1.事案の概要
X(原告)は,特願昭58-85072号(出願日:昭和58年5月17日)の一部を新たな特許出願として,平成3年7月25日,名称を「即席冷凍麺類用穀粉」とする発明につき特許出願をし(特願平3-185094号),平成6年12月2日付け手続補正書により明細書の特許請求の範囲の記載を補正した(以下,補正後の特許請求の範囲の請求項1記載の発明を「本願発明」という。)が,平成10年2月9日に拒絶査定を受けたので,平成10年3月26日,これに対する不服の審判の請求をしたところ(平成10年審判第4292号),特許庁は,平成10年11月17日に,本願発明が特願昭58-32268号出願(以下「先願」という。)の願書に最初に添付した明細書(以下「先願明細書」という。)に記載された発明(以下「先願発明」という。)と同一であると認められるので,本願発明は,特許法29条の2第1項の規定により特許を受けることができないとして,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした。
X出訴。
なお,本願発明の要旨は,
「タピオカ澱粉(注,上記手続補正書に「殿粉」とあるのは誤記と認める。)12〜50重量%と穀粉類88〜50重量%とからなる即席冷凍麺類用穀粉。」
というものである。
2.争点
本願発明が,特許法29条の2第1項によって特許を受けることができないとされるためには,先願発明が完成していることが必要か。
3.判決
審決取消。
4.判断
「第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(先願発明の未完成)について
(1)昭和59年2月1日株式会社学習研究社改訂新版第2刷発行の「グランド現代百科事典」(甲第18号証の1),昭和57年3月15日株式会社平凡社増補改訂版第1刷発行の「小百科事典 増補改訂版」(甲第18号証の2)及び昭和57年5月1日同文書院第四版第3刷発行の「総合食品事典(第四版)」(乙第16号証)には,それぞれ「タピオカ」につき,キャッサバの塊根からとった澱粉であって食用に供されること等の解説が掲載されており,これらが事典類であることにかんがみれば,先願の出願(昭和58年2月28日)及び本件出願(同年5月17日)の相当程度以前から,タピオカないしタピオカ澱粉及びそれが食用に供されることが一般に知られていたものと認められる。
ところで,本願発明の要旨は「タピオカ澱粉12〜50重量%と穀粉類88〜50重量%とからなる即席冷凍麺類用穀粉」というものであるから,本願発明は,タピオカ澱粉という既知の物質の特定の属性により,これを特定割合で他の穀粉類と配合して即席冷凍麺類用穀粉という用途に使用することについての発明であるということができ,講学上用途発明と称されるものということができる。
用途発明は,既知の物質のある未知の属性を発見し,この属性により,当該物質が新たな用途への使用に適することを見いだしたことに基づく発明であると解すべきである。なぜなら,既知の物質につき未知の属性を発見したとしても,それによって当該物質の適用範囲が従来の用途を超えなければ,技術的思想の創作であるということはできず,また,新たな用途への使用に適するといえるものでなければ,適用範囲が従来の用途を超えたとはいい難いからである。
用途発明に係る特許出願については,出願前に,その物質自体は公知であっても,当該新たな用途への使用に適することが見いだされていなければ,発明の新規性は否定されないというべきである。したがって,用途発明の新規性を判断する上で,これと対比して同一であるかどうかを判断する対象となる発明も用途発明でなければならない。同様に,用途発明に係る特許出願につき,当該特許出願の日前の他の特許出願であって当該特許出願後に出願公開等がされたものの願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明と同一であるとして,特許法29条の2第1項により,特許を受けることができないとされるためには,上記「当該特許出願の日前の他の特許出願に係る発明」も用途発明でなければならない。
また,用途発明に係る特許出願に限らず,一般に,特許出願に係る発明が特許法29条の2第1項により,特許を受けることができないとされるためには,上記「当該特許出願の日前の他の特許出願に係る発明」は,発明として完成していることを必要とするものというべきである。そして,発明が完成したというためには,その技術手段が当該技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることを要し,かつ,これをもって足りるものと解すべきである(最高裁昭和61年10月3日判決・民集40巻6号1068頁)。
