1.事案の概要
X(原告)は,昭和47年8月23日,1971年8月24日(以下,「第一優先権主張日」という。)及び1972年3月16日(以下,「第二優先権主張日」という。)アメリカ合衆国においてした各特許出願,並びに1972年8月1日(以下,「第三優先権主張日」という。)イギリス国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(昭和47年特許願第73795号,以下「原出願」という。)をし,次いで昭和49年12月13日,名称を「テクスチヤヤーンの製造法」とする発明について特許法第44条第1項の規定により該特許出願に基づく分割出願(昭和49年特許願第142638号,以下「本件出願」という。)をした(以下,右分割出願に係る発明を「本願発明」という。)ところ,昭和55年3月28日拒絶査定があったので,昭和55年8月19日審判を請求し,昭和55年審判第14908号事件として審理された結果,昭和57年11月24日,(1)アメリカ合衆国へ出願した当初の明細書のいずれにも,本願発明の構成要件の一部である「70度Cで測定されたフイラメント間摩擦係数(以下「fs70」という。)の値が0.37以下である。」点が記載されていないため,アメリカ合衆国(1971年8月24日と1972年3月16日)の優先権主張を認めない,(2)本願発明は,引用例(イ)(昭和37年特許出願公告第3910号公報),(ロ)(米国特許第3549597号明細書),(ハ)(【A】原著,【B】外1名訳「ポリエステル繊維」),(ニ)(昭和41年特許出願公告第661号公報)に基づいて,当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない,との理由により「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決があった。
X出訴。
本願発明の要旨は,次のとおりである。
「エチレンテレフタレート単位を主なる繰返し単位として含有する合成線状ポリエステルを少なくとも約3000ヤード/分(約2743メータ/分)の引取り速度で適度の冷却雰囲気中に溶融紡糸し,この際該紡糸に先立つて表面改質剤を該ポリエステル中に含有せしめるか,及び/又は該紡糸後仕上げ剤を該紡出糸に塗布することによつて結晶化度が30%より低く,
且つ70度Cで測定されたフイラメント間摩擦係数が0.37以下である配向した未延伸のポリエステルマルチフイラメント供給糸を形成し,
該未延伸供給糸を同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ化工程に賦して,ここで1.3倍乃至2.0倍の延伸倍率で延伸し,そして200度Cより高い温度で撚りをセツトする
ことを特徴とするテクスチヤヤーンの製造法。」
2.争点
(1)「70度Cで測定されたフイラメント間摩擦係数(以下「fs70」という。)の値が0.37以下である。」点が第一及び第二優先権主張の基礎となる各米国特許出願の当初の明細書のいずれにも記載されていないとの理由で,本件出願については第一,第二優先権主張は認められず,優先権は第三優先権主張についてのみ容認すべきであるとした判断の誤り。
(2)相違点についての判断の誤り。
(3)各公知例に前示教示が存することを確定しないで,特定の数値について,各公知例の記載から公知であり,あるいは当業者が容易に選択することができるものであると判断したことについて理由不備の違法があるか。
3.判決
請求棄却。
4.判断
「一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯),二(本願発明の要旨),三(審決の理由の要点)の事実は,当事者間に争いがない。
二 そこで,X主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 本件出願はXがその主張のような優先権を主張してなした原出願の分割出願であること,原出願の発明は,(a)PETを,(b)少くとも約3000ヤード/分(約2743メータ/分)の引取り速度で適度の冷却雰囲気中に溶融紡糸して,(c)結晶化度が30%より低く,(d)配向した未延伸のマルチフイラメント供給糸を形成することから構成される第一工程と,(e)右配向した未延伸供給糸を同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ化工程に賦すること,(f)右同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ化工程において1.3倍〜2.0倍の延伸倍率で延伸すること,(g)テクスチヤ化工程で供給糸に与えられた撚りを200度Cより高い温度のヒーターでセツトすることから構成される第二工程から成るテクスチヤヤーンの製法を要旨とするものであること,本願発明は,原出願の発明の第一工程において,(h)PETの紡糸に先立つて表面改質剤を該ポリエステル中に含有せしめるか,及び/又は該紡糸後仕上げ剤を該紡出糸に塗布することにより,該供給糸の70度Cで測定されたフイラメント摩擦係数,すなわちfs70値を0.37以下とすることを要件として付加した構成要件(a)ないし(d)及び(h)から構成される第一工程と,構成要件(e)ないし(g)から構成される第二工程から成るテクスチヤヤーンの製法を要旨とするものであることは,当事者間に争いがない。
右の事実によれば,本願発明は,原出願の発明の構成要件(a)ないし(g)に,他に構成要件(h)を結合させたものであり,各構成要件は一体不可分のものとして本願発明を成り立たせているものと認められる。
Xは,本願発明の前記構成要件のうち,(a)ないし(g)の要件については,第一優先権主張日が,また,要件(h)のうち,fs70の値が0.20〜0.34の範囲については第二優先権主張日が,0.37以下の特定値のうち右範囲以外の範囲については第三優先権主張日がそれぞれ適用されるべきである旨主張する。
本願発明の前記構成要件のうち,(a)ないし(g)の要件は,第一優先権主張の根拠とされた米国特許出願(出願番号第174430号)の明細書に記載され,(h)の要件のうちfs70の値が0.20〜0.34の範囲は第二優先権主張の基礎とされた米国特許出願(出願番号第235309号)の明細書に記載され,(h)の要件全部が第三優先権主張の基礎とされた英国特許出願(出願番号第35950/1972号)の明細書に記載されていることは,当事者間に争いがない(もつとも,Xは,要件(h)は,第一優先権主張の基礎とされた米国特許出願の明細書に,潤滑剤の使用について,「従来の仮撚りテクスチヤ化法におけると同様に,ドロー・テクスチヤ化操作を容易にするために潤滑性仕上げ剤を供給糸に塗布すべきである。」と記載されていることを基礎として,これに改良を加えたものである旨主張する。右主張がXの優先権に関する主張の全体の中で占める意義はやや明瞭を欠くが,ポリエステルの溶融紡糸に際し潤滑性仕上げ剤を供給糸に塗布することは,後記三認定のとおり,第一優先権主張日当時,当業者が通常用いた技術的手段であり,それが右明細書に記載されているにすぎず,右記載事項は要件(h)の具体的内容を記載するものではないから,Xの右主張は理由がない。)。
しかしながら,本願発明は,原出願の発明と同一の,第一優先権主張の基礎とされた米国特許出願に係る発明の構成要件(a)ないし(g)により構成された部分に他の構成要件(h)を結合させたものであり,各構成要件は一体不可分のものとして本願発明を成り立たせているものであるから,本願発明を(a)ないし(g)の要件により構成された部分と,(h)の要件により構成された部分に分離して,各構成部分にそれぞれ対応する第一国出願に基づく優先権を主張することを容認することはできない。
