知財高判平成22年6月29日(平成21年(行ケ)第10323号)

1.事案の概要
 Y(被請求人,被告)は,発明の名称を「洗濯機の検査装置」とする特許権(特許第3177077号,平成5年10月29日出願,平成13年4月6日設定登録,以下「本件特許」という。)の特許権者である。
 X(請求人,原告)は,平成21年2月23日に,本件特許の請求項1に係る発明(以下,「本件発明1」という。)は,本件特許の出願前に頒布された刊行物(A社の全自動洗濯機のテクニカルガイド。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許を受けることができないとして,無効審判を請求した。
 特許庁は平成21年9月17日に,
「Xの甲1が公開性・頒布性を有するとの主張については,『秘密保持契約を行っているとは思えず』,『機密情報を含んだものとする理由もない』と,単に類推した事項を示しただけであって,・・・秘密保持契約を行っていないことを示す証拠,機密情報を含んでいないことを示す証拠が何等提示されておらず,又,仮にXの上記主張が正しいのであれば,甲1原本が全国に多数点在するサービス業者のために多数作成されたのであるから,B氏以外の不特定多数も甲1原本を入手可能であったと考えられるが,本件出願日以前に甲1原本が何れかの場所で,閲覧,配布,販売が行われた事実は,X・Yとも確認できず,したがって,Xの甲1が公開性・頒布性を有するとの主張は採用できない。
 また,XのB氏がA社と秘密保持契約を結ぶことなく甲1を本件出願日以前に入手したとの主張については,Xは平成21年8月18日付で私文書である参考資料1を提出するのみであって,B氏がA社と秘密保持契約を結ぶことなく本件出願日以前に甲1を入手したことを,客観的にみて確からしいと判断できる事項が何等提示されていないから,XのB氏がA社と秘密保持契約を結ぶことなく甲1を本件出願日以前に入手したとの主張は採用できない。
 しかも,B氏が入手した甲1は,X口頭審理陳述要領書(2)第2頁に『なお,C社内では,B氏以外でも技術者他が自由に閲覧できるようにキングファイルに入れて技術部門の書庫に保管されていたので,幾人かの技術者が閲覧したものと推測される。』とあるように,不特定の者がB氏が入手した甲1を閲覧した事実が確認できず,又,B氏が入手した甲1を複写して不特定多数に配布した事実も確認できない。
 そうすると,本件出願日以前に甲1を不特定多数が入手できたとは認められず,B氏がA社と秘密保持契約を結ぶことなく甲1を本件出願日以前に入手したとも認められず,B氏が入手した甲1を不特定多数が閲覧したとも当該複写物を入手したとも認められないから,甲1が,特許法第29条第1項第3号にいう刊行物とは認められないため,本件出願前に頒布された刊行物が存在せず,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないとすることはできない。」
として,本件発明1の特許を無効とすることはできないと審決した。
 X出訴。

