1.事案の概要
X(原告)は,発明の名称を「インスリン抵抗性糖尿病のための食事用補添物」とする特許出願(特願平2-504805号,パリ条約による優先権主張外国庁受理1989年3月8日(以下「本件優先日」という。),米国(米国特許出願第320482号(以下「本件米国特許出願」という。))に基づく優先権を主張して,1990年3月8日を国際出願日とする出願,以下「本件特許出願」といい,その発明を「本願発明」という。)をしたが,平成11年1月25日に拒絶査定を受けたので,平成11年5月10日,これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は,同請求を平成11年審判第7590号事件として審理した上,平成12年10月23日に「本件明細書には,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,本願発明の目的,構成及び効果が記載されているとはいえず,本件特許出願は,明細書の記載が,特許法36条3項(平成2年法律第30号による改正前の特許法36条3項(以下「旧36条3項」という。)のこと。)に規定する要件を満たしていないので,拒絶すべきものである」「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした。
X出訴。
本件特許出願の願書に添付した明細書(平成11年6月9日付け手続補正書による補正後のもの。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである。
「1.インスリン抵抗性を呈するかまたはインスリン抵抗性の臨床症状の発生に遺伝的にかかりやすい個体における治療的レベルを提供するために充分な量のD-キロ-イノシトール(DCI)を含有する,インスリン抵抗性を呈する個体の処置またはインスリン抵抗性の臨床症状が遺伝的に発生しやすい個体におけるその臨床症状の発生の防止のための食事用補添物。
2.該DCIが25〜100ミリグラムの量で存在する請求項1に記載の食事用補添物。
3.該DCIが経口投与に適するかたちに調製されている請求項1に記載の食事用補添物。
4.DCIが経口投与以外の投与に適するかたちに調製されている請求項2に記載の食事用補添物。
5.(i)D-キロ-イノシトールの有効量および(ii)医薬的に許容可能な担体を含有する,インスリン抵抗性を呈する個体の処置またはインスリン抵抗性の臨床症状が遺伝的に発生しやすい個体におけるその臨床症状の発生の防止のための医薬組成物。
6.該有効量が25〜100ミリグラムである請求項5に記載の医薬組成物。
7.経口投与に適したかたちの請求項5に記載の医薬組成物。
8.経口投与以外の投与に適したかたちの請求項5に記載の医薬組成物。」
2.争点
(1)医薬についての用途発明においては,明細書に薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載をしてその用途の有用性を裏付ける必要がない発明の詳細な説明の記載は,特許法第36条第3項に規定する要件(実施可能要件)を満たさないか。
(2)優先権主張日当時の技術常識等の参酌。
3.判決
請求棄却。
4.判断
「第5 当裁判所の判断
1 取消事由(旧36条3項所定の記載要件の充足性の判断の誤り)について
(1)医薬発明に係る特許出願の明細書と旧36条3項所定の記載要件
審決は,「医薬についての用途発明においては,一般に,有効成分の物質名,化学構造だけからその有用性を予測することは困難であり,明細書に有効量,投与方法,製剤化のための事項がある程度記載されている場合であっても,それだけでは当業者が当該医薬が実際にその用途において有用性があるか否かを知ることができないから,明細書に薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載をしてその用途の有用性を裏付ける必要があり,それがなされていない発明の詳細な説明の記載は,特許法第36条第3項(注,旧36条3項)に規定する要件を満たさない」(審決謄本2頁下から第2段落)と説示した上,本件明細書(甲2)の記載についてその充足性を検討しているところ,この判断枠組みは,首肯し得るところであり,Xも一般論としてはこれを認めている。そして,明細書における薬理データと同視すべき程度の記載とは,当業者が医薬用途があるとする化学物質がどのような薬効を有しているかを理解し,どのように使用すれば目的とする薬効が得られるかを理解することのできるような記載であり,当業者がこのように明細書の記載を理解するために利用することのできるものは,出願時(優先権主張日当時)の当業者が有する技術常識である。