Xがその主張の根拠として援用するパリ条約第4条F項は,「いずれの同盟国も,特許出願人が二以上の優先権(二以上の国においてされた出願に基づくものを含む。)を主張することを理由として,又は優先権を主張して行つた特許出願が優先権の主張の基礎となる出願に含まれていなかつた構成部分を含むことを理由として,当該優先権を否認し,又は当該特許出願について拒絶の処分をすることができない。ただし,当該同盟国の法令上発明の単一性がある場合に限る。優先権主張の基礎となる出願に含まれていなかつた構成部分については,通常の条件に従い,後の出願が優先権を生じさせる。」旨規定し,発明の単一性を要件として,いわゆる複合優先を認め,同一国又は二以上の国に対する二以上の出願に基づく優先権の利益を享受できるとするとともに,いわゆる部分優先を認め,第二国への特許出願に,優先権主張の基礎となる出願に含まれなかつた構成部分を含む場合においても,優先権主張の基礎となる出願に含まれていた部分については優先権の利益を享受できるとし(前段),また,第二国への特許出願に含まれた構成部分で,優先権主張の基礎となる出願に含まれなかつたものについても,第二国への特許出願の後になされる出願に当たつては,優先権を主張することができる(後段)ことを明らかにしたものであるが,この規定がXの主張を完全に理由づけるものとは考えられない。すなわち,パリ条約第4条所定の優先権は第一国出願の対象である発明について発生するものであるから,優先権の利益を享受すべき第二国出願と第一国出願とは全部的に同一の対象に係るものであることを本則とするが,同条F項は特許出願について特に規定を設け,前記のようないわゆる複合優先及び部分優先を認めたものである。しかしながら,まず複合優先の場合,二以上の優先権主張を伴う我が国への特許出願に係る発明がそれぞれの第一国出願に係る発明に基づく事項を含んでいても,我が国への特許出願に係る発明がこれらの事項を一体不可分のものとして結合することを要旨とするものであるときは,この点を要旨としない第一国出願に基づく優先権の主張を容認することは,単一の時点の技術水準に基づき一体的にのみ特許要件の判断を受けるべき当該発明の性質に背馳し,許されないし,また,部分優先の場合も,我が国への特許出願に係る発明が第一国出願に含まれている構成部分(A)に他の構成要件ないし構成部分(B)(これは第一国出願に含まれていない。)を一体不可分のものとして結合するものであるときは,前同様の理由から構成部分(A)について優先権の主張を容認すべきでない。ただ,我が国への特許出願に係る発明のうち第一国出願に含まれていない構成部分(B)と第一国出願に含まれている構成部分(A)の両者がそれぞれ独立して発明を構成するときに限り,第一国出腰に含まれている構成部分(A)につき優先権の主張を容認することができるものと解するのが相当である。
これを本件出願についてみると,本願発明の構成要件のうち,(a)ないし(g)の要件は,第一優先権主張の基礎とされた米国特許出願の明細書に記載され,(h)の要件のうち,fs70の値が0.20〜0.34の範囲が第二優先権主張の基礎とされた米国特許出願の明細書に記載され,(h)の要件全部が第三優先権主張の基礎とされた英国特許出願の明細書に記載されているところ,本願発明は,構成要件(a)ないし(g)により構成された部分に他の構成要件(h)を一体不可分のものとして結合させたものであること前述のとおりであり,構成要件(a)ないし(g)及び(h)が完全に含まれるに至つたのは第三優先権主張の基礎とされた英国特許出願に係る発明であることは当事者間に争いがないから,本願発明の結合された構成要件のうちから要件(a)ないし(g)を分離し,右要件から構成される部分につき複合優先権を主張するものである第一優先権の主張は採用できない。次に第二優先権の主張についてみると,第二優先権の主張は,複合優先権の主張である第三優先権の主張の対象である構成要件(h)のうちfs70の値が0.20〜0.34の範囲について部分優先権を主張する趣旨のものと解されるところ,構成要件(h)の規定するfs70の特定値0.37以下には,第二優先権主張の基礎とされた米国特許出願に係る発明に含まれる0.20〜0.34の範囲とその他の範囲とを含んでいるものであり,かつfs70の値が0.20〜0.34の範囲と(h)中のその他の範囲の両者はそれぞれ独立して発明を構成するものであることは明らかであるから,第三優先権主張の対象とされた構成要件(h)のうち,fs70の値が0.20〜0.34の範囲については第二優先権主張日を基準として判断すべきである。
結局,本件出願における優先権の主張は,本願発明の構成要件(h)のうちfs70の値が0.20〜0.34の範囲については,第二優先権主張日を,その余の要件については第三優先権主張日を基準として判断すべきものとする限度において容認することができる。
しかるに,審決が,アメリカ合衆国へ出願した当初の明細書のいずれにも,本願発明の構成要件の一部であるfs70の値が0.37以下である点が記載されていないとして,本願発明について第二優先権の適用を認めなかつたのは,優先権の適用に関する判断を誤つたものというべきであるが,成立に争いのない甲第1ないし第4号証によれば,審決が本願を拒絶すべきものとした判断の資料である引用例(イ)ないし(ニ)は,すべて第一優先権主張日前に頒布された刊行物であると認められるから,審決の右判断の誤りは審決の結論に何ら影響するものでないことが明らかである。
(以下判決理由においては,本願発明に係る方法のうちfs70の値0.20〜0.34の範囲については第二優先権主張日を,その余の要件については第三優先権主張日をそれぞれ基準として特許要件を判断すべきであるとの趣旨で「本件優先権主張日」という一括した表現を用いる。ただし,別段の表現を用いることを要する場合を除く。)。
2 そこで,まず,相違点(一)に対する判断の誤りをいう主張について検討する。
成立に争いのない甲第5号証,第6号証の1ないし3によれば,本願発明は,ドロー・トイスト・テクスチヤ化されたポリエステルヤーンの製造の改良法に関するものであること(本願明細書第2頁第10行ないし末行),衣料用のポリエステルヤーンを製造する通常の方法は,PETを溶融紡糸してフイラメントとなし,そのフイラメントを冷却し,延伸して所望の機械的性質を付与する工程から成つているが,製品の嵩高さと良好な触感を与えるため,通常捲縮工程が付加され,その場合ヤーンをトイスト・テクスチヤ化する方法(右方法においては,通常ヤーンは仮撚りスピンドルでトイスト((仮撚り))され,トイストされた形態でヒートセツトされ,次いで撚り戻しが行われる。)がよく用いられること(同第3頁第1行ないし第4頁第4行),フイラメントの生産速度の最大値は一般に材料である溶融ポリマーが紡糸口金から送り出され得る速度と,押し出されたフイラメントがパツケージに巻き取られる速度とによつて制限をうける(同第4頁第8行ないし第13行)ので,この速度制限の影響を軽減し,全体としての生産性を増加せしめるために,従来,前述のフイラメントの延伸を仮撚りテクスチヤ化工程と結合させるもの,すなわち同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ化工程が提案されているが,トイストされたヤーンを十分にヒートセツトするのに必要なヒーター温度ではヤーン過熱され,切断するか溶融してしまうため,機械の糸がけを行うことが困難であり,また,糸がけが可能であつたとしても,十分な延伸のために必要な張力下では,通常著しいフイラメントの切断が起こるという欠点があり,さらに,あらかじめ調製した未延伸又は部分的に延伸したポリエステルヤーンを使用し,この方法によつて製造した製品は,通常の十分に延伸したポリエステルヤーンをテクスチヤ化する時に達成される捲縮の発現と染色の均一性に比べて品質が劣るという欠点があつたこと(本願明細書第7頁第3行ないし第9頁第5行),本願発明の発明者は,このような知見に基づき,エチレンテレフタレート重合体又は共重合体を3000ヤード/分(2743m/分)以上の引取り速度で冷却雰囲気中に溶融紡糸して作つた30%より少ない結晶化度を有する配向したポリエステルフイラメントヤーンを供給糸として使用するならば,この供給糸は未延伸のままで従来技術における糸がけの困難性や貯蔵中の糸の劣化等の問題を克服し200度C以上のヒートセツト温度に耐え,仮撚りテクスチヤ加工と延伸を同時に施す同時的ドロー・トイスト・テクスチヤリングを行うことができ,その際供給糸のfs70の値が0.37以下になるように制御するならば,テクスチヤリング工程における破断フイラメント数を著しく減少させ得ることを見いだし,また,右工程における延伸倍率は1.3倍〜2.0倍とすべきことを見いだし(昭和57年5月12日付手続補正書第2頁第2行ないし第3頁第12行),本願発明のような構成を採択したものであることが認められる(なお,本願発明にいう「テクスチヤヤーン」について,Xが「仮撚嵩高加工糸(トイスト・テクスチヤヤーン)といつたり,Yが「捲縮加工糸(テクスチヤヤーン)」といつたりして呼称が一致しないが,実質的に相違がない。理由中では別段の表示を必要とする場合を除き「テクスチヤヤーン」の語を用いる。)
