1.判決
一部認容,一部棄却
2.争点
(1)いわゆる真正商品であるイ号製品(自動車用アルミホイールBBS・RS)及びロ号製品(自動車用アルミホイールロリンザーRSK)の並行輸入,販売は,そのことによって我国でのXの特許権の侵害を否定する事由となるか。
(2)Xの損害額
3.判断
「一 争点1について
1 本件においては,前記認定のとおり,Xは,本件特許発明と同一の発明についてドイツ特許権を有しており,Yらがかつて輸入,販売したイ号製品及びロ号製品がドイツ国内においてXによって製造,販売された時期と右ドイツ特許権の効力発生時期の先後については証拠上必ずしも明らかではないものの,少なくとも,Yらが今後,輸入,販売する可能性のあるイ号製品及びロ号製品については,Xがドイツ特許権の効力発生日以後にドイツ国内において製造,販売した商品が含まれると考えられるので,以下,このようにXがドイツ国内におけるXの特許権に基づいて適法に拡布した製品について,日本国内でさらに我国の特許権を行使することが許されないか否かについて検討する。
2 特許法26条は,「特許に関し条約に別段の定があるときは,その規定による。」と定めているから,この争点については,まず,工業所有権の保護に関するパリ条約4条の2の規定の規定するいわゆる特許権独立の原則との関係について検討する必要がある。
パリ条約4条の2は「(1)同盟国の国民が各同盟国において出願した特許は,他の国(同盟国であるかどうかを問わない。)において同一の発明について取得した特許から独立したものとする。(2)(1)の規定は,絶対的な意味に,特に,優先期間中に出願された特許が,無効又は消滅の理由についても,また,通常の存続期間についても,独立のものであるという意味に解釈しなければならない。」と規定している。
この規定は,特許権の相互依存(非独立)は条約の精神に反するとの考えから設けられたものであり,ここで念頭に置かれている独立とは,各国の特許権自体の無効,消滅,存続期間等が他国の特許権自体に影響を与えないということであって,特許権自体の存立とは直接関係のない,個々の転々流通する実施品に特許権を行使し得るかという特許権の行使の可否の問題について規定しているわけではないと解すべきものである。したがって,甲国内で甲国の特許権を有する特許権者が適法に拡布した製品について,右適法な拡布を理由として,我国における特許権を行使し得ないものと解することが,パリ条約4条の2の規定によって否定されるわけではない。
次に,属地主義の原則について検討する。
属地主義の原則とは,国際私法上の一原則であって,法の適用,効力範囲をそれが制定された国家領域内においてのみ認めようとする主義であり,特許権についていえば,その成立,移転,効力などをすべてその権利を付与した国の法律によって決定し,かつ,その効力はその領域内に限られることを意味する。したがって,我国における特許権者が我国内でその権利を行使することに関し,我国の裁判所が,我国の法の解釈として,権利行使の対象となっている製品が,同一の発明について外国で付与された特許の実施品であり,当該国で適法に拡布されたものであることを考慮して権利の行使を制限することも属地主義の原則に反するものではない。
以上のように,特許権独立の原則を定めるパリ条約4条の2及び属地主義の原則は,真正商品の並行輸入の許否の判断を直接左右するものではない。
3 そこで,我国特許法の解釈として,外形的には,我国の特許権の侵害に当たる輸入,販売行為が,真正商品の並行輸入,販売であることによって,特許権の侵害とならないものということができるかについて検討する。
(一)我国の国内において,特許権者自身又は特許権者から許諾を受けた者が販売した特許発明の実施品を業として再販売したり,使用する行為は,特許法2条3項1号所定の発明の実施に該当し,外形上,特許権者の有する特許発明を実施する権利の専有を侵害するかのようであり,しかも,そのような行為が特許権の侵害とならないとする明文の規定はない。
しかし,特許権者自身又は特許権者から許諾を受けた者が特許発明の実施品を譲渡することにより,その物については,特許権は用い尽くされたものであり,以後,その物の販売,使用に対し,当該特許権の侵害を主張して差止めあるいは損害賠償を請求することはできないものと解するのが相当である(特許権の用尽)。そう解するのが現在の特許法立法当時の共通の理解であったもので,特許権者又は特許権者から許諾を受けた者が特許発明の実施品を譲渡する際に,特許権者には独占販売による利益あるいは実施許諾料という形で,特許権者としての利益を確保する機会があり,多くの場合その利益を得ているのに,それより後の当該実施品の再販売,使用について特許権の侵害として差止めあるいは損害賠償を認めることは,特許権の効力を強いものとするあまり,商品の流通を妨げ,産業の発展を阻害する結果を招き,「発明の保護及び利用を図ることにより,発明を奨励し,もって産業の発達に寄与する」という特許法の目的(特許法1条)に反することになり,特許制度による特許権者と社会公共の利益の調整についての社会一般の意識にも反するからである。
