1.判決
原判決を変更する。
2.事案の概要
Yは,合成繊維を原料とする撚糸縫糸延縄釣糸の製造販売等を目的とする会社である。
Xは,昭和46年に研究開発部門勤務者としてYに入社し,その後研究開発室次長,部長待遇の研究開発室室長を経て,昭和60年1月31日自己都合により退職した。
Xの在任期間中に原判決別紙発明・考案目録(1)ないし(18)記載の各発明・考案(以下これらを個別に指称するときは,「(1)考案」「(3)発明」というように,同目録記載の各番号を冠していい,また,これらを一括して指称するときは,「本件発明・考案」という)について,特許又は実用新案登録の出願がされ,このうち(11),(13),(16),(17)の各発明を除くその余の発明・考案についてはいずれも設定登録がされている。Xは,本件発明・考案のうち原判決別紙発明・考案目録(1),(2)及び(6)ないし(18)記載の発明ないし考案をそこに記載のとおり,単独又は共同で発明・考案し,各発明・考案について特許・実用新案登録を受ける権利をYに譲渡して承継させたが,右各発明・考案はYの業務範囲に属し,かつYにおけるXの職務に属するものであった。
Yは,昭和53年から現在まで14年間にわたり,(2)考案を実施して少なくとも釣糸「ホンテロン」を,昭和54年から現在まで13年間にわたり,(5)発明を実施して少なくとも釣糸「フロートライン」を製造販売してきた。またYは,(10)発明を実施して,少なくとも釣糸「マスターキング」,「アクアキング」及び「鮎ごころ」を製造販売した。
また,Xの在職当時,Yには従業者のした職務発明・考案に関する規定は全く存在しなかった。
Xは,退職時にYからY退職金規定により通常支払われるべき退職金以外に,50万円を受領した。
本件は,Xが,本件発明・考案につきYに特許・実用新案登録を受ける権利を承継させたので,特許法35条3項・実用新案法9条3項に基づき,被告を退職後,その相当の対価の支払を求めて出訴した。
原審(大阪地判平成5年3月4日(平成3年(ワ)第292号))は,Xの請求を一部認容,一部棄却した。
X控訴。
3.争点
(1) (2)考案及び(5)発明につき特許・実用新案登録を受ける権利の承継の対価請求権は時効消滅したか。
(2) 退職時支払の50万円について,特許・実用新案登録を受ける権利の承継の対価全額として授受される旨の合意が成立していたか。
(3) (3)発明,(4)考案及び(5)発明について,Xが発明者又は考案者と認められるか。
(4) Yにおける(10),(13),(18)発明の実施品は何か。
(5) XがYに対し請求し得る特許・実用新案登録を受ける権利の承継の対価はいくらが相当か。
4.判断
「第四 争点に対する判断
一 争点1(時効消滅の成否)
Xが在職当時,Yには従業員がした職務発明・考案の取扱いについて格別の社内規定はなかったこと,したがってXが本件特許・実用新案登録を受ける権利をYに譲渡して承継させなければならない義務もなかったことは当事者間に争いがなく,甲第1号証ないし第10号証の各1・2,第11号証,第12号証の1・2,第13号証,第14号証の1・2,第15号証ないし第17号証,第18号証の1・2,第67号証ないし第92号証,X本人(原審第1,2回)尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば,従業者が発明・考案をした都度,Yがこれを随時弁理士に依頼し自己の権利として特許・実用新案登録の出願をしていたことが認められる。
ところで,「特許を受ける権利」又は「実用新案登録を受ける権利」は,特許権,実用新案権とは別個の独立した権利として規定されており(特許法33条,同条を準用する実用新案法9条2項),「特許を受ける権利」又は「実用新案登録を受ける権利」を使用者に承継させることに対する対価が,特許法35条4項,実用新案法9条3項で定められている。そして,この特許・実用新案登録を受ける権利を承継させることの対価は,承継の時において一定の額として算定し得るはずなので,従業者がした職務発明・考案について特許・実用新案登録を受ける権利を使用者に承継させた時に,相当の対価の請求権が発生し,契約・勤務規則に特段の定めがなく,その他対価請求権の行使を妨げる特段の事情のない限り,特許・実用新案登録を受ける権利の承継の時に対価請求権を行使し得るものと解するのが相当である。したがって,右請求権についての消滅時効は,特段の事情のない限り,その承継の時から進行するものというべきである。
特許法35条4項(実用新案法9条3項)は,対価の算定につき,「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」を考慮すべきことを定めているが,この利益とは,「受けるべき利益」とされていることからも明らかなように,その発明により現実に受けた利益を指すのではなく,受けることになると見込まれる利益,すなわち,使用者等が権利承継により取得し得るものの承継時における客観的な価値を指すものである。対価は,出願補償,登録補償と実施補償に分けて算定される場合が多いし,後記のとおり,本件もそのような手法で認定することになるところ,出願,登録,実施の有無は,権利承継させた時における「相当の対価」を評定するに当たり重要な参考資料となるものの,これが直接の算定根拠となるものではないので,この認定手法が採られることのあることをもって,右の判断が左右されるものではない。
二 争点2(退職時に支払の50万円の趣旨)
Yは,退職時に支払われた50万円は,本件発明・考案の特許・実用新案登録を受ける権利の譲渡による承継の対価全額であり,Xもそれが全額であることを了承して受領したので,その支払により,X・Y間の右承継に関する債権債務は清算された旨主張する。