(2)本件優先日当時の技術常識の参酌について
ア 2型糖尿病とDCIの合成不能との関係について
Xは,本件優先日当時の技術常識を参酌すれば,当業者は,本件明細書の記載から,DCIの合成不能により2型糖尿病が発症することを科学的に納得して理解し得たと主張する。
本件明細書(甲2)には,@PDHの活性化及び他の酵素系の阻害に関して,インスリンの活性を媒介すると思われる少なくとも二つの物質が均質にまで精製されたこと(1頁最終段落),APDHを活性化する生物学的活性を有するインスリンメディエイタの構造分析によって,DCIがインスリンメディエイタ分子中に存在すること(1頁最終段落〜2頁第1段落),BDCIが2型糖尿病患者の尿中に少なく,約200ナノグラム/ml以下であること(2頁第1段落),C2型糖尿病は,DCIのインビボ合成の遺伝的不能による可能性が示されたこと(同頁最終段落),D通常の食事用食品には,十分な量の吸収可能なDCIは含まれていないため,その合成不能を補うことはできず,この合成不能が,PDHの活性化の要因となるインスリンメディエイタの形成を妨げていること(同段落〜4頁第2段落)が記載されているが,上記記載@,Aについて,インスリンとグルコースの代謝を関係付けるPDHを活性化するインスリンメディエイタの構造分析について,その生成方法,分離方法や分析結果の詳細等の開示はなく,上記記載Bについて,2型糖尿病患者の尿中のDCI量についても,糖尿病でない正常な人のDCI量を明らかにしていないし,どのような条件で行った測定であるのか,その測定の詳細も明らかではなく,上記記載Cについても,その推論の単なる提示がされているにすぎず,どのような研究によったのか明らかではなく,その推論を裏付ける実験結果も開示されていない。
この点について,Xは,本件明細書に開示された上記事項に,(a)吸収可能なDCI自体は通常の食事用食品には含まれていないこと,(b)インスリンが,メディエイタを介してPDHを活性化し,そのことによってグルコース代謝を制御すること,(c)インスリン刺激はインスリンメディエイタと考えられるイノシトールを含有する物質の生成を導くこと,(d)2型糖尿病とインスリンメディエイタ生成の減少との間に関連性があること,という公知技術を考え併せれば,「インスリン抵抗性糖尿病がDCIのインビボ合成不能による」という本件明細書の記載を,当業者は科学的に納得して理解し,必要であれば,本件優先日当時の技術常識に基づいて上記記載内容を容易に確認し得,「DCIの合成不能」は,インスリンの標的細胞である肝細胞又は筋細胞におけるDCIの存在,不存在又は存在量を決定することにより容易に確認し得,この結果を2型糖尿病患者と健常人,1型糖尿病患者との間で比較検討することによって,2型糖尿病がDCIの合成不能によることを容易に確認し得たということができると主張し,上記公知技術の証拠として,米国特許出願1,2,甲4〜8を挙げる。
しかしながら,米国特許出願1,2は,本件優先日に出願されたものであって,本件優先日当時に公知となっていたものではないから,その内容を技術常識として参酌することはできない。
また,甲4には,・・・との記載があり,インスリンメディエイタはファミリーを形成する複数種の化学物質から成るものであることの開示はあるが,同記載は,インスリンメディエイタファミリーに属するものの中にPDHを活性化し得る低分子量の物質があることを推測しているにすぎない。また,甲4の・・・との記載は,インスリンメディエイタファミリーに属するインスリンメディエイタについて記載されているのであって,PDHを活性化し得る物質についてのみ述べているものではない。そして,甲4には,・・・と記載され,インスリンメディエイタには,インスリン刺激メディエイタ,インスリン阻害メディエイタ,あるいは,肝臓癌細胞では4種類のインスリンメディエイタが存在し,これらのメディエイタはcAMP依存性プロテインキナーゼ阻害活性,グリコーゲン合成酵素ホスファターゼ刺激活性,PDH刺激活性,アデニル酸シクラーゼ調節活性等を有するとされていることから,インスリンメディエイタの持つ活性が,PDH活性についてのみに限定されているのでないことは明らかである。
甲5には,インスリン処理筋肉から単離された因子が,インスリンメディエイタに相当し,ピルビン酸デヒドロゲナーゼ活性を持つことが記載されているが,インスリンメディエイタが物質として何であるかの同定はされていない。
