足立 恒雄:理工基礎 微分積分学Ⅰ

作成日:2021-08-06
最終更新日:

概要

副題は「―1変数の微積分―」

感想

循環論法の回避

第3章では1変数の微分法である。 3.1 節「連続関数」のpp.54-55 では次の正弦関数の極限が定理 3.1.12 として掲げられている。

`lim_(x -> 0) sinx / x = 1`

以下 p.55 を引用する。

O H A P T x tan x

図 3.7

この定理の証明は 4.5 節で与える.初等的な解析学の教科書では定理 3.1.12 の証明に図 3.7 が使われる. その本質的な部分は `0 lt x lt pi // 2` のとき

`x lt tan x`
が成り立つことである.
`x lt tan x <=> overset("︵")("AP") lt bar ("AT")`
だが,右辺の証明は容易ではない (直接的な証明はたとえば一松信 『微分積分学入門第一課』近代科学社 pp.102~103参照). 代わりに
`x/2 = `扇型 OAP の面積 `lt (/_\ OAT` の面積 ) ` = 1/2 tan x`
で済ませるのが普通であるが, ここで必要な 単位円の面積が `pi` であるという事実は定積分 `int_0^1 sqrt(1-x^2)dx` の計算によって確定する (`pi` は半円周の長さとして定義されたことを思い出そう). その計算には三角関数の微分 `(sin x)' = cos x` が使われるのだが,その証明には定理 3.2.12 が使われている. というわけで,うるさいことを言えば循環論法になっている.

改めてこの一松先生の著書を見たが、難しい。 WEB ページを見てみると、この`x lt tanx` の証明の困難さを克服するための工夫があることがわかった。 たとえば、竹野茂治先生による

`x lt tan x + (1/cos x - 1)<=> overset("︵")("AP") lt bar ("AT") + bar ("TP")`
を使う方法がある。
竹野先生:サインの極限について(tatkeno.iee.niit.ac.jp)
また、瓜生等先生や文月まぐ氏による、
`x lt sin x + (1 - cos x)<=> overset("︵")("AP") lt bar ("HA") + bar ("HT")`
を使う方法がある。
瓜生先生:三角関数のさまざまな定義(staff.miyakyo-u.ac.jp)
文月氏:sin(x)/xの極限を矛盾なく証明してみる(mikan-alpha.hatenablog.com)

再度本書の p.55 から引用する:

この悪循環を避けるには,曲線の長さの考察を済ませるまで定理 3.1.12 の証明を延期する方法と, 正級数を使って `cos x, sin x` などを定義する方法とがある.(中略) 本書では一応前者によるが,(中略)指数関数等を正級数で定義する方法も併せて説く.

実際、定理 3.1.12 の証明は、改めて 定理 4.5.10 として扱われ、pp.127-128 で証明されている。 この証明では、`(sin theta)' = cos theta` を正弦関数の極限を使わずに導出したあとで、 `lim_(theta -> 0)(sin theta)/theta = cos 0 = 1` として証明している。 つまり、定理 4.5.10 の証明過程で、定理 3.1.12 の結果は当然使っていない。 この定理 4.5.10 の証明を振り返って、著者は次のようにpp.128-129 でまとめている:

(前略)したがって論理的な厳密さからいえば,角度は円弧の長さによって, つまり積分によって定義されていて,正弦関数はその逆関数なのだから,逆関数の微分によって `(sin theta)' = cos theta` を証明し, その `theta = 0` における値として定理 4.5.10 を導くのが自然な道筋だということになる.
 論理的な自然さとわれわれが直感的に自然だと感じる感覚とがこのように乖離している例もめずらしいだろう.

つまり、3.1.12 の説明で `x lt tanx` を導くのに面積を使っても、実は循環論法になっていないのである。 というのは、面積の導出で `(sin x)' = cos x` は使われるが、 この式の導出に `lim_(x->0)sin x/x = 1` を使う必要はないからである。 著者のうるさくいえばという修飾語は、`lim_(x->0)sin x/x = 1` を使って `(sin x)' = cos x` を導くのであれば、 という意味だと解している。

問題を解く

一つは問題を解こう。p.153 にある次の問題である。

5.2.13 定理 5.2.12 を証明せよ.