しかしながら,甲第21ないし第23号証,第33号証にX本人(原審第1,2回)尋問の結果を総合すれば,Xは,退職直前の昭和60年1月28日,兵庫県洲本市内の喫茶店で,Y代表取締役【E】と面談し,その際,【E】に対し,自分が在職中にした発明,考案及び工程改善努力等のYに対する貢献を正当に評価して,通常の退職金以外の清算を別途するよう求めたこと,しかし,【E】は,その場でXに対し明確な回答をせず,両者間において,Xの要求の諾否及び金額の多寡などの詳細な内容の詰めた話合いはされなかったこと,その後Xと,Yの専務取締役【F】及び総務部長兼経理部長【G】の3名は,同年2月13日,同市内の食堂でXの右要求に関して再度話合いの機会を持ち,そこでY側からXに対し,支給額を420万6700円とした「退職金計算」と題するメモを交付し,そこに記載した通常の退職金とは別に50万円を支払う提案がされたが,Xは,要求額はY提示の増額分を含めた退職金額と比較しても一桁違うと答えて右提案を拒絶し,結局その日には結論が出ず物別れに終わったこと,その後,YからXに対し一方的に,功労金50万円を含む退職金と退職に伴ってY側で買い取る株式の代金の額を記載した同月20日付けの書面(甲第21号証)と,「御回答書」と題する同日付けの書面(甲第23号証)が郵送されてきたこと,この「御回答書」と題する書面には,「(2/13/面談の折,貴殿の申し出による特許,実用新案等貢献度評価の件)上記の件,社内で検討致しました結果,当初御説明申し上げました通り退職金の増額(功労金)として考慮致しておりますので支払額の変更の意思はございません。従いまして,貴意の御要望には応じ兼ねますので御了承願います。」と記載されていたこと,Xが右書面に応答しないうちに,同月20日,YからXの預金口座に税引金額475万4750円が振込送金されたことが認められる。
右認定事実によれば,X・Y間において,職務発明・考案の承継の対価全額を50万円とする旨の合意が成立していたものとは認められない。したがって,この金額の支払によって本件承継に関するX・Y間の債権債務関係が清算されたものと解することはできず,右合意の成立を前提とするYの主張は採用できない。
また,甲第20号証の3によれば,Yの退職金規定の5条に,「任職中特に功労顕著であったと会社が認めた場合は,退職金を増額して支給することがある。」と規定されていることが認められる。そして,前記の「御回答書」と題する書面に,「退職金の増額(功労金)として考慮している」との記載があることに照らすと,Xからの前記要求に関する合意が原,Y間に成立しないままに,XがYを退職するに至ったため,Yが退職金の増額として50万円をXに支払ったものというべきである。したがって,右50万円の支払をもって,本件承継の対価の一部清算があったものと認めることもできない。
なお,XはYを円満退職した旨記載した挨拶状を関係者に郵送しているが(乙第1号証),一般にこの種挨拶状が単なる社会儀礼上の意味以外に格段の意義を有しない文書であることは経験則上明らかなので,そのような事実があっても以上の判断を動かすことはできない。Yの前記主張は理由がなく,また,50万円を本訴請求額から控除することもできないというべきである。
三 争点3((3)発明及び(4)考案についてXが発明者又は考案者として関与したか)
(注)Xは,この点を前提にする請求を控訴の趣旨から除外しているので,当審の審理の対象外である。原判決は,この争点に対し次の判断をしているが,これは,当審の判断から除外される。
Xは,(3)発明の共同発明者であり,(4)考案の考案者であると主張するが,本件全証拠によるも,右X主張事実を認めるに足りない。
したがって,右考案及び発明に係るXの請求は,その余の点について検討するまでもなく,失当であることに帰する。
四 争点4(Yにおける(10),(13),(18)発明の実施品は何か)
(事実関係)
1 (10),(13),(18)発明の各技術内容
(一)(10)発明
(10)発明の構成要件を分説すると(原判決別紙公報(10)),@ポリエチレンテレフタレート100重量部,及びテレフタル酸成分対イソフタル酸成分のモル比が97対3〜80対20である変性ポリエチレンテレフタレート5〜150重量部の混合物から成る未延伸モノフィラメントを,A85〜100℃の湿熱条件下2.8〜4.0倍延伸し,Bさらに180〜250℃の気体雰囲気中で1.5〜2.5倍延伸し,C次いで180〜250℃の気体雰囲気中で0.9〜1.0倍の捲取比で熱処理することを特徴とする,Dポリエチレンテレフタレートモノフィラメントの製造法となること,明細書の発明の詳細な説明の欄には,「本発明者らは,・・・特定のポリエチレンテレフタレート混合物を原料とし,特定の条件により延伸および熱処理を行うときは,直接強度や透明性などを損うことなく,衝撃に対する結節強度および引張りに対する結節強度をナイロンモノフィラメントのそれと同等あるいはそれ以上にまで改善し得ることを知得して本発明を完成した。」(原判決別紙公報(10)2欄15〜22行),右構成要件Aについて,「延伸倍率が小さすぎると衝撃に対する結節強度の向上は見られず,」(原判決別紙公報(10)5欄5〜7行),右構成要件Bについて,「延伸倍率が小さすぎると衝撃に対する結節強度の大きいモノフィラメントを得ることができず,」(原判決別紙公報(10)5欄22〜24行)との各記載があることが認められ,これらの記載に照らして考えると,(10)発明の技術的意義の一つがモノフィラメントの延伸倍率を前記の各範囲に限定した点にあることは明らかである。
(二)(13)発明