ところで,引用例(イ)には,通常の紡糸速度でPETを溶融紡糸した未延伸のポリエステルマルチフイラメント供給糸を同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ化工程に賦してテクスチヤヤーンを製造する方法が開示されていること,引用例(ロ)には,紡糸速度が3000ヤード/分と3500ヤード/分の時に密度がそれぞれ1.3440と1.3484である糸が形成されることが記載されているが,引用例(ロ)にいう紡糸速度は本願発明の引取り速度に相当し,密度1.3440と1.3484は本願発明における結晶化度に換算するとそれぞれ10.2%と13.7%に相当すること,及び本願発明は高速紡糸の未延伸糸を同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ化工程に賦するに当たり,供給糸は何も処理を施さず,そのまま供給されるものであることは,当事者間に争いがない。
そして,供給糸を形成するに際し,適度の冷却雰囲気中にPETを溶融紡糸することが,ごく普通に行われている周知の技術手段であることは,前記認定の本願明細書の記載事項から明らかであり,また,高速紡糸の未延伸糸が配向したものであることは,その糸が当然有する物性であることは技術的に自明のことである。
したがつて,審決が本願発明と引用例(イ)記載の方法とを対比して,相違点(一)とした点,すなわち,供給糸の形成手段に関して,本願発明は,少なくとも約3000ヤード/分の引取り速度で適度の冷却雰囲気中に溶融紡糸して,結晶化度が30%より低い配向した状態に形成するのに対し,引用例(イ)記載の形成方法は明らかでないとの点についてした判断の当否を検討するに当たつては,本願発明の方法において採用した技術的手段のうち技術的に自明な事項(供給糸の配向性)及び周知事項(冷却雰囲気中の処理)を除くと,引用例(イ)記載の方法において,従来の未延伸糸に代えて引用例(ロ)記載の糸を使用することが当業者において容易に選択できるところであるか,また,この構成を採択したことによる作用効果が当業者の当然予測し得るところであるかということが中心的な問題となるのである。
(一)まず,容易推考性について判断する。
前掲甲第1号証によれば,引用例(イ)の特許請求の範囲には,・・・と記載され,また,発明の詳細な説明には,・・・と記載されていることが認められるから,引用例(イ)にはPETの未延伸糸高時的ドロー・トイスト・テクスチヤ加工することは,非常に安定な捲縮を得るのみでなく,装置及び生産費を節約して捲縮糸を得られることが開示されている。
また,前掲甲第2号証によれば,引用例(ロ)は,自発伸長可能なPETの発明に関し,加熱すると,収縮するのではなくて長手方向に自発的に長さが増大するという特異な性質を有する繊維を開示するものであるが,審決が引用例(ロ)の記載から引用したのは,その実施例10の表VIIに比較試料番号x20,及びx21として記載されている技術事項であつて,紡糸速度3,000ヤード/分のものの密度が1.3440(x20),紡糸速度3,500ヤード/分のものの密度が1.3484(x21)であることを開示する部分であり(右紡糸速度は本願発明の引取り速度に相当し,また,右密度を本願発明における結晶化度に換算するとそれぞれ10.2%と13.7%に相当するものであることは前述した。),同表記載の糸は,引用例(ロ)記載の発明の範囲外のものであつて,自発伸長度がいずれも負の値となつており,引用例(ロ)記載の発明の特徴とする自発伸長性よりもむしろ収縮を示していることが認められるから,本願発明の容易推考性を判断するについて引用例(ロ)の実施例10の表VIIの記載を資料とすることは,引用例(ロ)記載の発明そのものが自発伸長性という特異な性質を有する繊維に係るものであるからといつて,何ら妨げられないものというべきである。
Xは,引用例(ロ)記載のPETの糸は,前記のような特異な性質を有するものであつて,その製造方法も特殊であり,一方引用例(イ)には,従来の未延伸糸の使用しか開示してなく,しかも本来その供給糸及びPETの未延伸糸の糸がけの困難性については何らの関心も示しておらず,また,引用例(イ)に開示されているような従来の未延伸糸による同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ加工は,貯蔵に伴う劣化及び糸がけの困難性のために工業的に不適当なものとして多年にわたつて実現されなかつたものであるから,引用例(イ)記載の方法において,従来の未延伸糸に代えて引用例(ロ)記載の糸を供給糸として同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ化工程に賦することによりテクスチヤヤーンを得ることは当業者にとつて容易に選択し得るところではない旨主張する。
しかしながら,引用例(イ)がPETの未延伸糸を同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ加工することが有用であるとの技術的思想を開示し,引用例(ロ)が高速紡糸のPETの未延伸糸を開示している以上,両者を紐み合わせて本願発明に規定する高速紡糸の未延伸糸を同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ化工程に賦することが当業者にとつて容易であるかは,本件優先権主張日当時における当該工程についての技術専門家の平均的技術水準に基づいて判断すべきであつて,X主張の事実(なお,従来の未延伸糸による同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ加工が工業的に不適当なものとして多年にわたつて実現されなかつたことを認めるに足りる証拠はない。)から直ちに両者の組合せが当業者にとつて困難であるとすることはできない。
そこで,次に,右技術水準がどのようなものであつたかについて検討する。
成立に争いのない乙第6号証,第7号証の1ないし3によれば,1971年(昭和46年)6月22日より同年7月1日まで,フランス国パリ市においてITMA71が開催され,我が国からも多数の当業者がこの見本市を視察したが,同会場においてドイツ連邦共和国レムシヤイト レネツプ市所在のバーマーク社(正式名称バーマーク バーマー マシンネンフアブリツク株式会社)は,SW4S SW4R高速巻取装置及びFK5C FK5S仮撚加工装置を展示するとともに,この装置についての資料として「SW4S SW4R紡糸延伸装置」のカタログTex32(乙第7号証の1)及び「FX5C FK5S自動捲宿装置」のカタログTex30(乙第7号証の2)を不特定多数の参加者に頒布したことが認められ,当業者は,このカタログTex32及びTex30から次のような技術内容を理解することができる。