そうすると,本件において,本願発明が,先願明細書に記載された先願発明と同一であるとして特許法29条の2第1項によって特許を受けることができないとされるためには,すなわち,先願発明が本願発明に対するいわゆる後願排除効を有するためには,先願明細書に先願発明が完成した用途発明として開示されていること,いい換えれば,先願明細書の記載において,用途発明である先願発明が,当業者が反復実施して所定の効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることを必要とすることになる。
なお,本願発明が用途発明であること,用途発明の新規性を判断する上で,対比して同一であるかどうかを判断する対象となる発明が用途発明でなければならないことは,当事者間に争いがない。
また,Yは,先願発明が本願発明に対する後願排除効を有するためには,先願発明が完成した発明であることが必要であるという点について,後願の発明(本願発明)が完成した発明であるということを前提とした上で認めるとするが,審決は,本願発明が完成していないことを本願発明の拒絶の理由としたものではないから,本件において,Yが本願発明の未完成を主張することはできず,したがって,先願発明が完成した発明であることを要するとの点についても,実質上,当事者間に争いがないことになる。Yは,この点に関連して,先願発明が完成した発明でないとしながら,同じ原料組成の本願発明が完成しているとするXの主張は矛盾すると主張するところ,この主張については,後に検討する。
(2)先願明細書に「タピオカ澱粉5〜30重量%と穀粉95〜70重量%とを配合した製麺原料粉を真空度約600mmHg以下の減圧環境下で加水混練し,常法どおり製麺することにより生うどんを製造し,次いで生うどんを沸とう水中で茹でてゆでうどんを製造し,得られたゆでうどんを急速冷凍することにより冷凍うどんを製造すること」(審決書6頁11行目〜17行目)が記載されていること,この記載を前提とすれば,先願明細書には「タピオカ澱粉5〜30重量%と穀粉95〜70重量%とからなる冷凍麺類用穀粉」の発明(先願発明)が記載されており,先願発明は,「タピオカ澱粉12〜30重量%と穀粉類88〜70重量%とからなる」(同7頁末行〜8頁1行目)冷凍麺類用穀粉の点で本願発明と一致することは当事者間に争いがない。なお,Xは,本願発明と先願発明とが「即席冷凍麺類用穀粉」の点で一致するとした審決の認定が誤りであると主張する(取消事由2)が,その主張の当否についての判断はしばらくおき,以下,取消事由1についての判断においては,仮に,先願発明が「即席冷凍麺類用穀粉」である点で本願発明と一致するものとする。
Yは,本願発明の「即席冷凍麺類」の語には,麺の食味,食感や冷凍,解凍方法等を限定する意味はなく,単に解凍してそのまま食することができるという程度の意味しか有していないから,本願発明と対比されるべき先願明細書記載の「即席冷凍麺類用穀粉」は,解凍してそのまま食することができる麺類が製造できるという限度で完成した技術であれば足りるものであるとか,用途発明は,その用途(使い道)が単なる着想や願望の段階にとどまらず,その用途に使用可能であることが実質的に示されていれば,完成しているということができる等の理由を挙げ,先願明細書記載の穀粉によって喫食可能な即席冷凍麺類が製造できれば,即席冷凍麺類用としての用途があることを確認することができ,したがって,先願明細書において,即席冷凍麺類用穀粉という用途発明自体は完成しているということができるとし,用途発明の完成を従来技術より優れた効果を奏する点に求めることは誤りであると主張する。
