1.事案の概要
X(原告)は,昭和37年12月10日,「コンクリート強化用混和剤及施工法」なる名称の発明について特許出願(昭和37年特許願第54369号。以下「原出願」という。)をしたが,昭和41年5月9日に同特許出願を分割して,発明の名称を「強化コンクリート製品の製造法」とする新たな特許出願(昭和41年特許願第29227号。以下「本願」という。)をしたところ,昭和43年9月3日拒絶査定を受けた。Xは,これを不服として,昭和43年10月21日に審判の請求(昭和43年審判第7570号)をしたところ,特許庁は昭和44年8月4日,本願発明の明細書の特許請求の範囲(1)記載の発明は,原出願発明の明細書の特許請求の範囲(1)記載の発明と実質上同一発明であり,また,本願発明の明細書の特許請求の範囲(2)記載の発明は,原出願発明の明細書の特許請求の範囲(2)記載の発明と実質上同一であるから,本願は適法な分割出願と認められず,したがって本願発明は,その特許出願前の出願にかかる原出願発明の特許請求の範囲(1)および(2)記載の発明と実質上同一であるから,本願発明は特許法第39条第1項の規定により特許を受けることができないとして,「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決をした。
なお,原出願発明は,昭和41年1月22日出願公告決定があり,昭和41年2月28日に特公昭41-3460号として出願公告され,昭和41年6月22日に特許査定となり,特許番号第478410号として設定の登録がされた。
本願発明の要旨は,次のとおりである。
「(1)(イ)ポルトランドセメントに,粉末けい酸ソーダと,けい酸の沈澱剤と,塩化カルシウムおよび硫酸カルシウムとを加え,水とともに練り混ぜ,次いで,(ロ)砂,砂利を加えて練り混ぜを行ない,その後,(ハ)成形を行ない,さらに,(二)水養生を行なうことの4工程からなる「強化コンクリート製品の製造法。
(2)(イ)ポルトランドセメントに,粉末けい酸ソーダと,けい酸の沈殿剤と,塩化カルシウムおよび硫酸カルシウムの多量と,酸化チタンと,硫酸銅と,硫酸鉄とクロム酸カリとを加え,水とともに練り混ぜ,その後,前記本願発明の「特許請求の範囲」の項(1)と同様の(ロ)ないし(ニ)の工程を経ることからなる「強化コンクリート製品の製造法」。」
また,原出願発明の明細書(昭和40年12月20日付意見書に代る手続補正書による訂正後のものをいう。以下同じ。)の「特許請求の範囲」の項(1)に記載の発明の要旨は,「粉末けい酸ソーダと,けい酸の沈澱剤と,塩化カルシウムおよび硫酸カルシウムの多量とを混和してなるコンクリート強化用混和剤」にあり,また,同明細書の「特許請求の範囲」の項(2)に記載の発明の要旨は,「粉末けい酸ソーダと,けい酸の沈澱剤と,塩化カルシウムおよび硫配カルシウム多量と,酸化チタンと,硫酸銅と,硫酸鉄と,クロム酸カリとを混和してなるコンクリート強化用混和剤」である。
2.争点
(1)原出願発明が物の発明であり,本願発明が方法の発明である場合の,同一性。
(2)分割の適法性。
3.判決
請求棄却。
4.判断
「一 原出願発明および本願発明の特許庁における審査,審判等の手続の経緯に関する請求の原因第一項および本件審決の理由の要旨に関する同第二項の事実は,当事者間に争いがない。