前掲乙第7号証の1によれば,カタログTex32には,合成繊維の製造において紡糸と延伸を一つの機械で連続プロセスとして行う紡糸延伸法を実現するための必要条件の一つは,非連続法の紡糸巻取装置に比べてはるかに高速の巻取装置を開発することであるが,・・・と記載され,このカタログTex32記載のものは,紡糸延伸装置とこれに使用する高速巻取装置に関するものであることが示されているが,カタログTex32には,右に摘記したとおり,・・・と記載され,さらに第3頁に,「紡糸延伸装置の上部構造」というタイトルの下に,A,B,C,Dの各図が示されているが,A,B,Cの各図記載の装置は,各図に「紡糸延伸」と記載され,それぞれ延伸のための二個のゴデッドローラが図示されているのに対し,D図記載の装置は,「延伸紡糸」と記載され,かつD図に引取りゴデツドローラを一個しか有しないものが図示されていることが認められ,右記載によれば,A,B,Cの各図記載の装置は紡糸延伸装置であることは明ちかであるが,D図記載の装置は延伸工程が存在しないものであつて,しかも,それが高速巻取装置と連動するものであることは疑いのないところであることからすれば,D図記載の装置は高速紡糸に関する装置であると解されるのである(したがつて,カタログTex32において「延伸紡糸」とは高速紡糸を意味するものと認められる。)。そして,前掲乙第7号証の1によれば,カタログTex32の第4頁の表にはSW4S及びSW4Rの各タイプの最高巻取り速度は,3000〜4000m/分であることが示されていることが認められるから,結局,カタログTex32は,バーマーク社が開発した巻取ユニツトSW4Sを,延伸紡糸,すなわち高速紡糸方法に適用することを開示しているものというべきであり,この方法においては巻取速度3000〜4000m/分で高速紡糸するものと理解される。
Xは,乙第7号証の1に記載されている技術は,従来のカツプルド紡糸−延伸プロセスによる延伸フイラメントの製造に適する紡糸−延伸装置と高速巻取機の改良に関するものであつて,本願発明の技術とは相違する旨主張する。
しかしながら,前掲乙第7号証の1によれば,カタログTex32は,カツプルド紡糸−延伸装置を一つの主題にするものであつても,同時に,前記認定のとおり高速巻取ユニツトSW4Sを利用して4000m/分程度で巻取りを行う高速度紡糸装置をも開示するものと認められ,また,成立に争いのない乙第14号証(「ドロー・テクスチアード・ヤーン・テクノロジー」モンサント テクスタイルカンパニ 1974年発行)によれば,本件優先権主張日以前の年度である1971年には,アメリカ合衆国の仮撚加工業者及び繊維製造業者によるポリエステル捲縮加工糸の消費実績は5億5800万ポンドに達していること(第5頁表5)が認められるように,ポリエステルは捲縮加工糸用の素材として代表的なものであること,成立に争いのない甲第15号証(前同)によれば,・・・と記載されていることが認められるから,テクスチヤードヤーンの製造において」紡糸延伸したPETを用いることは1970年当時広く行われていたこと等に鑑みれば,前記カタログTex32にはPETについて触れるところがないとしても,PETを高速巻取ユニツトSW4Sを利用した高速紡糸装置を使用して紡糸延伸あるいは延伸紡糸(高速紡糸)することが開示されているというべきであつて,Xの前記主張は採用できない。
さらに,前掲乙第7号証の1によれば,カタログTex32に記載された装置は,・・・と記載され,紡糸延伸あるいは延伸紡糸ユニツトからの糸を仮撚加工装置あるいはコード撚糸機に供給するものであること,第10頁には,・・・と記載されていることが認められ,前掲乙第7号証の2によれば,カタログTex30には,FK5CFK5S自動捲縮装置の特徴として,・・・と記載されており,これらの記載に照らしてみても,紡糸延伸によつて得られた糸条と並んで延伸紡糸で得られた糸条も仮撚加工装置FK5Cへの供給糸として用いられることが認められる。
Xは,乙第7号証の1には,本願発明に規定された高速紡糸によつて得られたPETの高配向未延伸糸を同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ加工をすることについては何らの記載も示唆も存しないとし,このことは,甲第24号証ないし第27号証の記載事項から明らかである旨主張する。
しかしながら,成立に争いのない甲第24号証(英国特許第1375151号明細書)によれば,右明細書は,X主張のとおり,バーマーク社が1972年2月1日ドイツ連邦共和国にした特許出願に基づく優先権を主張してイギリス国にした特許出願に係るものであり,右明細書には,特許請求の範囲1として,・・・と記載されていることが認められるが,右記載のものはポリエステルの紡糸と延伸とを逐次的に単一の機械で中断することなく連続操業化し得る技術であつて,カツプルド紡糸延伸方法の一種であり,バーマーク社が1972年になつて右発明について初めて特許出願したからといつて,これとは別個の技術である高速紡糸の未延伸糸を仮撚加工することが1971年に頒布された前記カタログTex32及び30において認識,開示されていなかつたと断定することはできない。また,成立に争いのない甲第25号証(バーマーク社「SW4S SW4R紡糸延伸装置」のカタログTex32/2),第26号証(同社「インフオーメイシヨンサービス」1971年5月号),第27号証(同1973年7月号)によつても,バーマーク社の前記カタログTex32とTex32/2(Xの主張によれば1973年版)との間でSW4S SW4Rの装置の構造に格別の差異があるとは認められず,かえつてカタログTex32/2の・・・との記載内容は,前記カタログTex32について認定した,紡糸延伸法に使用するために開発した高速巻取ユニツトを紡糸延伸法と同様に高速紡糸法にも使用できるという内容と一致していることが認められ,また,「インフオーメイシヨンサービス」の1971年版と1973年版を対比しても,高速紡糸に関する記載の具体性に差異があるにすぎないものと認められ,これらの書証によつてXの前記主張を裏付けることはできない。
また,Xは,乙第7号証の2には,乙第7号証の1の延伸紡糸した糸を同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ化することは何らの記載も示唆もなく,また,それらの紡糸あるいは加工技術をポリエステルに適用するということは何ら教示されていない旨主張する。
前掲乙第7号証の2によれば,カタログTex30には,同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ加工についての具体的記載は認められない。しかしながら,前掲乙第14号証によれば,前記「ドロー・テクスチヤード・ヤーンテクノロジー」には,・・・と記載されていることが認められるから,当業者であるモンサント社は1971年に登場したFK5Cを延伸同時捲縮加工機と認めていることが明らかであり,前掲乙第7号証の2(第2頁第14行ないし第20行)によれば,バーマーク社の捲縮加工機FK4CはFK5Cの改良前の機種であると認められるが,前掲甲第15号証(第14頁第10表,特に「機械」欄第4行)によれば,このFK4Cですら,同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ加工が可能な機種であると解されていることが認められ,さらに成立に争いのない乙第15号証(【F】の宣誓供述書)によれば,合成繊維の技術専門家である【F】は,ドイツ連邦共和国エストリンゲン市所在のICIヨーロツパフアイバース有限会社の工場で,同工場のプロセス開発部門の統括として,1970年より紡糸速度900m/分前後で紡糸したPETの未延伸糸を用いて,「スラツグCS12」,「バーマークFK4C」の両仮撚加工装置により,ヒーター温度180〜200度C,延伸倍率3倍以上の条件で同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ加工を行い,同会社はこれをテリレン553型として市販していたことが認められるから,前記FK4Cの改良機種であるFK5Cが同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ加工が可能な構造を有することは明らかである。