しかしながら,小麦粉等の穀粉類のみから成る即席冷凍麺類用穀粉(従来技術)が存在すること,そのような穀粉類のみから成る従来の即席冷凍麺類用穀粉によっても十分に喫食可能で,それなりの食味,食感を有する即席冷凍麺類が製造できることはいずれも周知の事柄であって,先願明細書(甲第2号証)もそのことを当然の前提とするものと認められる。そうすると,仮に,先願明細書に,上記「タピオカ澱粉5〜30重量%と穀粉95〜70重量%とからなる即席冷凍麺類用穀粉」(先願発明)につき,その効果として開示されている事項が,単に喫食が可能である即席冷凍麺類が製造できるということにとどまるものとすれば,先願明細書には,タピオカ澱粉を特定割合で他の穀粉類と配合して即席冷凍麺類用穀粉として使用した場合に,従来技術以下の効果を奏することしか開示されていないことになる。そして,その効果が従来技術以下であるにすぎないものとすれば,先願明細書の記載において,タピオカ澱粉が,その特定の属性により即席冷凍麺類用穀粉という新たな用途への使用に適することは未だ見いだされていないといわざるを得ず,先願発明が,用途発明として完成しているということはできない。
すなわち,前示のとおり,用途発明は,既知の物質のある未知の属性を発見し,この属性により,当該物質が新たな用途への使用に適することを見いだしたことに基づく発明をいうものと解すべきであるから,タピオカ澱粉を特定割合で他の穀粉類と配合した先願発明が用途発明として完成しているというためには,タピオカ澱粉の特定の属性により,これを特定割合で他の穀粉類と配合した穀粉が,即席冷凍麺類用穀粉という新たな用途への使用に適することが見いだされたといい得ることが必要である。しかしながら,当該タピオカ澱粉配合の穀粉を即席冷凍麺類用穀粉として使用した場合に奏する効果が,タピオカ澱粉を含まず穀粉類のみから成る従来の即席冷凍麺類用穀粉(従来技術)が奏する効果以下のものとすれば,当該タピオカ澱粉配合の穀粉が,即席冷凍麺類の製造に適しているということができず,したがって,タピオカ澱粉がその特定の属性により即席冷凍麺類用穀粉という新たな用途への使用に適することを見いだしたということ自体がいえないことになるから,用途発明である先願発明が完成したといい得るためには,タピオカ澱粉を特定割合で他の穀粉と配合した先願発明が,穀粉類のみから成る従来の即席冷凍麺類用穀粉(従来技術)よりも,即席冷凍麺類用穀粉として優れた効果を奏することが必要であるというべきである。
そうとすれば,先願明細書の記載において,タピオカ澱粉を特定割合で他の穀粉と配合した先願発明につき,その効果として,単に喫食可能な即席冷凍麺類が製造できるということ,すなわち,穀粉類のみから成る即席冷凍麺類用穀粉という従来技術以下の効果を奏することしか開示されていないとすれば,先願明細書上,用途発明である先願発明が,当業者が反復実施して所定の効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されているとは到底いうことができず,したがって,先願発明が完成した用途発明として開示されているということはできない。
なお,先願明細書に記載された先願発明が「タピオカ澱粉12〜30重量%と穀粉類88〜70重量%とからなる即席冷凍麺類用穀粉」(審決書7頁末行〜8頁2行目)の構成において本願発明と一致することは上記のとおりであるところ,Yは,通常の技術では,後願の発明と先願の明細書に記載された発明とが同一の構成であれば,同じ程度に完成しており,同じ効果を奏すると判断するのが当然であるから,本願発明が完成した発明であるとすれば,とりもなおさず,先願発明も完成した発明であることになるとし,先願発明が完成していないとのXの主張は矛盾すると主張する。しかしながら,先願発明の上記構成は,タピオカ澱粉を特定割合で他の穀粉と配合することと,これを即席冷凍麺類用穀粉という用途に使用することとから成るものであり,かつ,それが用途発明である以上,当該即席冷凍麺類用穀粉という用途は,タピオカ澱粉の新たな用途であって,当該用途への使用に適することが前提とされるものである。そして,当該タピオカ澱粉配合の穀粉が,穀粉類のみから成る従来の即席冷凍麺類用穀粉(従来技術)よりも即席冷凍麺類用穀粉として優れた効果を奏するものでなければ,即席冷凍麺類用穀粉という新たな用途への使用に適することが見いだされたといえないことは上記のとおりであるところ,先願明細書に,先願発明の効果として開示されている事項が,単に喫食が可能である即席冷凍麺類が製造できるということにとどまるとのY主張の前提の下においては,結局のところ,先願明細書において,上記構成の用途発明である先願発明を具体的に支持する記載がなく,先願明細書上,用途発明である先願発明が,当業者が反復実施して所定の効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていないということに帰着するから,たとい,先願発明がタピオカ澱粉を特定割合で他の穀粉と配合する構成において本願発明と一致するとしても,先願発明が完成していないとのX主張が誤りであったり,矛盾したりするものではない。
