クラシック音楽とジャズ音楽の掛け橋    長尾 宏

 たまには、キース・ジャレットの世界を聴いてみよう
 久しぶりに、ジャズピアニスト、キース・ジャレットが演ずる「ケルン・コンサートPart1−2/abc録音75年」と、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」を同時に聴きながら、クラシックとジャズの両世界に想いをはせています。
 あらゆる面においてボーダレス化が進み既存のパラダイムが崩れ去ろうとしています。音楽の世界においても、録音当時賛否両論を産んだキース・ジャレットも現在では何の偏見のなく受け入れられる様になってきました。これは21世紀に向けて、音楽の世界の融合性を見据えたすばらしい先見性です。
 ジャズにしろ、クラシックにしろ私にとって、キース・ジャレットの演奏は素晴らしい未来を予感させます。限り無く美しく透明にあふれた演奏です。クラシック・ファンからは、この演奏家はクラシックの世界に憧憬したジャズ演奏家だとの声が未だに聞こえます。
 一方、ジャズ側からは異端のジャズ・マンで、ジャズ主流から逸脱した、難しく、なじめない演奏家だとの声が未だに聞こえるのも事実です。同じ音楽の世界です。依然としてジャズとクラシックの世界では、水と油のように現実の世界には目にみえない垣根があると感じているのは私の思い過ごしでしょうか。
 ふと、心することがあります。クラシックとジャズの世界ではお互いに意識しあい、相手の世界を見ているのではないでしょうか。同じ基本要素から成り立っている世界同志で、これは不可思議なことです。
 話は変わりますが、今年はガーシュインの生誕100年にあたる年です。アメリカは、建国以来移民族が見事に調和され混ざり合い、芸術面においても他国にさまざまな影響を与えるまでの国に発展しました。クラシック世界では、名前を挙げただけでもガーシュインに始まり、ジョン・アダムス、フェルドマン、ジョン・ケージ、ブーレーズ、グラス、テリー・ライリー等蒼々たる芸術家たちが、ジャズの感覚とクラシックの様式の上に音楽芸術を築き上げてきました。
 一方、ジャズの歴史もニューオーリンズ・ジャズに始まってスイング・ジャズ、ビーバップ、ウエストコースト、イーストコースト、ハード・バップやフリー・ジャズ、モード・ジャズ、フュージョン等様々な試行を繰り返しMJQ、やローリング・アルメイダや上記のキース・ジャレット、ウィントン・マルサリス等のクラシックを融合した演奏家の出現により大きく変貌を遂げてきました。今、アメリカでの音楽の世界は様々な実験が繰り広げられる大地であり、熱く、生き生き活動しているようにみえます。
 私はジャズから「音楽の世界」に入ったことを深く感謝しています。音楽の世界においても偶然が大きな機会となって生きてくるわけです。
 私は身の回りで鳴らす兄弟のジャズ音楽を聴いて育ちました。30年以上年月が経った今も強く引き付けるものを感じます。
 キューバ危機のある日、深夜に刻々と臨時ニュースが流れる中、合間に流れてきたのが「バッハのバイオリン協奏曲の1番」でした。(当時は勿論何の曲かわかりませんでしたが)クラシック音楽という別の世界がある事を知ったのはこの時が初めてでした。身体中が緊張したのを覚えています。あの時は、子供心に本当に世界大戦が始まるのだと思ったものです。以来、この両世界を聴き続けてきました。音楽の源はアフリカに発するのではないかと思い続けてきました。
 地球は46億年前に誕生したそうです。その6億年前のカンブリア爆発を経て、400年前に猿人が登場したそうです。最近の研究によれば、DNA研究により祖先といわれるミトコンドリア・イブのルーツはアフリカに行き着くそうだと聞きました。ジャズの源がアフリカに発するというのは唐突な見方でしょうか。また、そうして西洋音楽が生まれ発展してきたと思うのも唐突すぎる見方でしょうか。ふとそう思うことがあります。
 これからの世界を見渡すとき、音楽においてリーダー格としてのフロントマンとしての牽引役はアメリカになる気がします。ジャズ・クラシックの両面で、アメリカで渦巻く音楽には元気があるのです。私個人は音楽に対するスタンスは、基本的には「クラシックは癒しの音楽、ジャズは鼓舞の音楽」ととらえています。キース・ジャレットの演奏を聴く時"スタンダードジャズ・シリーズ"や"生と死の幻想"等を聴きながら、同時に彼の演奏する"ゴルトベルグ変奏曲"や"フランス組曲""平均率クラヴィーヤ曲集""ヘンデルの組曲"やペトリと組んだ"フルートソナタ集"等を聴く時、私はウィントン・マルサリス等の優れたクラシックとジャズの世界を行き来する演奏家ともども、アメリカのこうしたジャズ演奏家集団が長い苦難の歴史の終結役として、これから向かう21世紀に対するウェッジリーダーとしての世界の音楽界に伝播していき、大輪の花を咲かせる予感がします。
 最近、黒田恭一さんの各国の演奏家との対談を集めた評論集を読みました。今までクラシック専門の評論家と思っていましたが、ジャズやポピュラーの造詣の深い世界がたくさん出てくるではないですか。驚きました。また、私の敬愛するクリフォード・ブラウンやペギー・リー等が出てくるではありませんか。嬉しくなりました。クラシック畑の評論家にもこの様な人がいる事に、ジャズとクラシックの世界を行き来する者にとって、心強いものを感じずにはいられません。
 最後に、「さんげつ会」が81年の開催以来、200回を数える事に対しまして、心よりお祝いを申し上げますと共に、これからも引き続き音楽を通して人々に安寧をもたらす会であります様祈願いたしております。

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