Xは,甲第28号証(「モダーン・テクスタル誌」1972年7月号)に,「FK5CS」には,延伸仮撚加工装置と表示されているのに,「FK5C」には,この表示がない旨主張するが,右表示がないというだけで,延伸仮撚加工装置でないといえないことは,前記認定の諸事実から明らかである。
そして,成立に争いのない甲第35号証(【G】の宣誓供述書)の記載事項は,前掲各書証に照らし措信し難く,その他の甲号各証を検討しても,カタログTex32及びTex30から前記認定の技術内容が理解されることを左右するに足りる証拠はない。
前記認定事実によれば,PETをSW4Sの装置を使用し3000〜4000m/分程度で高速紡糸して得た糸を,FK5Cの装置を使用して仮撚加工することは,1971年6月22日から同年7月1日までフランス国パリ市において開催されたITMA’71おいて,前記カタログTex32及び30が頒布され,右SW4S及びFK5Cと称される装置が公開されたことにより広く当業者に知られるところとなつたものというべきである。
これに加えて,成立に争いのない乙第5号証(「テクスタル・インダストリーズ」1970年3月号)によれば,【H】著「ヨーロツパにおける捲縮加工糸」と題する論文中には,フイラメントヤーンの延伸及び仮撚加工の問題について,・・・と記載されていることが認められるから,1970年3月当時フイラメントヤーン加工業者においても高速紡糸した未延伸糸が得られればそれを捲縮加工したいと考えており,その当時ポリエステル系は捲縮加工に普通に使用されていたことは前述のとおりであるから,このフイラメントヤーン加工業者が捲縮加工したいと考えていた高速紡糸の未延伸糸には,当然ポリエステルのものも含まれていると解するのが相当である。
なお,Xは,乙第5号証,第7号証の1,2は,本願に対する拒絶理由通知書では引用されたが,審決では本願を拒絶に導く引用例として不適当なものとして採用されなかつたものである旨主張するが,引用例(イ)及び(ロ)に基づく本願発明の容易推考性を判断するについて,これらの書証を本件優先権主張日当時の技術水準の認定資料とすることは,審決がこれらの書証を引用例としなかつた理由如何にかかわらず何ら支障のないことである。
以上の認定事実によれば,本件優先権主張日当時,PETを高速紡糸して得た未延伸糸を同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ加工に使用するという技術的思想は当業者に広く認識されていたというべきである。
したがつて,たとえ引用例(イ)に供給糸及びその糸がけの困難性についての記載がなく,また,引用例(ロ)に,引用例(ロ)記載の第一段階の糸が同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ化工程に賦する供給糸として用いられることを示唆する記載がないとしても,前記認定の技術的思想について十分な知識を有する当業者が引用例(イ)記載の方法において,従来の未延伸糸に代えて,引用例(ロ)に記載された高速紡糸の未延伸糸を選択して本願発明におけるような供給糸として用いることとすることは容易に推考できたことというべきである。
Xは,引用例(イ)及び甲第11号証(米国特許第2604689号明細書)が公知となつた後,15年同以上だれも本願発明の方法を提案していないことは,本願発明が当業者にとつて容易に選択できないことを示している旨主張し,成立に争いのない甲第11号証によれば,米国特許第2604689号明細書は,Xが「溶融紡糸法及び繊維」に関する発明についてアメリカ合衆国に1950年8月23日に特許出願し,1952年7月29日特許されたものに係り,右明細書には,3000ヤード/分以上の高速度でPETを溶融紡糸する方法が記載されているが,右明細書は,その高速紡糸した糸を同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ加工することについて何も記述していないことが認められるが,前記認定のとおり,本件優先権主張日当時,既に高速紡糸して得た未延伸糸を同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ加工に使用するという技術的思想が当業者に広く認識されていた以上,X主張のような提案(特許出願としての)がなかつたとしても,その事実は,本願発明の容易推考性を判断するについて何ら影響するものではない。
(二)次に,相違点(一)に関してXの主張する本願発明の奏する作用効果について判断する。
まず,Xは,本願発明は,高速紡糸した特定のPETの未延伸糸を供給糸とすることにより,従来実現できなかつたPETの未延伸糸の同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ加工を実現し得るという工程操作上の顕著な作用効果を奏する旨主張する。
しかしながら,成立に争いのない乙第9号証によれば,前掲【E】他2名編「合成繊維」には,・・・と記載されていることが認められるから,紡糸速疫が大きくなるに従い,PETの未延伸糸の配向度が高まつて構造的に安定したものとなり,その結果,脆化がより小さくなり,耐熱性も向上することは,本件優先権主張日当時既に当業者に知られていたところであつて,当然に予期されるところであり,また,成立に争いのない乙第10号証によれば,昭和31年特許出願公告第6768号公報に記載された発明は,合成ポリエステルの紡糸方法に関するものであるが,同公報には,・・・と記載されていることが認められるから,PETを3000〜5000ヤード/分で高速紡糸したものは少なくとも200度Cの温度に耐え得るだけでなく,延伸工程が不必要な程度に高度に配向した強靱な糸であることが知られていたというべきである。そして,前掲甲第5号証,第6号証の1ないし3によれば,本願明細書の第67頁表Iには,216度Cで紡糸速度が3100ヤード/分以上のPETの未延伸糸は糸がけの困難はなかつたのに対し,2700ヤード/分のPETの未延伸糸の糸がけは困難であつたこと(同脚註7参照)が記載されていることが認められるが,このことから直ちに200度C以上の温度において紡糸速度300ヤード/分を境にして糸がけの難易が顕著に変化するということまでは理解できない。もつとも,前掲甲第15号証によれば,「ドローテクスチヤード・ヤーン・テクノロジー」の「未延伸糸のドロー・テクスチヤ加工」の項には,・・・と記載されていることから理解できるように,従来の低速紡糸未延伸糸は同時的ドロー・トイスト・テクスチャ加工する場合には糸がけに困難が伴うが,本願発明のように高速紡糸の未延伸糸を使用する場合には,該未延伸糸は延伸を不必要とする程度の性状を有し,耐熱性が向上することが知られていたことは前述のとおりであるから,前記糸がけの問題が解決されるであろうことは,その使用に伴つて当然に予想される作用効果にすぎない。
したがつて,本願発明に規定する3000ヤード/分以上という高速紡糸により得た未延伸糸が貯蔵保存性及び糸がけの容易性において優れていることは,当業者の格別予測し得ない効果ということはできない。
また,Xは,本願発明の方法によれば,従来の機械にほんの僅かの修正を施しただけの機械を用いてPETの未延伸糸を同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ加工することができるという利点を有する旨主張する。