また,先願発明が本願発明に対するいわゆる後願排除効を有するためには,必ずしも先願発明が客観的に特許性を備えた発明であることを要するものではないが,特許性の具備以前の問題として,先願発明が完成した用途発明として先願明細書に開示されていることを要することは前示のとおりであり,かつ,上記のとおり,喫食が可能である即席冷凍麺類が製造できるというだけでは,先願発明が完成した用途発明として先願明細書に開示されているということはできない。
したがって,先願明細書記載の穀粉によって喫食可能な即席冷凍麺類が製造できれば,先願明細書において,即席冷凍麺類用穀粉という用途発明自体は完成している旨のYの主張は採用することができない。
(3)そこで,先願明細書の記載において,先願発明が小麦粉等の穀粉類のみから成る従来の即席冷凍麺類用穀粉(従来技術)よりも優れた効果を奏することが開示されているかどうかについて検討する。
ア 先願明細書(甲第2号証)には,実施例1に,タピオカ澱粉と穀粉とを一定割合で配合した製麺用穀粉を用いた製造方法を含め,冷凍うどんに関する記載(3頁右下欄1行目〜4頁左上欄5行目)があるが,他に上記製麺用穀粉を用いて製造した冷凍麺についての記載はない。そして,上記実施例1には,当該冷凍うどんにつき「前記実施例とほぼ同様の評価を得た」(4頁左上欄4行目〜5行目),すなわち,「のどごしの良い滑らかさ,歯応え,歯切れのいずれも良好で,従来の手延べうどんと比べ優劣つけがたいものであった」(3頁右下欄18行目〜末行)との評価の記載があるが,先願明細書上,この評価を裏付ける具体的な試験についての記載や,試験データ等の開示はない。
イ 実験成績証明書(甲第5号証)には,先願明細書の実施例1の記載に従って製造した冷凍うどんについての官能評価試験(X官能評価試験),冷凍うどんの解凍前後の水分測定及び水分勾配試験の各結果が,本件明細書の実施例1の記載に従って製造した冷凍うどんについての同様の試験の結果とともに掲記されており,また,各試験に供した先願明細書の実施例1の記載による冷凍うどんの製造方法につき,「タピオカ澱粉(松谷化学工業叶サ『MKK100』)11重量部と中力小麦粉(日清製粉叶サ『金すずらん』)89重量部をバキュームミキサーに入れて予備混合後,約-300mmHgの減圧状態として,Be'8の食塩水34重量部を注加しながら混練を開始した。15分間混練を行った後,常圧に復元し,混練生地を製麺ロールにより複合及び圧延し,麺帯最終厚2.0mmとして,丸カッターNo.10を用いて切断し,生うどんを得た。次にこの生うどんを沸騰水中で18分間茹でた後,水洗・冷却後直ちに茹で麺重量250gずつ容器に取り分け,-50℃の急速凍結庫にて約30分間で急速凍結して,冷凍うどんを得た。ここで得られた冷凍うどんを約600ccの沸騰水中で3分間かけて解凍,調理し,そこにスープを加え,試食に供した」(1枚目9行目〜17行目)と記載されている。なお,実験成績証明書(甲第5号証)には,比較の基準とした小麦粉100%使用の麺の製造方法について記載はないが,X従業員作成の陳述書(甲第14号証)には,それが「甲第5号証の本発明法に記載された方法に従い製麺したもの」(2枚目1行目〜2行目)であることが記載されており,他方,実験成績証明書(甲第5号証)には,「本発明法」として,本件明細書の実施例1の記載による冷凍うどんの製法につき,「タピオカ澱粉(松谷化学工業叶サ『MKK100』)20重量部と中力小麦粉(日清製粉叶サ『金すずらん』)80重量部をミキサーに入れて予備混合後,2重量部の食塩を予め溶解した食塩水37重量部を注加しながら混練を開始した。15分間混練を行った後,混練生地を製麺ロールにより複合及び圧延し,麺帯最終厚2.7mmとして,角カッターNo.8を用いて切断し,生うどんを得た。次に,この生うどんを茹で上げ歩留まりが280%になるように,沸騰水中で茹で上げ,直ちに水洗冷却をした後,130gずつ計量して型容器に入れ,麺層の厚さが30mmになるようにした。これを茹で上げ後から10分以内に,-50℃の急速凍結庫にて約30分間で急速凍結して,冷凍うどんを得た。ここで得られた冷凍うどんを,約80℃の湯200ccに注ぎ込み,2分経過後この湯を捨て,スープと再び湯250cc入れ試食に供した」(1枚目19行目〜28行目)と記載されているから,小麦粉100%使用の麺の製造方法は,上記記載における「タピオカ澱粉・・・20重量部と中力小麦粉・・・80重量部」の部分が,「中力小麦粉100重量部」と変わったものであると認められる。