二 成立に争いのない甲第3号証(原出願の願書および明細書),第4号証(昭和40年12月20日付意見書に代る手続補正書)および第5号証(原出願発明の特許公報)によると,原出願発明の名称は昭和40年12月20日付の手続補正書により「コンクリート強化用混和剤」と訂正され,その明細書には「特許請求の範囲」として,「(1)粉末珪酸ソーダと,珪酸の沈澱剤と,塩化カルシウムおよび硫酸カルシウムの多量とを混和してなるコンクリート強化用混和剤(2)粉末珪酸ソーダと,珪酸の沈澱剤と,塩化カルシウムおよび硫酸カルシウム多量と,酸化チタンと,硫酸銅と,硫酸鉄と,クロム酸カリとを混和してなるコンクリート強化用混和剤」と記載され,明細書の「発明の詳細な説明」の項には,・・・と,従来のセメント強化用混和剤使用の場合の技術的欠陥について記載され,続けて,・・・と,発明の課題および課題を解決する方法について記載され,次いで発明にかかる強化用混和剤の使用の場合の実施例についての記載があり,さらに作用,効果に関し,・・・と記載されていることが認められる。これらの記載事実に徴すると,従来のコンクリート強化用混和剤は,最近のようにセメントの粒子が微細化されると,その全表面積が大きくなるため水和が急速に進行し,加えられた薬品類(強化用混和剤)との作用は終始激しく行なわれ,一方セメントは早く固くなる性質があるため均等な組織に組み立てられる以前に固化し,内部構造が乱雑となり,部分的に強弱を生じ,後日その境界からひび割れを生ずる結果となり,コンクリート強化の目的を十分に達し難い欠点があつたところ,原出願発明はこの欠点を除去することを発明の課題とし細かいセメント粒子に適応するコンクリート強化用混和剤を提供することを目的とするものであり,その発明の要旨は明細書の特許請求の範囲に記載されたとおりと認めることができる。
三 一方,成立に争いのない甲第2号証(本願の願書および明細書)によると,本願発明の明細書には,「特許請求の範囲」として,「(1)ポルトランドセメントに水を加えて練り混ぜるに当り,これに粉末けい酸ソーダと,けい酸の沈澱剤と,塩化カルシウムおよび硫酸カルシウムとを加えて第一次の練り混ぜを行い,その練り混ぜの後に砂,砂利を加えて更に第二次の練り混ぜを行い,その後に成形し更に水養生を行うことを特徴とする強化コンクリート製品の製造法。(2)ポルトランドセメントに水を加えて練り混ぜるに当り,これに粉末けい酸ソーダと,けい酸の沈澱剤と,塩化カルシウムおよび硫酸カルシウムの多量と,酸化チタンと,硫酸銅と,硫酸鉄と,クロム酸カリとを加えて第一次の練り混ぜを行い,その練り混ぜの後に砂,砂利を加えて更に第二次の練り混ぜを行い,その後に成形し,更に水養生を行うことを特徴とする強化コンクリート製品の製造法。」と記載され,その明細書の「発明の詳細な説明」の項には,まず,従来のセメント強化用混和剤使用の場合の欠陥について,前記原出願発明の明細書の記載と同一趣旨の記載があり,次に,この欠点を除く製造法を得ることを発明の課題とするとの記載に続けて,本願発明の主眼点として,原出願発明の明細書中課題解決の方法に関する記載として前掲したところと同趣旨の記載がされ,実施例として原出願発明の明細書と同一例が示され,さらに作用効果について,「強度の伸びを著しく増加」し,「セメントの節約ともなる」と記載されていることが認められる。叙上認定の事実に徴すると,従来のコンクリート強化用混和剤は,最近のようにセメントの粒子が微細化されると,前記のとおりの欠点を生じ,十分にコンクリート強化の目的を達し難いので,本願発明はこの欠点を除去することを発明の課題とし,特定の薬品を使用して強化コンクリート製品を得るための方法を得ることを目的とするものであり,その発明の要旨は,明細書の特許請求の範囲に記載されたとおりの強化コンクリー製品の製造法と認めることができる。