しかしながら,前掲甲第1号証によれば,引用例(イ)には,・・・と記載されていることが認められるから,同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ化装置は,PETの延伸装置の熱板と延伸ロールとの間に仮撚装置を介在せしめることにより容易に実施可能のものとすることができる。もつとも,前掲甲第1号証によれば,引用例(イ)が具体的に開示する未延伸糸は,4倍程度の延伸を示す低速度紡糸によるものと認められるから,熱に対し過敏であり,糸がけの困難を伴うためこれを解消する手段が必要であるが,本願発明に規定する3000ヤード/分以上の高速度で紡糸したものは延伸が不必要な程度の性状のものであることは前述のとおりであるから,糸がけの問題も配慮する必要がなく,装置が簡単かでき,従来の機械の僅かな修正で加工に使用できることは当然当業者の予測し得る作用効果にすぎない。
なお,Xは,作用効果についても,引用例(イ)記載の方法は,X主張のような欠点により工業的実施には不適当な方法として,第一優先権主張日前に放棄されたから,引用例(イ)の記載事項を根拠に本願発明の作用効果をもつて当業者の予期できた作用効果ということはできない旨主張するが,X主張の右事実を認めるに足りる証拠の存しないことは前述のとおりであり,また,当業者が引用例(イ)劇の記載事項から,そこに開示された技術的思想を理解するのに何らの支障も存しないから,Xの前記主張は理由がない。
次に,Xは,本願発明は,製造されたテクスチヤヤーンにおいても,貯蔵安定性,捲縮性能及び染色の均一性,手ざわりにおいて優れている旨主張する。
しかしながら,「本願発明の奏する貯蔵安定性の作用効果が当業者が予測し得るものにすぎないことは前述のとおりであり,前掲甲第5号証,第6号証の1ないし3によれば,本願明細書には,・・・と記載れていることが認められるが,右記載事項は,その前に,・・・と記載されていることからみて,延伸領域をテクスチヤ化領域から分離する方法に関するものであつて,同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ加工に関するものでないことが明らかであり,その他本願明細書の記載事項を検討しても同じ同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ加工である引用例(イ)記載の方法に比べて,どの程度優れているのか明らかでなく,また,本願明細書に記載された本願発明の各実施例,比較例からみて,両者の間にある程度の差異が認められるとしても,この程度のことは単なる効果の確認にすぎない。また,染色の均一性については,本願明細書には,・・・と記載されているのみで,その具体的内容を示す記載はなく,また,手ざわりについては全く記載はないから,これらの点について引用例(イ)記載の方法とどの程度相違するのか確認することができない。Xは,本願発明の奏する右作用効果は,甲第15号証の記載事項から明らかである旨主張するが,前掲甲第15号証によれば,「ドロー・テクスチヤード・ヤーンテクノロジー」には,・・・と記載されていることが認められるが,第15頁の第11表には「染料拡散係数:同時的ドロー・テクスチヤード及び従来のテクスチヤード・セツト・ポリエステルヤーン」と記載されていることからみて,同表は延伸糸をテクスチャ加工した糸の染色性と同時的ドロー・テクスチヤードヤーンの染色性を対比しているにすぎず,また,・・・と記載されていることからみて,同時的ドロー・テクスチヤードヤーンと逐次的ドロー・テクスチヤードヤーンの手ざわりを比較しているにすぎないから,前掲甲第15号証の記載事項によつてX主張の前記作用効果を確認することはできない。
さらに,Xは,本願発明による生産効率の向上,装置の簡単化及び製造コストの低下等の作用効果は,本願発明に規定する特定の高速紡糸の未延伸糸を供給糸として使用する同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ加工が実現できたことにより得られる効果である旨主張する。
しかしながら,本願発明に規定する高速紡糸の未延伸糸を同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ化工程に賦することは,当業者が容易に推考できることは前述のとおりであり,延伸と同時に仮撚加工すれば,生産効率が向上し,装置が簡単化され,コストが低下することは,引用例(イ)に前記認定の・・・と記載されていることから,当然に予測し得る効果にすぎない。
Xは,ここでも引用例(イ)記載の方法が工業化されるに至らず放棄されたから,その記載事項を根拠に本願発明の作用効果を自明のものということはできないと主張するが,Xの右主張事実を認めるに足りる証拠がないことは前述のとおりである。また,Xが前掲甲第15号証を援用して右作用効果に言及している部分は具体性に欠けており,採用するに値しない。
そして,前掲甲第35号証,成立に争いのない第36号証その他甲号各証を検討しても,本願発明の奏する作用効果についての前記認定を左右するに足りない。
したがつて,本願発明の奏する作用効果は,通常当業者の予測し得る範囲を出るものではないから,審決が相違点(一)に関し,本願発明は工程操作上及び製造されたテクスチヤヤーンにおいて格別顕著な効果は認められず,請求人(X)の主張する効果は,当業者の当然予測されるところの効果にすぎないと説示したことに誤りはない。
3 前掲甲第5証,第6号証の1ないし3によれば,本願発明は,原出願の発明における前記第一工程において,供給糸のfs70の値が0.37以下になるように制御するならば前記第二工程における破断フイラメント数を著しく減少させることができ,このfs70値の制御は紡糸に先立つてポリエステル中に表面改質剤を含有せしめるか及び/又は紡糸後の紡出糸に仕上げ剤を塗布することによつて行うことができる(昭和57年5月12日付手続補正書第3頁第1行ないし第9行)との知見に基づき,構成要件(h)を必須の要件としたものであり,本願発明の構成要件(a)ないし(d)を具備する供給糸である実施例番号I−a,I−b,II−a,II−b,III,IV,V,VIのうち,I−a,I−b,VIについては,紡糸後の紡出糸に仕上げ剤を塗布し,III,IV,Vについては,紡糸に先立つて表面改質剤を該ポリエステル中に含有させ,かつ紡糸後の紡出糸に仕上げ剤を塗布し,以上の供給糸のそれぞれのfs70値を0.22〜0.34に制御したところ,その破断フイラメントカウントは0〜11であつたのに対し,II−a,II−bについては,紡出後の紡出糸に仕上げ剤を塗布したが,そのfs70値を(h)の範囲外である0.42に制御したところ,その破断フイラメントカウントは147及び185を示した(本願明細書第67頁表I参照)ことからみて,本願発明の構成要件(h)を具備するものは,破断フイラメント数の減少に効果があるものと認められる。
