにもなり,相当でない。
ちなみに,産業別審査基準「有機高分子化合物」(その1)には,明細書の特許請求の範囲の記載が特許法第36条所定の要件を備えているかどうかの判断基準の一つとして,特許請求の範囲の表現型式としての一群の化合物の総括的表現(上位概念又はマーカツシユ型式による表現を含む。)は,「それに内包される個々の化合物が,その発明において発明の作用および効果上均等であることを認めうる場合以外は原則としてこれを使用してはならない。」(3.62)と定められているが,これは,総括的表現に内包される個々の化合物が発明としての作用効果上均等であると認め得る場合でなければ,明細書がその発明をまとまりのある一つの技術的思想として開示したことにならないのみならず,明細書の発明の詳細な説明に照らし,個々の化合物が発明としての作用効果上均等であると認め得ない場合には,発明の詳細な説明の記載と一群の化合物を総括的に表現した特許請求の範囲の記載との脈落が断たれ,特許請求の範囲の記載が発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したことにならないからにほかならず,右判断基準はもとより相当であり,その考え方は合金の場合にこれを準用することができるが,そうであるからといつて,選択発明の成否を決めるに当つて,後行発明が,先行発明が記載された明細書に具体的に記載されていないかどうかを検討する場合,Y主張のように先行発明の特許請求の範囲がマーカツシユ型式で表現されているときは,明細書に実施例として具体的に挙げられていない組成物も,実施例に挙げられている組成物と均等な効果を奏するはずのものであるから,実質的に開示されているものとみるべきであるとして,選択発明の成立を認めないことは,先行発明の明細書に具体的に開示されている化合物であればこそ,そのような化合物をことあらためて後行発明の内容として特許を求めることは特許制度の趣旨に添わないから許されないとする選択発明の成立要件の意義及び限界から大きく離れることとなり,到底首肯することはできない。それゆえ,Yの主張は採用できない。
(三)そこで,本願発明は,引用例記載の発明と対比して,引張り強さ,硬度,及び熱安定性において際立つて優れた効果を奏するものであるかについて検討する。
(1)まず,引張り強さについては,引用例には,前述のとおり35万psi(350ksi)までの引張強さはその冷却状態で得られたとの記載があり,かつ,前掲甲第3号証によれば,引用例記載の発明の実施例1に,成分Fe,P,C,SiおよびAlの生成混合物からなる合金:Fe76P15C5Al3Si1が35万psiの引張強さを示した・・・と記載されていることが認められるのに対し,成立に争いのない甲第4号証(アーネスト・デイ・バフ作成の書簡)によれば,右書簡には,本願発明の成分及び成分割合に属するMaBe,MaM’bBe,MaCrcBe,MaM’bCrcBe,MaM”dBe,MaM’bM”dBe,MaCrcM”dBeの合計45例(ただし,一例において,「具体的金属」欄にホウ素の記載をその原子%の表示と共に脱漏している。)について,硬度(DPH),極限引張強度(Ksi),結晶化温度(度C)を実験した結果が記載されているが,その中のFe85B15,Ni58Mn20B22,Ni65Mo20B15の極限引張強度はそれぞれ352ksi,353ksi,365ksiであることが認められるから,本願発明の成分及び成分割合に属する右以外の例における極限引張強度がこの数値より非常に高いものであつても,本願発明の非晶質金属合金のすべてが引用例に具体的に記載された非晶質金属合金より引張強さの点で格別際立つて優れているということはできない。
(2)次に,硬度については,引用例には,前述のとおり引用例記載の非晶質金属合金の持つ物理特性の一つとして高硬度が挙げられているから,硬度において優れているものということができるが,前掲甲第3号証によれば,引用例には硬度についての具体的な数値は示されていないことが認められるから,引用例の記載そのものから本願発明と引用例記載の発明の効果を対比することはできない。しかしながら,前掲甲第2号証の1ないし4によれば,本願明細書・・・には,引用例たる公開特許公報の明細書の特許請求の範囲(1)に記載された式MaYbZcを持つものとともに式TiXjを持つものが記載され,「これら非晶質合金が発明された時これら合金は当時知られている多結晶質合金より優れた機械的性質を示した。この様な優れた機械的性質としては35万psiに達する極限引張強度,約600〜750DPHの硬度値及び良い延性がある。」と記載されていることが認められ,ほかに引用例記載の非晶質金属合金の硬度が右記載と異なることを認めるに足りる証拠はないから,引用例記載の非結晶金属合金の硬度は本願明細書の右記載に従つて約600〜750DPHであると認めるのが相当である。
