小平 邦彦:幾何のおもしろさ

作成日: 2016-05-12
最終更新日:

概要

幾何の論理について。

実験としての幾何

「はじめに」の vii に次の文章がある。

殊に平面幾何には実際に紙の上に描かれた図形に見られる現象を説明する自然科学という面があった. たとえば,パスカルの定理によれば,円に内接する六辺形の三組の対辺の延長の交点 `P, Q, R` は一直線上にある. 実際に紙の上に円に内接する六辺形を描き, その各辺を延長して三組の対辺の延長の交点 `P, Q, R` を定め, 定規を当てて見ると定理がいう通り三点 `P, Q, R` が一直線上に乗っているので嬉しくなるのであった。

ここでいう自然科学とは、実験ができるという意味と解釈した。 小平先生が味わったうれしさを追体験したいと思い、コンパスを取り出して円を描き、 定規を取り出して円に内接する六辺形の三組の対辺を書いたが、 延長の交点 `P, Q, R` は一直線上にはなく、落胆した。

それはそうだ。円は正確でなければならず、六辺形は正確に円に内接していなければならず、延長線は正確に引かれていなければならないのだが、 私の製図は粗雑であったからずれてしまったのだ。落胆のため、パスカルの定理を表す図を載せるのはやめた。

円論

p.181 に次の文章がある。

今まで述べた三角形,四辺形と円に関する定理だけに基づく平面幾何の理論を円論という. 昔の平面幾何では比例あるいは面積を用いれば簡単に証明できる命題も比例や面積によらないで円論の範囲で証明することが一つの興味の中心であった. 証明問題の解としては比例および面積を避けた円論による証明が名解とされた.

このように、手段がいくつもあるにもかかわらず、あえてやさしい手段を使わずに制限された範囲で解を求めようとする、 一種禁欲的な態度を表明されてしまうと、わたしとしては引いてしまう。 インターネットで見るかぎり、幾何を敬遠している数学愛好者はけっこう多いように見受けられる。 わたしもその一人だ。ただ、幾何を知らずに敬遠するのも大人げないので、この小平先生の本を買って少しは勉強しようと思ったのだ。 (2016-05-12)

では一つ、円論で証明できる定理を紹介する。

E B F H A G C D

定理 87 平行四辺形 EBFH の辺 EB 上に点 A , 辺 BF 上に点 C をとり, A を通って辺 BF に平行な直線と C を通って辺 BE に平行な直線の交点を G, 線分 AF と線分 EC の交点を D とすれば,三点 D, G, H は一直線上にある.

私は円論どころか、幾何的な証明はできる気がしないが、 ベクトルでならば証明できる。人によっては味気ないと思えるだろうが、その証明を掲げる。

三点 `D, G, H` が一直線上にあることをいうには、適当な実数 `k` にたいして、 `vec(DG) = k vec(DH)` であることを示せればよい。
まず、各点の位置を点 B を起点とするベクトルとして表わす。 ここで平面ベクトルの基底の2つを、`vec(BE) = bbe, vec(BF) = bbf` とする。このとき、
`vec(BH) = bbe + bbf`
`vec(BG) = p bbe + q bbf`
また、適当な実数 `p, q` によって、 `vec(BA) = bba = pbbe, vec(BC) = bbc = qbbf `と書ける。 さらに、適当な実数 `s, t` を用いれば、
`vec(BD) = s p bbe + (1-s) bbf = t bbe + (1-t) q bbf`
であるから、
`sp = t, (1-s) = (1-t)q` であり、`vec(BD)` は次のように書ける:
`vec(BD) = (p(q - 1))/(pq - 1) bbe + (q(p-1))/(pq-1)bbf`
さて、
`vec(DG)=bbg - bbd = p bbe + q bbf - ((p(q - 1))/(pq - 1) bbe + (q(p-1))/(pq-1)bbf) `
=`(pq(p-1))/(pq-1) bbe + (pq(q-1))/(pq-1) bbf`
一方、
`vec(DH)=bbh - bbd = bbe + bbf - ((p(q - 1))/(pq - 1) bbe + (q(p-1))/(pq-1)bbf) `
=`(p-1)/(pq-1) bbe + (q-1)/(pq-1) bbf`
これは、`vec(DG) = k vec (DH)` で表わされていることを示している(`k = pq`)。 よって証明された。

公理

p.329 の補追の 3 で、平行線の公理を次の公理で書き換えてもよいことが述べられている。

[公理] 三角形の内角の和は 2 ∠ R に等しい

小平氏はこの書き換えに関して この[公理]の方が第五公準よりももっと具体的である.ただ少しも公理らしくないのが欠点である. と述べている。

ここで第五公準というのはユークリッド幾何学での五つの公準の第五番目のものを指す。

方巾の定理

第3章比例で、§14 方べきの定理と三平方の定理がp.273 から始まっている。ここでは、定理 119 が紹介されている。

円 `gamma` と `gamma` の外部あるいは内部にある点 `A` を定めたとき, `A` を通る直線 `l` が `gamma` と二点 `P, Q` で交わるならば, 線分 `AP` と線 `AQ` の長さの積 `AP*AQ` は一定である.

このあとで証明が示され、p.274 には次のように解説されている。

一定値 `AP*AQ` を点 `A` から円 `gamma` への方巾といい, 上の定理 119 を方巾の定理という.

世の中では方べきの定理を、`AP*AQ` と他の円周上の点 `AR*AS` を出して、 `AP*AQ = AR*AS` の形で掲げている。しかし、この小平氏の出し方のほうが素直でよい。 方べきの意味はともかくとして、方べきを定義することにより、等しいものが素直にわかることがいい。 だって、円周角の定理でも、わざわざ円周角を二つ出して覚えることはしないだろう。

メネラウスの定理とチェバの定理

メネラウスの定理とチェバの定理を見て、昔を思い出した。

私が高校で数学を学んだ頃は、メネラウスの定理やチェバの定理は知らなかった。 ただ当時は、図形の得意な人たちがいて、 こういう人たちは、これらの定理を使うことを「メネる」とか「チェバる」とか言っていたように思う。 それが今では、高校の数学 A で、文部科学省の高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 数学編 理数編(平成30年7月付)で、 堂々とこれらの定理が出ている。私の出番ではないのだ。 そして、2020 年の大学入試センター試験の数学 I 、数学 A で、チェバの定理を使う問題が出た。私にはわからなかった。 選択式なので、一般の三角形を特殊な三角形で置き換えるという、ずるい方法で答だけは出たが、情けなかった。

図形と数式表示

図形の表示は SVG を用いている。 また、数式は ASCIIMath を用いている。

参考

書誌情報

書 名幾何のおもしろさ
著 者小平 邦彦
発行日2015 年 3 月 6 日
発行所岩波書店
定 価2900 円(本体)
サイズA5 版
ISBN 978-4-00-029837-7

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MARUYAMA Satosi