しかしながら,前掲甲第4号証によれば,引用例(ニ)記載の発明は,高分子量合成線条ポリエステルから作られる物品を製造する方法に関するものであるが,引用例(二)には,ポリエステル等の合成線状重合物からフイラメントヤーンを作る場合,フイラメントの生成後これを延伸して分子配向を増大する技術によつて最終製品の強度を増大することは既知である(第1項左欄下から第10行ないし第4行)が,厄介な問題はこの延伸操作中にフイラメントの切断が生じることであり,フイラメントの切断は労力の所要,生産性に関係するだけでなく製品の品質も劣化させる(同頁右欄第31行ないし第39行)との記載に続き,・・・と記載されていることが認められ,また,成立に争いのない甲第13号証によれば,昭和44年特許出願公告第3270号公報記載の発明は,有効繊維処理剤による新規な合成繊維の減摩方法に関するものであるが,同公報には,「近年開発され,市場化されてきた合成繊維,例えばポリアミド繊維,ポリエステル繊維(中略)は元来木綿のような天然繊維のように天然の脂質を表面に有しないために摩擦抵抗性が高く繊維製造工程,嵩高糸製造工程,紡績糸製造工程,編織物製造工程,編織物仕上工程等の諸工程において好ましくない種々の問題を惹起する。そのために合成繊維およびそれらの製品の製造工程において繊維にいわゆる繊維用油剤,例えば紡糸延伸用油剤,紡績用油剤,編織用油剤,コード用油剤,柔軟仕上剤などを表面に付着させるか,あるいは内部に練入させるかなどの方法によりその摩擦抵抗性を減少せしめて,それらの好ましくない諸問題を可能な限り解消せしめんとする努力がなされている。」(第1頁左欄第18行ないし第32行)と記載され,第2頁の第1表に同公報記載の発明に係る組成物と従来公知の油剤を用いた方法によつて得られた繊維−繊維間及び繊維−クロムメッキ間の静摩擦係数と動摩擦係数の測定結果が記載されていることが認められ,これらの記載事項を総合すると,本件優先権主張日当時,ポリエステル繊維は木綿のような天然繊維と異なり,その表面の摩擦抵抗が大きいため,延伸中のフイラメント切断を生じ易く,したがつて,繊維−繊維間及び繊維−延伸ピン等の金属表面間の摩擦抵抗をできるだけ低下させる必要があることは,当業者が当然に認識していたところであり,また,その目的を達成するために,ポリエステル繊維を溶融紡糸してテクスチヤヤーンを製造する工程において,本願発明における仕上げ剤に相当する繊維用油剤を使用することは,当業者が普通に行つていたことが明らかである。
そして,成立に争いのない乙第4号証によれば,X作成の実験報告書は,昭和49年7月8日付拒絶理由通知書において特許庁審査官から提出を要請された実験データについての報告書であるが,右報告書には,周知のヤーンA(セミダル)及びヤーンB(ブライト)の二種類の未延伸ポリエステルマルチフイラメントヤーンを製造し,この二種類のヤーンに対して,公知の仕上げ剤(油剤)として,昭和41年特許出願公告第294号公報に記載の仕上げ剤を付与したa,a’,同年特許出願公告第6614号公報に記載の仕上げ剤を付与したb,b’昭和43年特許出願公告第23869号公報に記載の仕上げ剤を付与したd,d’,米国特許第3338830号明細書に記載の仕上げ剤を付与したe,昭和41年特許出願公告第16160号公報に記載の仕上げ剤を付与したf,昭和44年特許出願公告第29556号公報に記載の仕上げ剤を付与したgについて,本願明細書第35頁第7行ないし第37頁第4行(前掲甲第5号証)に記載された測定方法によつてフイラメント間摩擦係数を測定した結果,ヤーンAについては,9種のうち,a’,b,b’,d,,d’,e及びgの7種,ヤーンBについては,9種のうち,b,e,gの3種がfs値0.37以下(0.33〜0.36)であつたことが記載されていることが認められ,右認定事実によれば,本件優先権主張日当時,本題発明の構成要件(h)に規定するfs70値が0.37以下であるという要件を満足するPETの未延伸供給糸を形成することのできる仕上げ剤は数多く知られていたことが明らかである。
Xは,前掲乙第4号証の表3には,ブライトヤーン(ヤーンB)の場合,9種の油剤のうち0.37より低いfs70値を与えるのは僅か3種であるから,公知の油剤のうちでごく限られた少数の油剤のみが本願発明に規定する0.37以下のfs70値を与えるにすぎないことが明らかである旨主張するが,本願発明におけるPETはブライトヤーンに限定されるものでなく,セミダブルヤーンをも含むことは本願発明の要旨から明らかであり,このセミダルヤーンについては9種のうち7種までが,ブライトヤーンについても9種のうち3種が油剤の付与によりfs70値0.37以下という要件を満足するものである以上,Xの主張するように公知の油剤のうちごく限られた少数の油剤だけがこの要件を満足するものということはできない。
また,Xは,本願発明において,fs70値は0.37より更に小さく0.34以下で0.20より大であることが好ましいところ,前掲乙第4号証に示されたセミダルヤーン(ヤーンA)の場合においても,0.34以下のfs70値を与えるものは9種の油剤のうち僅1種にすぎない旨主張するが,本願発明の構成要件(h)がX主張のように0.34以下,0.20以上と限定されていないことは本願発明の要旨から明らかであるから,右主張はその前提において失当といわなければならない。
さらに,Xは,乙第4号証の表3のヤーンAについて,比較的多くの油剤が0.37以下のfs70値を示したのは,二酸化チタンが配合されたことによりヤーンの表面が改善されたことによるものであり,このように,単に仕上げ剤のみによつて必ずしもfs70値を0.37以下に調節できるのではなく,フイラメントの表面特性の適当な改質とあいまつてfs70値を0.37以下に減少させることを可能にする旨主張するが,本願発明は,特定のフイラメント表面の改質と仕上げ剤の具体的な組合せを要旨とするものではないから,右主張は本願発明におけるfs70値の設定につき格別の技術的意義を付与するものとも認められない。
そうであれば,本件優先権主張日当時,ポリエステル繊維についてはフイラメント切断防止のため繊維−繊維間及び繊維−金属表面間の摩擦抵抗をできるだけ低下させる必要があることを認識し,その目的達成のために仕上げ剤(油剤)を使用してきた当業者が,PETの未延伸糸のfs70値が0.37以下である要件を満足させるような仕上げ剤の種類と量を選択することは容易に行い得ることというべきであり,これによつて奏する作用効果も当業者が通常予測し得る範囲を出るものではない。
Xは,本願発明におけるfs70値の制御に関し重要なことは,制御すべき摩擦係数がフイラメント間の摩擦係数であるとともに70度Cで測定したフイラメント間摩擦係数であること,及び本願発明の前記構成要件(a)ないし(d)から成る供給糸を前記構成要件(e)ないし(g)からなる同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ加工する際の該特定の供給糸に対するfs70値の制御であること,並びにこのfs70値を0.37以下に制御することによつて破断フイラメント数を飛躍的に減少させることにあり,引用例(ニ)はこれらの事項を開示するものではない旨主張する。
しかしながら,fs70値という表現が新規な物性値を示すものであるとしても,fs70値0.37以下であるという要件を満足させる仕上げ剤の選択が当業者にとつて容易であり,これによる作用効果も当業者の通常予測し得る範囲を出ないこと,前述のとおりであるから,引用例(ニ)にX主張の事項が開示されていないからといつて,この要件を満足させるような仕上げ剤の選択が当業者にとつて容易でないということはできない。
また,Xは,審決が延伸中のフイラメントの切断がフイラメント間の摩擦によることは引用例(ニ)に記載されているごとく公知であるとしたのは,誤りである旨主張するが,右主張の理由のないことは,さきに認定した引用例(ニ)の記載により明らかである。
また,Xはfs70破断フイラメント数と明確な相関関係を有し,破断フイラメント数と明確に関連するパラメータはfs70値のみであつて,このことは【C】の宣誓供述書(甲第14号証)から明らかである旨主張する。
成立に争いのない甲第14号証によれば,右宣誓供述書の添付資料2及び7には,fs70値と破断フイラメント数(BFC)とは明瞭な対応関係を示す記載が存することが認められるが,そのことから本願発明の構成条件(h)の選択が当業者にとつて容易でないといえないことは前述のとおりであり,かえつて前掲甲第14号証によれば,fs70値と破断フイラメント数との間には明瞭な対応関係があつても,fs70値0.37を境にして破断フイラメント数が急激に減少しているとはいえないから,0.37という値に臨界的意義があるとは認め難く,さらに添付資料3はfs25値も0.22以下の範囲では破断フイラメント数と対応関係を示すものと認められることからみると,fs70値のみが破断フイラメント数と明確に関連するパラメーターであるとは認め難く,その他の甲号各証を検討しても,以上の認定を左右するに足りない。そうであれば,ポリエステルの二次転移点が70度Cであるか否かに拘らず,70度Cで摩擦係数を測定するようにした点にも格別の技術的意義を認めることはできない。