これに対し,前掲甲第4号証によれば,本題発明の成分及び成分割合に属するFe85B15,Ni58Mn20B22,Ni65Mo20B15の硬度はそれぞれ743DPH,747DPH,771DPHであることが認められるから,本願発明の成分及び成分割合に属する右以外の例における硬度がこの数値より非常に高いものであつても,本願発明の非晶質金属合金のすべてが引用例に具体的に記載された非晶質金属合金より硬度の点で際立つて優れているということはできない。
(3)さらに,熱安定性については,引用例は,前述のとおり,熱安定性に優れた非晶質金属合金を提供することを目的とすることを開示し,その成分及び成分割合のものは一層熱安定性に優れているとの記載があるが,前掲甲第3号証によれば,引用例にはこの熱安定性を結晶化温度をもつて具体的に記載していないことが認められ,ほかに引用例記載の非晶質金属合金の結晶化温度を認めるに足りる証拠は存しない。
一方,前掲甲第4号証によれば,本願発明の成分及び成分割合に属する非晶質金属合金の45例の結晶化温度は373度Cないし615度Cを示していることが認められる。
しかしながら,引用例記載の非晶質金属合金も熱安定性の点で優れたものである以上,Xにおいて引用例に具体的に示されている非晶質金属合金の結晶化温度について立証しない限り,本願発明の非晶質金属合金と対比して熱安定性の優劣を論ずることはできない(前掲甲第2号証の1ないし4によれば,本願明細書には,・・・と記載され,引用例に具体的に開示されたものではないが,引用例の式TiXjの成分及び成分割合内であつて,本願発明のとX成分を異にするFe76P16C4Si2Al2,Fe30Ni30Co20P13B5Si2Fe74.3Cr4.5P15.9C5B0.3の結晶化温度はそれぞれ約460度C,約415度C,446度Cである・・・と記載されていることが認められ,本願発明の非晶質金属合金にはこれより低い結晶化温度のものを含んでいることからみても,本願発明の非晶質金属合金のすべてが引用例記載の非晶質金属合金より結晶化温度において優れているとはいえない。)から,本願発明の非晶質金属合金が引用例に具体的に開示されている非晶質金属合金より際立つて優れた熱安定性を有するものとはいえない。
Xは,本願発明において特に重要なことは優れた熱安定性を有する非晶質金属合金であることであるとし,本願発明の非晶質金属合金は従来技術の非晶質金属合金と異なりかみそりの刃及びタイヤコードヘの適用に当たつて受ける熱処理によつて脆化しない旨主張する。
しかしながら,前掲甲第2号証の1ないし4によれば,本願明細書には,・・・と記載され,一方,従来技術の非晶質金属合金については,・・・と記載されていることが認められ,Xのいう従来技術の非晶質金属合金でも250度Cで1時間までの熱処理に耐える(250度Cで1時間の熱処理で脆化するということは,250度Cで1時間までは脆化しないことを意味する。)のであるから,充分にタイヤコードに適用できるものであり,この点において本願発明の非晶質金属合金が著しく優れた熱安定性を有するということはできない。
また,Xは,本願発明の非晶質金属合金は熱処理後にも延性であり,この点からしてもその熱安定性が優れていることが確認できる旨主張する。
前掲甲第2号証の1ないし4によれば,本願明細書には,本願発明の非晶質金属合金は・・・と記載されていることが認められる。しかしながら,前掲甲第3号証によれば,引用例には,その非晶質金属合金は著しく延性であつてその厚さより小さい曲率半径を超えて曲げることができ,ハサミで切ることができる・・・旨記載されていることが認められるから,引用例記載の非晶質金属合金も延性である点においては本願発明の非晶質金属合金と異ならないのであつて,ただ,前掲甲第3号証によれば,引用例には熱処理後の延性についての記載がないことが認められ,この点について本願発明の非晶質金属合金との優劣を論ずることができない以上,このことを理由に本願発明の非晶質金属合金が著しく優れた熱安定性を有することはできない。
(4)前記(1)ないし(3)の認定事実によれば,本願発明の非晶質金属合金は引用例に具体的に記載された非晶質金属合金と対比して,改善された引張り強さ,硬度,熱安定性という効果において量的に際立つて優れた効果を奏するものと認めることはできないから,本願発明はいわゆる選択発明として特許されるべきものではない。
3 以上のとおりであつて,本願発明の非晶質金属合金の成分及び成分割合は引用例に式TiXjで示された非晶質金属合金の成分及び成分割合に包含されるものであり,本願発明は引用例記載の発明と同一であるから,審決の認定,判断は正当であつて,審決にはX主張の違法はないというべきである。
三 よつて,審決の違法を理由にその取消しを求めるXの本訴請求は失当としてこれを棄却することとし,訴訟費用の負担及び上告のための附加期間について行政事件訴訟法第7条,民事訴訟法第89条,第158条第2項の各規定を適用して主文のとおり判決する。」