(13)発明の構成要件を分説すると(原判決別紙公報(13)),@未延伸ポリエチレンテレフタレートモノフィラメントを,A85〜100℃の湿熱条件下2.0〜2.5倍延伸し,Bさらに200〜300℃の気体雰囲気中で2.0〜4.0倍延伸し,C次いで200〜300℃の気体雰囲気中で1.0〜0.9の捲取比で熱処理することを特徴とする,Dポリエチレンテレフタレートモノフィラメントの製造法となること,明細書の発明の詳細な説明中には,「この方法(裁判所注記・従前技術である(3)発明の方法)によるときは,強度特に衝撃に対する結節強度がすぐれたモノフィラメントを製造することができるが,直接引張強力にバラツキが見られ,なお改善が望まれていた。」(原判決別紙公報(13)1頁右下欄9〜12行),「本発明者らは,上記のような要求に応えるべくさらに研究を重ねた結果,特定の条件により延伸および熱処理を行うときは,上記従来法で製造したモノフィラメントに比し,直接引張強力がすぐれ,しかもそのバラツキが大きく改善されたモノフィラメントを得ることができることを知得して本発明を完成した。」(原判決別紙公報(13)1頁右下欄17行〜2頁左上欄3行)との各記載があることが認められ,これらの記載に照らして考えると,(13)発明の技術的意義の一つが(10)発明と同様にモノフィラメントの延伸倍率を前記の各範囲に限定した点にあることは明らかである。
(三)(18)発明
(18)発明の特許請求の範囲1の発明の構成要件を分説すると(原判決別紙公報(18)),@中空孔を有する合成樹脂ガットを乾燥させ,Aその乾燥した状態の中空孔に注油すると共に,Bガット表面に油剤を塗付することを特徴とする,Cガットの製造法となる。
2 Yの洲本工場における昭和59年当時の押出紡糸工程の実績内容
証拠(甲第55号証の1〜12,第56号証,X本人(原審第1,2回))によれば,Xは,昭和49年7月から研究開発室室長として,Yの洲本工場に勤務していたこと,同工場においては押出紡糸機を使用して釣糸及びテニスラケット用ガットを製造していたこと,Xは,工程管理及び品質管理の必要上,昭和57年ころから従業員に命じて,同工場における毎日の製造工程内容に関して,@製造「月日」,A「製品名」,B「ノズル倍率(押出紡糸機のノズルの穴径・数,最高延伸倍率(第3ローラーのスピードを第1ローラーのスピードで割った値))」C「ロットNo.,チップ名(原材料樹脂のロット番号・名前)」,D「バイエルゲージ(樹脂の送り量を決めるモーターの回転目盛数値)」,E「第1ないし第4の各ローラーの糸送りスピード(分速m/min)」,F製造された製品の重量等の詳細,を「押出紡糸工程表」に記載させ,その原本を会社に保管する一方で,自らはその写しを手元に置いていたこと,このうち昭和59年分の「押出紡糸工程表」の写しが甲第55号証の1〜12(本項で単に「押出紡糸工程表」と表記するのは,これを指す)であること,甲第55号証の1〜12に基づき,同年度の洲本工場における毎日の工程内容を整理すると,原判決別表3−3(釣糸「マスターキング」「鮎ごころ」「アクアキング」及びテニスラケット用「芯用キング」関係),原判決別表4(「モノガット」関係)記載のとおりとなることが認められる。このうち,原判決別表3−3(同表の1ないし4欄記載の数字は,それぞれ前記第1ないし第4ローラーの上を糸が走るスピード(分速m/min)を示す)によれば,@第1ローラーのスピードと第2ローラーのスピードの比率,A第2ローラーのスピードと第3ローラーのスピードの比率,B第3ローラーのスピードと第4ローラーのスピードの比率がいずれも,(10)発明の前記構成要件AないしCの押出工程の延伸倍率・捲取比率の範囲内に設定されていることが明らかである(別紙(10)発明関係製品一覧の「2/1」「3/2」「4/3」の欄参照。ただし,3月24日及び同月26日の鮎ごころ1号の分と,同日のアクアキング1.5五号及び7月30日のアクアキング1号の分を除く。これらはいずれも第1延伸倍率が2.7倍なので,(10)発明の構成要件Aを充足しない。Xは,2.7倍の倍率も(10)発明の均等の範囲内だと主張するが,均等に当たることの要件の主張立証はなく,採用することができない)。
3 釣糸製品の販売状況等
証拠(甲第24〜第26号証,第32号証の1・2,第42,第52,第98号証,検甲第4,第5,第15,第16,第17号証,乙第4号証,X本人(原審第1,2回))に弁論の全趣旨を総合すれば,Yは,釣糸「アクアキング」,同「トトマスター」,ノルウェーの「マスタッド」社製造の釣鉤に釣糸として「アクアキング」を組み合わせた数種類の仕掛,「アクアキング」を使用した鮎釣用の空中道糸を現在も販売しており,うち「トトマスター」以外はYの製品カタログにも記載されており,最近も(10)発明の特許登録番号を掲載したYの製品が製造販売されていること(商品名「ハリスホンテロン 50m」),「鮎ごころ」も昭和61年の途中まで販売されていたことが認められる。また,証拠(乙第44,第48号証,検甲5号証,X本人(原審第1,2回))によれば,右「トトマスター」とは,Y洲本工場内で「マスターキング」と呼ぶポリエチレンテレフタレートモノフィラメントを八本ねじり合わせた組糸の商品名であることが認められる。
4 テニスラケット用ガット製品の販売状況等
証拠(甲第44〜第46号証,検甲第13,第14号証)に弁論の全趣旨を総合すれば,Xが平成3年9月23日淡路島のスーパーマーケット・ジャスコで購入したY製品の硬式テニスラケット用ガット製品2600MC
HY-SHEEP及び軟式テニスラケット用ガット製品4500MC HY-SHEEPについて,直ちに鑑定依頼をした兵庫県立工業技術センターにおける試験結果では,いずれも芯材を取り出し加熱してフィルムにした後,赤外線反射法により測定したところ,これらの赤外線スペクトルはポリエチレンテレフタレートのそれに類似していたとの試験成績が出ていることが認められる。
(判断)
1―1 (10)発明の実施品
