1.判決
請求棄却。
2.争点
(1))西独国実用新案登録第1859490号明細書の複写物(以下,「第1引用例」という。)は特許法29条1項3号にいう刊行物か。
(2)技術分野に相違があるか。
(3)本件発明には顕著な作用効果があるか。
3.判断
請求棄却。
「第五 争点に対する判断
一 取消事由(一)について
特許法29条1項3号の刊行物とは,既に世に知された技術には特許権を付与すべきでないという特許制度の趣旨に照らし,公衆に対する情報伝達を目的として印刷され,または写真,複写等の手段によつて複製された文書,図面,写真等をいうと解するのが相当である。その作成日,作成者はその文書に直接記載されていなくともほかの手段でそれが明らかになればそれで足りると解される。
Xらは同号の刊行物であるためには,同時に同一のものが多数印刷または複製されて発行または出版され,刊行人によつて積極的に配布されたものであることを要すると主張する。しかし,公衆に対する情報伝達の方法としては,文書等を多数印刷して積極的に配布する方法もあるが,また需要に応じて注文された都度,文書等を写真または複写機によつて複写して交付する方法もある。このどちらを採るかは専らコストが要求される周知性の程度によるものであつて,いずれの方法によつても公衆に情報が伝達されることには変りはない。してみれば,需要に応じて注文の都度複写されて交付される文書等の複写物も同号の刊行物にあたるといつてよい。
ところで成立に争いのない乙第10号証によれば,西独国においては,西独国実用新案の出願書類は実用新案が登録された日から誰でも西独国特許庁において閲覧することができること,西独国実用新案の出願書類の複写物を望む者は誰でも,西独国特許庁からまたは私的サービス会社,例えばドイツ特許サービス社を介して,通例注文発信後およそ二週間で入手できることが認められる。そして,西独国実用新案登録第1859490号は本件特許の出願前である1962年10月4日に実用新案登録され,その日以後西独国においてその出願書類が公衆の閲覧に供されたことは当事者間に争いがない。また成立に争いのない乙第4号証,同6,7号証および同第12号証から第16号証までによれば,1962年10月15日から同年11月14日までの間に西独国における署名なカメラないしフイルムメーカーであるアグフアゲフエルト社,コダツク社,エルンストライツ社,ローライウエルケ社等が相次いで前記実用新案の明細書の複写物を西独国特許庁またはドイツ特許サービス社から配布を受けていることが認められる。してみれば,これらの会社が入手した複写物が,特許法29条1項3号の刊行物であることは明らかである。ところで,第1引用例はこの西独国実用新案の明細書の複写物であり,その体裁内容は前記各会社が本件特許出願前に交付を受けた複写物と全く同一であるから,西独国特許庁またはドイツ特許サービス株式会社が遅くとも本件特許出願前に作成して配布した文書であると推認して差支えない。したがつて第1引用例を特許法29条1項3号の刊行物とした審決の判断に誤りはない。
二 取消事由(二)について
Xらは,プリズム等の光学素子内に反射面を傾斜して埋設する技術はカメラにおける距離計フアインダの分野に限られていたと主張する。しかしながら,成立に争いのない乙第22号証,同第25号証によれば,本件特許出願前既にカメラにおける測光の分野において,半反射面又は光分割面を光分割プリズム又は光線分割体内に傾斜して埋設し,カメラへの入射光を測定する方法が慣用技術として存在していたことが認められる。してみれば,本件発明において部分測光のために,ガラス平板内に反射または乱反射面を傾斜して埋設する構成を採ることに格別の発明力を要するとはいえないから,これを慣用技術であることを根拠として単なる光学上の設計変更に過ぎないとした審決の判断に誤りはない。
三 取消事由(三)について
Xらの主張する本件発明による作用効果は,本件特許請求の範囲に限定されていない構成を前提とするものか,あるいは前記慣用技術を採用したことによる当然の作用効果であるから,これらを進歩性の根拠としなかつた審決の判断に誤りはない。
(一)従来のカメラにおける部分測光の技術にはない作用効果について
(1)(イ),(ロ)の作用効果について
本件発明の要旨において埋設するのは反射面または乱反射面であつて,その反射面にはハーフ・ミラーだけではなく,全鏡,輝線等が含まれることは,成立に争いのない甲第二号証によつて認めることができる。そして反射面を全鏡にすると,フアインダ視野中の測光部分に対応する全鏡部分が暗黒になつて被写体像の欠落を生じ,また乱反射面にすれば被写体像光が乱反射面で乱反射するため被写体像がにじむようになることは明らかである。したがつて,全鏡や乱反射面の場合には,全視野が明暸に見えたり,測光しようとする被写体の部分を見定めることはできないから,(イ),(ロ)の作用効果は生じない。(イ),(ロ)の作用効果は,ガラス平板内にハーフ・ミラーを埋設した場合に生ずる効果であるが,本件発明の対象はかような場合にのみ限定されていないのである。
(2)(ハ),(ニ)の作用効果について
前記(イ),(ロ)の作用効果が本件発明の常に奏する作用効果といえない以上,(ハ),(ニ)の作用効果も従来技術に比べて常に格段にすぐれているとはいえない。
(二)第1引用例に記載されている技術を部分測光に転用した場合にも予測しえないような作用効果について
(1)(イ)のa,b,cの作用効果について
これらの作用効果は,ガラス平板の厚さを反射面の高さと等しくした場合にのみ生ずるものであるが,本件発明はかような場合にのみ限定されていないから,そのような作用効果を常に奏するとはいえない。
(2)(ロ)の作用効果について
本件発明における反射面はハーフ・ミラーに限定されず全鏡,輝線等の場合も含まれるから,ハーフ・ミラーに限定した場合の作用効果をもつて本件発明が常に奏する作用効果であるということはできない。なお,第1引用例においては反射面が凹設されているためにフアインダで見る測光部分と実際に測光される部分との間にずれが生ずるのは本件発明において生じないのは,前記慣用技術を採用したことによる当然の帰結であつて格別顕著なものとはいえない。
(3)(ハ),(ニ)の作用効果について
これまた前記慣用技術を採用したことによる当然の作用効果であつて格別顕著なものとはいえない。
四 以上のとおり,本件審決にはXら主張の違法はないから,その取消を求めるXらの本訴請求は失当として棄却し,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法89条,93条1項本文を適用して主文のとおり判決する。」