砂田 利一:行列と行列式

作成日: 2022-05-16
最終更新日:

概要

「まえがき」より 本書の目標は,現代数学の標準的な教科になっている線形構造の理論, すなわち「線形代数」の世界へ読者を誘うことである. (中略)本書は「岩波講座 現代数学への入門」の「行列と行列式 1, 2] として刊行されたものである.

本書のうち第1章から第4章までが「行列と行列式 1」 に相当し、第5章から第8章まで「行列と行列式 2」に相当する。

感想

このページでは第5章から第8章の感想を綴る。第5章からは抽象度が一気に上がるような気がする。もともと、線形代数は、というより代数学はもともと抽象性の高いことが特徴なのだから、 ページ数が進めば抽象度が高まるのも当然だろう。

半単純変換

第5章 線形空間と線型写像では、線形変換が単純であること、半単純であることの定義が登場する。線形変換が単純であることの定義にさいして、 まず不変部分空間の定義が p.182 にある。これに関して例が出ている。ここで、`bbbF` は体一般の集合である。

例 5.69 `m lt n` のとき,`bbbF[x]_m` は `bbbF[x]_n` の部分空間であり,線形変換
`T_a: bbbF[x]_n -> bbbF[x]_n ((T_af)(x) = f(x+a))`
の不変部分空間になっている.

この`bbbF[x]_m` というのがわからなかった。同じ第 5 章で p.156 にある例を見ると、似た形が出てくる。

例 5.7 `bbbF[x]` により,文字 `x` を変数とし,`bbbF` の元を係数とする多項式(整式)全体を表すことにする:
`bbbF[x]= {a_0x^n + a_1x^(n-1) + cdots + a_(n-1)x + a_n | n = 0, 1, 2, cdots; a_i in ` $ \mathbb{F} $ `}`

では、[x] についている添字 `n` は何か。p.162 に例があった。

例 5.21 多項式全体からなる線形空間 `bbbF[x]` において, 次数が `n` 以下の多項式の全体 `bbbF[x]_n` は,`bbbF[x]` の部分空間である.

やはり本は最初から見て行かないといけないのだろうか。

ジョルダン標準形

第6章 固有値とジョルダン標準形では、半単純変換を用いてジョルダン標準形の存在を導いている。

p.237 の演習問題は次のとおり。

6.11 次の行列のジョルダン標準形を求めよ。
`A = ((2,3,-1,-2),(2,1,-2,0),(3,3,-2,-2),(2,2,-2,-1))`, `B = ((-5,4,-6,3,8),(-2,3,-2,1,2),(4,-3,4,-1,-6),(4,-2,4,0,-4),(-1,0,-2,1,2))`

4 次の行列のジョルダン標準形も大変だが、5 次の行列のジョルダン標準形を求めるなど聞いたことがない。まあやってみよう。

`chi_A(x) = abs{:(x-2,-3,1,2),(-2,x-1,2,0),(-3,-3,x+2,2),(-2,-2,2,x+1):}`

1行めを-2倍して2行目に足す。1行めを-(x+2)倍して3行目に足す。1行めを-2倍して4行目に足す。

`chi_A(x) = abs{:(x-2,-3,+1,+2),(-2(x-2)-2, 6+x-1, 0, -4), (-(x+2)(x-2) -3,3(x+2)-3, 0, -2(x+2)+2), (-2(x-2)-2,(-2)*(-3)-2,0,(2)*(-2)+x+1):}= abs{:(x-2,-3,1,2),(-2x+2, x+5, 0, -4),(-(x+1)(x-1),3(x+1), 0, -2(x+1)),(-2x+2, 4,0,x-3):} = -(x+1)(x-1)abs{:(2, x+5, -4),(1, 3, -2),(2, 4, x-3):}`

さらに2行目を-2倍して1行めと3行目に足して、1列めで余因子展開する。

`chi_A(x) = -(x+1)(x-1)abs{:(0, x-1, 0),(1, 3, -2),(0, -2, x+1):} = (x+1)(x-1)abs{:(x-1, 0), (-2, x+1):} = (x+1)^2(x-1)^2`

これが特性多項式である。最小多項式 `Phi_A(x)` は `(x+1)(x-1), (x+1)^2(x-1), (x+1)(x-1)^2, (x+1)^2(x-1)^2 ` のいずれかである。

`(A+I)(A-I) = ((3,3,-1,-2),(2,2,-2,0),(3,3,-1,-2),(2,2,-2,0))((1,3,-1,-2),(2,0,-2,0),(3,3,-3,-2),(2,2,-2,-2)) != O `

それでは、`(A+I)^2(A-I)` はどうだろうか。

`(A+I)^2 = ((3,3,-1,-2),(2,2,-2,0),(3,3,-1,-2),(2,2,-2,0)) ((3,3,-1,-2),(2,2,-2,0),(3,3,-1,-2),(2,2,-2,0)) = ((8,8,-4,-4),(4,4,-4,0),(8,8,-4,-4),(4,4,-4,0)) = 4((2,2,-1,-1),(1,1,-1,0),(2,2,-1,-1),(1,1,-1,0)) `

`(A+I)^2(A-I) = 4((2,2,-1,-1),(1,1,-1,0),(2,2,-1,-1),(1,1,-1,0)) ((1,3,-1,-2),(2,0,-2,0),(3,3,-3,-2),(2,2,-2,-2)) != O`

残念。`(A+I)(A-I)^2` を試してみる。

`(A-I)^2 = ((1,3,-1,-2),(2,0,-2,0),(3,3,-3,-2),(2,2,-2,-2)) ((1,3,-1,-2),(2,0,-2,0),(3,3,-3,-2),(2,2,-2,-2)) = ((0,-4,0,4),(-4,0,4,0),(-4,-4,4,4),(-4,-4,4,4)) = 4((0,-1,0,1),(-1,0,1,0),(-1,-1,1,1),(-1,-1,1,1)) `