pp.152-153 に定理 5.2.12 がある。

定理 5.2.12
(1) `cosh^2z - sinh^2z = 1`
(2) `cosh(z_1 +- z_2) = cosh z_1 sinh z_2 +- sinh z_1 cosh z_2`
(3) `sinh(z_1 +- z_2) = sinh z_1 cosh z_2 +- cosh z_1 sinh z_2`
(4) `(sinh z)' = cosh z, quad (cosh z)' = sinh z`
(5) `(tanh z)' = 1/(cosh z)^2`

多分次の定義にしたがってコツコツ計算すればいいのだろう。

定義 5.2.11
`cosh z = (e^z + e^-z)/2, quad sinh z = (e^z - e^-z)/2, quad tanh z = (sinh z)/(cosh z)`
で定義される関数をそれぞれハイパボリック・コサイン,ハイパボリック・サイン, ハイパボリック・タンジェントと呼び,双曲線関数と総称する.

以下はこつこつと計算した結果である。

(1) `cosh ^2z - sinh^2z = ((e^x+e^-x)/2)^2 - ((e^x-e^-x)/2)^2 = 1/4(e^(2x) + 2 + e^(-2x)) - 1/4(e^(2x) - 2 + e^(-2x)) = 1`
(2) `cosh z_1 sinh z_2 + sinh z_1 cosh z_2 = 1/4 (exp (z_1) +exp(-z_1))(exp(z_2)-exp(-z_2)) + 1/4(exp(z_1) - exp(-z_1))(exp(z_2) + exp(-z_2))`
`= 1/2(exp(z_1)*exp(z_2) - exp(-z_1) * exp(-z_2)) = 1/2(exp(z_1+z_2) - exp(-(z_1+z_2)))` `= sinh(z_1 +- z_2)`

あれ、本書では `cosh (z_1 + z_2)` になるはずだが、答が違っている。 インターネットで双曲線関数の公式を調べると、
`cosh(z_1 +- z_2) = cosh z_1 cosh z_2 +- sinh z_1 sinh z_2`
になっている。きっと、私の計算は正しくて、本書の(2)が誤植なのだろう。(2)の修正を (2') として計算しなおす。

(2') `cosh z_1 cosh z_2 + sinh z_1 sinh z_2 = 1/4 (exp (z_1) +exp(-z_1))(exp(z_2)+exp(-z_2)) + 1/4(exp(z_1) - exp(-z_1))(exp(z_2)-exp(-z_2))`
`= 1/2(exp(z_1)*exp(z_2) + exp(-z_1) * exp(-z_2)) = 1/2(exp(z_1+z_2) + exp(-(z_1+z_2)))` `= cosh(z_1 + z_2)`
`cosh z_1 cosh z_2 - sinh z_1 sinh z_2 = 1/4 (exp (z_1) +exp(-z_1))(exp(z_2)+exp(-z_2)) - 1/4(exp(z_1) - exp(-z_1))(exp(z_2)-exp(-z_2))`
`= 1/2(exp(z_1)*exp(-z_2) + exp(-z_1) * exp(z_2)) = 1/2(exp(z_1-z_2) + exp(-(z_1-z_2)))` `= cosh(z_1 - z_2)`

(3) は本書の (2) を計算する過程でプラスの場合を計算してしまった。マイナスの場合だけ計算しよう。

(3) `sinh z_1 cosh z_2 - cosh z_1 sinh z_2 = 1/4 (exp (z_1) -exp(-z_1))(exp(z_2)+exp(-z_2))-1/4(exp(z_1)+exp(-z_1))(exp(z_2)-exp(-z_2))`
`= 1/2(exp(z_1)*exp(-z_2) - exp(-z_1) * exp(z_2)) = 1/2(exp(z_1-z_2) - exp(-(z_1-z_2)))` `= sinh(z_1 - z_2)`
(4) `(sinhz)' = 1/2(e^z - (- e^-z)) = coshz, (coshz)' = 1/2(e^z - e^-z) = sinhz `
(5) `(tanhz)' = (sinh z/ coshz )' = 1 - sinh^2z / cosh^2z = (cosh^2z - sinh^z2)/cosh^2z` `= 1/ cosh^2z `

数式記述

このページの数式は ASCIIMathML で記述している。

書誌情報

書 名理工基礎 微分積分学Ⅰ
著 者足立 恒雄
発行日2001 年 12 月 10 日 初版発行
発行元サイエンス社
定 価1600 円(本体)
サイズA5 版 174 ページ
ISBN4-7819-0996-5
NDC
備考越谷市立図書館で借りて読む

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MARUYAMA Satosi