そして,実験成績証明書(甲第5号証)に掲記されたX官能評価試験は,10人の熟練したパネラーの五段階評価による評点の平均点を官能評価とするものであり(1枚目31行目〜33行目),いずれの項目も「3」が基準である小麦粉100%使用時の評点で,「5」が最高点,「1」が最低点である(2枚目1行目〜24行目)ところ,その結果は,「滑らかさ1.1」,「粘性1.7」,「弾力性1.0」及び「煮崩れ状態1.0」であり,この結果に従えば,先願明細書の実施例1の記載による冷凍うどんは,各項目につき,基準である小麦粉100%使用の麺よりも劣悪な評価しか得られていない。なお,先願明細書の実施例1の記載による冷凍うどんの解凍前の製品水分は75.42%(歩留まり344%),水分勾配は9.46%であり,解凍後の製品水分は77.91%(歩留まり385%),水分勾配は7.60%であり,本件明細書の実施例1の記載による冷凍うどんの解凍前の製品水分は69.79%(歩留まり280%),水分勾配は11.87%であり,解凍後の製品水分は70.40%(歩留まり289%),水分勾配は11.80%である。
ウ 実験成績証明書(甲第16号証)には,先願明細書の実施例1の記載による冷凍うどんについての官能評価試験(X追加官能評価試験)の結果が掲記されており,また,試験に供した先願明細書の実施例1の記載による冷凍うどんの製造方法につき,「タピオカ澱粉(松谷化学工業叶サ『MKK100』)11重量部と中力小麦粉(日清製粉叶サ『金すずらん』)89重量部をバキュームミキサーに入れて予備混合後,約-300mmHgの減圧状態として,Be'8の食塩水34重量部を注加しながら混練を開始した。15分間混練を行った後,常圧に復元し,混練生地を製麺ロールにより複合及び圧延し,麺帯最終厚2.0mmとして,丸カッターNo.10を用いて切断し,生うどんを得た。次にこの生うどんを沸騰水中で18分間茹でた後,水洗・冷却後直ちに茹で麺重量250gずつ容器に取り分け,-50℃の急速凍結庫にて約30分間で急速凍結して,冷凍うどんを得た。ここで得られた冷凍うどんを,約1Lの沸騰水中で1分間解凍後,冷やしうどんとし,試食に供した」(1枚目7行目〜16行目)と記載され,さらに,比較の基準とした小麦粉100%使用の麺の製造方法につき「中力小麦粉(日清製粉叶サ『金すずらん』)100重量部をミキサーに入れて予備混合後,2重量部の食塩を予め溶解した食塩水37重量部を注加しながら混練を開始した。15分間混練を行った後,混練生地を製麺ロールにより複合及び圧延し,麺帯最終厚2.7mmとして,角カッターNo.8を用いて切断し,生うどんを得た。次に,この生うどんを茹で上げ歩留まりが280%になるように,沸騰水中で茹で上げ,直ちに水洗冷却をした後,130gずつ計量して型容器に入れ,麺層の厚さが30mmになるようにした。これを茹で上げ後から10分以内に,-50℃の急速凍結庫にて約30分間で急速凍結して,冷凍うどんを得た。ここで得られた冷凍うどんを,約1Lの沸騰水中で1分間解凍後,冷やしうどんとし,試食に供した」(1枚目18行目〜27行目)と記載されている。官能評価試験は,10人の熟練したパネラーの五段階評価による評点の平均点を官能評価とするものであり,いずれの項目も「3」が基準である小麦粉100%使用時の評点で,「5」が最高点,「1」が最低点である(2枚目3行目〜31行目)。
すなわち,X追加官能評価試験はX官能評価試験と,試験の条件のうち,先願明細書の実施例1の記載による冷凍うどん及び小麦粉100%使用の麺の各製造方法における解凍方法が異なるものであり,冷凍までの工程には変わりはない。試験の結果は,「滑らかさ1.8」,「粘性1.9」,「弾力性1.3」及び「煮崩れ状態1.7」である。