甲6には,インスリンと細胞膜レセプターとの相互作用によりセカンドメッセンジャーの生成の可能性を示唆しているにすぎない。
甲7には,インスリンとレセプターの関係が記載されているが,X主張に係る「インスリンがメディエイタを介してピルビン酸デヒドロゲナーゼを活性化し,そのことによってグルコース代謝を制御する」ことは記載されていない。
甲8には,・・・と記載され,ホルモン作用を模倣する物質はインスリンメディエイタに相当し,イノシトールを含有する複合糖質リン酸基質のようであると示唆するが,この物質がPDHの活性化作用を有するメディエイタであること及びイノシトールを含有する物質であると確認されたこと,それがDCIであることは記載されていない。加えて,イノシトールには9個の異性体が存在するから,どのイノシトールであるかが特定できない上,本件優先日当時,イノシトールはミオ-イノシトールを意味していた(乙1)から,この物質がPDH活性化作用を有するイノシトールを含有する物質であったとしても,甲8に接した当業者は,この物質はミオ-イノシトールを含有するものと理解するというべきである。
したがって,甲4〜8の記載は,インスリンメディエイタが複数存在することを示していても,その化学構造が示唆されているだけでPDHの活性化作用を有することは明らかでないのであるから,これらを参酌しても,本件明細書の上記記載@〜Bから,PDHの活性化作用と2型糖尿病の因果関係が本件優先日当時明らかであったとはいえず,DCIの2型糖尿病に対する治療や予防の効果が当然に得られるものとして科学的に当業者が理解するということはできない。
イ DCIの人体への吸収とインスリンメディエイタの合成の欠失の解消について
Xは,本件優先日当時の技術常識に照らせば,当業者は,DCIが人体に吸収され,そしてインスリンメディエイタの合成の欠失を解消できることを,科学的に納得して理解し得たということができると主張する。
確かに,本件明細書(甲2)には,Xが主張するように,@DCIのエステル体は生体によって吸収可能ではないが,DCI自体は吸収可能であること(4頁第2段落),ADCIが消化管系の壁を介して直接吸収されること(3頁第3段落)が記載されているが,上記各記載を裏付ける薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載はない。この点について,Xは,甲9〜12に記載された公知の知見に基づけば,当業者は,ミオ-イノシトールの光学異性体であるDCIも,ミオ-イノシトールと同様に小腸で吸収され,細胞に取り込まれて,生理的作用をもたらすと容易に予測し得,さらに,甲17に記載された公知の知見から,当業者は,インスリンメディエイタのPI部分が,DCIとジアシルグリセロール誘導体から合成されると当然に予測し得,また,このように栄養素,ビタミン又は他の化合物(本願発明においてはDCI)の全身性欠損を,患者に対して十分な量の欠損する化合物を提供して全身性不全を克服することは一般的であるから,本件優先日当時の技術常識に照らせば,当業者は,DCIが人体に吸収され,そしてインスリンメディエイタの合成の欠失を解消できることを,科学的に納得して理解し得たということができると主張する。
しかしながら,甲9には,イノシトールが小腸より吸収されることの記載とともに,「ヒト糖尿病において観察されるイノシトール尿は,イノシトールの尿細管再吸収に対するグルコースの阻害的効果により生じ得る」(訳文下から第2段落)ことも明らかにし,また,甲10においても,糖尿病患者においてミオ-イノシトールの排出量が増加することが記載され(Xの自認するところである。),これらの知見によれば,糖尿病患者の尿中には,糖尿病でないヒトより多くのミオ-イノシトールが存在するのであるから,ミオ-イノシトールとDCIが極めて近い化合物であるとはいえ,DCIは糖尿病患者の尿中には存在しないか糖尿病でないヒトに比べ極めて少ないレベルで存在するという知見は,DCIが生体内においてミオ-イノシトールとは異なる挙動を示す化合物であることを認識させるというべきである。Xは,甲22鑑定書,甲27を挙げ,甲9,10中の,糖尿病患者においてミオ-イノシトールの排泄量が増加するとの記載は,DCIがミオ-イノシトールと異なる挙動を示すことをうかがわせるものではないと主張する。しかしながら,甲22鑑定書が採用できないことは,後記のとおりであり,甲27の11頁には,正常者の血中にはミオ−イノシトールしか検出されなかったが,慢性腎不全患者血中にはキロ−イノシトールなどが検出されたこと,及び慢性腎不全患者では尿中のキロ−イノシトールが正常者より増加すると記載されているのであって,甲22鑑定書及び甲27は,Xの上記主張の根拠とはなり得ない。