`(A+I)(A-I)^2 = 4 ((3,3,-1,-2),(2,2,-2,0),(3,3,-1,-2),(2,2,-2,0)) ((0,-1,0,1),(-1,0,1,0),(-1,-1,1,1),(-1,-1,1,1)) = O`

よって、`Phi_A(x) = (x+1)(x-1)^2`

よってジョルダン標準形は `((1,1,0,0),(0,1,0,0),(0,0,-1,0),(0,0,0,-1))`
となる。

さて、4 次の行列のジョルダン標準形はできた。次に、5 次の行列のジョルダン標準形もやってみよう。まず特性方程式を求めてみよう。

`chi_B(x) = abs{:(x+5,-4,6,-3,-8),(2,x-3,2,-1,-2),(-4,3,x-4,1,6),(-4,2,-4,x,4),(1,0,2,-1,x-2):}`

`(5,1)` 成分が 1 であることを使って、第 1 列の -2 倍、1 倍、`-(x-2)` 倍をそれぞれ第 3 列、第 4 列、第 5 列に加える。

`chi_B(x) = abs{:(x+5,-4,-2x-4,x+2,-(x+5)(x-2)-8),(2,x-3,-2,1,-2(x-2)-2),(-4,3,x+4,-3,4(x-2)+6),(-4,2,4,x-4,4(x-2)+4),(1,0,0,0,0):}`

これを第5行について展開して多少計算する。

`chi_B(x) = abs{:(-4,-2x-4,x+2,-x^2-3x+2),(x-3,-2,1,-2x+2),(3,x+4,-3,4x-2),(2,4,x-4,4x-4):}`

`(2,3)` 成分が 1 であることを使って、第 3 列の -(x-3) 倍、2 倍、`2(x-1)` 倍をそれぞれ第 1 列、第 2 列、第 4 列に加える。

`chi_B(x) = abs{:(-4-(x-3)(x+2),0,x+2,2(x-1)(x+2)-x^2-3x+2),(0,0,1,0),(3+3(x-3),x-2,-3,-6(x-1)+4x-2),(2-(x-3)(x-4),2x-4,x-4,2(x-4)(x-1)+4x-4):}`

第 2 行で余因子展開して

`chi_B(x) = -abs{:(-4-(x-3)(x+2),0,2(x-1)(x+2)-x^2-3x+2),(3+3(x-3),x-2,-6(x-1)+4x-2),(2-(x-3)(x-4),2x-4,2(x-4)(x-1)+4x-4):}`

各成分を計算し、各列に共通の因数をくくりだす。

`chi_B(x) = -abs{:( -(x-2)(x+1) ,0, (x-2)(x+1) ),(3(x-2),x-2,-2(x-2) ),( -(x-2)(x-5),2(x-2), 2(x-1)(x-2) ) :} = (x-2)^3abs{:( (x+1) ,0, (x+1) ),(-3,1,-2 ),( (x-5),2, 2(x-1) ) :} = (x-2)^3(x+1) abs{:( 1 ,0, 1),(-3,1,-2 ),( (x-5),2, 2(x-1) ) :}`

第1行で余因子展開を計算する

`chi_B(x) = (x-2)^3(x+1) {2(x-1)+4 + -6-(x-5)} = (x-2)^3(x+1)^2`

おお、きれいな式になった。さて、最小多項式 `Phi_B(x)` は、`(x-2)(x+1), (x-2)^2(x+1), (x-2)(x+1)^2, (x-2)(x+1)^3, (x-2)^3(x+1), (x-2)^2(x+2)^2, (x-3)^3(x+1)^2` のうちのどれだろうか。

`(B-2I)(B+I) = ((-7,4,-6,3,8),(-2,1,-2,1,2),(4,-3,2,-1,-6),(4,-2,4,-2,-4),(-1,0,-2,1,0)) ((-4,4,-6,3,8),(-2,4,-2,1,2),(4,-3,5,-1,-6),(4,-2,4,1,-4),(-1,0,-2,1,3)) = O `

よって`B` は対角化可能であり、そのジョルダン標準形は、
`((2,0,0,0,0),(0,2,0,0,0),(0,0,-1,0,0),(0,0,0,-1,0),(0,0,0,0,-1))`
となる。

答合わせには、https://matrixcalc.org/ja/vectors.html を用いた。

スペクトル分解

第7章 内積を持つ線形空間 では、スペクトル分解という用語が p.260 に出てくる。このことばはかっこいい。

常微分方程式

第8章 行列の解析学 にある事実を使うと、定数係数常微分方程式を解くことができる。この方法をいつ知ったのか忘れたが、最初に見たときは感動した。

本書の評価

本書が線型代数の教科書として話題になることは少ないが、長谷川浩司「線型代数」では本書を、 丁寧で計算例も詳しいと評している。

数式記述

このページの数式は MathJax で記述している。表記はほぼ ASCIIMath に従うが、一部 LaTex も使っている。

書誌情報

書名行列と行列式
著者砂田 利一
発行日2003 年 10 月 10 日
発行元岩波書店
定価3600 円(本体)
サイズA5版 204 ページ
ISBN
その他川口市立図書館にて借りて読む

まりんきょ学問所数学の部屋数学の本 > 砂田 利一:行列と行列式


MARUYAMA Satosi