(二)ところで,真正商品の並行輸入といっても,我国における特許権者と最初に拡布された外国における特許権者との関係,当該外国における特許権者の保護の程度等には種々の場合が考えられるが,本件の場合,我国における特許権者,ドイツにおける特許権者は共にXであり,また,ドイツにおける特許権者であるXの保護に特別の制限が加えられたことを認めるに足りる証拠はないから,Xはイ号製品,ロ号製品のドイツ国内における販売について,特許権者としての利益を確保する機会があるものと認めるのが相当である。
(三)我国における特許発明と同一の発明について外国で特許権を有する者自身又はその外国の特許権者から許諾を受けた者が外国で販売した特許発明の実施品を,業として我国へ輸入し,販売し,使用する行為が,特許法2条3項1号所定の発明の実施に該当し,文言上,我国の特許権者の有する特許発明を実施する権利の専有を侵害するものと解されること及びそのような行為が特許権の侵害とならないとする明文の規定がないことは,(一)に説明した場合と同様である。
そして,外国における特許発明の実施品の譲渡によりその国における特許権が用い尽くされたことを理由として,我国への当該商品の輸入や,我国での販売,使用が我国での特許権の侵害に当たらないとすることが,「発明の保護及び利用を図ることにより,発明を奨励し,もって産業の発達に寄与する」との特許法の目的に沿うものとも,特許制度による特許権者と社会公共の利益の調整についての国際社会における意識に合致するものとも認められない現在においては,特許法の文言のとおり,当該商品の輸入,販売,使用は我国の特許権を侵害するものというべきである。
(四)すなわち,現在の世界の特許制度は,世界を一つの法域として一個の特許制度があるのではなく,各国がそれぞれの国内で効力を有する特許制度を有するものであり,したがって,新しい技術を公開して技術の進歩と産業の発展に寄与した者にその代償として特許権という独占権を認め,発明のための投資の回収と利益獲得の機会を与えるという,特許制度の存在理由も,国毎に考えられるものである。同一の発明について複数の国で特許されることを望む者は,各国に出願し(あるいは国際出願後各指定国において所定の手続を経て),各国で独立に特許の要件の審査を経て特許を受けることを要するのであり,右のようにして,同一の発明について複数の国で特許権を得た者は,それぞれの国における技術の公開によるその国の技術の進歩と産業の発展への寄与の代償として,付与された特許権の効力により,当該特許発明の実施品である商品のその国への輸入や最初の譲渡をその国毎に支配することが認められているのである。
我国の特許法も右のような状態を当然の前提として立法されたものであり,現行特許法の立法当時外国における特許権者自身又はその者から許諾を受けた者が外国で販売した特許発明の実施品を,業として我国へ輸入し,販売し,使用する行為が,同じ発明についての我国の特許権を侵害するものではないと解すること(特許権の国際的用尽)が,我国における共通の理解であったものとは認められない。
そうすると,同じく明文の規定を欠くとはいっても,国内における特許権の用尽の理論は現在の特許法の立法当時から我国における社会の共通の理解として,特許法が前提としていたものと言うことができるのに対し,特許権の国際的用尽は,現在の特許法が前提としていたものとは認められないから,業としての並行輸入及び並行輸入品の販売,使用は,文言のとおり,我国の特許権の侵害に当たるものと解するのが素直な解釈である。
また,国際的用尽を認めず,特許権者が真正商品の並行輸入を差し止められるとすれば,外国で自ら適法に拡布した製品について,再度他国で同一発明についての特許権を行使し得るということになり,その結果,商品の自由流通が阻害され,特許権者に国別の市場支配を許し,同一商品の内外価格差が維持され,あるいは独占価格によって我国消費者の利益を害するおそれがある等Yらが前記第二の二1(一)(2)に主張するような問題点が指摘される一方で,Xが第二の二1(二)(3)に主張するようにライセンス契約を締結する動機づけが高まり,国毎の手続の特性に応じた多様な新技術の出現が可能になり技術の進歩に寄与するとの指摘もいちがいに理由のないこととは言えず,逆に国際的用尽を認めて,特許権者が並行輸入を差し止められないとした場合,商品の流通を促進し,内外価格差のある商品に一定の価格競争が行われる可能性があり,消費者の利益になると言えるとしても,Xが前記第二の二1(二)(3)に主張するように,我国へのライセンスの動機が弱まり,技術発展の契機が失われ,仮にライセンスが行われる場合にも,諸外国においても並行輸入が認められれば,我国の特許権についてライセンスをすることは,全世界への輸出を許諾するのと同様になり,許諾料もそれに応じて高額とならざるを得ず,その支払いが可能な大企業が実施権者となることにより,長期的にはかえって大企業に世界市場を独占させ,選択的市場を促進しようとする中小企業の発展を阻害することになるとの見解もあり,真正商品の並行輸入を認める場合にもたらされる結果,ことにそれが我国の産業に短期的,長期的に及ぼす影響については十分な認定資料がなく,現段階において,並行輸入を認めることが,「発明の保護及び利用を図ることにより,発明を奨励し,もって産業の発達に寄与する」という特許法の目的に沿うものということはできない。