Yが(10)発明を実施して昭和58年から昭和59年末まで釣糸「マスターキング(トトマスター)」,「鮎ごころ」及びテニスラケット用ガット「芯用キング」を,昭和56年から昭和59年末まで釣糸「アクアキング」を,それぞれ製造販売していたことは争いがなく,前記(事実関係)3,4記載のその後の販売状況及び後記のYのこの点に関する反証内容等弁論の全趣旨をも併せ考えると,Yは,昭和60年以降も,「アクアキング」や軟式テニスラケット用ガット等について,第1工程の延伸倍率が(10)発明と相違する旨記載され,その製造条件等の一覧表が添付された,Y常務取締役管理部長作成の実施報告書(乙第16号証)の作成日である平成3年9月3日の直前である同年8月末まで(ただし「鮎ごころ」については昭和60年末ころまで),(10)発明の方法により釣糸「マスターキング(トトマスター)」,「アクアキング」(「アクアキング」を使用して他の商品名で販売されている商品を含む),「鮎ごころ」及びテニスラケット用ガット「芯用キング」を製造し,平成3年末ころまで(ただし「鮎ごころ」については昭和61年途中まで)販売したものと認められる。
1―2 (10)発明の実施品に関するYの主張について
Yは,Xが在職していた昭和58年,59年には(10)発明を実施して釣糸及びテニスラケット用ガットを製造販売していたが,昭和60年1月X退職後は製造方法中第1押出工程の延伸倍率を変更し,右発明を実施していない旨主張し,右主張に沿う証拠として乙第16号証,第24号証,第43号証,第48号証(いずれもY常務取締役管理部長作成の実施報告書)を提出するが,@甲第23号証の記載に照らし,本件特許・実用新案登録を受ける権利の承継の対価を50万円とする旨の合意が成立していないことは明らかなのに,合意が成立している旨執拗に主張し,その旨記載したY総務部長兼経理部長作成の陳述書を提出した上,Y申請証人にもその旨供述させたり,Aまた,当初は,(10)発明を実施したのは,「アクアキング」の細物のみであると主張して,その旨の実施報告書を提出し,Xが甲第55号証を提出して初めて,「マスターキング」,「鮎ごころ」,「アクアキング」の太物及び「芯用ガット」について,甲第55号証で明らかにされた昭和59年末まで(10)発明を実施したことを認めるなど,Yの応訴態度が誠実さを欠くと認められることを考え併せると,Yの右主張・立証をもってしても,当裁判所の前記認定を変更することはできない。
2 (13)発明の実施品
昭和59年1年間のY洲本工場における「モノガット」の製造工程実績は原判決別表4(同表の1ないし4欄記載の各数字の意味は前記のとおり)記載のとおりであり,同表によれば,@第1ローラーのスピードと第2ローラーのスピードの比率,A第2ローラーのスピードと第3ローラーのスピードの比率,B第3ローラーのスピードと第4ローラーのスピードの比率がいずれも,(13)発明の前記構成要件AないしCの押出工程の延伸倍率・捲取比率の範囲内に設定されていることが明らかである。右事実に甲第56,第60号証及びX本人(原審第1,2回)尋問の結果並びに弁論の全趣旨を併せ考えると,昭和59年当時Yが(13)発明を実施して「モノガット」を製造販売していたことは明らかであり,Yのこの点に関する反証内容等弁論の全趣旨をも併せ考えると,Yは,遅くとも昭和59年以降別表3年12月末日まで(13)発明を実施して「モノガット」を製造販売したものと認めるのが相当である。なお,右認定に反するY主張は,前記1―2(Yの主張について)と同様の理由により採用できない。
もっとも,Y主張のとおり(第三,四2(Yの主張)),同発明についての特許出願は拒絶査定され,同査定は確定している(乙第45号証,弁論の全趣旨)。
(注)Xは,(13)発明の実施補償を認めなかった原判決に対する不服を述べていない。したがって,右の2のとおり原判決の判断をそのまま掲記したが,これは,本件の全容を理解するためのものにとどまり,当審の直接の審理の対象に係るものではない。ただし,同発明の出願補償が認められた点にYの控訴があり,この点は当審の審理の対象である。
3 (18)発明の実施品
XはYが昭和59年7月から平成4年6月まで(18)発明を実施してテニスラケット等各種のラケット用ガットを製造販売した旨主張するが,当審で提出された甲第102号証,検甲第18号証を含めた本件全証拠をもってしても,X主張の右事実を具体的に認めるに足りない。
五 争点5(XがYに対し請求し得る対価補償額)
1 前提判断
特許法35条3項,4項,実用新案法9条3項には,従業者が職務発明・考案について使用者に特許・実用新案登録を受ける権利を承継させたときは,相当の対価の支払を受ける権利を有すること,その対価の額は,その発明ないし考案により使用者が受けるべき利益の額及びその発明ないし考案がされるについて使用者が貢献した程度を考慮して定めなければならないことが規定されている。そして,前示のとおり,右相当な対価の支払請求権は,契約,勤務規則に別段の定めがあるなどの特段の事情のない限り,特許・実用新案登録を受ける権利の承継の時に発生し,対価の額はその時点における客観的に相当な額を定めるべきであるが,承継の時より後に生じた事情,例えば,特許・実用新案権の設定登録がなされたか否か,当該発明・考案の独占的実施又は実施許諾によって使用者が利益を得たか否か,得た場合はその利益の額等も,右時点における客観的に相当な対価の額を認定するための資料とすることができるものと解するのが相当である。
なお,YはXのした職務発明・考案については当然に無償の通常実施権を有するので,前記法条にいう使用者が「受けるべき利益」とは,Yがその発明・考案を実施することによる利益を意味するものではなく,それを超えて,権利を承継したことにより得られる権利を独占すること(特許法等により法律上他者に対してその発明・考案の実施を禁止し,又は許諾し得る場合と,その技術を秘匿して事実上その技術を独占し得る場合とがある)による利益を意味する。