したがつて,本願発明の構成要件(h)に規定するfs70値を0.37以下の範囲にすることは,破断フイラメント数を減少させるために公知の仕上げ剤(油剤)の種類と量を適宜選択することにより当業者が容易になし得ることであつて,相違点(ニ)についての審決の判断には誤りがない。
4(一)前掲甲第3号証によれば,引用例(ハ)には,・・・と記載され,第131頁には図5・29「最大および自然延伸倍率と引取り速度の関係」が図示されているが,図5・29によると70度Cにおける2743m/分以上の引取り速度の最大延伸倍率(審決が「自然延伸倍率」と認定したのは,「最大延伸倍率」の誤りである。)は約2倍であること,また,・・・と記載されていることが認められ,引用例(ハ)のこれらの記載事項によれば,本願発明のように少なくとも約3000ヤード/分の引取り速度で紡糸した未延伸糸を延伸した場合には必然的に本願発明に規定する程度の延伸倍率すなわち1.3倍〜2.0倍の延伸倍率になることは明らかである。
Xは,引用例(ハ)の図5・29は,単に引取り速度と最大延伸倍率及び自然延伸倍率との関係についての学術的研究実験の結果を示す図であり,例えば,撚糸のフアクター,特に仮撚りによる張力の影響は含まれていないなど,その実験条件は,実際の同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ加工における操作条件とは一致しない旨主張する。
しかしながら,引用例(ハ)が学術的研究実験の結果であつても,その実験の結果の信憑性を疑うべき証拠は存せず,また,仮撚りによる張力が実験の結果の数値に影響を及ぼすものと認むべき証拠も存しないから,この実験結果から3000〜4000m/分になると必然的に右延伸倍率の程度しか延伸できないことが明らかである以上,たとえ延伸倍率の設定範囲について引用例(イ)及び(ロ)のいずれも直接に教示若しくは示唆するところがないとしても,約3000ヤード/分の引取り速度で高速紡糸したPETの未延伸糸を同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ化工程に賦するに際し,引用例(ハ)記載のものに基づき右延伸倍率を右の範囲に設定することは当業者が容易に行い得ることというべきである。
(二)前掲甲第1号証によれば,引用例(イ)には,撚りのセット温度について,・・・と記載されていることが認められるが,200度Cよりも高い温度に設定することについては何らの記載も存しない。
しかしながら,成立に争いのない乙第12号証(英国特許第1207811号明細書)及び乙第13号証(ドイツ連邦共和国特許出願公開第1915821号明細書)によれば,前者の実施例4には215度C,後者の実施例4には210度CでそれぞれPETの未延伸糸の同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ加工における撚りのセットをすることが記載されており,右記載事項によれば,撚りのセツト温度を200度Cより高い温度とすることは本件優先権主張日当時,当業者によく知られていたというべきであるから,この点についての審決の認定に誤りはなく,したがつて,本願発明に規定する高速紡糸の未延伸糸を同時的ドロー・トイスト・テクスチヤ化工程に賦する際の撚りのセツト温度を200度Cより高い温度にすることは当業者に容易に選択し得ることというべきである。
5 Xは,本顧発明の必須要件中のそれぞれの数値条件について,仮に公知例にこれらの数値を含み,あるいはこれを示唆する一般的記載があつたとしても,本願発明の意図する特定の目的のために,その一般的な記載のうちのどの具体的な数値が有効であるかの教示がない限り,その特定の数値について,各公知例の記載から公知であり,あるいは当業者が容易に選択することができるものであると判断することは許されないのに,審決は,各公知例に前示教示が存することを確定しないで右のように判断したものであるから,審決には理由不備の違法があると主張する。
しかしながら,一定の発明が公知例に記載,開示された技術的事項に基づいて容易に発明することができたものであるかどうかは,当該技術分野において通常の知識を有する者,すなわち当業者が公知例に記載,開示された技術的事項ないしその基本に存する技術的思想あるいは出願当時の技術水準に照らし公知例の記載,開示する技術的事項の示唆する範囲に含まれると認められるものに基づいて,当該発明をすることができたかどうかという形で判断をするものであるが,右判断に当たつて,当該発明の目的(技術課題)を参酌する必要はあるが,公知例に開示された数値条件が当該発明の意図する特定の目的のために有効であることを教示するものでなければ,その数値条件を選択することができないという理由はない。けだし,公知例たる技術的手段の目的と当該発明の目的とが異なり,公知例の技術的手段の一部を成す数値条件自体は直接には当該発明の目的を達成する手段としての意義を持たないものであつても,当業者において,公知例の数値条件の技術的合理性,汎用性などにかんがみその数値条件の規定から示唆を得,所要の設計を実施して,これを特定の目的を持つた当該発明の構成の一部として取り込むのにさして困難があつたとは認められない場合には,当該発明は容易に推考し得たものとするのが相当だからである。そして,本件審決の理由の要点は,事実欄第二,三摘示のとおりであつて,審決は本願発明の要旨を本願発明の特許請求の範囲記載のとおり認定した上,引用例(イ)の技術内容を右摘示のとおり認定し,両者について供給糸たるPETの引取り速度,結晶化度,fs70値,及び同時的ドロー・トイスト・テクスチャ化工程における延伸倍率,撚りのセット温度等の数値条件を含めて,具体的構成について対比判断した上,一致点,相違点を摘示し,相違点について引用例(ロ),(ハ),(ニ)の技術内容及び周知事項を援用して,具体的に当業者が容易に想到し得るものであると説示したものであつて,審決にはいささかの理由不備も存しない。
また,Xは,審決が,請求人(X)の主張する本願発明の生産効率の向上,装置の簡単化,捲縮性能,染色均一性,貯蔵安定性等の効果について,いずれもポリエステルを高速紡糸して未延伸糸が有する物性に起因するもので当業者の当然予測されるところの効果にすぎないとのみ説示した点に関し,ポリエステルを高速紡糸した末延伸糸の物性としていかなる点が当業者の認識にあつたか,また,それからどのような理由で多種多様の効果が予測されるかの認定を欠く審決には理由不備の違法がある旨主張する。
しかしながら,審決において記載することを要する理由(特許法第157条第2項第4号)は,その結論に達するまでの,事実認定を含む判断過程であつて,その結論が合理的であることを理解させるものであることを要するとともに,それをもつて足りるものであり,必ずしもその結論に達するまでの判断過程のすべてを逐一詳細に説示しなければならないものではない。本件において,審決がX主張のような点まで説示しなければならなかつたものとは認められず,本願発明の作用効果に関する審決の説示に理由不備の違法は存しない。
6 以上の次第であつて,優先権についての審決の判断には一部誤りがあるが,その誤りは審決の結論に影響がなく,また,本願発明と引用例(イ)記載の方法との相違点(一),(二),及び(三)に関する審決の認定,判断は正当であり,かつ審決にはXの主張する理由不備の違法は存しない。
三 よつて,審決の違法を理由にその取消しを求めるXの本訴請求は失当としてこれを棄却することとし,訴訟費用の負担及び参加によつて生じた費用ならびに上告のための附加期間について行政事件訴訟法第7条,民事訴訟法第89条,第94条後段,第158条第2項の各規定を適用して主文のとおり判決する。」