2.争点
 消費者に交付されない「A社の全自動洗濯機のテクニカルガイド」は,特許法第29条第1項第3号にいう「刊行物」か。

3.判決
 審決取消。

4.判断
「第5 当裁判所の判断
 当裁判所は,甲1が本件特許出願前に頒布された刊行物(特許法29条1項3号)に該当しないとした審決の判断には誤りがあり,その判断の誤りは審決の結論に影響を及ぼすから,審決は違法として取り消されるべきであると判断する。
 その理由は,以下のとおりである。
  1 本件特許出願前に頒布された刊行物への該当性
    甲1は,洗濯機の製造業者であるA社が,全自動洗濯機・・・について作成した「Technical Guide(テクニカルガイド)」である。
    甲1は,以下のとおり,本件特許出願前に頒布された刊行物(特許法29条1項3号)に該当する。
    (1)本件特許出願前の配布
      甲1は,以下のとおり,本件特許出願日前に配布されたものと認められる。
      甲1の表紙に「発行平成5年2月」と表記されていることから,甲1は,遅くとも平成5年2月末日以降,サービス業者に配布されていたものと推認される。
      そして,@平成4年(1992年)12月9日付けD新聞23面(甲4)には,甲1に掲載された洗濯機・・・が平成5年(1993年)2月1日から発売される旨記載されており,AC社が洗濯機・・・を購入した際に製品に付属していた取扱説明書(甲5)の「お買い上げ日」欄には「5-1-29」(平成5年1月29日を意味する。)と押印されており,BC社が購入した洗濯機・・・(甲6)の銘板には「93.1-6月期製」と表示されており,CA社作成の「’93秋総合カタログ」(甲7)には,洗濯機・・・が掲載されており,同カタログの掲載内容は平成5年9月1日現在のものである旨が記載されている。
      これらの事実を総合すれば,洗濯機・・・は,遅くとも平成5年2月中には販売されていたものと認められ,そうすると,同洗濯機のテクニカルガイドである甲1も,遅くとも平成5年2月末日以降サービス業者等に配布されていたものと認められる。これに反する証拠はない。
      したがって,甲1は,少なくとも本件特許出願日である平成5年10月29日の前に配布されたものといえる。
    (2)頒布された刊行物への該当性
      甲1は,以下のとおりの理由から,頒布された刊行物(特許法29条1項3号)に該当する。
      特許法29条1項3号所定の「刊行物」を「頒布」するとは,不特定の者に向けて,秘密を守る義務のない態様で,文書,図面その他これに類する情報伝達媒体を頒布することを指す。
      そこで,甲1につき,頒布の対象者及び秘密保持契約の有無の観点から検討する。
      ア 頒布の対象者について
        甲1は,その内容,体裁,作成者に照らすと,主として,製品(洗濯機)の販売・配送・施工・修理等を行うサービス業者等の便宜のために,製造業者であるA社により作成されたガイドブックである。弁論の全趣旨によれば,A社は,日本全国にわたって膨大な数量の洗濯機を販売していたことがうかがわれ,A社の洗濯機について販売・配送・施工・修理等を行うサービス業者等は,日本全国に多数存在し,A社の直営店だけでなく,中小電器店や家電量販店など,規模や業態も様々であったものと認められる。本件全証拠によるも,甲1のテクニカルガイドについて,通し番号を付すなどして管理されていたことや,配布先を特定して管理されていたこと,又は第三者への再頒布や開示が禁止されていたこと等の事実を認めることはできない。そうすると,甲1の配布の対象者ないし所持者は,不特定の者であったと解するのが相当である。
      イ 秘密保持契約の有無について
        甲1の作成者であるA社とサービス業者との間で,甲1の記載のすべて又は一部について,明示の秘密保持契約を締結した事実を認めることはできない。
        甲1のようなテクニカルガイドは,サービス業者の便宜のために頒布されるものであって,顧客(消費者)に交付されることは想定されていない(乙1)。しかし,そのような趣旨で作成されたものであったとしても,そのことから直ちに,甲1について秘密保持契約が締結されていたと認定することはできない。
        のみならず,甲1について,黙示にも秘密保持契約が締結されていたと認定することはできない。
        すなわち,甲1には,以下のとおり,公知の事項が多数含まれており,仮に,秘密保持契約を締結するのであれば,守秘義務の対象を特定するのが自然であるが,秘密として取り扱うべき事項の特定がされた形跡はない。この点を詳細にみると,甲1が対象とする洗濯機・・・の取扱説明書(甲5)及び同洗濯機(甲6)に表示された事項は,公知となっているところ,甲1には,これらの事項が記載されている。例えば,甲1の・・・に記載された事項は,取扱説明書(甲5)の・・・及び洗濯機・・・(甲6)の・・・に記載されており,甲1の・・・に記載された事項は,同洗濯機(甲6)の・・・に記載されており,甲1の・・・に記載された事項は,同洗濯機(甲6)の・・・に記載されており,甲1の・・・に記載された事項は,同洗濯機(甲6)の・・・に記載されている。仮に,甲1の作成者が配布先に対して守秘義務を課すのであれば,公知の事項も含まれる甲1の記載事項のうちで秘密とすべき対象を特定するのが自然であるが,そのような特定は何らされていない。したがって,甲1に記載された事項の全部又は一部について,守秘義務を負う旨の明示又は黙示の秘密保持契約がされていたものと認めることはできない。
        甲1の記載には,・・・など,顧客(消費者)に知らせる必要のない事項等が含まれている。しかし,このような事項であっても,顧客(消費者)に開示されたからといって,製造業者及びサービス業者の業務に支障を来すものとはいえず,また,前記のとおり,上記情報を秘密として取り扱うべき旨を指示した記載がされていないことを総合すると,上記事項に秘密性はない。
        以上のとおり,甲1について秘密保持契約が締結されたことは認められず,甲1に記載された事項は,顧客(消費者)との関係も含めて,秘密性はない。
    (3)本件特許出願前に頒布された刊行物への該当性
      以上のとおり,甲1は,本件特許出願前に配布されたものであり,頒布された刊行物に該当するから,本件特許出願前に頒布された刊行物(特許法29条1項3号)に該当する。
  2 審決の結論への影響
    審決は,甲1が本件特許出願前に頒布された刊行物(特許法29条1項3号)に該当しないとした上で,当業者が甲1に記載された発明に基づいて本件発明1を容易に発明することができたか否かについて検討することなく,本件特許出願前に頒布された刊行物が存在せず,本件発明1は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとすることはできないと判断した。
    しかし,甲1は本件特許出願前に頒布された刊行物(特許法29条1項3号)に該当しないとした判断には誤りがあるから,同判断の誤りは審決の結論に影響を及ぼすものといえる。
  3 結論
    よって,本訴請求は理由があるから認容し,主文のとおり判決する。」