これを本件についてみると,(2)考案及び(5)発明については対価請求権が時効消滅したことは前判示のとおりであり,原判決は,Xが(3)発明及び(4)考案の権利を承継させたものとは認めなかったのに,Xはこれを控訴の対象としていない。したがって,以下で対価額の判断対象となるのはその余の発明・考案に関するものとなる。
そのうちYが(1)考案,(6)発明,(7)発明,(8)考案,(9)発明,(11)発明,(12)発明,(14)発明,(15)発明,(16)発明,(17)発明を実施していないことは当事者間に争いがなく,またこれら発明・考案につき特許・実用新案登録を受ける権利を承継したことによりYが「受けるべき利益」についての具体的な主張立証もない。
(18)発明については,前に示したとおり(55頁),これをYが実施した事実を具体的に認めるに足りる証拠はなく,また同発明につき特許を受ける権利を承継したことによりYが「受けるべき利益」についての具体的な主張立証もない。
(13)発明について,原判決は,「Yはこれを実施して商品を製造販売していることは認められるが,同発明につき特許を受ける権利を承継したことによりYが『受けるべき利益』についての具体的主張立証はない。また,その特許出願は拒絶査定され特許を受けることができないことが確定しているので,結局,同発明につき特許を受ける権利を承継したことによりYが『受けるべき利益』は僅少と評価せざるを得ない。」と判断し,その実施補償相当の対価請求権のXの主張を排斥した。これにつき,Xは控訴で不服を述べていない。
次に,特許・実用新案登録を受ける権利を承継した職務発明・考案をYが実施して商品を製造販売している場合,その製造販売をすることができる法的根拠は,Yがその権利について無償の通常実施権を有するからではあるけれども,それだけの製造販売の実績を上げることができた経済的理由は,Yの企業努力はもちろんであるが,それ以外にそれを超えて,Yが権利を承継してその発明・考案の実施権を独占することができたことに起因する部分があることは明らかである(すなわち,Yの販売実績は法定の通常実施権を得ての企業努力に基づく部分と独占権に基づき他企業の製造販売を禁止することができた結果に基づく部分の合計と考えられる)。そこで,次に(10)発明についてこれを具体的に検討する。
2 (10)発明の相当な対価額(実施補償相当分)
(一)売上総額の認定手法
Yは,主位的に,同発明の技術的範囲に属する製品は限定されているとの前提に立った上で,同発明の出願公告日である昭和60年4月16日から平成3年8月末日まで6年と4.5か月間におけるマスターキング(トトマスター),アクアキング,鮎ごころの3種の釣糸と,ガットの芯用キングの売上総額は1577万8000円にすぎないと主張し,仮に,すべての製品が同発明の技術的範囲に属するものとしても,この間の釣糸の売上総額は2億2628万1000円にとどまり,ガットの売上総額は10億4840万円にとどまると主張する。そして,Yは,後者の主張を裏付けるものとして,公認会計士が作成した「釣糸及びガット品種別売上高」の一覧表を添付した監査報告書を,乙第53号証として提出する。
しかし,当裁判所は,この書証に記載の売上高は,Yの右各製品の売上高を正確に証明するものではないと判断する。その理由は,次のとおりである。まず,Y主張によると,この書証は,公認会計士が,Yの関係帳簿の原本を閲覧してまとめたものだというのであるが,いかなる原簿に基づいて作成されたのかの説明は一切ない。また,Yの主張によると,ここに記載の売上高は,製品の歩留まりをも換算した上での実際の売上高だというのであるが,歩留まり率等,その算出根拠も明らかでない。さらに,後記認定の昭和59年の各製品売上高は,Xが当時実際に記帳していた甲第55号証から判明するY工場での製造量(原判決別表3−3)に基づく算定結果であるが,これに比し,右書証記載の売上高は,甲第55号証からの算定結果の前者の歩留まり率を念頭においてみても,特に釣糸の売上高が少ない。乙第53号証に,昭和59年の製品売上高も記載され,甲第55号証から判明する昭和55年の売上高との関係でも示されていれば,なおその内容も吟味することが可能なのに,その内容の対比もできない。これに加え,乙第53号証に記載されている昭和61年から少なくとも平成元年の間の売上高は,好景気の最中にあったのに,年々売上高が減少するという記載となっている。このことを説明する資料もない。以上の諸点から,当裁判所は,乙第53号証の記載は,Yの売上高を認定できる証拠として採用し難いとの結論に達した次第である。
そして,他には,昭和60年以降の各製品の売上高を直接に認定すべき証拠はないので,当裁判所も,原判決と同様,以下に認定する昭和59年の1年間の製品製造実績に基づいて,昭和60年以降も,昭和59年と同様の売上高があったものと推定して認定する手法を採用することとする。ただし,歩留まり率については,当審で新たな書証が提出されたので,原判決の数値を見直した。
(二)売上総額
@マスターキング(トトマスター)
前認定のとおり,Yは,出願公告日である昭和60年4月16日から平成3年8月末日まで6年と4.5か月間にわたり(10)発明を独占して実施して釣糸「マスターキング(トトマスター)」を製造し,同年末ころまで販売してきたものと認める。次に,証拠(甲第60号証,乙第48号証)及び弁論の全趣旨によれば,釣糸「マスターキング(トトマスター)」は,原判決別表3−4@A表記載のとおり,使用単糸直径の太さにより重量を異にすること,X主張の要領に従い釣糸「マスターキング(トトマスター)」の重量を使用単糸直径ごとに除すると,昭和59年1年間にYが製造販売した釣糸「マスターキング(トトマスター)」の本数は,原判決別表3−4@B表記載のとおり,合計15万6514本となること(製品別のキログラム小計は,別紙(10)発明関係製品一覧のL行(集計行)を参照),同製品の1本(50メートル)当たりの平均販売単価は560円であることが認められる。