四 そこで,前記認定した事実に基づき,原出願発明と本願発明とを対比するに,本願発明の特許請求の範囲(1)および(2)は,従来のコンクリート強化用混和剤を加えて行なう周知のコンクリート製造法において,従来のコンクリート強化用混和剤に代えて原出願発明の特許請求の範囲(1)および(2)に記載の強化用混和剤をそれぞれ使用したものであることは明白であり,両発明がコンクリート製造に用いる従来のコンクリート強化用混和剤の欠陥を克服する手段として開示したところは,表現形式上前者は「物」の発明であり,後者は「方法」の発明であるけれども,その技術思想の実質は,コンクリート製造の際に添加する薬品すなわち強化用混和剤にあるものであり,両者その使用領域を全く同じくし,また,作用効果においても同一であることを認めることができる。右に認定したところからすると,原出願発明と本願発明は,同一の使用領域に有利に使用しうる新規な材料を見出だすことが基礎になつており,本願発明は原出願発明にかかる物の使用目的に従つた自明の使用行為にすぎないもので,それ自体何らの発明性を有しないものといわざるをえないから,結局,原出願発明と本願発明とは同一の発明と解すべきである。
五 Xは,本願発明は原出願発明と同一性がないとして,その理由を縷々主張するから,以下判断することとする。
まず,Xは「物」の発明と「方法」の発明は異なる旨主張するのであるが,本願発明と原出願発明とが同一の技術思想を開示したものであり,本願発明が原出願発明の自明の使用行為であつて,それ自体原出願発明に性質上当然含まれるべきものである点に徴すれば,両発明は単なる表現方法の相違があるにすぎないものと解すべきこと前説示のとおりである。「物」と「方法」の発明である以上その発明の内容いかんにかかわらず,常に異別の発明と解するXの主張は到底採用できない。なお,Xは原出願発明と本願発明は単に表現形式上の相違に止まらず,技術上の構成も異なり,本願発明の技術は原出願発明の構成上の必須要件となつていないから,両者は別発明である旨主張するが,さきに認定したとおり,原出願発明の技術内容と本願発明の技術内容は帰するところ同一であり,本願発明が原出願発明の自明の使用方法にすぎず,方法の点に発明性が認められない以上独立の発明を構成するものといい難い。したがつて,X主張のように別発明と解することはできない。また,Xは,「方法」に関する発明の新規性は,その方法に使用される材料を含めた全体によつて判断すべきであり,その工程中に新規な発明があれば,方法としても新規な発明とみるべきであると主張するけれども,本願発明が原出願発明の自明の使用態様であり,それ自体何らの発明性がないこと前記認定のとおりである以上,その方法に特許性があるものということはできない。なお,Xは,審決の判断に関して工業所有権保護同盟条約第4条庚に違反する趣旨の主張をするが,右は審決の判断に対する誤解に基づくものというべく,審決は一出願中に記載された二発明間において,そのうちの一の発明(以下「特定発明」という。)との関係で他の発明が同一発明となるかどうかを判断したに止まるのであつて,他の発明が特定発明と別発明であり,かつ,特許要件を具備する場合に特許されることを否定する趣旨でないことは明白であるから,右の審決の判断がX主張のように工業所有権保護同盟条約第4条庚に違反する結果を招くことにならないことはいうまでもない。
その他,Xが両発明の目的の同一性,効果等に関連して主張するところは,原出願発明と本願発明が同一発明であるか否かについての前記の判断で示したとおりであつて,これらXの主張はいずれも採用するに由ない。
六 してみれば,原出願には,二発明でなく,単一の発明が記載されているにすぎないから,本願は分割出願の要件を備えないものというべく,したがつて,本願は全く新たな出願とみるべきであり,特許法第44条第3項の出願日の遡及を認めることができないところ,本願発明は先願である原出願発明と実質上同一の発明であること前記認定のとおりであるから,特許法第39条第1項の規定により特許を受けることができないものといわなければならない。
七 以上の理由により,右と同趣旨の判断をした本件審決には何ら違法な点はないから,同審決の取消しを求めるXの本訴請求は失当として棄却すべきものとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第7条および民事訴訟法第89条を適用して主文のとおり判決する。」