また,甲11,12は,その体裁及び内容から,いずれも研究者がその研究内容を報告する報文ないし速報であると認められ,そこに記載された内容が,本件優先日当時の当業者の技術常識であるということはできないから,それらの記載内容を参酌して本件明細書の記載を理解すべきであるとするXの主張は,その前提において誤りである。
甲17には,・・・と記載され,ミオ-イノシトールとジアシルグリセロール誘導体からホスファチジルイノシトールが生合成することが周知であることが示されているのであるから,この記載を併せれば,インスリンメディエイタのイノシトール部分がミオ-イノシトールであるホスファチジルイノシトールであるとの推測をさせるものであって,X主張のように,当業者が,DCIがホスファチジルイノシトールの生合成に利用されると当然に予測できるものということはできない。
他方,昭和59年発行「月刊薬事」26巻1号71頁〜76頁(乙9),昭和47年2月1日南山堂第14版発行高木敬次郎外著「薬物学」335頁〜337頁(乙10)には,アミノ酸の一種であるメチオニンはD-体でも生体内でL-体に変化して有効であるが,同じアミノ酸であるリジンはL-型のみが有効でD-型は腸管よりの吸収が悪く,またD→Lの変換も起こり得ないものであることが記載され,上記「薬理学」568頁〜571頁には,医薬物質は体内で吸収されても,それで薬理作用を奏するものでなく,薬物の作用点に到達することが必要である等,薬理作用を奏するためには多くの要因によって左右されるのであることが記載され,これらの記載によれば,化合物の構造の少しの差違が生理作用に顕著な差を持つことも多く,必ずしも化学構造から生理作用が予測できないことは当業者に周知であったと認められるから,DCIは,ミオ-イノシトールの光学異性体であってその構造が近似しているからといって,物質としては異なるから,当業者は,DCIがミオイノシトールと似ているとしても,同じように消化管から吸収され,同じように体内で利用されるものと理解するということはできない。
ウ 甲22鑑定書について
甲22鑑定書は,・・・と記載し,続いて本件明細書の記載と技術常識を参酌した当業者によって科学的に納得して理解される理由を具体的に述べるものである。
ところで,インスリンによる糖代謝の作用機序に関しては,セカンドメッセンジャー説が提唱されていたところ,同説は,@PI-PLC(フォスファチジルイノシトール-ホスホリパーゼC)がグリコホスファチジルイノシトールのアンカー型分子を切断し,Aその切断によって,イノシトールグリカン(IG)及び1,2-ジアシルグリセロール(DAG)を生成し,Bこれらイノシトールグリカン及び1,2−ジアシルグリセロールがセカンドメッセンジャーとして作用し,Cこれらセカンドメッセンジャーのうちでイノシトールグリカンが,PDHホスファターゼを介してPDHを活性化する,というものである。甲22鑑定書の上記記載は,このセカンドメッセンジャー説に基づいたものといえるが,甲22鑑定書に引用された刊行物である甲36〜38は,いずれも本件優先日以後のものである上,同じく本件優先日より後に頒布された刊行物である平成2年発行「日本臨床」48巻・1990年増刊号84頁〜89頁(乙12),平成3年3月30日発行「医学のあゆみ」156巻13号888頁〜891頁(乙13)によれば,平成2年〜3年当時においても,セカンドメッセンジャー説は,いまだ一つの仮説の域を出るものではなく,本件優先日当時の当業者の技術常識であったと認めることはできない。甲54,71も上記判断を左右するものではない。
エ 甲23鑑定書について
甲23鑑定書は,そこで参酌された技術が,本件優先日当時に公知のものであるか否かの区別をしないまま記載されている上,本件明細書(甲2)の具体的記載と結論に至るそれぞれの理由との関係も明確にされていないものであり,採用することができない。
(3)米国特許出願の記載の参酌について
Xは,米国特許出願1,2は,本件特許出願の優先権の基礎となる本件米国特許出願と同日の特許出願であり,かつ,本件特許出願の出願人であるXによる特許出願であって,本件優先日当時,Xは,本件特許出願及び米国特許出願1,2の内容を完全に理解していたから,本件明細書とともに,これら米国特許出願1,2に対応する国際公開公報又は日本国公開公報を参酌したとしても,第三者に不利益を生じさせるものではないから,これを参酌すべきであると主張する。
