CD芸術
志築 秀和
「さんげつ会」例会200回突破誠におめでとう御座います。
会員の皆様の日頃の音楽に対する情熱と知識、そして常に勉強を絶やさない姿勢にはいつも敬服するばかりです。私も一会員なのですが、家の事情で大震災以降例会から遠ざかってしまった為に、この紙面をお借りしての再会となることをお許し下さい。
昨年の暮れにSONYのPCM−1610という機械に出会いました。
製作されて20年近くも経って生産中止になっていますが、まだ現役で頑張っています。ご存じの方もおられると思いますが、この機械「CD」を大量生産する際にアナログ信号やデジタル信号をCD用のデジタル信号に変換して、業務用のUmaticというビデオテープに記録するための変換機なのです。「CD」コンパクトディスクは皆さんがよくご存じのように、ソニーとフィリップスが共同開発したためにほどんどのCD製作工場でSONYのPCM−1610・PCM−1630(1610の改良型)を使用して「CD」を製作しています。従って各レコード会社のスタジオからは、いまだにこの機械で仕上げたビデオテープを最終マスターとして工場へ送っています。工場ではこのマスターをPCM−1610(30)で再生しながら、EFMと呼ばれるエンコーダーを使ってレーザービームレコーダー(LBR)で薄いフィルムを張り付けたガラス板にレーザー光線でカッティングをします。これがガラスマスターと呼ばれるもので、これにメッキをしてメタルマスターをつくり、凸凹を逆にするためにメタルマザーを作り、スタンパーを完成させます。
この工程は従来のレコードと変わっていません。そしてポリカーボネート板をスタンパーでプレスして、一般にはアルミを蒸着して保護膜を付けて印刷をして出来上がりです。デジタル時代といってもCD生産においてはまだ殆どアナログなのです。
さて、今回はPCM−1610を使用して「CD」を逆に再生してみました。6名の方に1人ずつ数回、日を異にして観照してもらいました。
まず、全員の第一声は「これは別物」でした。オーディオ歴が長く数多くの装置に出会ってきて、そして違ったジャンルの音楽を楽しんでいる方々が、口を揃えて言われるのです。
私のもっているSONYのイメージというものは、従来私たちが聴いていたCDの音と重なるところがあり、低音楽器の表現力に不満をもっていましたが、20年前の物とは思えない能力でしっかりと音楽を再生してくれました。現在においてもこれを越えるものがないぐらいに、特にアナログ時代に録音されたものはレコード再生よりもリアルに再現するものがあり、その中でも1950年〜60年の録音技術の素晴らしさを更に確認しました。PCM−1610は業務用でプロの機械と言ってしまえばそれまでですが、もう少し私たちの身近にあるCDの再生機からもプロの香りがしても良いのではないでしょうか。この20年間に数え切れないほどの機種が生まれましたが、原点に戻ってみると余り進歩していないことがよく判りました。
レコードとマスターテープでは情報量がかなり違います。いくら頑張ってもレコードはやはりレコードなのですが、それでも良い装置を買い、良い音のレコードを求めて我々はお金と時間をかけました。「レコード芸術」とマスターテープの音楽を求めて。
「CD」になって、マスターテープの価値がなくなってしまいました。
CDは音がいいという評判の為に、誰もマスターテープの音を求めなくなりました。デジタルコピーによりノイズの増加が無くなり、私たちの周りには偽物の音楽が氾濫してしまいました。誰にでも簡単にCDを作ることが出来るからです。特にシングルCDの音楽は悲観の絶頂です。子供たちには聴かせたくない音の固まりです。
アナログ対デジタルの問題に関しては私は録音に問題があると思います。最近の録音は機械に頼りすぎで、とにかく録音しておけば後でどうにでもなるといった傾向が強すぎます。それと同時に高性能?のマイクと器材により必要以上に基音より上の倍音成分が強調されすぎている気がします。不自然なリバーブも困ったものです。音楽に一番必要な低音が最近は軽視されているのではないでしょうか。オーディオのことわざに「低音に始まり低音に終わる」という言葉があります。早く低音の世界に戻ってきて欲しいものです。「CD芸術」を完成させるために。
|