最判昭和43年4月18日(民集22巻4号936頁(昭和42年(行ツ)第47号))

(原審:東京高判昭和42年2月28日(昭和41年(行コ)第25号))

<事案の概要>
(特許判例百選(第3版)による)
 訴外A会社は,特許庁に対し,訴外B会社を被請求人として,自らの加熱膨潤装置が,B会社が有する実用新案登録の技術的範囲に属さない旨の判定を請求したところ,特許庁はA会社の申立ては成り立たない旨の判定をした。
 A会社は該判定について,Y(特許庁長官。被告,被控訴人,被上告人)に対して行政不服審査法による異議の申立てをしたが,Yは異議の申立てを同法の審査請求と解した上で,判定は同法4条1項でいうところの「行政処分」に該当しないという理由で,Yの請求を不適法却下とする裁決をした。
 A会社はその後,更正手続開始決定を受けたので,X(原告,控訴人,上告人)が管財人に選任された。XはYを相手取って,該裁決の取り消しを求めて出訴した。
 第一審(東京地判昭和41年4月26日)は,判定を「特許庁の単なる見解の表明であり,鑑定的な性質を有するにとどま(り),・・・国民の権利義務又は法律上の地位に直接の影響を及ぼすものではない。」として,Xの請求を棄却した。
 X控訴。
 控訴審(東京高判昭和42年2月28日)は,法的拘束力のない判定に不服申立てを認めないことは憲法76条2項違反ではない旨付け加えたほかは,第一審と同じ理由で控訴を棄却した。
 X上告。

<判決>
 上告棄却。
「上告代理人安原正之の上告理由について。
 論旨は,要するに,実用新案の技術的範囲についての判定は行政不服審査の対象となり得ないとした原審の判断が実用新案法26条,特許法71条,行政不服審査法2条1項,4条1項の解釈適用を誤り,憲法76条2項後段に違背する,という。
 おもうに,実用新案法26条によつて準用される特許法71条所定の判定が行政不服審査の対象となり得るかどうかについては,法律に別段の規定がないので,この問題は,行政争訟の一般原則に従つて解決するよりほかはない。ところで,行政不服審査法が行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為に対して不服申立を認めているのは,この種行為が国民の権利義務に直接関係し,その違法又は不当な行為によつて国民の法律上の利益に影響を与えることがあるという理由に基づくものである。従つて,行政庁の行為であつても,性質上右のような法的効果を有しない行為は,行政不服審査の対象となり得ないと解すべきである。
 いま,これを判定についてみるのに,判定は,特許等に関する専門的な知識経験を有する3名の審判官が公正な審理を経て行なうものではあるが,本来,特許発明又は実用新案の技術的範囲を明確にする確認的行為であつて新たに特許権や実用新案権を設定したり設定されたこれらの権利に変更を加わえるものではなく,また,法が,旧特許法(大正10年法律第96号)84条1項2号所定の特許権の範囲確認審判や旧実用新案法(大正10年法律第97号)22条1項2号所定の実用新案権の範囲確認審判の審決について置かれていたような,判定に法的効果を与えることを前提とする規定を設けていないこと,他方,所論のごとく判定の結果が特許権等の侵害を理由とする差止請求や損害賠償請求等の訴訟において事実上尊重されることがあるとしても,これらの訴訟に対して既判力を及ぼすわけではなくして証拠資料となり得るに過ぎず,しかも,判定によつて不利益を被る者は反証を挙げてその内容を争うことができ,裁判所もまたこれと異なる事実認定を行なうのを妨げられないことに思いをいたせば,それは,特許庁の単なる意見の表明であつて,所詮,鑑定的性質を有するにとどまるものと解するのが相当である。
 なお,上告人は,判定が本来の意味における行政庁の処分でないとしても,それは行政不服審査法2条1項にいう事実行為に該当する,と主張する。しかし,同条にいう事実行為とは,「公権力の行使に当たる事実上の行為」,すなわち,意思表示による行政庁の処分に類似する法的効果を招来する権力的な事実上の行為を指すものであるが,判定がこれに当らないことは,多言を要しないところである。
 されば,特許法71条所定の判定は,行政不服審査の対象としての行政庁の処分その他公権力の行使に当る行為に該当せず,従つてまた,実用新案法26条により右特許法の規定を準用してなされた本件判定も,行政不服審査の対象となり得ず,これと同趣旨に出た原判決(その引用に係る第一審判決)の判断は,正当であつて所論法令違背の違法はなく,この点の論旨は,理由がない。また,違憲の論旨も,本件判定が行政不服審査の対象としての行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為に該当することを前提とするものであるが,かかる前提そのもののとり得ないことは,叙上の説示によつておのずから明らかであり,その前提を欠くに帰する。
 よつて,民訴法401条95条89条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。」