エ 実験報告書(乙第22号証)には,先願明細書の実施例1の記載による冷凍うどんについての官能評価試験(シマダヤ官能評価試験),解凍前後の製品水分の測定等の結果が掲記されており,また,試験に供した先願明細書の実施例1の記載による冷凍うどんの製造方法につき,「タピオカ澱粉(松谷化学工業叶サ『MKK100』)11重量部と中力小麦粉(日清製粉叶サ『金すずらん』)89重量部をバキュームミキサーに入れて予備混合後,約-300mmHgの減圧状態として,Be'8の食塩水34重量部を注加しながら混練を開始した。15分間混練を行った後,常圧に復元し,混練生地を製麺ロールにより複合及び圧延し,麺帯最終厚2.0mmとして,丸カッターNo.10を用いて切断し,生うどんを得た。次にこの生うどんを沸とう水中で18分間茹でた後,水洗・冷却後直ちに茹で麺重量250gずつ容器に取り分け,(-40℃のエアーブラストで35分間で冷凍)し」(1頁19行目〜27行目)た上,「約600ccの沸騰水中で3分間かけて解凍,調理し,そこにスープを加えた」(2頁4行目〜5行目,A条件)方法と,「約1Lの沸騰水中で1分間解凍後,冷しうどんとした」(2頁6行目,B条件)方法とが記載され,比較の基準とした小麦粉100%使用の麺(参考品)の製造方法については,「タピオカ澱粉(松谷化学工業叶サ『MKK100』)11重量部と中力小麦粉(日清製粉叶サ『金すずらん』)89重量部に替えて上記中力小麦粉100重量部とした以外は同一条件で調整した」(1頁28行目〜30行目)上,上記A条件による方法とB条件による方法とが記載されている。官能評価試験は,10名の熟練した専門パネラーの五段階評価による評点の平均点を官能評価とするものであり,いずれの項目も「3」が基準である小麦粉100%使用時(参考品)の評点で,「5」が最高点,「1」が最低点である(2頁9行目〜末行)。
すなわち,シマダヤ官能評価試験は,試験の条件のうち,先願明細書の実施例1の記載による冷凍うどんの製造方法については,冷凍の温度と時間が先願明細書(甲第2号証)の記載(4頁2行目)のとおりであるほかは,X官能評価試験又はX追加官能評価試験と同様であり,A条件による方法がX官能評価試験に,B条件による方法がX追加官能評価試験にそれぞれ相当する。なお,シマダヤ官能評価試験とX官能評価試験又はX追加官能評価試験との間の冷凍の温度と時間の差はきん少であって,そのことによって試験結果に大きな影響が及ぶものとは認められない。比較の基準とした小麦粉100%使用の麺(参考品)の製造方法については,シマダヤ官能評価試験とX官能評価試験又はX追加官能評価試験との間に相当の差異が認められる。
官能評価試験の結果は,A条件による方法では「滑らかさ4.3」,「粘性3.1」,「弾力性4.2」及び「煮崩れ状態3.0」であり,B条件による方法では「滑らかさ4.6」,「粘性3.3」,「弾力性4.7」及び「煮崩れ状態3.0」であって,これによれば,先願明細書の実施例1の記載による冷凍うどんは,小麦粉100%使用の麺に比較して,「粘性」及び「煮崩れ状態」については差は認められないものの,「滑らかさ」及び「弾力性」において良好な結果となっている。なお,製品水分は,先願明細書の実施例1の記載による冷凍うどんが,解凍前72.7%,解凍後はA条件による方法の場合が74.9%,B条件による方法の場合が74.1%であり,小麦粉100%使用の麺(参考品)が,解凍前72.2%,解凍後はA条件による方法の場合が74.5%,B条件による方法の場合が73.8%である。
オ 昭和50年2月10日株式会社日科技連出版社第2刷発行の日科技連官能検査委員会編「新版 官能検査ハンドブック」(甲第10号証)によれば,官能評価試験(官能検査)は,パネラーによる評価を内容とするものであるとはいえ,一定の合理性と信頼性を有するものであることが認められ,また,当事者双方ともその点を特に争うものではない。
X官能評価試験又はX追加官能評価試験とシマダヤ官能評価試験とにおいて,試験の条件のうち,先願明細書の実施例1の記載による冷凍うどんの製造方法はほぼ同一であるのに,小麦粉100%使用の麺の製造方法に相当の差異が認められることは上記のとおりであり,各官能評価試験が小麦粉100%使用の麺を基準とした比較試験であることを併せ考えると,X官能評価試験又はX追加官能評価試験とシマダヤ官能評価試験との間の結果の著しい差異は,小麦粉100%使用の麺の製造方法の差異に由来するものと推認するのが合理的である。
そして,シマダヤ官能評価試験においては,小麦粉100%使用の麺の製造においても,先願明細書の実施例1記載の製法に従い,生うどんを沸騰水中で18分間ゆで上げるのに対し,X従業員作成の報告書(甲第19号証)に,X追加官能評価試験(甲第16号証)における小麦粉100%使用の麺の製造工程中,「生うどんを茹で上げ歩留まりが280%になるように,沸騰水中で茹で上げ」る時間が15分30秒であることが記載されているとおり(なお,上記のとおり,X官能評価試験とX追加官能評価試験とにおける小麦粉100%使用の麺の製造方法は,解凍の方法が相違するだけであるから,生うどんを茹で上げ歩留まりが280%になるように沸騰水中でゆで上げる時間が15分30秒である点は,X官能評価試験においても変わらないはずである。),X官能評価試験又はX追加官能評価試験とシマダヤ官能評価試験との間の小麦粉100%使用の麺の製造方法の相違は,生うどんを沸騰水中でゆで上げる時間において顕著であり,この相違がゆで上げ後の製品水分(含水分)の量に直接影響することは技術常識である。
