高原のふたり
遠い潮騒を聞いていた
まぶしい真昼 ひろびろと
柔らかい牧草のしとねつづく
みちのくの溶岩台地に
短い夏は盛り
その青にふたりは染まり
青に溶けた
目をあげれば
あかね色の安達太良山
近く うつつの潮騒は
カラマツの小枝をふるわせる涼風
アカマツの梢にうたう松籟
ここにふたりがいる
すべてから遠くはなれて
天と地と清冷の大気の中に
ふたりがいる あなたとぼくと
他になにものもなく
ただふたりがここにある
それが それこそが
よろこび
はるばると
ふるさと遠く
ぼくたちはここにある
ゆっくりと歩む ひとすじの
ふたりだけの道
だまって寄り添う あなた
言葉はいらない
あなたの目が語る 表情が語る
ぼくにはわかる
あなたの思いの深さが
ひたむきさが
この道は 山頂につづく遠い道
だが ひたすらな歩みに
もうぼくたちはここまで来た
「ごらん。さっき休んだ牧草地はあんなに下だ」
分厚い大気層にへだてられ
透明な海の底に沈んだ青いスロープ
「もう少し歩いて休もうね。頂上に着いたらお昼にしようか」
うなずくあなた
ぼくの背後に足音のつづく心強さ
遠くふるさとを離れて
あなたとふたりあることのうれしさ
そうだ あなたは京女
やさしさと芯の強さ
お茶目でちょっと古風で
手放さない京風と京言葉
ぼくとふたりだけのここにいるには
かけがえのないあなた 菊枝
ぼくはあなたを抱きしめる
1973.8.25
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