しかしながら,明細書の記載要件の判断は,上記のとおり,特許出願時(本件においては優先日当時)の技術常識を参酌して行われるものであり,その技術常識は,当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)の技術的知識をいい,本件特許出願の出願人の有していた知識をいうものと解することはできないから,Xの上記主張は,失当というほかない。
(4)甲16実験データについて
Xは,本件特許出願後に提出された甲16実験データは,本件明細書(甲2)における蓋然性の高い予測が結果的に正しかったことを確認するためのものにすぎないから,それを採用しなかった審決は誤りであり,東京高裁平成10年(行ケ)第393号・同13年3月13日判決(甲15)の判示に反すると主張する。
しかしながら,Xの主張する本件明細書における予測とは,本件明細書のDCIの薬理データに代わる記載に基づくものと認められるところ,たとえその予測が正しかったことが当業者に理解できるとしても,本件明細書の記載及び本件優先日当時の技術常識から,生体内のインスリンの作用機序におけるDCIの薬理効果の予測を理解できないことは上記のとおりであるから,Xの主張は,失当である。Xが引用する上記東京高裁判決は,出願後の実験データを参酌しても,結局,当該発明が完成されたものと認めることはできないと判断しているものであるから,Xの主張に沿うものということはできない。
(5)DCIの投与量の記載について
Xは,本件明細書(甲2)のDCIの投与量の記載について,25〜100ミリグラムの範囲というDCIの投与量は,科学的根拠に裏付けられた数値であり,かつ,その後の動物実験データによってこの数値が適切であることが確認された数値であると主張する。
本件明細書(甲2)に,DCIの投与量の具体的な数値として記載があるのは,「一般に,投与量は25〜100ミリグラムの範囲で,いろいろな経由で行えばよい」(6頁第1段落)との箇所のみであり,この「25〜100ミリグラム」が,成人1日当たりの投与量か,体重1kg,1回当たりの投与量か,また,その際,1日何回の投与か等については表示がないが,その表示が投与量の記載において必須のものであることは当業者に明らかであり,かつ,本件明細書には,動物あるいはヒトに具体的に投与を行った実験結果も示されていないから,当業者が,上記「25〜100ミリグラム」を,上記いずれの表示であるのかを推測する手掛かりは全くない。
Xは,本件明細書には,DCIの投与量に関して,・・・との記載に基づいて1000mg〜3000mg/日の投与量を用いると考えられ,さらに,DCIとその化学的特徴が比較的類似するビタミンCは,食事からの摂取が不十分な際の補給に,成人1日50〜2000mgを一ないし数回に分けて,経口投与するか,あるいは皮下,筋肉内又は静脈内注射することが公知である(甲35)こと等を理由に,本件明細書の「ビタミン量」の投与量との記載は,DCIの薬理効果と同視すべき記載に当たるとも主張する。しかしながら,本件明細書には,・・・と記載され,上記のビタミン量について具体的数値はないが,上記のとおり,「ビタミンと同程度の濃度となる」との記載に続けて「一般に,投与量は25〜100ミリグラムの範囲で」と記載されていることから,少なくとも,本件明細書におけるDCIの投与量は,25〜100mg程度と理解されるものである。Xが主張するように,ビタミン量が多種の水溶性ビタミンの量であるとすることは,上記の「ビタミンと同程度の濃度となる」との記載と「一般に,投与量は25〜100ミリグラムの範囲で」との記載が全く関連がないとするものにほかならず,文脈上極めて不自然であり,Xの上記主張も採用することができない。
(6)以上に検討したところによれば,本件明細書(甲2)には,医薬発明に相当する本願発明について当業者が科学的に理解できる根拠となるべき薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載があるとは認められないから,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,本願発明の目的,構成及び効果が記載されているとはいえないとした審決の認定判断を誤りということはできず,Xの取消事由の主張は理由がない。
2 以上のとおり,X主張の取消事由は理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,Xの請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。」