これは製造された釣糸の計算であるが,乙第58号証及び当審証人【H】によれば,生産工程における不良率が6.5%,市場からの返品率が2.0%,宣伝用の無料供試品の率が1.2%あることが認められ,これらの合計9.7%を控除して実際に商品として販売され代金を受領できる部分の割合(歩留まり率)は90.3%と認められる。右書証及び証言には,原糸在庫率,期末製品在庫率をそれぞれ22.9%,4.8%とし,これも合わせて控除したのが歩留まり率であるとする記載及び供述部分がある。しかし,この二つは共に,当該年度だけでは処理できない製品の率を挙げたものにすぎず,売上高の減少を示す割合であるとは考えられない。したがって,この二つを歩留まり率認定の根拠とすることはできない。
そうすると,昭和59年1年間のYの釣糸「マスターキング(トトマスター)」の売上総額は,次の算式により合計7914万6000円となる。
560×156514×0.903=79146000
そして,(10)発明の実施を中止した旨のY主張は前判示のとおり採用できず,特別な事情も認められないから,6年と4.5か月間に製造した分の売上総額は,昭和59年1年間分に,6と12分の4.5を乗じた5億0455万5747円と推定するのが相当である。
A鮎ごころ
前認定のとおり,Yは,出願公告日である昭和60年4月16日から同年末ころまで8か月半の間にわたり(10)発明を独占して実施して釣糸「鮎ごころ」を製造し,昭和61年途中まで販売してきたものと認める。次に,証拠(甲第60号証,乙第48号証)及び弁論の全趣旨によれば,釣糸「鮎ごころ」は,原判決別表3−4AA表記載のとおり,号柄によって重量を異にすること,X主張の要領に従い釣糸「鮎ごころ」の各号柄ごとの重量(ただし,原判決別表3−3中の3月24日及び26日製造分の31キログラムは,前記四の2末尾に判示のとおり同発明の実施には該当しないので除外して計算)を除すると,昭和59年1年間にYが製造販売した釣糸「鮎ごころ」の本数は,原判決別表3−4AB表記載のとおり,1本の長さを50メートルとした場合,合計27万4694本となること(製品別のキログラム小計は,別紙(10)発明関係製品一覧のL行(集計行)を参照),同製品の1本(50メートル)当たりの平均販売単価は560円であることが認められる。歩留まり率を90.3%と認めるべきことは,マスターキングの場合と同様である。
そうすると,昭和59年1年間のYの釣糸「鮎ごころ」の売上総額は,次の算式により合計1億3890万7262円となる。
560×274694×0.903=138907262
そして,(10)発明の実施を中止した旨のY主張は前判示のとおり採用できず,特別な事情も認められないから,8か月半に製造した分の売上総額は,昭和59年1年間分に,12分の8.5を乗じた9839万2644円と推定するのが相当である。
Bアクアキング
前認定のとおり,Yは,出願公告日である昭和60年4月16日から平成3年8月末日まで6年と4.5か月間にわたり(10)発明を独占して実施して釣糸「アクアキング」を製造販売してきたものと認める。次に,証拠(甲第60号証,乙第48号証)及び弁論の全趣旨によれば,釣糸「アクアキング」は原判決別表3−4BA表記載のとおり号柄によって重量を異にすること,X主張の要領に従い釣糸「アクアキング」の各号柄ごとの重量(ただし,3月26日の1.5号及び7月30日の1号の分の33.2キログラムは,前記四の2末尾に判示のとおり同発明の実施には該当しないので除外して計算)を除すると,昭和59年1年間にYが製造販売した釣糸「アクアキング」の本数は,原判決別表3−4BB表記載のとおり,一本の長さを50メートルとした場合,合計7万7320本となること(製品別のキログラム小計は,別紙(10)発明関係製品一覧のL行(集計行)を参照),同製品の1本(50メートル)当たりの平均販売単価は560円であることが認められる。歩留まり率を90.3%と認めるべきことは,マスターキングの場合と同様である。
そうすると,昭和59年1年間のYの釣糸「アクアキング」の売上総額は,次の算式により合計3909万9178円となる。
560×77320×0.903=39099178
そして,(10)発明の実施を中止した旨のY主張は前判示のとおり採用できず,特別な事情も認められないから,6年と4.5か月間に製造した分の売上総額は,昭和59年1年間分に,6と12分の4.5を乗じた2億4925万7257円と推定するのが相当である。
Cテニスラケット用ガット芯用キング
前認定のとおり,Yは,出願公告日である昭和60年4月16日から平成3年8月末日まで6年と4.5か月間にわたり(10)発明を独占して実施してテニスラケット用ガット「芯用キング」を製造販売してきたものと認める。次に,証拠(甲第60号証,乙第48号証)及び弁論の全趣旨によれば,原判決別表3−3記載の「芯用キング」の総製造重量は2248.6キログラムであり,これを単位1本12.3メートル当たりの重量6グラムで除すると,昭和59年1年間にYが製造販売したテニスラケット用ガット「芯用キング」の本数は,単位1本当たり12.3メートルで,合計37万4766本となること,同製品の単位1本(12.3メートル)当たりの平均販売単価は650円であることが認められる。
これは製造された釣糸の計算であるが,乙第58号証及び当審証人【H】によれば,生産工程における屑率が7.4%,製品検査工程における不合格率が9.0%,市場からの返品率が6.0%,宣伝用の無料供試品の率が1.5%あることが認められ,これらの合計23.9%を控除して実際に商品として販売され代金を受領できる部分の割合(歩留まり率)は76.1%と認められる。右書証及び証言には,期末製品在庫率を9.3%とし,これも控除したのが歩留まり率であるとする記載及び供述部分がある。しかし,これは,当該年度だけでは処理できない製品の率を挙げたものにすぎず,売上高の減少を示す割合であるとは考えられない。したがって,これを歩留まり率認定の根拠とすることはできない。