そこで,小麦粉100%使用の麺の製品水分(含水分)をみるに,まず,X官能評価試験及びX追加官能評価試験における小麦粉100%使用の麺の製品水分は明らかにされていないが,上記のとおり,X官能評価試験における本件明細書の実施例1の記載による冷凍うどんの解凍前の製品水分が69.79%,解凍後の製品水分が70.40%であり,小麦粉100%使用の麺の製造は本件明細書の実施例1の記載による冷凍うどんの製造方法に従ったとされているから,その製品水分も解凍前が69.79%前後,解凍後が70.40%前後であると推認される(このように推認されることは当事者間に争いがない。)。そうすると,X追加官能評価試験における小麦粉100%使用の麺の製品水分も,少なくとも,製造方法がX官能評価試験の場合と変わらない解凍前の段階では,同様に69.79%前後であると推認される。
他方,上記のとおり,シマダヤ官能評価試験における小麦粉100%使用の麺の製品水分は,解凍前72.2%,解凍後はA条件による方法の場合が74.5%,B条件による方法の場合が73.8%とされている。
ところで,昭和55年12月25日株式会社食品出版社第3刷発行の月刊食品にっぽん臨時増刊「80年代のめん類」(乙第26号証)には,通常のゆで麺の含水分は70%程度であることが記載されている。また,シマダヤ株式会社従業員作成の意見書(乙第23号証)には「どんな麺も,水分が高くなるとコシが弱くなり,煮崩れがおきてきます。・・・水分値75.42%のゆで麺とは,ゆで過ぎによってコシがなく,かなり煮崩れも起しているような品質のものであり,水分値69.79%前後というのは,かなりコシがあり煮崩れも起していないものになります。・・・コシがなくかなり煮崩れを起しているような品質のものは商品となりませんので,当然ながら75%以上のような高水分の商品はありません。」(1頁17行目〜25行目)との記載があり,これを要約すると,麺においては,水分量がコシ,煮崩れに影響し,70%前後の水分量であると問題は生じないが,75%以上になると商品とはならないというものであり,70%前後の水分量が適切であることが示唆されている。そして,前示各官能評価試験の結果から,一般に冷凍麺を解凍した後の製品水分が解凍前より高くなることが推認できるから,通常のゆで麺の含水分は70%程度であることが適切であるとすれば,解凍前の段階ではさらに低い値であること,すなわち,通常よりも固めにゆでる必要があることは明らかであり,株式会社食品産業新聞社大阪支局発行の「月刊麺業界」昭和58年4月号(甲第17号証)にその旨記載されているところである。
これに対し,Yは,昭和60年11月農林水産省食品総合研究所発行の「小麦の品質評価法 −官能検査によるめん適性−」(乙第23号証添付資料1)及び昭和61年3月株式会社食品と科学社発行の「食品と科学」28巻3号(乙第23号証添付資料2)に「試料のゆで時間は,生めん投入後20分間から24分間の範囲とする」(乙第23号証添付資料1の4頁2行目,同添付資料2の128頁3段目9行目〜11行目)と記載されていることを引用し,冷凍麺の製造において通常の麺のゆであげに比べ固めにゆでるとしても,先願明細書に記載の「18分」がゆで時間として不適切であるとはいえないと主張する。
しかしながら,上記文献のうち「小麦の品質評価法 −官能検査によるめん適性−」(乙第23号証添付資料1)には,「同一ゆで時間で行う試験は,ある一定の製めん条件に合う小麦粉の品質を早くチェックするためには有効である。しかし原料小麦,市販小麦粉などの品質特性を比較検討するため,あるいは試料間の品質(蛋白質含量等)の差が大きい場合には,ゆで時間を調節してゆでめん水分を同一とし,水分含量の違いからくるかたさの差を無くして評価した方がよい」(4頁注5)とも記載されていることにかんがみると,同文献に記載されているのは,うどんの原料である小麦粉の一般的な品質評価の方法であって,必ずしも食味,食感の優れたうどんとすることを目的とした製法ではないことがうかがわれるから,その記載を引用したYの上記主張は採用することができない。
