遠く離れていても
誰も居ない部屋に戻って
灯りをつける
締め切って澱んだ空気を冷やすために
スイッチを入れる。
上着を脱ぎ、ネクタイを取り
ワイシャツを捨てて
ようやく自分を取り戻す
ここはぼくの世界。
郵便受けから持ってきた物の中に
手紙があると嬉しい。
あとでゆっくり読もうと、ベッドの上に置いて
夕食の支度に掛かる。
今夜は何を食べようか
もう中身がすっかり淋しくなった冷凍庫の
奥の方を探ってみるのも
楽しみなものだ。
これは何だろう。「いんげんのゆでたの」
今夜のおかずにはならない。
「かぼちゃのたいたん」 その字から
書いた人が偲ばれて、懐かしい。
手早く用意する
食卓の小道具の一つ一つにも
あなたの配慮を感じて
食べ物と一緒に味わう。
食後に憩うのは
あなたが薦めてくれた北欧の
心地よいあの椅子
さあ、手紙を読もう。
そうか、増築工事は始まったのか
とうとう草刈道具を買ったのか
あれやこれや、とりとめもない情報が楽しい。
一度、電話しようか。それともFAXか。
とかなんとか、言っているうちに
あなたの長年の悲願だった部屋は形を整え、
北海道旅行も神戸の旅も京都の婚礼も終わり
六浦の教室は軌道に乗りつつある。
いつものことながら
あなたのすることに挫折は無く
計画は一点の齟齬も無く進行している。
何のかのと言ってはいても、着々と進めている
いろいろなことが思いもかけず
一時に発生して、どうなることかと
気を揉ませたが
慌しい日々のうちに、何もかも成ってゆく。
横浜は遥かに遠く
大阪の明け暮れは一人ぼっちでも
食べ物に 着るものに 身の回りのあれこれに
あなたがいる。
一人暮らしの中にあなたを感じている
遠く離れていても、強く感じている。
1991.8.25
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