そうすると,昭和59年1年間のYのテニスラケット用ガット「芯用キング」の売上総額は,次の算式により合計1億8537万8002円となる。
650×374766×0.761=185378002
(10)発明の実施を中止した旨のY主張は前判示のとおり採用できず,特別な事情も認められない。そして,芯用キングのうち,製品番号2600MCタイプは,(10)発明のポリエステルを31.8重量%芯糸に用い,残りはナイロン繊維を用いていること,製品番号4500MCタイプは,ポリエステルを29.5重量%用い,残りをナイロン繊維としていることが,乙第58号証と弁論の全趣旨により認められる。前記6年と4.5か月間に製造した芯用キングのうちの製品番号別の割合は判然としないが,乙第53号証からすると,少なくとも,4500MCタイプのものが2600MCタイプのものの2倍以上であったことが推測される。このことからすると,芯用キングのうち,(10)発明の実施分は,売上額の30%と推定するのが相当である。
そうすると,芯用キングのうち,同発明の実施相当分の売上総額は,昭和59年1年間分に,6と12分の4.5を乗じ,これに更に30%を乗じた3億5453万5429円と推定される。
D実施品の売上総額
以上@〜Cの(10)発明の実施品の売上を合計した総額は12億0674万1077円となる。
(三)実施料相当額
右売上総額のうち,同発明につき特許を受ける権利を承継したこと,すなわち同業他者に対し同発明の実施を禁止することができたことに起因する部分が,法定の通常実施権を得たままであった場合との対比で,いかなる場合なのかを明確にし得る事実関係を認めることはできない。そうすると,同発明の実施を禁止することができたことに起因する部分は,売上総額の2分の1を超えるものとも,これに満たないものとも認めることができず,結局,2分の1に相当するものとしか認めることができない。したがって,右部分は,6億0337万0538円となる。
次に,同発明を第三者に実施許諾したと仮定した場合の実施料率を考えるに,これを直接認定するに足りる証拠はないが,社団法人発明協会研究所が平成4年4月ころ行った実態調査によれば(「技術取引とロイヤルティ」発明協会研究所編,発明協会発行),実施料率における料率分布では,最も多かった料率は3%以下2%超であること,同発明が特に優れたものとは認められず,同発明の延伸倍率を外れた近似の延伸倍率でも同程度の製品の製造が可能であり(乙第44号証),現実にもX在職当時に前記認定のとおり同発明の延伸倍率に該当しない延伸倍率を適用して製品(「鮎ごころ」「アクアキング」)を製造販売したことがあること,他方において,Yは,継続して同発明を実施してきており,工業的に無意味なものとも認められないことなどを考慮すると,同発明の実施を第三者に許諾すると仮定した場合の実施料率は2.5%と認めるのが相当である。そうすると,同発明につき特許を受けることができる権利を譲り受けたことによりYが受けるべき利益に相当する,同発明を第三者に実施許諾した場合の実施料相当額は,次の算式のとおり1508万4263円となる。
603370538×0.025=15084263
同発明の発明者は4名なので,その4分の1に相当する377万1066円がX持分に相当する部分ということになる(同発明の発明者4名のうちXを除くその余の3名は三菱化成工業(株)の従業員,XのみがYの従業員なので,Xの持分4分の1は全部優先的にYに承継されたものと考える)。
(四)対価相当額の認定
本件発明当時Xは部長待遇の研究開発室室長の職にあり,同発明はXの職務の遂行そのものの過程で得られたものであること,同発明は,Y被用者の協力を得た上,Y作業現場に蓄積された経験等を利用して成立したいわゆる工場考案の色彩が濃厚であり,Xとしては,Yの設備及びスタッフを最大限活用して発明したものであること,その他本件に現れた諸事情を総合考慮すると,同発明についてYが貢献した程度を考慮すれば,右(二)認定のYが受けるべき利益の持分分の40%に相当する150万8426円をもって同発明につき特許を受ける権利の承継に対する相当な対価と認めるのが相当である。
3 その余の発明・考案関係の相当対価額と,(10)発明の出願補償,登録補償相当分の相当対価額
社団法人発明協会研究所が昭和61年に実施した実態調査の結果によると(「職務発明と補償金」発明協会研究所編著,発明協会発行),相当部分の企業が権利承継させた従業員の職務発明について,出願時と登録時に補償金を支払っていること,特許発明の出願時補償金額は,一律定額の場合最低900円から最高1万5000円で平均4514円であること,その登録時補償金額は,一律定額の場合最低3000円から最高5万円で平均1万2220円であることが認められる。
(1)考案,(6)及び(7)発明,(8)考案,(9)発明,(11)ないし(18)発明についても,XはYに対し出願時補償金及び登録時補償金に相当する対価請求権を有すると認めるのが相当であり,(10)発明についても同様である。右調査時点よりの物価上昇等を考慮すると,X主張のとおり,出願補償は特許5000円,実用新案3000円,登録補償は特許1万5000円,実用新案1万円と認めるのが相当なので,Xは,別紙請求認容一覧の当審認定欄のとおり,右各考案・発明に関し合計15万6420円の相当対価請求権を有するものというべきである(考案者数,発明者数に応じて除した額。出願補償合計5万0170円,登録補償合計10万6250円。(15)発明は平成4年11月27日に特許権の設定登録がされたが,Xはこの登録補償相当の対価請求権を主張していないので,この分は除外する)。
4 相当対価額合計
Yが支払うべき相当対価額は,2と3の合計166万4846円となる。
六 結論