また,弁論の全趣旨によると,シマダヤ官能評価試験(乙第22号証)において,小麦粉100%使用のうどんを18分間ゆでた後の上記解凍前製品水分72.2%は,歩留まりに換算すると309%となるものと認められるところ,Yは,本件明細書(甲第3号証)の実施例2(6欄【0025】項)が,歩留まり330%になるまでゆでることを当業者が採用する通常の方法であるとしていることからみても,小麦粉100%使用のうどんを18分間ゆでることは冷凍麺を製造する際のごく普通のゆで方法であると主張する。
しかしながら,本件明細書(甲第3号証)の実施例2(6欄【0025】項)に記載されているのは,小麦粉(注,本件明細書6欄【0025】項に「小麦」とあるのは誤記と認める。)50部,タピオカ澱粉50部の配合割合とした場合,すなわち,タピオカ澱粉を50重量%としたときのゆで上げ歩留まりを330%とすることであって,その記載から,一般のうどんにつき歩留まり330%になるまでゆでることが通常の方法であるとの趣旨まで読み取ることは困難である。そして,当該実施例2の外,本件明細書(甲第3号証)の実施例1(4欄〜5欄【0020】項〜【0024】項),実施例3(6欄〜7欄【0026】項),実施例4(7欄【0027】項〜【0028】項)及び実施例7(8欄【0032】項)の記載によれば,本願発明においてはタピオカ澱粉の重量%が増えるに従って,ゆで上げ歩留まりを高くしていることがうかがわれ,また,本願発明の要旨及び本件明細書の「タピオカ殿粉を添加した小麦粉等の穀粉類を常法に従って製麺し茹で上げる。この時の茹で上げ歩留りは・・・例えばうどん等のような太物は260〜330%好ましくは270〜300%」(3欄【0010】項)との記載を併せ考えると,本件明細書の実施例2の記載において,ゆで上げ歩留まりを330%とするのは,タピオカ澱粉の重量%を最大値とする同実施例に限ったことであって,この記載から,Yの上記主張のように小麦粉100%使用のうどんを18分間ゆでた後の歩留まりを309%とすることがごく通常の方法であるということはできない。
カ 以上の認定説示を総合すると,X官能評価試験及びX追加官能評価試験における小麦粉100%使用の麺の製品水分が適切であることが認められ,したがって,その製造方法もごく通常の方法に従ったものであることが推認されるのに対し,シマダヤ官能評価試験における小麦粉100%使用の麺の製品水分,特に解凍後の製品水分が多すぎるものと認められ,したがって,その製造方法においてゆで上げ時間が不適切であり,製品が通常程度の品質を有していないことが推認される。
そして,官能評価試験が小麦粉100%使用の麺を基準とした比較試験であることを併せ考えると,X官能評価試験及びX追加官能評価試験の結果は採用するに足りるのに対し,シマダヤ官能評価試験の結果は採用し難いものといわざるを得ない。
そうすると,X官能評価試験及びX追加官能評価試験の上記結果にかんがみ,その各試験結果を踏まえて当業者が先願明細書の記載事項を見れば,先願明細書には,タピオカ澱粉を特定割合で配合した穀粉である先願発明が,即席冷凍麺類用穀粉として使用した場合に,穀粉類のみから成る従来の即席冷凍麺類用穀粉(従来技術)よりも優れた効果を奏することは何ら開示されておらず,かえって,これよりも劣悪な効果しか得られないことが開示されていると理解することは明らかである。
(4)したがって,先願明細書の記載によっては,用途発明である先願発明は,構成上本願発明と一致する「タピオカ澱粉12〜30重量%と穀粉類88〜70重量%とからなる即席冷凍麺類用穀粉」という部分を含め,当業者が反復継続して所定の効果を挙げることができる程度まで具体的・客観的なものとして構成されているとはいえず,発明として未完成であるというべきである。そうすると,先願発明は本願発明に対するいわゆる後願排除効を有しているとはいえず,本願発明が先願発明と同一であるとして特許法29条の2第1項により特許を受けることができないとした審決の判断は誤りであるといわざるを得ない。
2 以上によれば,X主張のその余の取消事由について判断するまでもなく,審決にはその結論に影響を及ぼすべき瑕疵があるというべきであり,違法として取消しを免れない。
よって,Xの請求は理由があるから認容し,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。」