また,諸外国においても,我国と産業発展の程度を同じくする諸国の裁判例においては,条約の締結されたEU域内諸国間の輸出入の場合以外には,真正商品の並行輸入が輸入先の国における特許権を侵害すると判断される例が多いとされ,GATT,WIPO等の国際会議においての諸外国の対応についての報告によっても,真正商品の並行輸入が輸入先の国の特許権を侵害しないものとすることについて国際的な認識が一致しているものとは認められず,むしろ特許権の侵害に当たるとの認識も有力であると認められる(甲第6号証,甲第8号証,甲第11号証,乙第7号証)。これらの諸外国における社会的認識も,我国の国内法の解釈上の問題とはいえ,国際的な通商問題,多国間の特許権保護のあり方に関係する本争点について検討する上で考慮する必要がある。
以上のような点を総合すれば,現在においては,真正商品の並行輸入が我国における特許権を侵害するものとすることが,社会的に是認され得ない状況にまで至っているということはできない。
また,YらはXが本件訴え提起前にYらに対し要求した和解案の内容が独占禁止法に違反する内容であり,権利の濫用であると主張するが,仮にそのような事実があったとしても,当事者間の話し合いの過程におけるXの一方的な要求にすぎず,本件においてそのような内容の請求をしているものでもないから,これによって,Xの本訴による権利の行使が濫用となるものではない。
二 争点2について
1 Yらが輸入,販売するイ号製品,ロ号製品はいずれも本件特許発明の技術的範囲に属するものであるから,Yらは,本件特許権及びその仮保護の権利を侵害するものであって,右侵害の行為について過失があったものと推定される。
2 以上の認定,判断によれば,Y1はイ号製品及びロ号製品を輸入してこれを全てY2に販売し,これを更にY2が他へ販売したもので(甲第3号証の1ないし三,弁論の全趣旨),かつ,Yらの代表者は同一人であって,両Yはあたかも同一会社の輸入部門と国内販売部門のような密接な関係にあるもので,Yらの行為は共同不法行為に当たる。
3 そこで,Xが被った損害の額について検討する。
前記基礎となる事実7(二)によれば,Y2の販売価格はイ号製品については5747万7576円,ロ号製品については1139万2560円であって,その総計は6887万0136円である。
そして,XがY2から通常受けるべき実施料の率は前記基礎となる事実7(一)によれば,右販売価格の7パーセントと解するのが相当である。Xは,他の業者に通常実施権を設定する場合の実施料率と本件損害を算定するについての実施料率は異なるべきであると主張するが,これを異なるとすべきだけの資料,根拠は存しない。また,前記のとおりイ号製品はXが製造,販売している製品であり,ロ号製品はXがロリンザー社から委託を受けて製造,販売している製品であるが,この点によってXが実施許諾契約を締結する場合の実施料率が異なるものとは認められない。
以上によれば,XがY2から通常受けるべき利益の額は482万0909円となる。
Xは,Y1の輸入,販売についても,別個に実施料相当額を算定し,Y2の販売についての実施料相当額と合算して請求している。しかしながら,特許発明の特定の実施品が製造業者又は輸入業者,卸売業者,小売業者と順次転々流通する場合においては,特許権者は各段階の販売者のうちのいずれか特定の者(多くの場合製造業者又は輸入業者)とのみ実施契約を締結して実施料を取得し,それ以降の販売者には特許権の効力が及ばない(用尽)ものとなり,一個の実施品の流通から一回だけ実施料を取得できるのが通常であるから,共同不法行為の場合の損害額も右のような通常の場合において特許権者が取得し得る実施料の額にとどまると解するのが相当である。そうすると,Y2について通常受けるべき金銭の額として前記のとおり算出した額は,通常,特許権者であるXが本件特許権の実施品の転々流通によって取得し得る通常の実施料額に達しているものと認められるから,Y1が特定のイ号製品,ロ号製品を輸入し,Y2に譲渡したことについての実施料相当額は,Y2の当該イ号製品,ロ号製品の販売についての実施料相当額によって評価し尽くされているものというべきであり,Y2の実施料相当額に加えてY1の実施料相当額を加算するのは相当でない。
そうすると,前記482万0909円が,XがYらに対して請求することのできる額ということになる。
三 結論
前記第二の一8のとおり,Yらが,現在イ号製品又はロ号製品を占有しているものとは認められないので,XのYらに対する,イ号製品及びロ号製品の廃棄請求は理由がないが,前記第二の一4(二)のとおり,Yらが今後イ号製品又はロ号製品を輸入,販売及び販売のため展示するおそれは認められるから,Xの請求は,Yらに対して,イ号製品及びロ号製品の輸入,販売,販売のための展示の差止め並びに連帯して金482万0909円及びこれに対する訴状送達の日の後である平成4年10月9日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。」