以上の次第で,本訴請求は,右金額の支払を求める限度で理由がある。これを下回る金額の請求を認容した原判決に対するXの控訴は一部理由があり,右金額とこれに対する訴状送達日の翌日から遅延損害金の支払を命じる趣旨で原判決を変更することとするが,Yの控訴は理由がないので棄却する。訴訟費用の負担につき,民訴法96条,89条,92条を,仮執行宣言につき同法196条をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。」
発明・考案目録(大阪地判平成5年3月4日(平成3年(ワ)第292号)による)
(1)考案の名称 中空糸巻付けガツト
出願日 昭和52年2月22日(特願昭52-20978)
公開日 昭和53年9月14日(実開昭53-115771)
公告日 昭和55年6月23日(実公昭55-25966)
登録日 昭和56年2月26日
登録番号 第1368162号
考案者 X
(2)考案の名称 はりす
出願日 昭和53年7月19日(実願昭53-99149)
公開日 昭和55年2月4日(実開昭55-17420)
公告日 昭和58年1月29日(実公昭58-5496)
登録日 昭和58年11月16日
登録番号 第1514676号
考案者 X,【H】
(3)発明の名称 ポリエチレンテレフタレートモノフイラメントの製造法
出願日 昭和54年1月31日(特願昭54-10205)
公開日 昭和55年8月7日(特開昭55-103308)
公告日 昭和57年5月17日(特公昭57-23006)
登録日 昭和58年12月9日
登録番号 第1180909号
発明者 【I】,【J】,【A】,【B】
(4)考案の名称 ガツト
出願日 昭和54年5月31日(実願昭54-74298)
公開日 昭和55年12月12日(実開昭55-173359)
公告日 昭和59年1月11日(実公昭59-946)
登録日 昭和59年8月15日
登録番号 第1562423号
考案者 【C】
(5)発明の名称 釣糸
出願日 昭和54年6月1日(特願昭54-69115)
公開日 昭和55年12月12日(特開昭55-159743)
公告日 昭和57年12月8日(特公昭57-58134)
登録日 昭和58年9月8日
登録番号 第1167282号
発明者 【C】
(6)発明の名称 釣糸
出願日 昭和54年6月19日(特願昭54-77123)
公開日 昭和56年1月10日(特開昭56-1831)
公告日 昭和62年7月10日(特公昭62-31889)
登録日 昭和63年1月29日
登録番号 第1422274号
発明者 X,【H】
(7)発明の名称 釣糸の表面処理用樹脂
出願日 昭和55年3月4日(特願昭55-27695)
公開日 昭和56年9月28日(特開昭56-123477)
公告日 昭和58年2月25日(特公昭58-10515)
登録日 昭和58年11月14日
登録番号 第1177273号
発明者 X
(8)考案の名称 ガツト
出願日 昭和55年8月8日(実願昭55-113015)
公開日 昭和57年3月19日(実開昭57-48955)
公告日 昭和61年4月5日(実公昭61-10711)
登録日 昭和61年12月9日
登録番号 第1661396号
考案者 X
(9)発明の名称 ガツトとその製造方法
出願日 昭和55年10月22日(特願昭55-148645)
公開日 昭和57年5月7日(特開昭57-72667)
公告日 昭和59年4月2日(特公昭59-13867)
登録日 昭和59年11月13日
登録番号 第1239282号
発明者 X
(10)発明の名称 ポリエチレンテレフタレートモノフイラメントの製造法
出願日 昭和56年5月19日(特願昭56-75506)
公開日 昭和57年11月25日(特開昭57-191323)
公告日 昭和60年4月16日(特公昭60-14845)
登録日 昭和60年11月29日
登録番号 第1292119号
発明者 X,【I】,【A】,【B】
(11)発明の名称 ガツト
出願日 昭和57年9月14日(特願昭57-160531)
公開日 昭和59年3月22日(特開昭59-49783)
発明者 【C】,【E】,X
(12)発明の名称 ポリアミドモノフイラメントの製造方法
出願日 昭和58年3月4日(特願昭58-36505)
公開日 昭和59年9月14日(特開昭59-163419)
公告日 昭和61年3月24日(特公昭61-9407)
登録日 昭和61年11月28日
登録番号 第1349870号
発明者 X
(13)発明の名称 ポリエチレンテレフタレートモノフイラメントの製造法
出願日 昭和58年12月12日(特願昭58-234019)
公開日 昭和60年7月5日(特開昭60-126317)
発明者 X,【K】,【L】,【B】
(14)発明の名称 ガツト
出願日 昭和59年1月20日(特願昭59-9311)
公開日 昭和60年8月13日(特開昭60-153884)
公告日 平成2年1月9日(特公平2-952)
登録日 平成2年9月13日
登録番号 第1578006号
発明者 X
(15)発明の名称 親水性釣糸の製造法
出願日 昭和59年2月27日(特願昭59-35851)
公開日 昭和60年9月17日(特開昭60-181363)
発明者 X,【L】
(16)発明の名称 ブラシ
出願日 昭和59年3月27日(特願昭59-60274)
公開日 昭和60年10月14日(特開昭60-203202)
発明者 X
(17)発明の名称 ガツトの染色方法
出願日 昭和59年7月12日(特願昭59-145805)
公開日 昭和61年2月7日(特開昭61-28085)
発明者 X
(18)発明の名称 ガツトの製造法
出願日 昭和59年7月13日(特願昭59-146562)
公開日 昭和61年2月7日(特開昭61-28070)
公告日 昭和63年2月3日(特公昭63-5511)
登録日 昭和63年9月28日
登録番号 第1459705号
発明者 X